その委員長、金髪につき
委員会に入りました
図書館に行ったヒメコは無事「教養」のパラメーターを基準値まで上昇させた。教養が高まった事により、本に対する興味関心が強くなったのか。普段は読まなそうな難しいものをヒメコは借りていた。
「純文学は難しいけど、新しい世界が拓けるぞ」
朝登校途中にやたらと清々しく語るヒメコには悪いが「そうなんだー」としか言えなかった。心は豊かになるかもしれないが、まず読み進める努力は出来そうに無かった…。ごめん。
***
その日のホームルームでは、委員会やら係やらの役割決めが行われた。大変そうな級長を全力で回避した結果、環境美化委員会におさまる事になりました。
…入って後悔したのは放課後に集まるなり、花壇の草むしりを命じられたからだ。仕事は、定期的な草むしりがメインらしい。他にもゴミの分別や大掃除も主体になって動かなくてはならないし、清掃用具の点検も月に一回行わなくてはならないらしい。
「(…甘く見ていた)」
意外と厳しい現実を前にして、伸び放題の草を遠慮なく抜いて鬱憤を晴らす。
「そこの方、もっと慈しみを持って抜きなさい!」
力の限り抜いていた事に気付かれてしまい、環境美化委員長に理解不能なお叱りを受けた。根絶やしにしないといけない雑草へ、どうやって慈しみを持てと言うのだろうか。全く以て解らなかった。
「(…ゆっくり作業してみるかな?)」
取り敢えず、ゆっくり作業(別名手抜き)をしてみたら「やる気が感じられませんよ!」と言われてしまう。どうすればいいんですか、委員長サマー!
不満を押し隠して委員長を見ると、やたらと煌びやかな委員長が大袈裟な溜息をしてみせた。
「全く。貴女は女性なのですから、もっと淑やかに草をむしればいいのです」
「…はい」
色々と言いたい事はあったが、ぐっと堪えて返答する。淑やかに、淑やかに。
私の姿に騙されてくれたようで「宜しい。よく出来ていますよ」と、委員長は他の人の監督へ向かった。…小姑みたいな人だが、ヒメコと同様の思考回路を持つ人だと思う。心と言葉が一致していて、嘘偽りが無いのだ。
「あれが噂の日生玲哉先輩なんだ?凄いね」
「…今までどこに逃げていたんですか我が友よ」
委員長が居なくなった途端、同じクラスの友人が戻ってくる。彼女の加護は「危険回避」なので、心身に影響を及ぼす出来事を早急に察知出来る為…今まで逃げていたようである。
「ごめーん」
「…いや、しょうがないよ…。確かに訳が解らないもの」
日生玲哉委員長は金髪碧眼のイケメンさんで、目立つ容姿をしている。そして、言動も目立つ人なのである。
独自の美学に沿った面白理論を展開し、マイペースな人生を歩んでいる為、巻き込まれる周囲の苦労は相当なものだと噂に聞いている。
現に、私に対しての発言もちょっと…解りづらい。裏表の無い真っ直ぐな言葉であるだけに、余計に扱いづらいです。
「さ、目を付けられないように真面目にやろう」
「そうねー」
真面目に活動しつつも、チラッと委員長の様子を伺う。金髪に映える青のリボンで髪を一つに纏めているようだ。…下ろすとおかっぱヘアーなるなきっと。
そんな日生玲哉先輩もヒーローの一人で、最後に出会う「小南繭」先輩ルートでのライバルである。図書委員会に入ることが攻略条件に有り、関わり続ける為には「教養」と「勇気」のパラメーターを高く保ち続けなくてはならない。彼女の攻略はパラメーター条件も、選択肢も難しく、大抵の人が日生玲哉先輩に最初は横取りされた。…つまりは、プレイヤーに恨まれまくっている印象が強いのである。
金髪碧眼に色白で繊細な体つきを持ち、儚い美しさを兼ね備えているその人をまるで王子様のようだと、新入生は初見に騙されてしまう。実際は…前述通り。先輩の外見に騙されていたらしい他クラスの女生徒が、小言に打ちのめされていた。
「私を見ている暇があったら仕事に集中なさい。何の為に委員会に入ったのですか?学校の為、人の為、職務を全うするためでしょう。なのに貴女は何をやっているのです」
キツい物言いだが、最終的に「宜しい。貴女は出来る人なのですから、自信を持って活動に励んで下さい」と微笑んでフォローしたのは流石だと思った。
「…凄いね。信者も増える訳だわ」
「その手腕に天晴れ」
飴と鞭も巧く使いこなしていて、外見も良くて、ある種のカリスマ性も持ち合わせる委員長に焦がれる人はかなり多い。信者の質は生徒会長の非公認ファンクラブと比べると、すこぶる良い。ファンになる過程で無意識に日生委員長が根性を叩き直しているから?と推測する。
比較しようと、作草部御幸会長の全てを叩き斬るような冷たい視線を思い出そうとするが、百合林先輩へのときめきが強すぎてあまり思い出せない。…流石一弥さま、素敵!
「志信、志信、手を動かないと不味いって!………すまん、友よ!」
***
「…どうしたんですか、先程迄の真面目さは何処へ行ったのです。二年E組、王司志信君。貴女の日頃の様子はご友人から伺っています。一体どうしたのです?そもそも、環境美化委員会に入ったのは──」
とある空き教室で座布団の上に正座をして、日生委員長のお説教を聞く。
友人が懸命に現実へ呼び戻そうと努力してくれたらしいが、恍惚に浸っていた私は戻って来なかった為あえなく退避した、と後々語った。
勿論、そんな私を見逃しては貰えず日生委員長にたっぷりとお説教責めをくらっています。自業自得だから反省しました。
けれど!お説教で一時間は長過ぎます…。委員会も解散したし、部活動の生徒も帰宅しつつあって、校内には人が疎らにしか残っていなかった。
「はい、これにて話は終わりです。…さ、立てますか?」
最終下校時間を知らせるチャイムが鳴るなり、さっくりと日生委員長は話を切り上げた。しかし、限界突破していた為、差し伸べてくれた手には捕まれず、足の痺れにより崩れ落ちた。
「ぬおおおお…」
「…もっと女性らしい言い方をしなさい」
呆れたような声を委員長が出した後、背中をむけてしゃがんでくれる。
「乗りなさい。貴女をそのような状態にした責任があります」
「元々身から出た錆なんで、大丈夫です」
「確かにそうですね。さあ、さっさと来なさい」
「いえ、委員長は先に行ってて下さい。直り次第私も帰りますので」
「そういう訳にはいきません」
「帰って下さい」
「…強情ですね。時には素直に甘える事も、許されますよ」
押し問答をしている内に時間を稼げたので、ある程度回復出来た。じわじわ痺れる足に力を込め、立ち上がる。生まれたての子鹿のように足をプルプルさせていただろうに、日生委員長はからかう事も何もしなかった。ゆっくりと廊下を進む私に「仕方ない人ですね」と、嘆息しながら付き添ってくれる。
「…すみません」
「お気になさらず。私も少々やりすぎてしまいました。委員長としての使命感が暴走してしまった。長として失格ですね」
思わず委員長の横顔を窺うと、珍しく苦笑している。
「難しいですね、治める者は。人の上に立つことは──」
今、日生先輩は滅茶苦茶大事な話をしてくれているようだ。作草部先輩の姿を思い浮かべているのか、苦笑は段々と辛そうな物に変わっている。
完璧に自分が原因だと思い、なんとか言葉を絞りだそうとしたのに…肝心な時に頭は回らない。
「日生委員長、これからもご指導宜しくお願いします!」
取り敢えず、これだけ言い捨てて走り去った。…つもりだったが結局足の痺れの所為で転倒し、呆れ顔の委員長宅の車で強制的に自宅送還された。
「…貴女の人を気遣う優しさはとても尊い事ですが、先ずはご自身を大事になさい」
帰り際、ウィンドウ越しに委員長は言った後──「ありがとうございます」と、照れたような声が聞こえた気がした。
***
──ヒメコはもしかしなくても、小南繭先輩のフラグを回収していたようで、「図書委員会に入って、凄い本と人に会った!」と律儀にメールをくれた。
流石、攻略王。改めて感心して、膝に湿布を貼る。
──湿布は冷たくて、ひんやりした。
今までで一番乙女チックな話になった気がします。