前編
勢いと気分にまかせた、奇妙な物語的な短編です。
前中後の三編予定。
突然やってくる横殴りの強烈な圧力。
俺の体はその強さにバランスを崩し倒れ込む。
法も慈悲もない、圧倒的な速度で進行する鉄の塊が通り過ぎる際に撒き散らした風圧だと気づいたときには
『彼女』をも撒き散らし過ぎ去った後だった。
状況を理解できる前に、目の前に圧倒的な赤が飛び散って襲いかかる。
この光景も『何度目』か――――
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宮藤進一、16歳。
バーローだの不吉だの死神だのと言われて16年。
もはや慣れたことだし、こうなることをわかってて名付けた両親との確執も思春期終盤にさしかかり沈静化の向きがある。
残る問題は学業の方がだいぶ名前負けしているということぐらいだったが、この度、不吉、死神についてはその通りなのではないかと思う。
凍えそうな姿で春を待つ桜を眺める並木歩道。
同じ方角に向かう制服姿。
今日も代わり映えのない通学路。
閑静で、何もないことだけが取り柄の通学路。
並木道を抜けると信号に差し掛かる。
道路を一本渡れば我々の楽しい学び舎だ。
普段からこれと言って車通りもないため、生徒たちは良心と気分を天秤にかけ、横断する色を思いのまま決定する。
そこに、良心が気分に打ち勝った女子生徒が立ち止まる。
クラスメイトの大崎楓。
かわいい。
きれいな髪が彼女のポイントだ。
俺は避けるわけでもなく、挨拶をする必要があるわけでもない位置を自分の着地点に定めて歩く。
俺も良心が気分に打ち勝つタイプの人間だから、交通ルールを遵守するためである。
法を侵せばこの名が廃る!
決して、すれ違って大崎に気分に負けるタイプだとかそういう印象をもたれたくないわけではない。
挨拶せずに済む配置を目指すのも、クラスメイトというだけで話すわけでもないのに気遣いするのもお互いに大変だからであって俺が気恥ずかしいとかそういうわけでもない。
あくまで現在の関係に適当な配置をしているだけである。
ヘタレとかそういう話でもない。
そのきれいな髪をじっくり眺めたいとかそういうことでもない。
きっとそういうこと、だからこれで大丈夫、うん。
さあ歩こう、とさあ一歩。
突然やってくる横殴りの強烈な圧力。
俺の体はその強さにバランスを崩し倒れ込む。
法も慈悲もない、圧倒的な速度で進行する鉄の塊が通り過ぎる際に撒き散らした風圧だと気づいたときには
大崎楓をも撒き散らし過ぎ去った後だった。
状況を理解できる前に、目の前に圧倒的な赤が飛び散って襲いかかる。
何も想像していなかった。
いつも通学路。いつもの時間。
交通量なんて皆無のこの道で信号待ちに突っ込む車がいるなんて。
よりにもよって、彼女が立ち止まっているその場所に!
事態を理解した俺は走り出す、彼女の安否を確かめるために。
救急を呼ばなくてはならない。
事態は一刻を争う。急げ!!
しかし足が動かない。
立ち上がらない。
どうしてこんなことに?
はやく、急いで。
彼女が死んでしまう。
あんなに飛び散ってしまっては。
急がないと。
こんなときになんで。
俺の意識は遠ざかってしまうんだ。
早く助けて。
彼女を助けて!
閑静で、何もないことだけが取り柄の通学路。
並木道を抜けると信号に差し掛かる。
道路を一本渡れば我々の楽しい学び舎。
そこに、良心が気分に打ち勝った大崎楓が立ち止まる。
俺は?
俺は避けるわけでもなく、挨拶をする必要があるわけでもない位置を自分の着地点に定めて歩くのか?
一体何が起きたのか?
信号待ちに暴走車が突っ込んだのは、白昼夢だったのか。
今、そこに大崎楓は大崎楓の形のまま立っていて、俺はこれからそのちょっと後ろに向かって歩き出すところだ。
あまりにも具体的で最悪な白昼夢だ。
本当になんだったのか。
突然やってくる横殴りの強烈な圧力。
俺の体はその強さにバランスを崩し倒れ込む。
それが法も慈悲もない、圧倒的な速度で進行する鉄の塊が通り過ぎる際に撒き散らした風圧だと俺は知っていた。
それが盛大に、最悪な赤を撒き散らすことも。
見たそのままにそれが再現され、実施された。
わかっていても、俺の体は動かない。
意識は遠ざかってしまう。
あまりにも強すぎる風圧では直接あたらなくともただでは済まないのだ。
ブラックアウトしていく世界。
俺の最期の祈りも、見た通りのままだった。
閑静で、何もないことだけが取り柄の並木道を抜けると信号に差し掛かる。
道路を一本渡れば学校だ。信号に良心が気分に打ち勝った大崎楓が立ち止まる。
何が起きたのか、起こっているのか。
白昼夢だったというのか。
そんな問いさえも繰り返すほど愚かではない。
しかしあまりに非現実的で、これを受け入れること自体が愚かさの証明ではないだろうか。
それとも、事実この身に起きていることを非現実的と受け入れないことが愚かだろうか?
「繰り返して、いる」
やってくる横殴りの強烈な圧力。
突然でなくとも俺の体は倒れ込む。
また盛大に、最悪な赤を撒き散らされた。