ツンとデレのバランス
翌朝七時。
約束の一時間前に起床したシルヴィは思案した結果、前開きの白いシャツと腰紐のついた濃い茶色の幅広のパンツにすることにした。貴族のドレスと違い、庶民の服にはほとんど柄がない。色も茶色や濃紺といった暗く地味なものが多く、屋敷で纏っていた服とはまったく異なる配色だ。
シャツの裾をゆったりとした茶色のズボンに入れ、腰紐できつく結ぶ。腰まである長い髪は編み込んで一本で縛ることにした。不器用なタイプではなかったが、自分で髪を編み込めるようになるまで二ヶ月かかった。最近ではかなり複雑な編み方だって出来る。上手く編めたことに満足したシルヴィは時間よりも早く戸口で待つことにした。
少しでも遅れれば何時まで毒を吐かれることか。恐ろしい、想像だけで嘔吐しそうだ。
あの野郎、わたしになんの怨みがあるのか───……。初対面の時からわたしにだけあの態度。他の人にはごく普通どころか紳士的で優しいのに、わたしにだけ悪い意味で特別対応ってなにその逆えこひいき。
「数千年に渡る怨みつらみでもあるのかと。あるんだな、きっとある。あってくれないと納得いかないですからっ!」
盛大な独り言を徐々に温度を上げる。憂鬱な気分を隠せず、出入り口前の短い階段に腰を下ろす。
シルヴィが町長に決まった時、副町長として補佐すると挙手してくれた。てっきり頼りない自分を心配してくれたのかと思ったが、浴びせられたのは強烈な嫌味だった。
あの日から二人1セットで括られるのが正直しんどい。
激しい雷雨になって中止になればいいのにという願いは届かず、時間になるとリュークが現れた。
馬車ではなく、馬で。幻覚でなければ馬。
シルヴィは馬とリュークとを交互に見てから立ち上がった。シルヴィは馬を持っていない、必要な時はウィリーに借りることにしている。確かめもしなかったこちらの落ち度もあるが、馬なら馬と先に言ってもらいたかった。
「馬……」
混乱しながら思わず呟くと、馬上で鼻で笑われた。
「当然のことを聞くな。時間を無駄にするな、さっさと来い」
ほら、と手を差し出される。残念な女相手に嫌なのを我慢してやっている、超我慢してやってる、この俺様が!……という心情を隠しもしない。
「───少しは隠そうよ」
「は?」
「なんも言ってない。ごめん、ちょっと待ってて。ウィリーさんに馬を借りて来ないと……」
「ジグは強い馬だ。お前を乗せてもびくともしない」
「……それ、わたしが重いって言ってんの?」
眉根を寄せてリュークを見上げる。リュークは苛立った様子でもう一度馬に乗るように促した。長い鬣の黒毛の馬はリュークが手柄を立てた時に、領主から与えられた褒美の一つだった。渋々手を取り馬に乗る。ぐんと近くなった呼吸音、触れた背中に体温を感じて鼓動が跳ねた。
目的地までは一時間もかからない。乾いた茶色の大地に建つ古ぼけた家々が流れるように過ぎて行く。二人の間に会話らしい会話はないが、馬に乗っているだけで気分は高揚した。
時折、リュークはジグを休ませる為だと歩調を緩めた。それは大抵芽を出し始めた畑の横だった。
「昨日打ち明けられたんだが、アルヴィンが町を出るそうだ」
「子供を産んで育てるには厳しい環境だもの、仕方がないわ」
「少し仕事が増えた程度じゃ一家九人を養えないのはわかるが……彼はクレル一帯の纏め役をしてくれていたから、抜けられるのは厳しいな」
「引越しの話を聞く度に自分の無力さを痛感する」
「………じゃない」
葉擦れの音に声が聞こえず、半身を捩って訊き直す。
「え? なんて?」
「お前のせいじゃないと言ったんだ。気に病んで、胸を痛めることはない」
思いがけない優しい言葉にシルヴィは曖昧に微笑むと、小さく頷いて正面に向き直った。町から出て行く人に思いとどまってもらう術が今はない。
いくつかの改善案は順調に進んでいるが、成功率は五分五分で成果を出せていないものもある。特に田畑関係は難しい。土壌の問題だけでなく、天候にも大きく左右される。他の家々と比べた農家から責められたのも一度や二度ではないが、そんな時は必ずリュークが間に入ってくれた。なんだかんだと言いながらリュークは仲裁役として働いてくれている。
嫌っているのか、それとも嫌っていないのか───よくわからない……変な人。
「リューク」
「うん?」
「ありがと、ね……」
「は? 礼を言われる覚えはない。馬に乗っている時は口を閉じて静かにしていろ」
素っ気無く言ってジグのわき腹を軽く蹴る。急に上がった速度にリュークの照れ隠しかと思ったが、すぐにそんな都合の良い話はないと湧き上がった考えを払拭した。
民家から遠く離れただだっ広い平原に周囲を大きな石でぐるりと囲んだバイル湖はある。膝丈まである雑草の先端には白い花が咲いている。楕円形の湖は淀みなく澄み切っており、覗くと石の転がる水底までが見えた。細く長い水草の間を優雅に泳ぐオンブル・シュバリエを確認したシルヴィは、湖の側に立てた小屋から持ち出した餌を撒いた。
餌に食いついた魚が水面に跳ねる。
「今日の呼び出しってこれかー。うーん、この結界の破られ方は魔力のある人に間違いないね」
「だよな」
「先週張ったばかりの防護膜が少しだけど壊れるなんて通常なら考えられないもん。ここが一番大きくてわかりやすいからリュークにもうっすら見えたんだろうけど、実際はここだけじゃないよ。あっちと、あっち。あ、あそこもだ」
湖の周囲を三箇所指差し、もっとも近いひび割れに近づく。身の丈はある亀裂は傷口のように赤く、蝋燭の明かりのようにぼんやりと光っている。触れると指先がわずかに痺れた。屋敷を出てから他人の魔力を感じたのは初めてだ。
「簡単には壊れないはずなんだけど……形成の途中で失敗したかなぁ」
「お前がヘボいだけじゃないのか」
冷たい物言いにかちんと来て、内心で舌打ちする。
「………悪かったね。こういう時男子としては、誰にでも失敗はあるよー、とか慰めるもんなんじゃないの? 慰め、励ましてくれたっていいじゃない。減るもんじゃなし! お礼とか謝罪とか慰めの言葉って減るわけ? 減らねーでしょ。自分じゃ防護膜自体張れないくせに、えっらそーに。感じ悪い。ああ、感じ悪い、ホンット感じ悪い」
小声で文句を言いながら亀裂をくっつけ、より強い魔力で上書きする。修繕するついでに膜全体を強化していく。杞憂かもしれないが後悔はしたくない。
かつて、グランヴィルア王国には数多くの魔導士がいた。王族に手厚く保護された魔導士達は軍に属し、王は強大な力を持っていた。市民の多くは微々たる魔力しか持たなかったが、誰もが当たり前に魔法を使っていた。
だが人界からエルフや妖精が去って魔力を持つ者は年々減少し、リュークのように魔力はあっても魔法は使えない者ばかりとなった。魔導士も二十年前に誕生した者が最後だという。シルヴィが魔法を使えることを知っているのはリュークと前町長、それにウィリー夫妻だけだ。彼女が魔力を持っているだけでなく、使いこなせていると広く知られれば国は必ず動く。
十一人目の魔導士の誕生を歓迎しないわけがない。王の忠実な臣下である伯爵家は魔導士になる素質のあった娘の存在を黙っていたと責められるだろう。反逆者として断罪される可能性もある。家に連れ戻され、物語の通り破滅の道を歩くなんてごめんだ。自分は物語のようにはならない、絶対に。
本当ならリューク達にだって黙っていたかった。秘密を打ち明けるには付き合いは短かったし、自分の力は大き過ぎた。しかし彼等は左手首にはめられた腕輪がただの装飾品ではなく、魔力制御の腕輪だと知っていた為秘密にしてはおけなかった。
時々、ふと考える。
執事は主に魔力のことを何度も報告しており、伯爵は己の娘が魔力持ちだと知っていた。魔導士になる才があるかもしれないと父が気づき、戻れと命じてくれるまで息を殺して待っていたらよかったのではないか。本邸で姉に関わらず、魔法を磨くことにだけに集中し、最強の魔導士となって王の寵愛を得られたら破滅の道から逃れて家族の一員として──────そこまで考えて、思考を頭から振り払う。
……下らない。わたしには魔導士になる素質があると先生から聞いていたのに、お父様はわたしを本邸には戻すなと命じていたではないの。
別邸から決して出すなと。
数少ない魔導士として利用し王城で権力を掴むことだって可能だったのに、必要とはされなかった。物語がどうのこうのという問題ではなく、わたしをお嫌いだった。
理由はわからないけれど、この世界の家族も物語り同様にわたしを疎ましく思い排除していた。
───わたしに家族なんていない。最初からいなかった。
「どうした」
「なんでもない」
「……少し顔が青い。疲れたのなら休むか?」
「大丈夫」
魔力制御をされながら、魔法を使うのは体への負荷が大きい。奥歯を噛んで魔力の放出を続けていると、くらりと立ち眩みがした。
養殖することを決めた時、部外者が近づけないように防護膜を張ろうと言い出したのは自分だ。育てた魚を盗人の手から守るのに、魔法を利用する以上の最善が見つからなかった。
「シルヴィ」
剣ダコの出来た硬い手がふいに二の腕を掴む。
「俺が疲れたから休むぞ」
「ちょっ、まだ途中……っ!」
「いいからさっさと座れ」
強引に中断させられて平らな大岩に二人並んで腰を下ろす。薄布を敷いた灰色の岩の上は陽光が当たっていたせいか、ほのかに温かい。青い空はどこまでも高く、千切れた雲は眩しいほどに白い。
リュークは柄のない布鞄から紙包みを取り出すと、そのうちの一つをシルヴィに手渡した。包みの中身は薄切り肉とトマトを挟んだパンだった。
「朝飯。どうせ食ってないんだろ」
「……これ、リュークが?」
「文句があるなら捨てろ」
返事を待たずにリュークは大口を開けてパンに齧りついた。
「文句があるなんて言ってないじゃない。……ありがたく頂きます」
「腹が満たされりゃそれでいいんだから、味についてはとやかく言うなよ。お前が作ったものよりも不味いのは当然だ」
「ううん」
武術とは違い、料理の腕はさっぱり上がらないらしい。ウィリーの焼くパンよりも粉っぽくて固く、肉は味は悪くなかったが火を入れ過ぎだ。肉汁が少なくてぱさついている。気付かれないように横目でリュークを盗み見ると、彼は揺れる水面を眺めていた。
シルヴィが食べなくてもいいと思っているようだ。
「うわっ、お肉の味が濃くて美味しい。リュークも料理なんてするんだね」
「料理ってほどの料理じゃないだろ。肉と野菜と挟んだだけだ。まぁ、夜勤の時には厨房借りて夜食を作ることはあるけどさ」
「何を作るの?」
「簡単なものばかりだな。肉とか魚とか塩かけて焼く。嫁とか恋人がいる奴等は差し入れしてもらってるけど、俺はいないから自分でやるしかない」
そっか、リュークの婚約者は別の町にいるから……。
警備団と副町長の兼務だと身の回りのことをするのは大変だろうなぁ。結婚を先延ばしにしている理由を聞いたことはないけど、不便ならさっさと式を挙げてしまえばいいのに。
性格キツいから、相手に渋られてるのかしら。
「夜勤の時、わたしが作ってあげよっか?」
「………は?」
「自分のを作るついでだし。食事を作っている時間が気晴らしになるなら、無理にとは言わないけど。お世話になってるお礼に」
「は? な、お、お前が俺にだけ作るのか? ば、ちょ……そ、そんなのおかしい、だろ」
声が裏返り、どもりが激しくなる。ごく普通のことを言ったつもりなのに、リュークは目に見えるほど動揺した。材料をほんの少し増やすだけで、三人分も四人分も同じだ。会った時からなんだかんだと言いながら、世話を焼いてくれている。店の常連客が度を過ぎた接触をしないのは、ウィリーが実の娘のように可愛がっているからだけではない。リュークが目を光らせてくれているからだとも知っている。
夜食がお礼になるならこちらも助かる。
「お店から歩いても十分くらいだし。これから寒くなるでしょ。夜中まで起きていなくちゃいけないんだから、温かいものの方が嬉しくない?」
真横を向いて首を傾げると、リュークは見る見る顔を赤くした。口を開けては閉じている。
「おまっ、それって」
「あ、ごめん。余計なお世話だった?」
「いや、い……い、嫌なわけはない、けど……」
俯いて口元の肉汁を手の甲で拭う。唇に触れている手が微かに震えている気がして凝視していると、リュークは顔をしかめて包み紙をぐしゃりと丸めた。
短く息を吸って、吐く。
「………夜勤は五日に一回ある」
「うん」
「好き嫌いはない」
「わかった」
「うん……」
「じゃあ、次の夜勤からね。必要なくなったらやめるからその時は言ってね。……さて、と。お腹もいっぱいになったことだし、補修を続けよっと」
手のひらで口元を覆い隠し、赤い顔を誤魔化すようにシルヴィとは逆の方に顔を逸らす。
「俺は見回りしてくる」
「ん、気をつけて。いってらっしゃい」
「お前もな。変なのが近づいて来たら叫べよ」
どうやら危機には駆けつけて、助けてくれるつもりはあるらしい。
自然に緩む顔を見られたらまた毒づかれてはかなわないと、立ち上がり修復箇所に戻る。ぬかるんだ足元は不安定で、気を抜くと倒れそうになる。シルヴィが水に近づくと、餌を貰えると勘違いをした魚が集まって来た。丸々と太った成魚の中に稚魚も混じっている。稚魚がこのまま育ては他の町へ倍は出荷出来るはずだ。
修繕を完了させたシルヴィは右手を水に浸し、水にも魔力を注いだ。一瞬だけ七色に輝いた水面は、夜空に流れる星の川のように美しかった。
* * * * *
バイル湖の修繕を終え、警備団の庁舎に戻ったのは三時を過ぎていた。元は貴族の別荘だった三階建ての大きな屋敷の南側にリューク専用の執務室はある。疲れた様子もなく戻った彼を待っていたのは団長であるマティスだった。
「おーう、お帰りぃー!」
「………ただいま戻りました」
マティスは黒髪に白髪の混じった四十を過ぎた隻眼の大男だ。十年前に警備団に配属されるまでは王家直属の騎士団に属し、両刃の大剣を軽々と振り回していた。軍神とまで呼ばれた尊敬すべき団長は、この所用事もないのにリュークの部屋に入り浸っている。
リュークはソファでくつろぐマティスを無表情で見下ろすと、剣を外して壁に立てかけた。
「なーんか良いことでもあったー?」
「唐突になんですか、貴方は。仕事はどうしました」
「休憩中。お前の穴を埋めるのに真面目に働いていたら疲れちゃったよ」
「申し訳ありません」
「冗談だ。兼務を許可したのは俺だ。で、何があった」
「侵入者がいたようです。複数の足跡がありました。今後調査します」
「くはっ、バイル湖のことなんて聞いてねー! 俺が興味があるのは、お前とシルヴィちゃんのじれじれの関係のこったよ。他になにがある!」
「暇人ですね。俺の私生活などどうでもいいでしょうが」
「んな女からきゃーきゃー騒がれても常に無表情でいるお前の顔が笑ってりゃ、シルヴィちゃん絡みでいいことがあったんだろーなーとか普通思うでしょ。したら気になるでしょ。気になったら訊くでしょ」
言われて咄嗟に出入口真横の壁に張りつけた鏡を覗き込む。表情筋をまるで感じさせない顔がある。目も口も笑っていない。その証拠に馬小屋から執務室まで誰からも何も言われなかった。
「標準装備です」
「そんなでまかせ、ダメダメ。とびきり良いことがあったのなら、上官である俺にまず報告だ。さぁ、躊躇うな若人よ。この俺様に包み隠さず……吐くがいい」
低い声で命じられてため息を吐く。リュークが苦手としている人間はそう多くない。無表情でいることを常としているとほどんどの人間は付き合い辛い奴だと勝手に距離を置き、余計な詮索をしない。人付き合いは得意じゃない、むしろ苦手だ。一人でいることになんの苦痛も感じない。
だがマティスは年長者特権を最大限に振りかざして、ずかずかと踏み込んでくる。入団したての頃はそれがひどく疎ましかったが、最近ではすっかり慣れた。引きずり回され、人の輪に放り投げられることを心地良いとさえ思うことがある。
棚からワインのボトルとグラスを二つ取り出し、足の短いテーブルに置く。酒を飲みながら一日あったことを話すと、マティスはさもおかしそうに肩を大きく揺らして笑った。
「甘酸っぱい、甘酸っぱい。死ぬ!」
身悶えてソファに倒れ込む。顔は相変わらずにやにやしていて、からかう気満々だ。
「下の毛が生え揃ってないガキの甘酸っぱい恋! このネタで三杯はいけるな。うっし、今晩は呑みに行くか」
「下の毛はきちんと生え揃っていますし、断じて恋などではありません」
「恋だろ」
「違います、恋だなんて冗談じゃない」
「馬車でいいのにわざと馬にしたのはなんでよ」
グラスにワインを注ぎ喉に流す。
「……万が一に雨でも降って、車輪が動かなくなったら面倒だと……」
「この天気のどこに雨の心配が? ねぇだろ、全然これっぽっちもねぇわ。大体お前、自分の愛馬に他人を触らせることもないでしょーが。もー、無自覚なわけでないでしょー。普段は作らない飯を作ってやったりしてさ。ぷぷぷっ」
「たまには作りますよ。団長だって食べたことあるでしょう」
「遥か昔にな。まだお前がツルツルで、可愛いげのあった頃だ」
「すぐに下半身を持ち出すのをやめて下さい。……馬は前に彼女が綺麗だと褒めてくれたから……乗せてやったら喜ぶかと思っただけで。飯だって、いつも作ってもらってばかりだから」
「お前に特別作ってるわけじゃなくて、作るのが酒場の仕事だからな!」
「ぐっ!」
短く唸って顔を伏せる。返せる言葉がなく唸ったきり黙るリュークにマティスは呆れた顔をした。
「坊主」
「……はい」
「恋かどうかは別として、ガキじゃないんだからもっと優しくしてやれ。照れ隠しに嫌味を言うな。聞いてるこっちまで萎える。あの子は俺達と違って家族も兄弟もいなくて、この町で一人ぼっちなんだ。口煩いジジイ共に寝る時間がなくなってもいいって押し切ってまで副町長になったのは、支えてやるって決めたからだろ。そろそろいいかげんにしないと、本気で嫌われるぞ」
「………わかっています」
「すでに結構嫌われてる」
「わ、かってます……っ!」
「ならいいけど」
起き上がってボトルを掴み、直接ワインを飲む。喉をまったく刺激しない安い酒で酔うには何十本と必要そうだ。
「お前があんまり冷たくしたら、俺がちょっかい出しちゃうよー。毎日通って大人の包容力全開で優しく口説いたら半年くらいで落ちるだろ。可憐な美少女で隠れ巨乳とかたまらんね、超好物」
顔は真面目に、口調は軽く極めて下品に言うとリュークは全身から殺気を放出した。スッと細めた眼差しで直視する。黒い瞳は他の色彩に比べて迫力がある。
挑発に容易く乗ってしまうくらい本気だというのに恋と認めない男を面倒で厄介だと思う。冗談だと撤回せず、マティスは残りのワインを一気に飲み干した。