世界と女神の誕生
--昔々、ある1人の女性がいた。
彼女は、この世で言うまさに絶世の美女であった。
彼女を巡り、世界中の男達が彼女の元に駆け寄り、彼女のハートを射止めんと男達はその死力を尽くした。
莫大な財宝・虹色に輝く宝石の数々・1国の王の城を遥かに凌駕する白城・中には、全ての女性が惚れるであろう容姿を持つ王子さえも彼女の為に、全ての身を捧げて迫った。
当然、周りから見れば彼女は人の夢を全て意のままに出来る、まさに最高の存在だった。
誰もが羨み、そして憧れであった。
だが、彼女は違った。
目の前に、どれだけの財宝や光輝く宝石を渡されようが彼女は何も感じない。
誰もが息を飲むであろう城をもらっても、全ての女性を魅了する容姿を持つ王子に愛を歌われても彼女の心は何も満たされない。
そんな世界に、彼女は日々日々病んでいった。
「この世界を私は必要としていない」
そうした彼女が、自ら選んだ最終選択は『自殺』。
漆黒の森の奥に存在すると言われるリンゴの木。
その木に実るリンゴは、この世でもっとも美しいとされるリンゴせあった。
色鮮やかな、ルビーですらかすむ様な輝きを放つそのリンゴは、ある『毒』を持っていた。
『永眠』
たった1口。
それだけで、口にした者は永遠の眠りにつく。
白雪姫の様に、真実の愛。王子様の口付けで眠りから覚めるような、メルヘンちっくな様な物ではない。
体の全ての血液の循環が止まり、即座に心肺の停止。
口にした瞬間その者は即座に、眠るよりも早く死ぬ。
『死神のリンゴ』
世界でもっとも美しいリンゴは、世界でもっとも恐ろしいリンゴとも呼ばれた。
だが、このリンゴは『最高の自殺手段』として、絶賛されていた。
特に女性。
その理由は、痛み無く瞬時に死を迎えるのはもちろん、この死神のリンゴの真の魅力は『永遠の美貌を持って死ねる』事だった。
永遠の美は、全ての女性の願いであろう。
年を重ねるごとに、どれだけ絶世の美女であろうともその美貌は必ず衰える。
しかし、死神のリンゴは、死後もその肉体が衰える事も腐敗する事もなかった。
故に、死神のリンゴは、女性達にとっては最高の死の形なのだ。
皮肉なことに当時の、特に美女と呼ばれる女性達の死因ランキング1位は、この死神のリンゴだった。
数多くの美女が、その美貌を保ったままの死を望んで、リンゴを口にした。
とある王国の王女ですら、自らの美を追求するあまりにリンゴを口にしたと言う。
そして、ついに国は死神のリンゴを全面的に禁止した。
事実、まるで麻薬の様に国中の女性達がリンゴに狂い、とてつもない数の女性が命を落としていた。
各王国の王達は互いに協力し、即座に死神のリンゴの木がある漆黒の森を封鎖した。
そして、漆黒の森に入り、リンゴを入手する行為は即死刑と言う重い法律を設けた。
これは王達が、それぞれの愛する自らの王女達が将来リンゴを口にする事を非常に恐れた為だ。
こうして、死神のリンゴは、最高の死の形でありながらも誰の口にも触れる事が許されない幻のリンゴへと変わった。
そして、今まさに彼女の自殺の手段がその死神のリンゴだった。
彼女は、自分に求愛する男達の中から、そのリンゴを入手する様密かに頼んだ男が居た。
本来なら、どれだけ彼女の頼みであろうと、それを承諾する男などいるはずがない。
自分が惚れた女を・・・この手で殺すのと同じ事なのだから。
そんな中、1人の男は心から彼女の要求を飲んだ。
男は、とある王国の王子ではあったが、他の王や王子と比べるとそれほど良い身分の王子とは言えなかった。
顔は美しい部類の容姿だったが、それだけだ。
だが、彼女はその男の言葉に、他の男に無い魅力を感じていた。
「愛する者の心からの願いを叶えられない男など、愛する資格すらございません。例えそれがこの手を汚すことであっても、私はあなたの為に喜んでこの手を汚しましょう」
その男の満面の笑みと優しさが彼女の心を動かした。
そして、彼女は自分の死後の死体を生涯その男の下に捧げることを誓い、男の手を取った・・・・・・。
--なんと言う美しさ
男は、ベッドの上で静かに眠る彼女を目の前に、ただただ涙を流しながら立ち尽くしていた。
1口かじられたリンゴが、彼女の手元から転がり落ちていた。
彼女の死体は、一切化粧を施す必要が無いほど美しかった。
男はそっと彼女に歩み寄り、そして凍りついた様に冷たい手を優しく握りながら言った。
「あなたをこの世界で幸せに出来なかった愚かな私をどうか許して欲しい」
「あなたを苦しめていたものを取り除けなかった愚かな私をどうか許して欲しい」
「あなたに死を与えた愚かな私をどうか許して欲しい」
「そして・・・愚かな私の・・・1人の男のまがままをここで許して欲しい」
男は手に持っていた剣で、己の心臓を突き刺した。
口からゆっくりと血が流れ出る。
急激に襲う痛みと寒さに、体を震わせながら、美しく眠る彼女の顔を見て・・・ゆっくりと笑った。
「向こうであなたと一緒になれるかは、分からないけど・・・愛する人を1人逝かせるのは・・・やっぱり許されないよ・・・・・・」
男は彼女の手を握ったまま「一緒に・・・」と言葉を残し、その場に倒れこんだ。
そして、美しい死体となった彼女の瞳からは1粒の涙が・・・何故かこぼれ落ちていた。
彼女は生涯でたった1度の後悔をした。
死後、初めて自分が必要とする世界が現れたからだ。だが、全てが遅すぎた。
彼女は暗い世界の中、1人裸でうずくまっていた。
美しい瞳からは、滝の様に零れ落ちる涙が止まらない。
叫んだ・・・喉が潰れるほど叫んだ。
自分の生きていた世界での行いの全てを呪った。悔やんだ。激怒した。
だが、あの時の様に、自分に歩み寄る者は1人も居ない。
泣き叫ぶ彼女は、ただただ孤独と言う存在でしかなかった。
(これが私の犯した罪の償いなのだろうか・・・)
彼女は、自分の両手を強く握り締めた。
すると、不思議な事に片方の手だけ異常に温かかった。
彼女はすぐに気付いた。
「あの人の手だ・・・・・・」
彼女はその手を胸に当てながら、再び涙を流す。
こんな自分に・・・死後も尚、自分に温もりをくれる優しさ。
彼女は何事も言えぬ感謝を心の中で叫んだ。
そして、彼女は決心した。
自分がやらなくてはならない事。
ここでただ孤独に泣き喚く事が、懺悔ではないと。
彼女は、温もりのある手を天に掲げて誓った。
自分が手に入れることが出来なかった世界。
そして、自分の様な思いをもう誰にもさせないと叫ぶ。
彼女の掲げる天が、見る見る暗闇から青空へと変わる。
暗闇の風景も、自然豊かなものへと世界が変わっていく。
彼女の裸体も、神秘的な服装へと変わり、掲げた手は温もりに包まれた優しいベールの光を宿した。
彼女は、ゆっくりと手を胸に当て誓いの言葉を口にする。
「私は世界を作る。私はこの世界の神になる。私は自分と同じ存在を導く。私は・・・常にあなたの温もりと共に・・・・・・もぉずっと一緒だから」
--1つの世界と1人の女神が誕生した。