初めての友達
ウィリーがシルヴィに用意してくれたのは、南向きの風通しのいい部屋だ。シルヴィの体の大きさに合ったベッドとテーブル、洋服棚を作ってくれた。宿を利用する客は少なく、傭兵時代に貯めた金を切り崩して生活をしていたのに必要なものは全部買い与えてくれようとしたことに驚いた。
屋敷から持ち出した宝石のことは言わず、少し財産があるからそれを使って欲しいとお願いをした。だがウィリーは結婚する時の持参金にとっておけと言って受取りはしなかった。
それもあって身の回りのものは必要最低限でいいと断った。家にいることを許されただけで、胸がいっぱいだった。
「シルヴィも孤児ってホント?」
「……うん」
「親も兄弟もいないの?」
「うん」
「ずっと、一人でいたの?」
「……ずっと、ずっと一人だったよ」
呟いてエリックを見る。エリックの大きな目には労りと慈しみがあった。
「別の町にいたんでしょ?」
「うん」
「俺達にとっては町が消えるか消えないかってすっげぇ大変なことだけど、シルヴィは来たばっかりじゃん? 一生懸命頑張る理由ってなに?」
「うーん、なんだろうねぇ」
「自分のことなのにわかんないとか、変なの」
生まれ育ったわけではないこの土地に、強い思い入れも愛着もないのは確かだ。たとえ町から人がいなくなって、廃墟になっても皆が感じるほどは悲しくないかもしれない。諦めて別の町に行くだけ。
「理由を強いて上げるなら……大好きな人達がここが好きだから、かな。ウィリーさんとジジさんがこの町をとても大切に思ってる。大切過ぎて他に行くことなんて考えてもいない。だからわたしは二人がここで幸せに暮らしていられる為に、自分の手でこの町をなんとかしたいの。……変?」
「そういう理由なら、わかる。うん、すげぇわかるわ」
「動機が不純だから、皆には内緒ね」
小さく笑って足元の枯れ葉を手に取る。緑から茶に変わる途中の葉の縁はギザギザとしていて、触れると指先がちくりと痛んだ。
「二人は、親代わり?」
「代わりじゃなくてこっそり両親だと思ってる。だからエリックの話を聞けてすっごく嬉しい。相思相愛が嬉しくて、見て見て。顔が笑いっぱなし」
自分でもわかるくらい頬が緩んでいる。
「シルヴィ、笑ってっけどさー。皆、シルヴィと友達になる時は命懸けだって言ってた。特別仲良くなるにはウィリーさんに勝たないといけないって。変だよなー、友達になるのになんで命懸け? 俺なんてウィリーさん怖くて、話し掛けられなかった。なぁ、シルヴィはなんでだか知ってる?」
「さあ?」
ふるふると首を横に振ると、エリックはいいことを思いついたと手を叩いた。
「そうだ! シルヴィも仲間に入れよ。特別に入団許可するからさっ」
「わたしが、子供団に? ……エリックって、何歳?」
「もうすぐ十二歳」
友情に年齢は関係ないとは思っても、この五年の差は大きい……。
どうしたものかと腕を組み、うんうん唸る。
「エリック、わたし今年十七になるのよ。子供じゃないんだけど……」
「だから、特別だって!」
「大人なのに子供団?」
「いいじゃん、小さいこと気にすんなって。ウィリーさんだって子供団に入るんから許してくれるよ。な、俺シルヴィと遊びたい!」
「うーん……わかった。わたしも楽しかったし。仲間に入れて!」
「やった!」
「でもお仕事二つしているから毎日は無理だし、本当にごくたまにになっちゃうけど……それでも友達になってくれる?」
訊くとエリックは顔を輝かせた。小さな手に拳を握って全身で喜びを表現している。
「もちろん! 俺、買い物とか手伝うし!」
「……買い物……ああっ! うわっ、買い物! 忘れてたっ、わたし買い物に行かなきゃいけないんだったっ!」
「え、ごめんっ。俺も手伝う!」
勢いよく立ち上がったエリックに手を引かれ、馬車へと戻る。大人しく待っていた馬の目がやや冷たい。馬に謝罪をするのも如何とは思うが、待たせてごめんと頭を下げると馬は不愉快そうにぶるるっと鼻を鳴らした。
……うわぁ、すごくため息っぽい。
夢中で一時間も遊んでいたなんて、従業員失格だと肩を落とす。しょげるシルヴィを励まして、エリックは手綱を掴んだ。
───おかしい。馬の足がいつもより速い。
「ねぇ、エリックはどこの子なの?」
馬の扱いがわたしよりずっと上手い。手慣れているなんてもんじゃない。
「俺んち? 町の隅の隅にある農家。ここからだと───あっちの方」
西の方角を指差す。西の農地は全体から見ても荒れていて状態が格段に悪く、畑を捨ててしまう人も年々増えていた。
「農家……ねぇ、色々相談してもいい? 農地をどうしたらいいのか、さっぱりわからなくて煮詰まってるの」
「いいよ、なんでも聞いて! 手伝いしてるからそこそこ詳しいよ、俺。あ、でも俺んちに視察とかはなしね。うちのじーちゃんとばーちゃん……その、言いにくいんだけどすっげぇ変わってて、人嫌いで…近所の人とも付き合いしてないんだ。へんくつなんだって。シルヴィが来たらちょっと、マズい。二人とも頭おかしいのかってくらい怒鳴り散らすから、あんま見て欲しくない」
「うん、わかった。じゃあ、エリックに会いたい時はどうしようかな」
「俺の飼ってる鳩にシルヴィの家を覚えさせるよ。あいつ賢いからすぐだよ! 真っ白で可愛いんだぜ」
「鳩が手紙を運ぶなんて童話みたい。エリックは文字読めるの?」
「読めない。だから手紙の代わりになるものにするから。それを受け取ったら、その日にさっきの木の下に集合な!」
「ん、わかった」
隣町で買い物をすませ、茸狩りをしてから二人は店に戻った。青かった空が夕日の色に染まりかけている。店の裏手にある食糧庫に荷物を移し、井戸で手を洗う。
「遅くなってごめんね」
「ううん、俺が遊びに誘っちゃったからだし」
「すぐに暗くなるから送るよ」
「いいよ」
「でも……」
「シルヴィの腕じゃ、走った方が速い」
「失礼な、これでも結構上達したのよ」
「まだまだだね」
「……じゃあ、別のお礼する。ちょっと待ってて」
二階に駆け上がり、自室の棚から朝焼いたサツマイモと栗のパイを紙に包む。焼きたてのサクサク感はないけれど、しっとりした口触りになっている。お礼にと手渡すと、エリックは飛び上がらんばかりに喜んだ。
シルヴィにとって初めての友達が出来たこの日は、素晴らしい一日だった。