ウエイトレス、時々町長
グランヴィルア王国の南、ユグースト地方メルヴィアに人口三千人程度の小さな町がある。元々は三万人を超える市民が暮らす森に囲まれた自然豊かな町であったが、数年に渡る干ばつの影響で生活の成り立たなくなった市民が次々と町を去り今は見る影もない。
手入れをする者のいなくなった家は朽ち、乾いた畑には雑草が生い茂り荒れ放題だ。痩せた牧草地に放された牛の脇腹は骨が浮き上がり毛艶も悪い。多くの商売人が出入りをする活気のあった中央市場は当たり前に閉鎖に追い込まれ、定期的に訪れる隣町の行商人と数件の店が生活を辛うじて支えている。
年老いた町長がアルドナの町を領地内に持つツヴァイ侯爵家に嘆願書を出すも梨の礫で、改善しようとする姿勢さえ見られなかった。数年のうちに全員が捨てるだろうと言われているアルドナの町でリシュリー・アビトボルがシルヴィと名を変えてさびれた宿屋の看板娘として生活をすることになったのは単なる偶然だった。
「シルヴィ、もう一杯くれ!」
太陽が沈んだ午後六時、アルドナの町に唯一残った『踊る仔馬亭』は過疎化が進んでいるとは思えないほどの熱気に溢れていた。
「ああ、シルヴィこっちにもだ」
「はーいっ」
「いや、俺の方が先だぞっ」
「なんだと、このクソ野郎。横槍すんな! シルヴィを呼んだのは俺の方が先だっ」
「やんのか、コラッ!」
『踊る仔牛亭』は赤茶色のレンガ造りの二階建ての宿屋兼酒場だ。出入り口から縦に長い店内の最奥に厨房があり、宿としている二階へと続く階段は出入り口とカウンターのほぼ中央に位置している。店内は飾り気がなくシンプルで、二十のテーブルと十人が横並びに出来る濃い茶色のカウンターがある。立ち飲み用に置いたワインの樽は四方に置いてあり、ここ一年半は夜になるとその全てが客で埋まる日の方が多い。数年前まで閑古鳥の鳴いていた店は昼も夜も盛況で、庭としている敷地に溢れることもある。
風が木を揺らす葉擦れの音や鳥の囀りだけの静寂の世界で生きていたリシュリーが互いの話す声を聞き取るのも苦労する喧騒に慣れるには一月の時間を要したが、今では転寝だって可能だ。
空になった酒瓶と持ち手のついた木製のカップをトレイに載せて、声のする方に振り返る。
「待って待って、今行きまーすっ」
少女らしい少し高い声に男達は睨み合うのをやめて、浮かせた腰を椅子に戻した。
紺色のワンピースに白いエプロンをつけ混み合う店内で右に左にと元気いっぱいに動き回っているシルヴィの姿を目で追う。赤ワイン入りのカップを髭面の中年男の前に置き、空になったカップを手元に引き寄せる。白い肌に艶のある輝く銀髪、大きな紫紺の瞳は感情豊かで薔薇色の唇はぷっくりと柔らかそうだ。男はシルヴィに好色そうな笑みを向けた。
「シルヴィちゃん、今日も可愛いね」
「知ってます」
真顔で答えるとそんな切り替えし方をされるとは思っていなかったのか、男は後方へと仰け反った。
「ええっ?!」
「あ、なに。からかっただけ?」
「いや、そういうこっちゃねぇけどよ……言うようになったよなー」
「慣れですよ、慣れ。毎日からかわれてたら慣れもしますって!」
「あ、でも俺のは本音よ。シルヴィちゃんの可愛い顔を見るだけで癒されるんだよなぁ。清らかっちゅーか、なんちゅーか」
細い腰を抱き寄せようと伸ばされた手からするりと逃げて、置いたばかりのカップを掴む。
「じゃあ、お酒はもういりませんね? 没収だなんて残念っ!」
「ちょっ、それとこれとは話が別でしょ、持った待った! 持って行こうとしないでっ。俺の命の水がぁっ!」
悪戯っぽい笑みを浮かべて相手をする彼女に、酒場を兼ねた宿屋の主人の声が飛ぶ。
「シルヴィ、オンブルが焼き上がったぞっ!」
「はぁい!」
廃れた町で目にしたこともない美少女の気を引こうと頻繁に店に顔を出すようになった男達を一睨みし、店主は乱暴な手つきでカウンターに楕円形の大皿を置いた。射殺さんばかりの眼光に男がすくみ上がる。額から首にかけてまでの髪を残し、サイドを刈り上げたキツい目つきの店主はかつては名のある傭兵だった。
額から目尻にかけて大きな傷跡があり、瞼の開きが悪くなっている。二メートルを超える巨躯は未だ衰えを知らず、強盗を返り討ちにした数は五十を超えてから数えるのをやめた。
ここ三年ほど、命知らずの強盗の訪れはない。
「二番テーブルだ。重いぞ、持てるか?」
「うっ、重……っ、うんしょ…大、丈夫!」
オンブル・シュバリエのバターソースがけをトレイに載せ、こぼさないように慎重に運ぶ。体長が四十センチ近くあるオンブル・シュバリエはバイル湖に住む淡水魚で、グランヴィルア王国内でも徐々に人気が高まっている。半年前まで誰も見向きもしなかった魚が注目を集めるようになったのは、『踊る仔牛亭』に通う常連客からの噂からだった。
良い噂も悪い噂も流れるのは速い。
テーブルに皿を置いた瞬間に男達の手が伸び、瞬く間に魚が解体される。ふっくらとした身を口に含みじっくりと味わってからエールで流し、テーブルを叩く。
「くはぁ、うめぇ! やっば、最高にうめぇぇぇ」
「あー、たまらんっ。内臓にじわっとするわぁ」
男達が歓喜の声を上げる。
「魚なんて塩で食う他ねぇと思ってたんだけどなぁ」
「同感だ。うちのカカァも見習えってんだよ。毎日なんも工夫もせんで、同じもんばっかり作りやがってなぁ」
骨に残った身をしゃぶり、重ねた皿に放り投げる。残ったソースは最後の一滴まで硬く焼いたパンで拭い取られた。店で最も人気のあるオンブル・シュバリエのバターソースがけを注文する声があちらこちらから聞こえる。
「半年前までこれの半分もないちっせぇのを同じ値段で食ってたとか信じられんねぇよな。よっ! やるな、町長!」
ニッと笑ってシルヴィに親指を立てる。
「ここでは町長って呼ばないでくださーい。時間外でーす」
「いいじゃねぇか、町長! こんな美少女が町長だとか、他の町の奴等が羨ましがってたぜ」
「羨ましいって……くじ引きでなった町長ですよ。ってか、前町長が辞めて次の町長になりたい人がいなかったからって普通くじ引きで決めます? わたしなんて子供で余所者ですよ?! 皆適当過ぎるっ」
町長選抜という名の大くじ引き大会のことを思い出すと、未だに眉間にシワが寄る。
前町長が高齢と体調不良を理由に辞任した時、人口が三千人もいて誰一人として次の町長になりたいと挙手しなかった。大人達の話し合いは長く続き、すったもんだの末にくじ引きをすることが決まった訳だが、対象年齢がやたらと幅広かった。
対象は十五歳以上六十歳以下の男女。免除されるのは病人と妊婦、幼い子供のいる主婦だけだと知らず余所者の自分には関係ないと傍観していたのが悪かったのか、お前も対象だと店主に促されて引いたくじには見事当たりの印がついていた。
当たり棒をへし折って、地面に埋めてしまいたかった。
「くじ引きだろうがなんだろうが、前のジジイ……いや、町長に比べりゃかなーり良い働きしてくれてるって。俺達がこうやって飯と酒を口に出来てるのだってシルヴィちゃんの改善案のおかげじゃんか。皆感謝してるんだぜ。この町に来てまだ二年ってのが嘘みたいだよな」
新しい名前、二つの仕事、間借りしている小さな部屋、飾り気のない洋服が数枚と外れない腕輪。これが今の自分の全てだ。
二年前、リシュリー・アビトボルは自分がこの世界が実姉アウローラを主役とした『麗しのレディ・アウローラ』という小説の世界の敵役だということを思い出した。
きっかけは父親が執事に宛てた手紙だった。
生きていると知られるな、決して屋敷から出してはならん。
『麗しのレディ・アウローラ』の主人公、アウローラは大魔導士を何人も輩出した伯爵家の長女として生まれ大切に育てられた。政略結婚だったにも関わらず両親は深く愛し合っており、同じように子供達を愛していた。中でも誰もが息を飲む美貌を誇る長女、アウローラは彼等にとって唯一無二の宝物だった。彼女が十の年に行われた魔力測定で、魔力をほとんど持っていないことが判明しても誰も何も変わらなかった。
華々しく社交界にデビューし、貴族令息達から求婚をされる。留学生であった隣国王子からも愛を囁かれたが彼女の心を射止めたのは妹の初恋の相手である自国の第二王子だった。
選ばれたのはいつでも自分ではない。誰も自分を愛さない。愛して欲しい人達は皆姉だけを愛する。姉がいる限り自分は一人───恋に破れた妹リシェリーは姉を逆恨みし、命を狙うようになる。
心優しきアウローラは妹との関係を改善すべく努力するが、憎しみに捕らわれたリシェリーに言葉は届かない。二人の争いはやがて社交界をも巻き込むことになる。
自分と同じ銀髪、紫紺の瞳を持つ、快活でお転婆な少女はもうどこにもいない。
アウローラは涙を飲んで、愛する妹を断罪する───。
主人公の恋愛と姉妹の葛藤、強さと弱さが融合した見事なお話だった。姉はいつでも主人公できらきらと輝き、自分は自らが発した炎に焼かれ醜い姿でそれを妬み続ける。美しい姉だけを愛する両親は寝台に横たわるリシュリーを冷ややかに見下ろし追放を言い渡した。包帯の隙間から見える狭い視界が涙で滲む。
両親と兄を見たのはそれが最後だった。荒地に建てられた薄暗い修道院で、追放された妹がその後どうなるか物語にはない。姉はあの光の世界で、妹が人々から隔絶されて終わることを知らない。
両手足にはめられた魔力封じの枷は壁から伸びた鎖に繋がっていた。分厚い壁が四方を囲み、あるのは格子のついた小窓だけ。恐ろしいほどの静寂の中で、弓なりの月を見上げたことを覚えている。
存在が罪だとあの人が言った時に、『かつてのわたし』の全ては終わっていたのかもしれない───。
「シルヴィ?」
「……んへ?」
店主がカウンターから顔を覗かせる。
違う……わたしは、無関係よ。これは実際の記憶じゃない、読んで知っているだけのこと。
「どうした、ぼんやりして。アホ面になってんぞ」
「美少女を捕まえて失礼な」
「誰が美少女だ、鏡見ろ」
悪態をつきながらも心配そうな顔に自分がいる場所を思い出して、内心でほっとする。
「鏡は毎日見てるんですけどね……えっと、これは? 何番?」
「五番だ。おい、本当に大丈夫か?」
「ちょっとぼーっとしちゃって」
「疲れているなら今日はもういいぞ。一時間もすりゃジジも戻る。酔っぱらいどもにわざわざ皿を運んでやるこたぁねぇんだ。お前がキツいってんなら」
「平気、平気。若さと元気だけが取り柄です。えーっと、五番ね。持って行きます!」
あの日、屋敷で過ごした最後の日。父の書いた手紙で、リシュリー・アビドボルと『麗しのアウローラのリシュリー・アビドボル』が重なった。
自分が生きているはずの世界が物語りと酷似しているだけと思うには、色々なことが重なり過ぎていた。偶然では済まされない類似点。幽閉されるだけの未来にここにいてはいけないと本能が足を動かし、本で得た知識だけを頼りに後先を考えずに短い手紙一通を残して屋敷を飛び出した。
何も考えない、目的地のない旅は慣れないこともあって厳しいものだった。自分の容姿が人目を惹くことに気付いてからはフードを深く被り、顔を伏せて歩いた。
旅は物語のように簡単にはいかない。相乗り馬車に乗るのも一苦労で、旅のほとんどを歩くことになった。形だけを重視していた靴は歩きにくく、踵から血が滲んで内側を酷く汚した。
ついに六日目の朝に倒れ、気がついた時には『踊る仔牛亭』の客室にいた。荒野で意識を失っていた所を助けてくれたのはアルドナの隣町、ジェンドに食料品を買出しに出ていた店主夫妻だった。
元傭兵のウィリーと元娼婦のジジ。
子供のいない夫婦はリシェリーに行く当てがないと知ると、自分達の店で働かないかと彼女を誘った。給金は安いが部屋と食事は心配するなと言って笑った二人は、何があって一人旅をしているのかを訊かなかった。短く終わった自己紹介。家族はおらず天涯孤独で、家も名前もないのは嘘じゃない。
どちらともあるにはあったけれど、あってないようなものだった。そうでなかったら、捨てることにわずかばかりでも躊躇ったと思う。
一日の仕事を終えたシルヴィは部屋に戻ると蜀台の蝋燭に灯りをともし、机の引き出しから紙の束を取り出した。市民から集めた声を書きまとめた紙は二十枚以上ある。
パイ生地に薄切りにした林檎を挟んだ菓子を齧りながら目を通し、硝子ペンで思いついたことをメモする。
アルドナの町には本がない。日々を生きることで精一杯で碌に学んでもいない彼等は文字を読むことさえままならない。屋敷を出て当たり前に読んでいた本が驚くほど高価だと知った。読書室の本があれば町長としての仕事に役立てられたのにと残念に思う。
屋敷で使用人達とは必要最低限の会話はなく、時間があれば勉強ばかりしていた。数千冊の本を貪欲に読み漁り、知らないことを知るのは空の器に水が溜まるようで面白かった。
今にしてみれば飼い殺しにされるこの身には、知識など不要だったのだろうけれど。
「畑の水の確保と乳牛の繁殖か……多くの牧草地が枯れている今、繁殖は難しいなぁ。先に牧草地からどうにかしなくちゃかねぇ……うーん、まいるー。頭痛いー……」
左手でこめかみを解しながら硝子ペンの先端をインクに浸し、改善案を書いていく。唯々諾々と従って屋敷にもこっているんじゃなかったと後悔している時間はない。
町長の任期は最長で五年。一年目は町の状態を知り市民の問題点を洗い出し、その一部に手をつけることで終わってしまった。見向きもされなかったバイル湖でオンブル・シュバリエを太らせ、増やすことにはどうにか成功したが長く上手く続くとは限らない。
餌の改良と池の浄化だけで成果を出せたのは奇跡に近いとわかっている。
残りは四年。四年で他の町への市民の流出を止め、財政赤字を改善し人を戻すことなど果たして可能なのか。硝子ペンを机に転がして頭を抱えると、ドアをノックする音がした。
返事をする前にドアが開く。
「どうして来なかった」
マナーもクソもなく浴びせられた言葉に眉根が寄る。緩やかに波打つ漆黒の髪を首の後ろで一本に縛っている長身の青年は不機嫌そうな顔でシルヴィを睨みつけると、乱暴な手つきで後ろ手にドアを閉めた。
屋敷にいた頃、独身の淑女はたとえ親であろうと男性と室内に二人きりになるものではないと教えられたが、どうやら庶民はそうではないらしい。
「……今日はジジさんが夜までいないから抜けられない、そっちには行けないって伝言出したはずだけど」
「聞いていない」
きっぱりと言い切ってずかずかと部屋に入り込み、許可を得る前にソファに腰を下ろす。安物のソファがぎしりと軋んだ。
「…聞けよ……」
「基本的にお前の話は聞き流しているからな」
「聞き流し……で責める、と。やだなにこの人、最悪……」
我慢しきれずに文句を言うと、リュークは顔をしかめた。
「ぶつぶつなに言ってるんだ? 気持ち悪いな」
「なんでもない。で、こんな時間にどうしたの?」
「町長が会合に来なかったから様子を見にな。……相変わらず何もない貧乏ったらしい部屋だな」
腕を組んで背もたれにふんぞり返る。時計とリュークを交互に見て、シルヴィは大きな目をこぼれ落ちんばかりに見開いた。
「こんな時間に?! もう寝る時間なんですけど!」
「外から見たら明かりがついていた」
「………寝る間際まで明かりはつけておくものでしょ」
入浴をすませ、夜着に着替えてもいる。月明かりは頼りなく、蝋燭を消せば伸ばした手の先さえ見えない漆黒の闇だ。どの家だって寝台に入るまで蝋燭は消さないのではないか。
「お前は文句ばかりだな。この俺がお前なんかの為にわざわざ足を運んだんだ、感謝されこそ文句を言われる覚えはない」
女性の注目を浴びるほど端正な顔立ちをしてるリュークは二十三と年若いが警備団で副団長をしており、遠くに住まう領主からの覚えもめでたい。貿易で財を成した良家の子息で、噂では貴族の令嬢と婚約しているという。今はただの市民だが、結婚すれば貴族に仲間入り。「この俺」と鼻を高くする理由は十分にある。
疲れるなぁ、と内心でため息を吐く。
「……はいはい、そうですねそうですね。おっしゃる通りごもっとも。すみませんでした、わたしが悪うございました。───で、ご用件は?」
「明日、バイル湖に行くぞ。動きやすい格好をしろよ」
「は?」
「頭も顔もいまいちだが、耳までいまいちになったのか。つくづく残念な女だな」
ふんっと鼻で笑われて、頬がひきつりこめかみが痙攣する。大抵のことは笑顔で受け流せるが、相手がリュークとなると上手くいかなくなる。自分を落ち着かせる為の深呼吸をすると、リュークはますます不愉快そうな顔をした。
「耳に届いた言葉があまりにも非常識だから幻聴なのかと疑っただけ。なぜ、わたしが、明日、あなたと一緒にバイル湖に行かなければならないの?」
「仕事だからに決まっているだろう。でなけりゃお前みたいな残念な女と一緒に外出なんかするか」
「そうね」
即答するとリュークは射殺さんばかりにシルヴィを睨みつけた。
「なによ」
「可愛くない女」
どうもありがとう、可愛くなくて結構です。言えば口論になるだけと言葉を飲んだ分だけ苛々が増す。
「ウィリーには話を通してある」
「あ、そうなんだ」
「当たり前だろう。お前、本当に残念だな」
会話の中で必ず一言嫌味なり悪口なりを入れないと気がすまないんだろうか、この男は。シルヴィは肩をすくめた。
「警備団のお仕事はいいの?」
「副町長も俺の仕事だ。お前に心配される必要はない」
そりゃあ悪うございましたねという言葉を飲んで頷くと、リュークは用はすんだとばかりに立ち上がった。あからさまに自分を嫌う人と同じ部屋にいるのは酷く疲れる。明日になれば最低半日は一緒にいなくてはいけないのだから、今日は一刻でも早く帰ってもらいたい。狭い部屋の空気がどんどん薄まって、息苦しくて仕方がない。
「───おい」
「なに」
「お前、店でちょっと人気があってちやほやされているからって調子に乗るなよ。この町には銀髪がいないから、物珍しいだけだ」
低く冷たい声で言い放つと、リュークは部屋を後にした。珍獣扱いに怒りを爆発させたシルヴィの投げた枕は、閉じたドアに当たって床に落ちた。