タバコが吸いたい(ショートショート15)
男はひとり無人島にいた。
ボートで釣りをしていたのだが、思いもよらぬ嵐に遭遇し、一晩中流されて漂着したのだ。
見知らぬ砂浜に流れ着いたときは、食料はじめ一切のものを失っていた。ゆいいつ助けを呼べるはずのケイタイもである。
男は島を探索した。
周囲はわずか一キロメートルほど。どこまでも続く砂浜とヤシの木があるばかりだった。
数日間。
男はヤシの実から水分を補給し、貝や小魚を食料として生き延びた。
――ひと月ぐらいはなんとかなるな。その間に助けが来てくれるかどうかだが……。
だが。
助けを呼ぶ手段がない。
助けが来るようすもない。
海を見て、空を見て過ごすばかりである。
――タバコが吸いてえな。
男は流れる白い雲を見て、タバコの煙をなつかしく思った。
――くそー、タバコが吸いてえなあ。
猛烈にタバコが吸いたくなった。
こうなれば最後の手段、もう神頼みしかない。
「神様ー」
男は空に向かって叫んだ。
すると……。
天の助けか、空から死神が舞い降りてきた。
死神が男に問う。
「オマエか、ワシを呼んだのは?」
「はい、お願いがあって呼びました」
「命と引きかえなら、オマエの願いをなんでも叶えてやるぞ」
死神がれいのごとく条件を出す。
「ではタバコをください。どうせ死ぬ命、タバコがいただけるんなら、よろこんでさしあげますので」
「承知したぞ」
死神が天を指さす。
すると空からパラパラと、数え切れぬほどのタバコが落ちてきた。
タバコが砂浜に山とできる。
「ありがたいことで。これだけあれば、死ぬまで思う存分に吸うことができます」
「そのタバコがなくなるころ、約束どおり命をもらい受けに来るからな」
死神が空へと舞い昇る。
――吸うぞー。
男はさっそくタバコを口にくわえた。
――うん?
火がない。
タバコが吸えない。
男は死神を呼び止めようと、すぐに空を見上げた。
死神が雲間に消えようとしている。
「オーイ、マッチクレー」