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神の作りたもう世界

作者: 高遠響

 男は考えた。今日から人間をやめよう。人間の有りようにはいい加減愛想が尽きた。嘘、裏切り、偽善、欺瞞、この世は悪と罪で満ちている。そしてそれらの汚れた物を生みだすのはいつも人間だ。人間から出る物は全て穢れている。そして彼らはそれに気がついていない。気が付いているのかもしれないが、気がつかない振りをしているのかもしれない。そして終わりのない自転車操業の借金地獄のような罪深い営みを綿々と続けることに執着している。こんな世界になんの価値があろうか。彼らにあるのは滅びの道のみ。

 そして素晴らしい事に、自分にはそれを行う力がある……。今まで誰にも打ち明けなかった。それは誰も理解する事が出来ない能力である事を男は自覚していた。だが、今こそ己の能力をこの世に知らしめる時なのだ。その時が来たのだ。


 男は決めた。今日から人間をやめよう。そして神を名乗ろう。……否、神になるのだ。神から与えられたこの手は、神の手にほかならぬ。この神の手を以て、この世を作り直す。


 男は手始めに身近な悪を消去することにした。電車でフルメイクする若い女性の鼻の穴にはアイブロウペンシルを突っ込み、裸同然のはしたない格好の娘達には露出した太腿にモミジの手形を貼り付けた。水田にゴミを投げ込む小学生をゴミ箱に突っ込み、無灯火で反対車線を突っ走る自転車の若者をつまみあげて沼に放り込み、迷惑駐車の自動車をことごとく爆破した。


 それでもなかなか悪は減らない。埃を一つひとつつまみあげていてもきりがない。もう少しまとめて片付けなくてはなかなかこの世は浄化されまい。資源ごみをかすめ取る不法ゴミ収集の業者は男の技によりトチ狂ったヤクザに襲撃され、ヤクザはまとめて内部抗争を装い一掃した。虐待される幼子を善良な市民の手元に送り、罪深い両親を互いの手で始末させた。カツアゲをする不良の心臓と、痴漢を働く不埒な輩の脳みそは彼の見えない手によって一瞬で握りつぶした。


 身の回りの空気は少し清浄になったような気がするが、まだまだ手ぬるい。この世の巨悪を消し去らなければ、この世は変わるまい。臭い匂いは元から断たねばならないのだ。

 悪徳政治家の心臓はことごとく握りつぶすことにしよう。天災を理由に人災を作り出し、人民を苦しめ愚弄し続ける悪徳企業も同様だ。この世から抹殺せねばなるまい。自分の生活の利便を守るために、巨悪に目をつぶり、あまつさえその存続を認める小市民共も粛清の対象だ。他人の苦しみの上に成り立つ生活など、砂の上に建てた城にすぎない。ほんの少し大きな波が来れば、全て流れ去る。所詮、虚構だ。

 黙示録の滅びは今まさに男の手によって起こされる。悪の滅び去ったこの地上に、完全な善の種を撒くとしよう。清められた地に撒かれた種は何千もの種を生むだろう。そしてそれらは全て清い種なのだ。

この世が善人にばかりなれば、なんの問題も生じない。全ての人間は己を優先するのではなく、他者を思いやり、他者のために生きるのだ。そうすれば社会は変わる。それどころか、この世界そのものが生まれ変わる。

 清浄な地から湧きあがる澄みきった水の如く一切の濁りを取り除いた世界。互いを慈しみ合う、愛に満ち溢れた世界。なんの苦しみも悲しみもない世界。それはまさしく楽園だ。遥か遠い昔、純粋無垢なアダムとエバが暮らしていた神の作りたもうたエデンの園。


 しかし、そこで男ははたと気がついた。


 ううむ。……これではまるで面白くない。人間関係という物が成り立たない。葛藤もない。悩みもない。善良な人間ばかりではこの世は何も起こらない。


 男は深い溜息をついた。


 神は自分に似せて人を作りたもうた。しかし、それでは人は完璧な存在となってしまう。完璧な人間なんぞ、なんの面白みもない。それゆえに、神は自分に似せつつも、不完全な存在として人間を創造したのだ。

 人は不完全であるからこそ、面白い。罪にまみれているからこそ、色んな葛藤にぶち当たり、色んな事件を巻き起こす。そしてそれこそが、人々の娯楽の源にもなりうるのだ。

 

 男は頭を掻きむしりながらパソコンの画面に並ぶ文字の羅列を読みかえす。


「起承転結もオチもクソもあったもんじゃないな。小説家なんてのは神様と一緒だと思ったけど、神様の真似して自分の世界に天罰下したところで、面白い話にはならないらしい。や~めた。プロットから書き直しだ」


 了


……神様もこの世のあれこれを楽しんでおられるんですかねぇ。所詮我々も神様の作った小説の中の登場人物にすぎないのかもしれません。

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― 新着の感想 ―
[一言] 人殺ししか考えない悪事をするのは人間だけ わざわざ自分で丹精込めて創った地球や人間その他の生物を 壊したいなんて神様は思わない 人間が勝手に自滅してるだけ 自分で痛い思いをして子供を産んで…
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