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昔伯爵令嬢、今町長  作者: 七瀬
4/10

今のわたし、昔のわたし

 新しい議員全員が本業と兼務である為、町議会の仕事は多くても週に三日と決めたのはリュークだった。

 初日は───思い出すだけで胃痛がする。十二人の町議会員は集合したはいいが愚痴と雑談に花が咲いてしまい、一時間が過ぎても役割一つ決まらなかった。

 こめかみに青く細い血管を浮き立たせたリュークが淡々と必要最低限の事を決めると、雑談を中断させた男達から不満の声が上がった。若造が勝手に決めるな、お前は何様だとの罵りの声が響く。新しい風を入れず、古いしきたりで動いていた町だ。年若いリュークの態度が神経に障ったと、シルヴィより二十以上年上の男達は不満を露にすると次々と辞任を申し出た。

 そもそもが望んでなったわけではない。強制力はないので辞退は各自に任せると、シルヴィは誰一人として引き留めなかった。

 結局一月で半分近くまで減ったが、残されている時間は短い。真面目に取り組むつもりのない者にかける余裕はなかった。


 バイル湖の調査から数日後の定例会議の日、シルヴィは昼の仕込みの手伝いを終えてから役場へと向かった。役場と言っても正式な職員は十人しかおらず、一年前に選ばれたシルヴィ達を合わせても十六人にしかならない。六人が会議で使用している前町長が事務所件自宅としていた二階建ての建物は役場の真隣りにあり、『踊る仔牛亭』から一キロ先に位置している。

 活気のなくなった市場手前の噴水広場に面し、二階の窓からは噴水広場から町をぐるりと囲む門までの一本道を眺められた。前町長は引退すると古いが手入れの行き届いた趣のある屋敷を引き払い、さっさと娘夫婦の暮らす家に引っ越しした。外壁に植物の蔓が這う三角屋根のレンガ造りの家は台所を含めて九室もあり、老夫婦二人には広すぎるというのが理由だった。

 多くの陽光を取り入れる丸窓が特徴的な会議室に集まったのはシルヴィを含めて六人だった。


「皆自分の仕事が残っているだろうから手短に話す。この間バイル湖に不法侵入した奴がいた。残念ながら捕まえられていないが、漁師達には注意を促してある。今後見回りの回数を増やすつもりでいるが、不審者を見かけたら警備団にすぐに声をかけてもらいたい」

 

 リュークの斜め前に腰を下ろしたワーズが軽く挙手をする。ワーズは三十過ぎのパン屋の次男坊で、焦げ茶色の髪を七・三分けにし金属フレームに鎖のついた片眼鏡をかけている青年だ。二年前まで別の町で貴族子息の教師として働いていたが不当に解雇され、泣く泣く故郷に戻った。


「痕跡があったんですか? 被害は?」


 シルヴィとリュークが無言で目配せし合う。


「痕跡はあったが、被害はない。いや……もしかしたら魚を少し盗られているのかもしれないが」

「偵察……でしょうか」

「たぶんな」

「困りますねぇ」

 

 ため息混じりにワーズが呟く。彼の隣に座っていた木こりのデジレは辛気臭いそのため息をいつも苦手としていた。女々しいとさえ思っているのか、彼がそうするといつも眉間にシワを寄せた。嫌っているわけではなく、ただ単に苦手なのだろう。筋肉で盛り上がった肩を少し斜めにして、視界からワーズを追い出した。

 調査中ということもあってバイル湖の話題はすぐに終わった。シルヴィは布で包んだ十粒の真珠を木皿に転がすと、六人掛けのテーブルのほぼ中央に置いた。

 全員がそれぞれに手にしたものに目を凝らす。ワーズが感嘆の息を吐いた。


「これはまた……素晴らしい出来ですね」


 ワーズが手にした真珠は最も大粒のもので、他に比べると色艶に格段の差がある。


「これほどのものはなかなかお目にかかれませんよ。以前の主が婦人に贈ったものはこれより一回りは小さかった。凄いなぁ……きっと高値で売れますよ!」


 目を輝かせるワーズに「でも」と輸出担当のグレイスが口を挟む。グレイスはウィリーの従兄の一人娘で才女として有名だ。市民の娘としては珍しく読み書きも出来る。大きく波打つ赤い髪は風に吹かれると炎が揺れているようで、彼女をよく知る親戚一同は明るく、時に苛烈な正確を表していると酒場で話していた。

 グレイスは肉付きのいい長い足を組むと、片肘をテーブルについた。


「ものは悪くなくても、十や二十じゃお話にならないわよ。宝石商にうちはいつでも最高級の真珠を用意出来るんだって覚えてもらうには最低でも百、欲を言えばもっと必要だわ」


 皿に真珠を戻して湯気の立つ紅茶を飲む。グレイスが求める数にリュークは難しい顔をした。真珠の養殖を始めて一年。シルヴィが定期的に魔力を注いでいることで他の湖に比べれば成長は格段に早いが、全ての貝に真珠が出来ているわけでも大きく成長しているわけでもない。しかも漁師達の本業は漁だ。


「百、か……漁師達に確認はしてみるが、期待はしないでくれ」


 ワーズがグレイスに訊く。


「宝石商に心当たりはあるんですか?」

「あるわけないじゃない、これから捜すわよ。この町に貴族がいれば伝手を頼れたけどねぇ、いないものはまぁ仕方がないわ」

「え、宝石商に頼むんですか?」

「ええ。最初のうちは宝石商を通して名前を売るの。で、ある程度名が知れたら最終的には貴族と直接やりとりをするわ。利益を増やすには無駄な仲介料は払いたくないもの」


 グレイスの言葉に全員が頷く。


 物語の『リシュリー・アビドボル』が初めて真珠を手にしたのは四歳の誕生日だった。祖父母から贈られた真珠を両親が首飾りに加工してくれた。『ついで』ではなく彼女の為に作られたそれは初めて手にした宝飾品で、最後まで手放さなかったものだ。

 何もかもを失った時、真珠の首飾りだけは死ぬまでは取り上げないでくれと無様に泣きついて懇願した。雨のように降り注ぐ侮蔑と嫌悪の声を遮ったのはアウローラだった。彼女は妹の最後の願いを聞き入れ、手の中に残してくれた。

 薄汚れてボロボロになったドレスの裾で毎日毎晩首飾りを磨き、出入口を塞がれた暖炉もない部屋で眺めては涙を拭った。祖父母が真珠に込めた祈りも加護も台無しにしてしまったことが、飢餓より何百倍も辛かった。二人だけは確かに末の孫娘を気にかけていてくれた。与えられることのない愛を望み、あったはずの優しさを蔑ろにした。

 『リシュリー・アビドボル』は目くらで愚かな少女だった。


「シルヴィちゃんはどう思う?」


 ワーズに問われて、もう一人の『リシュリー・アビドボル』が経験した過去から意識を戻したシルヴィは軽く首を横に振った。


「売り込みをするのは時期がまだ早いと思う」

「根拠は?」

「今、貴族達の間で流行っているのはルビーやサファイヤで、真珠は正直人気が低い。需要が少ないのだから焦って売りに出してもたいした金額にはならないと思う」

「……ちなみに人気がない根拠を聞くのはあり?」


 知っているから、とは言えない。

 『リシュリー・アビドボル』は無知だったが、流行りには敏感だった。両親の愛と関心の全てが美しく賢い兄姉にあると気が付くと学ぶことを一切放棄し、着飾ることにだけ集中した。流行に敏感でお洒落な『リシュリー』はすぐに同年代の令嬢の憧れの的になった。彼女の身に着けるものは瞬く間に広がり、誰もが同じものを手に入れようと躍起になった。

 令嬢達はまるで憑りつくかれでもしたかのように彼女を真似た。最先端のドレス、宝飾品、好んで口にする菓子、美容方法。小娘の一言に商人達が右往左往するのは面白かった。

 『リシュリー・アビドボル』の影響で真珠が流行したのは彼女が十八の時だ。社交界が記憶通りに動いているとは考えにくいが、他の情報と併せて考えれば真珠の売り込みは一年後の方がいい。


「お店に来た吟遊詩人に教えてもらったの。彼等は呼ばれればどの屋敷にも行くでしょう? 流行りの歌を聞かせてってお願いしたら歌ってくれたんだ。彼の歌の一節に青い星を頂戴って歌詞があって、青い星ってなにを指しているのかって聞いたらサファイアだって」

「あぁ、吟遊詩人は貴族の生活や流行を取り入れて歌にするからね。貴族は歌の歌詞にして欲しいものをねだるって本当なんだ?」

「愛の証に宝石を頂戴って言ったら、あからさま過ぎて下品になるでしょ。わたしなら萎えて買ってあげたくなくなる」

「うーん……確かに。あー、待ってよ。じゃあこれ作ってるのって無駄ってことになるわよね」

「流行は巡るの、だから今は時期じゃないってだけ。今日真珠を持って来たのは、顔の広いグレイスに宝石商を探してもらいたいからなの。実物を持っていたら交渉しやすいでしょう?」

「そりゃないよりはさー。けど、いいの?」

「なにが?」

「あたしが持って逃げないか心配にならない? こんなに沢山あったらしょぼい町からおさらばして、他の町で新しい生活が出来る。ネコババするかもよー」

「ならない。だって、グレイスだもん」


 迷いもなく言い切るとグレイスは華やかな顔を赤くして照れくさそうに笑った。釣りあがった細めの目も薄い唇も、その顔に笑みを広げるだけでとても魅力的になる。


「甘いわねぇ。信頼しちゃってるってわけ? やーねー、あんたそのうち騙されるわよ。カモにされたって知らないんだから! まぁ、ね。あたしはあんた達を裏切ったりとかしないけどさ!」

「姉さん、頼りにしてます」

「大船に乗るがいいわ!」


 顔を見合わせてくすくす笑う。

 真珠のことはグレイスに任せられた、次に問題にすべきは? 町にはとにかく仕事が少ない。一家を支える父親に仕事がなく、母親が別の町で娼婦として働くしかないなんて最悪だ。町の住人は誰もが疑心暗鬼で、シルヴィ達の提案に乗って仕事のやり方を変える者は未だごく一部。その一部が『踊る仔牛亭』で酒を飲み、微々たる成功を膨らませて話してくれているおかげで興味を持たれることも増えたがまだまだだ。

 一回一回の会議は貴重なので前日までに相談したいことを考えているが、どうしたことか頭が回らない。どこを見るわけでもなく黙っていると、耳に痛みを感じた。


「痛っ!」


 驚いて伏せていた目線を上げると、至近距離にリュークの顔があった。


「おい、会議中にぼんやりしてるな」


 いっこうに放さない手を振り払ってきつく睨む。


「痛いなぁ……考え事をしていたの!」

「寝てるのかと思った」

「目ぇ開いてたでしょ!」


 引っ張られた耳の付け根がじんじんする。


「どうせたいしたことじゃないだろ」

「確かにね! リュークにしたらたいしたことじゃございませんが、一応次のこととか考えたりするわけ!」

「へえ」

「……感じ悪っ!」

「さっさと話せば?」

「話すよ! いちいちうるさいなぁっ」


 プリプリしながら小袋に真珠を戻して、テーブルに地図とこの四日の間考え書き記した紙の束を広げる。


「まずマリーとルフナァから相談されている農地の件だけど、あの辺りの土地は枯れきっていて栄養分がほとんどないように見えた。あれではどれだけ耕しても農作物は育たない」

「土地が甦るのを待つつもりなんですか?」

「ううん。ゼファの町長に町の東にあるラスラの森の腐葉土を譲ってもらうことにした。手紙を出したら取りに来るのなら好きなだけどうぞって。配合の割合に気をつけたら上手くいく……って断言するのは難しいけど、試してみる価値はあると思うんだ。マリー達が農地に手出しすることを承諾してくれたら誰かに運搬をお願いしたいの」

「わかった、それは俺が手配しよう」


 挙手するデジレにありがとうと頭を下げる。


「次に樽職人のボリスからオーク材が手に入らないって相談だけど」

「待って、あれは無理だって前の会議で却下したわよね?」

「うん。だからオーク材が多く採れて、なおかつ余っている土地を探したの」

「……は?」


 正確には探したのではなく、積み重ねた記憶から引っ張り出しただけだ。屋敷では時間があまるほどあった。一日の半分は淑女教育と読書に当てていた。あらゆる本を読み漁り、記憶したものは薄れていない。頭の中には過去と現在と両方の記憶が蓄積されている。


「シュバルタ領のバリニーにオークの森があって、そこはすごく遠いんだけど、有り余っているから安くで譲ってもらえると思う。領主に手紙を送っているからこれは返事待ちになるけど、期待は出来る。承諾してもらえたらボリスだけでなく何人かの木こりと搬送係に仕事をおろせる」

「バリニーの領主に……手紙? あ、あんた……思い切ったことするわね。無謀で感心するわー」


 ぱちぱちと拍手をするシルヴィはぎこちなく口角を上げて、カップの縁を指先でなぞった。折り畳んだシワの残る紙を手にして、目を通す。リュークにはそれらの名前のどれにも見覚えがあった。


「これ、全部相談されたことか?」

「ううん、時間なくてまだ半分くらい」

「一、二、三……すごいな」


 問題の糸口を掴んだシルヴィに全員が押し黙った。居たたまれない奇妙な沈黙にグレイスは眉根を中央に寄せて大仰にため息を吐くと、閉じていた口を開いた。


「頭の出来が違い過ぎて圧倒されちゃったからってだんまりはやめて。僻むな、僻むな」

「しかしですねぇ、これは……ちょっと」

「あら、今更なの? 鈍過ぎだわ」


 グレイスの軽口に三人は小さく笑うと、自分達の役割分担をした。長方形の紙を折りたたみ懐へ仕舞うと、リュークは椅子の細い背もたれに深く寄り掛かった。話がまとまったことにシルヴィはホッと胸を撫で下ろして紅茶で喉を潤す。蜂蜜の甘さが喉に広がり、鼻からは香りが抜けた。


「なぁ、シルヴィ。君はこれを全部自分で考えているのか?」

「え?」

「君が読み書き出来ると聞いた時にも驚かされたが、ここまでとは正直思っていなかった。この町に来る前に教師を付けて学んでいたのか?」

「……え、ええ……少し…だけ」


 腕組みをしているデジレの視線は真っ直ぐにこちらに向けられている。返答に困って俯き、誤魔化すようにカップに口をつける。デジレだけでなく全員の視線が集中しているのがわかって、ますます顔を上げられなくなった。

 血が下がって指先が冷たい。


「君のその見事な銀髪はユグースト地方にはないが、君の生まれは? ウィリーに雇われる前はどこで暮らしていた? フルネームは? 家族はいないと言っていたが、いつ失った?」


 矢継ぎ早の質問に口を挟む隙もない。適当な町の名前を言えばこの場はやり過ごせるが、次から次にと嘘を重ねなくてはいけなくなる。黙っていることと偽ることは違う。動揺を必死に隠しどうしたものかと思案していると、苛立ちを露に勢いよく立ち上がったグレイスに抱き寄せられた。

 豊満な胸の谷間に顔が埋まる。


「はーい、話は終わりー。終了!」

「む、むぐぐぐぐっ」

「誰にだって思い出したくないことがあるのに……男ってホント無神経。サイアクー。だから三十手前なのに独身なのよ。引くくらいのむさ苦しい胸毛は黙ってなさいよねー!」

「グ、グレイス……っ、くるし…っ」


 息苦しさに身を捩り、顔を上げる。グレイスの大きな胸は柔らかいが弾力もあり女性特有の甘い香りがする。頬擦りし頭を撫でる彼女の目は慈愛に満ちていた。


「言いたくないことは言わなくていいの。無視しているのが一番」

「……ん」


 上手く切り替えせず言葉が出ない。動揺が顔に広がって洗いざらいぶちまけているのではないかと不安になる。


「喉、渇いたね。お茶のおかわり……持って来る」


 逃げるように会議室から出たシルヴィは深呼吸を繰り返すと、閉めたドアにぐったりと寄り掛かった。緊張していたのか、手足が震えている。


「───なあ、シルヴィって何者なんだろうな」

「ただの女の子よ。胸毛、詮索はやめなさい」

「誰が胸毛だ、でか乳女。シルヴィのことお前らは気にならないのか?」


 デジレは善良な人だ。町と仲間を愛していて、厄災から守りたいと思っている。彼にとって身元不明の孤児は一年傍で見ていても、奇異な存在だろう。自分が異質である自覚はある。


「言いたくないのは理由があるからでしょう。あたしだってあんた達に話したくないことくらいあるわよ」

「たとえば離婚された理由とか?」

「ワーズ、それ以上余計なことを言ったらあんたの口を蜂蜜でいっぱいにしてやるからね」

「すみません、黙ってます」

「あたし達に合わせようって話し方崩したりしてるけど、シルヴィが良い所のお嬢さんだってことは立ち居振る舞いからあたしにだってわかるわよ。元は貴族のお嬢様だったのかもね。それもかなり高位の。けど、それがなに? あたし達の為に町長として働いてくれているんだからそれでいいじゃないの。しかもこれだけ時間が経ってから言い出すとか意味不明。謎。あの子が思いつくことが不満なわけ?」

「俺はもめごとに巻き込まれたくないだけだ。ずっと様子を見ていた、観察していたと言う方が近いかもしれない。あの子は良い子だよ、明るくて賢くて……美しいのに驕っていなくて控え目だ。だが拭いきれない違和感がある。あれは偽りの姿なんじゃないのか? 本当のシルヴィは違うんじゃないのか? なんで誰も疑問をぶつけないんだ」


 本当の、わたし───。

 わたしには二人分の記憶がある。リシュリーを捨ててシルヴィになった今のわたしと、美しい姉を逆恨みし毒を垂れ流しにしていた『リシュリー・アビドボル』の二人分の記憶と知識が。二人は別人であり、同一人物だ。時々今の自分はどちらの自分なのかわからなくなることがある。

 デジレは勘づいている。わたしは普通・・じゃないって。……普通じゃないから今世でも家族に見向きもされなかった。あの時と違って十五年間大人しく、無害であったはずなのに。


「………あんた最低ね。本当に馬鹿なんじゃないの」

「もしあの子が貴族に関係していたら面倒なことになるかもしれない。貴族が平民として生活している理由を考えてみろよ。罪を犯して追放され」


 追放という言葉にシルヴィは飛び上がりそうなほど驚いた。心臓の鼓動が大きくなって、耳鳴りがする。


「追放って……あのシルヴィちゃんが? まさか、だってまだ子供ですよ。お家騒動で逃げて来たってならまだしも、人の為に駆けずり回ってるような子が罪を犯すなんてあり得ませんって。さすがに考えが飛躍しすぎですよ! デジレさんの懸念をないがしろにするわけではありませんが、もめごとが起きたらと考えるのではなくて問題が起きてから考えてはどうでしょうか」

「随分と悠長だな」

「じゃあシルヴィを辞めさせてあんたが町長になる? これを見てよ。これもこれも! 全部に目を通しなさいよっ。あの子がこれを書くのに何時間かかったと思う? 仕事しながら片手までやれることじゃないわ。読めない書けない、知識もなーんもないあんたにシルヴィと同じ仕事が出来るってのならやってみたらいいじゃないっ」

「キャンキャン騒ぐな、煩い。シルヴィに不満があると言ってないだろ」

「はあ?! 誰が吠えさせてんのよ!」


 テーブルを叩く大きな音がする。過熱する言い争いを収めたのはリュークだった。


「二人ともいいかげんにしてくれ」

「だってこの男がっ!」

「いいから。二人ともやめるんだ。デジレが慎重になるのは今に始まったことではないけど……シルヴィに対する詮索はこれ以上はなしだ。今後万が一シルヴィのことで問題が起きたら責任は俺が取る」

「どう取るつもりだ?」

「シルヴィが町にいることを良しとしない声があるのなら二人で町を出るよ。デジレ、俺は───俺はシルヴィが何者でもいいと思ってる。過去に何があっても、どんな事情があっても構わない。小さなことにも一生懸命頑張って、この町をよくしようと走り回っているのが俺の知ってるシルヴィだ。皆にも俺と同じ気持ちでいてほしいとは言わない。ただ、あいつを追い詰めるような物言いはしないでやってくれ」

「………勝手にしろ、何があっても俺は知らん」


 話し声がやんでシルヴィは両手で頭を乱暴に掻くと、足音を気にしながら廊下の先に続く台所に消えた。

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