君がいたから
タイトルは複数人に係ります
突然だが、ヒメコの家はご両親が海外出張が多い。親戚も近くにいない姫野家は、昔からこの地に住んでいる王司家(隣だし)を頼ることが自然と多くなった。母親同士気が合ったのが一番の要因で、その為にヒメコとよく顔を合わせるようになる。
時々、一緒に夕食をとるようになったのは何時の頃からか。今は、料理をやらざるを得なくなってしまった為に炊事洗濯を始め、家事全般般はなんでもござれである。え?私の話ではなく、ヒメコの話ね。私は正直、得意ではございません。
「いっただっきまーす!」
そんなヒメコは今日も我が家の食卓にお邪魔している。母のご飯はヒメコにとってはお袋の味らしく、いつも「おいしい!」と笑顔で感想を言うため、母もヒメコが来るときだけは料理に力を入れている。
ついでに私が作った肉じゃがは「はっきりしないノブらしい味だな!」と笑顔で評された。殴るぞ。テーブルの下で拳を密かに用意したが、隣に座っていた父親の「俺は濃すぎない志信の味付けは好きだなあ」とフォローしてくれた為、そっと態勢をといた。
「ご馳走さまでした!」
立ち上がって、食器を流しまで片付けるなり「洗わせて下さい」と申し出たヒメコだったが、いつも通り母に却下されていた。
ヒメコは帰れば一人きりで、家族の団欒をあまり感じた事が無い。だからこそ、手伝いたいと。手伝う事でこの家にいる時間を延ばしたい、と強く思っているようだ。
何か役割を持たないといられなくて、何もせずにはいられないと。だから直ぐにヒメコは帰ってしまう。
「ヒメコ、宿題教えてから帰れ」
「え?」
わざと残しておいた課題をヒメコに渡して、立ち上がりかけた腰を再び座らせる。
「ノブ…」
困惑したような、でも、何処かホッとしたようなヒメコの呟きは無視して、課題が終わる迄引き止めた。
***
次の日。…何故か私の下駄箱前を陣取る少女がいた。真っ黒なストレートな髪は肩胛骨まで有り、伏し目がちな瞳には何故か負のオーラをまとっている。ストッキングも黒、中に着込んだカーディガンも黒、とにかく黒い少女がいる。
「(…あの子は泉さんか)」
泉希理恵さんはヒメコと同じクラスの、ヒロインの一人。デフォルト惚れヒロインだが、かなりの曲者である。愛が兎に角強過ぎてストーカーもやっているのだ。
ヒメコが泉さんにとっての世界の中心なので、十中八九、幼なじみの私に用があると見た。近づきたくない雰囲気だが、周りの迷惑にもなるし仕方なく近づく。
「おはよう、王司志信」
「…おはようございます?何か私に用事ですか」
いかにも「私、解りません」って態度をとる。すると、伏し目がちだったモノを一気に開眼させた泉さんが、私に迫る。
「用事ならあるわ!」
「は、はあ…」
どことなく血走った目は、私に恨みマックス。間近で美人さんが睨んでいて、状況は芳しくない。
「アタシの運命の人サーチが告げているの。貴女の家に彼が居たって!」
「(ぎえええ!誤解だ!周囲に修羅場って思われるだろうがぁぁ!)」
「どういうことなの!?」
「そのー、仰る事がよく解らないのですが。あなたの名前も解らないですし…」
必殺!私何にも解らないよ作戦。可愛い女の子はちょっとおバカな振りをする事で、話を反らせるのです!…可愛い、って前提条件が欠けていますけどね!
「アタシは泉希理恵。アタシの加護は「探索(運命の人サーチ)」なの」
「へえ…凄いんですね」
「ええ。何時でも何処でも彼の居場所が解るの。勿論、落とし物探しなんかも得意よ」
ふふ。とふんぞり返る泉さんはなんとなく可愛い。しかし、言ってる事はただのストーカーです。
どんどん人が集まってきて、視線を感じて頭が痛くなってきた。
「へえ。で、彼とは?」
解ってはいるけど、聞いてみる。すると、日焼けをしたことのないような真っ白な顔を真っ赤に染めて、彼女は急に言葉を詰まらせた。
「な、な、な!」
「え、大丈夫ですか?」
伸ばした手はスパッと払われ「知らないわ!」と叫んで、脱兎の如く去っていった。ビリビリ痺れる手を擦って、彼女の背中を目で追おうとしたが、既に彼女はいなくなっていた。
「(これで上履きが履けるや)」
軽くため息を吐いて、靴を履き替える。…周囲の視線はあえて無視して、教室へとゆっくり進んだ。
***
「それって本当に…?」
ギャラリーの中で発された小さな小さな呟き。彼女は鞄を握りしめてから、唇を噛み締める。
決意が込められた彼女の足は何処へ向かったのか。ポニーテールが走るたびに揺らされていた。
ヒロインの一人と真面目に接触しました