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守るから



 下駄箱を覗く。案の定、金色に煌めく針先が並んでいる。ちまちま嫌がらせはまだ続いているようだ。

 相変わらずな微妙さにストレスが溜まるが、画鋲二つを取り除き、何事も無かったように上履きを履いた。


「(画鋲の使い方間違ってるっての!)」


 貧乏性の為に頂こうと思ったが、人の悪意が込められた物を持ち帰りたくなくて、ゴミ箱へと入れる。


「志信、お早う」


 後ろから聞こえてくる声にちょっとビックリして、振り返ると少しだけ無表情を綻ばせている律が、思ったより近くに立っていた。


「お早う律」


 笑顔で返しつつも、半歩後ろに下がって適正距離に戻す。

 さりげなくやったつもりだが「残念…」と伝わってきて、バレバレだと判明した。

 残念、と思ったって事はわざとやったのか。いや、素でやったのであろう。クールにみえるが素直な律は、狡猾に策を巡らすのは苦手だったから。


「途中まで一緒に行こう」

「うん、行こうかー」


 一緒に歩きだしてからの一瞬、「痛っ」と隣から聞こえた。


「…律?」


 心配して見上げたのに、何故か律の方が私を心配そうに見ている。

 視線が交錯して、律は人差し指をペロリと舐めた。何気ない動作だがエロチックだ。まあそれよりも雑菌だらけの手を舐めるなんて、という考えが先行しましたがね。

 何を思っているのか探ろうとしても強い怒りしか解らなかった。感情の中で比率が偏っているようである。


「…」

「…」


 会話が弾まないまま、私達は教室のある三階に辿り着いてしまった。

 元々多弁ではないが、ここまで喋らないなんてよっぽどの何かがあったのだと考えられる。

 何に対して怒っているのか。…昔、ケーキを半分こした際に苺を横取りした時のこととか?

 解らないまま律と別れた時。


「──守るから、志信」


 ぼそっと、律が告げたらしい言葉を聞き取ろうと振り返る。しかし、既に背を向けていて真意は読めなかった。

 その後、教室にたどり着いて、座った瞬間だった。左の膝よりやや上に鈍い痛みが走ったのである。

 恐る恐る机から離れて、スカートを捲り上げる。すると、まるで針が刺さったような小さな傷が目に入る。

 ──血がぷっくりと出てきていた。


「(地味に痛いどころじゃないな…)」


 机の膝が当たるであろう部分につけられた画鋲を撤去する。

 刃物ではないが、雑菌が怖かったので保健室にむかう事にした。

 消毒液と絆創膏を貰えればいいやと思って出向くと、──インテリ眼鏡と目が合った。

 そっと、扉を閉め──られなかった。閉めようとした瞬間、長い足が挟まれた為に。


「王司先輩ではありませんか。久しぶりですね」


 ──ドア越しから聞こえてくる生嶋君には並々ならぬ迫力があった。

 全力で閉めたかったが、足が痛々しい形で挟まれているのに気付いて、止むなく開ける。


「何か用事ですか?」

「消毒液と絆創膏を使いたく思いまして…」


 どうぞ、と招かれる。何でいるんだとか思う所は多々あったが、円形の椅子に腰を下ろすよう誘導され、生嶋君は棚から薬箱を取り出した。

 箱から消毒液と絆創膏を取出した彼は「何処ですか」と聞いてくる。


「此処は保健室だね」

「面白くないですよ先輩。違います、患部を教えて下さい」


 片手に消毒液、片手にティッシュを持った生嶋君が苛立たしそうに聞いてくる。

 どうやら処置してくれるらしい。が、太股に近い部分を見せろと?いいや、それは無い。見せられたもんじゃない!


「…いや、自分でやるので」

「場所によっては自分じゃやりにくいと思いますよ。…もしかして見せられない場所なんですか?」


 何故、眼鏡を外して問うてくる。何となく変な雰囲気に飲まれそうになった。

 見定められているような気がして、つい、「分析」を発動させてしまう。

 生嶋知可(MC)、体力値10、教養値95、速度値65、などの情報が飛び込んでくる。名前の後にある英数字は何なのであろう?初めて見た気がする。

 そして、続々と浮かぶ中で──最後に浮かんだ文字に目を見開いた。


「(特異加護者…!?)」


 なんて珍しい、と思った瞬間に浮かんでいた情報が掻き消される。

 私の加護による領域侵入を許す時、許さない時が有る事から彼は同時使用までは出来ないようだ。…勿論、私も出来ないが。

 考えこんでいる間に、スッと目の前が暗闇に覆われた。


「…一度だけでなく、二度も加護で干渉してくるなんて──非常に不愉快ですよ、先輩」


 言葉通り、実に不愉快そうな生嶋君の声が聞こえる。

 人のプライバシーを無視する力を乱用しまくっててすみません!

 確かに悪いなあと思ってはいるんだけど…、本当に現実と思えていなかった故の無意識の悪事だった。


「ふうん。視覚情報を元に加護を発動しているようですね。こうして目を塞げば──打ち消さずとも、無力だ」


 低い笑い声が聞こえて、背中に冷や汗をかく。…今の私に選択肢があるとするなら、どれだ!?

 一、徹底的に従い隙を伺う。二、徹底抗戦して逃走する。三、体力値では私(三十あります)が上なので倒す。四、からかって話を反らす。

 …どれも難しい。

 それにしても、本当に曲者というか生嶋君はよく解らない人だ。


「攻撃性は無かったから、部類としては肉体干渉ではなく精神干渉の確率が高いな」

「はい?」

「発動条件は視覚情報、意志」


 ぶつぶつと情報整理をしているようだ。インテリ眼鏡と呼ばれるだけある。

 まあ、呟くのはいいからさっさと目を隠している手を退けて欲しい。二つの動作を同時に出来るなんて、器用だな。

 治療もしたいが、時間も惜しいしそろそろ抵抗を心見ようと右手で、目隠しを振り払おうとした。

 ──パン。勿論、食べる方ではなく音だ。全てはタイミングが悪いとしか言い様がない。

 私の手が生嶋君の目隠しを振り払おうとした瞬間、手が解かれた為に行き場を失った力は…そのまま生嶋君の頬を叩いてしまった。


「…ご、ごめんなさい」


 不幸な偶然だった、と言い訳させてもらいたい。でも、叩いてしまった事は事実であるから謝った。

 いつの間にやら眼鏡をかけていた生嶋君だが、眼鏡の奥にある瞳は真ん丸に見開かれている。彼にとっても予想外の反撃になったようだ。


「…ごめんね、氷嚢氷嚢…」


 棚から氷嚢を取出し、氷を詰めて彼に渡した。


「…まさか、真正面から張り手が来るとは思いませんでした」

「すみません」

「いいえ。…多分先輩の所為では無いかと。誰かが作為的に俺の手をどかしたようです」

「誰もいないよ?」


 そうですね、とやや乾いた声で賛同してから眼鏡を光らせる。


「俺の考えは誰かの加護による干渉、…それを証明しているのがこれです」


 突然、目の前に広げられた掌に瞠目してしまう。恐る恐る目を開けば、生嶋君の手には何故か小さな血痕が付着していた。


「俺のものではありません」

「今、付けられたって訳ね」

「はい。そこで王司先輩へ質問です」


 またもや眼鏡を外してニッコリと微笑んだ生嶋君だが、目は恐ろしい程笑っていなかった。


「俺に干渉した「相手」に心当たりはありますか?」


 また、だ。

 さっきと同じように変な、雰囲気になる。

 相手が誰かなんて解るわけないでしょうに、何故、私に聞くんだろう。…いや、出来そうな知り合いは居る。

 律の顔が浮かんだ。彼の「見えざる魔手」なら可能だ。ただ、律が生嶋君に干渉する理由はない筈。


「いいえ」


 不思議と落ち着いている瞳に視線を合わせて、否定する。

 答えを聞いた彼は「そうですか」と何を思っているのか解らない笑みを浮かべ、眼鏡を再び掛けた。


「解りました。どうも失礼」

「いえ…」

「さて、先輩。さっさと太股を出してください」


 今までの話を清々しいまでに払拭して、流れを元に戻される。急な展開に「へ?」と、間抜けに口を開けていたら、スカートを凄まじい速さで捲り上げられた。


「ぎえええ!何するんだこらあ!」

「はいはい、さっきから手が太股を触っててバレバレでしたよ」

「肉が!ムダ毛が!って、いたたたた!」


 騒いでいる間に消毒され、絆創膏を貼られた。なんて早業…!

 普段見られる機会が無いから太股の肉も、ムダ毛処理を怠っていた事実もばれて…落ち込む。

 幸いな事に生嶋君は何も突っ込まずに、スカートを戻してくれた。


「失礼しました」

「いえ、別に。さあ、教室へ戻りましょう」

「…はい」


 特にダメージを受けた様子もなく、涼しい顔をしている彼は大物だと思った。うん…。



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