中編
飛び散る血痕。
吹き飛ぶ体。
何度めか数えることすら出来なくなってきた頃には、己の心がどこか冷えはじめていることを感じていた。
目の前の惨劇に対して動揺も、焦りもなくなってきたのだ。
ただそこにある事実を現象として受け入れている。
暴走車はワンボックス型の車輌であること。
おそらく時速100kmを超える速度で突っ込んできているということ。
これは奇跡でもない限り、当たれば即死の事故であろうということは、理解した。
宮藤進一16歳。
その名に恥じぬ、人死に事案慣れを獲得しつつある。
この際だからこの事故を細かく検討してみよう。
そうしてるうちに彼女は今また弾き飛ばされた。
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意識が戻ると同時に時計を確認。
午前8時11分13秒。
これが、このループ現象の始点である。
そして時計を見たままその時を待つ。
冷たく、圧倒的な圧力を感じる。
ブレる視界。バランスを崩す体。
午前8時11分18秒。
なるほど五秒間。
彼女は今、また死んだ。
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ループ条件について熟考してみよう。
とはいえ、五秒しかないものなので、熟考時間次第では何回か大崎楓には犠牲になってもらうことになる。
何度繰り返し流れる血に慣れても、大崎楓が死ぬ。
この事実だけは大変心苦しい。
せめて、目を背けて考えようか。
そうしてるうちに彼女はまた死んだのだ。
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しかしながらループ条件も大変シンプルなものでこの状況からするに、『大崎楓の死』以外にないだろう。
大崎楓、一体何者なのか。
世界の法則が彼女の死を望まない。どれほどこの世にとって重要な人物か。
それほどかわいいということか。
俺のライバルは世界の法則ということなのか。
しかしながら、ループにより記憶を保っているのは、自分だけのようだ。
この五秒内に、前のループと違う行動をとる者は大崎楓含めいない。
五秒の中で行動を選択できるのは、俺だけということ。
自分だけで、大崎を救い、ループを抜け出さなくてはならない。
とりあえず、次のターンにいこう。
彼女は今回も死んだ。
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午前8時11分13秒。
俺はいきなり走り出す。
猶予は五秒。当たり前だが会話をしている時間などない。
車が到着する前に、彼女を押し倒すのだ。
ああ、いやそういう押し倒すではなくこう。守る感じのためにね?
車に当たらないようにですよ?
風を切り走る俺。
アスファルトの衝撃をダイレクトに伝え、かつ滑るローファーにくじけそうになるも、走り続ける。
彼女を救い出すために。
この距離から飛び出せば彼女を突き飛ばせる。
よし、踏み切って、飛ぶ!
そうして飛び出す俺の体。
横殴りに吹き飛ぶ俺の体。
この瞬間、痛みはなかった。
俺の手は彼女に届くことはなく、道の端に打ち付けられる。
車の侵入進路が俺と大崎の直線上にかぶっているのだ。
まっすぐ走り進んでも、横から侵入してくる車に俺も撒き散らされてしまう。
そして鉄の塊はそのまま彼女を弾き飛ばす。
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次の午前8時11分13秒。
真横にジャンプ!道路へと飛び出す。
暴走車は俺の左を通過し彼女へと直進する。
それならば、俺が前にでることで進路を変えることもできるだろう。
あ、でもそれで俺だけ跳ねられて死んだらどうなるんだろう?
そこまで考えていなかった。
途端に沸いてくる恐怖。
無限にあるはずの残機が突然0になりゲームオーバーの可能性が見えてきた。
しかしもはや回避することはできない、振り向けば暴走車が目の前にいる!
ドライバーの顔さえ確認できるその距離!
そこには焦点の合わない目をして呆けた顔があった。
運転手に意識がないのだ。
踏みっぱなしのアクセルが正面にいる俺にお構いなく車体を加速させる。
衝撃とともに体が宙を舞う感触。
その瞬間、痛みはやはり感じない。
吹き飛ばされ激しく回転し流れる景色の中、俺の体一つではコースなどかわりようがなく、そのまま予定通りの場所に突っ込んでいく車が見えた。
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先程、残機について懸念が及んだが、事実残機はどれほどなのだろうか?
無限に繰り返すことを想定していたが、それはただの思い込みで回数は有限である可能性もある。
結構な回数を繰り返しているため、有限であるもしてもそもそもの彼女の残機数は相当なものだったのだろう。
亀を相当な回数踏んで無限アップしたに違いない。
そして彼女の残機はあっても、俺は1upした覚えさえないため、俺自身が危険になるパターンは避けるべきだろう。
ループをクリアしたところで自分が死んでいたら意味がない。
その前提を守った上で、対策を取るべきだ。
どれだけあるかわからない残機があるうちに。
そして今彼女はまた一機減った。
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何も思いつかない。
自分の身を守りつつ、大崎を助ける方法。
悩んでいるその一瞬で片が付いてしまうのだ。
考えても考えても、それをかき乱すように彼女は跳ね飛ばされていく。
そして今、また吹き飛ばされた。
俺は、また微動だにできない。
「時間、もっとよこせよ!!」
叫ぶことしかできない。




