コーヒータイムブレイク
噂の人。
図書館にてヒメコがパラメーター不足を補っているであろう本日は晴天で、室内で過ごすには勿体ない位の心地よい日だ。
ことり。とセルフで取ってきたコーヒーを二人分テーブルへ並べる。
「有難う」
「いえいえ。次はちい兄よろしくね」
「はいよ」
晴天にも関わらず喫茶店に入り浸る二人、私とちい兄は同じタイミングでコーヒーを啜った。瞬間「にがっ」と目の前に居る人物が舌を軽く出して、眉をしかめた。
「コーヒーはやっぱりシロップと砂糖が必要だろー。お前良く飲めるよな、前もそうだったか?」
シロップも砂糖も入れない私に釣られて、つい飲んでしまったらしい。どんどん本来の色と味が失われていくコーヒーに哀愁を感じる。
かき回す音を聞きながら思考をめぐらす。コーヒーは以前はあまり飲まなかった、と思う。…飲むようになったのは環境が変わってからだ。
「前はそうでも無かったかな。今は、コーヒー好きが家族にいるからね」
「成る程な。俺もお前も兄貴も皆、成長期だからって牛乳ばっか飲まされてたもんな」
苦笑したちい兄、「芦原千明」さんは律の兄であり、前世では私の兄だった人だ。
前世で縁があるとお互い不思議と感覚が通じるようで、私とちい兄が律を介して初めて会った日に発覚した。以来、適当に時間が空いた時に二人で話すようになったのである。
「毎日牛乳飲まされてた時より今の方が身長あるのがなんともだけどな…」
「やっぱ親の遺伝子が大きいよね」
「だな。見ろよ、俺滅茶苦茶長身!…イケメン顔の遺伝子は兄と弟に取られちまったが」
「確かに彩貴兄さんも律も整ってるけど、ちい兄の方が見ていて落ち着くよ。イケメンは見ていると落ち着かない」
「お前、遠回しに馬鹿にしてるだろ?悪かったなモブ顔で!」
口を尖らせて顔を反らした兄が「ありがとよ」と、小さな心の声が伝わってきた。私の発言が馬鹿にしていない事も解った上での冗談だったようだ。
ついでに芦原家は男三兄弟構成で上から彩貴兄さん、ちい兄の千明さん、律となっている。彩貴兄さんは社会人だがちい兄は大学生で、年齢が少しばらけているが仲の良い兄弟だ。
考えてばかりいると直ぐに飲み物を消費してしまった。カップの中身が空になって、ちい兄が立ち上がる。
「次は何にする?」
「メロンソーダ」
「ほいよー」
ちい兄のカップにはまだ半分以上も残っているのに、私の飲み物の為だけに立たせてしまった。…申し訳ない。
ぼんやりとちい兄の背中を眺めていたら「あ!」と、男性にしては高めの声が頭上から聞こえる。視線を動かすと、見覚えのある凸凹男二人組がいた。気の所為だと、自己暗示をかけてテーブルへと視線を戻す。
しかし、彼らは見逃してはくれないようだ。可愛らしく頬を膨らませた諏訪湊くんがテーブルを軽く叩いて「昨日の先輩っすよね?」と更に突き詰めてくる。今の私には三つ選択肢がある。1、知らない振り。学校で会った時がフォロー出来ない。2、諦めて同意する。学校でまた会った時に騒ぎになりそう。3、逃亡。学校で以下略。…正直、どれを選んでもデメリットがついてくる。どうするべきか。
「お待たせー、って知り合いさんか?」
絶妙のタイミングで現れたちい兄が笑顔のまま、テーブルへグラスを置く。視線を私に寄越し「(こいつら後輩ヒロインのヒーロー二人組じゃねーか?どうしたんだよ志信)」と心の声を私に聞かせる。これはちい兄の加護である「念話」だ。一方通行の送信しか出来ない為、あんまり役に立たないと笑っていたが今は役立ってますよ!だが、何時まで経っても私が答えない為、兄はとんでもない方向に理解をしてしまった。
「知り合いっぽいし、相席どうよ?」
「(おい兄貴ぃぃぃ!?)」
何勝手にやってるんですか!一方通行の送信はやっぱり意味がない。相互に通信出来てこそ、意味があるんだ!
私の反感を見て兄がニヤニヤと何かを伝えようとした時、突然遮断される。
「──有難い申し出ですが」
細い骨張った指先が、諏訪くんの言い分も私達の意見も遮るようにテーブルを叩いた。
昨日は眼鏡をかけていたが、今日はコンタクトなのであろうか?眼鏡をとったその人は、まるで見定めているかのように冷たい瞳をしていた。表情は愛想よく笑っているのに目は冷たい。
「ご迷惑になってしまうようなので、失礼します」
「知可!」
「行くぞ、湊」
諏訪くんを引きずっていく、もう一人の背中を思わず「分析」を働かせて見ようとしたら、力が弾かれ、遮断される。
瞬間、怜悧な視線が私をとらえた。諏訪くんも何処か不思議そうに振り向いている。…何かを間違えてしまったようだ。
「(妹よ、あいつらの加護は「絶対防御」と「無効化」だ。下手に力を向けると、逆に目を付けられるぞ)」
やっちまったな、と言いたげな兄の視線が突き刺さる。ヒーローの加護は律以外知らなかった。あくまでもプレイヤーはちい兄だから、ヒーローには目もくれなかった過去の自分に後悔するしかない。
無言で戻ってきた男は、何処か楽しんでいるようにも見えた。
「…やっぱり、ご一緒させて頂いても宜しいですか?」
生嶋知可と名乗った後輩は「どうぞ?」と兄が言うなり、私の隣に素早く腰を落とした。
「先輩の隣に座るなんてずるいぞ知可!あっ、お邪魔しやす!」
「どぞ」
ぶーたれつつもやや遅れてちい兄の隣に座った諏訪くんが、私へ笑いかける。
「やっぱり、昨日の先輩だ」
「…こんにちは。クラスは合ってました?」
「バッチリでした!コイツも同じなんすよー!」
そう、良かったね。と微妙な棒読みで同調すると「はい!」と力強い返事が戻ってくる。
「そう言えば僕、先輩の事何も知らないんすよ!もし良かったら聞いてもいいですか?あ、名前と学年クラスと、そこの方との関係とかも差し支えなければ!」
「…元気いいなあ」
ぼそり。苦笑したちい兄が耳をやんわり押さえている。体育会系は発声練習もよくやるって聞くし、声が自然と通るようだ。…真正面にいる生嶋くんは慣れた顔で、平然としているから素晴らしい。
「二年E組、王司志信です。…私とちい兄は……」
「他人であり、魂の兄妹だな」
「そんな関係です」
頭にクエスチョンマークを浮かべている諏訪くんを差し置いて、生嶋くんが「そうなんですか」と相槌を打つ。多分、彼の相槌は次の話をする為の布石だ。
──さて、本題は。
「ところで」
生嶋くんが話し始めた瞬間だった。私と兄の携帯に着信が入ったのである。ちい兄は律からで、私はヒメコからであった。ただ、内容はちい兄は「買い物手伝って」と、私は「好きな新刊が図書館にある、キープしとくから来い」と。
「悪い、お二人さん」
「私ら急用が出来てしまったようなんですよ」
「じゃあ」
「さようなら」
呆気にとられている生嶋くん達を置いて、私達はこの場を脱出した。
「…志信、気をつけろよ」
「うん」
「頑張れよ」
別れ際、ちい兄は何かを言おうとして言わなかった。ただ、頭をやんわり撫でて、微笑んだ。…これに何の意味があったのか、私は知らなかった。
***
「あり得ない…」
あんまりにも理不尽な偶然により、あっという間にターゲットは去って行った。生嶋は取り乱す事も少ない、ポーカーフェイスを持つと周囲から評されているが、今回は珍しく呆然としている。
「知可変な顔してんぞーあはは」
「煩い。…要観察だぞ、あの先輩とやら」
「王司先輩だよ」
「そんな事は解っているさ」
生嶋は余程苛々しているのか、テーブルを人差し指でかつかつ叩いている。にこやかに見つめる諏訪もまた、内心は落ち着かないようで窓の外を見て、長い睫毛を憂いと共に伏せる。
「結局何なんだろ。納得出来ないよ…」
「俺達が知る訳がないだろう。本人達がああ言ったんだから、それが真実では無いのか?」
「…知可って嫌な奴」
ジト目で諏訪は腐れ縁を見たが、彼は何も気にする様子が無い。
「褒め言葉だ」
そう皮肉たっぷりに笑った。その後二人を、正確には自らに「加護」を仕掛けてきた人物を思い返して、目を細める。
「(王司志信…)」
知らず知らず口の端をあげていた事を、彼は気付かぬ振りをした。
一応、お兄さんはこれからも出ます。