召喚された勇者と魔王
「君を殺そうとする国なんて要らない」
深紅の戦火と黒煙が窓の外を埋め尽くしている。
少年の顔は、笑っている。
「けれど、貴方が裏切っては……」
「いいよ。わざわざ関係もないのに魔王を倒したんだ。文句は言わせない」
「しかし……」
塔に幽閉されていた姫の目に涙がにじむ。ああ、私の事を助けてくれる人がいたんだ、と。
ギュッ、と純白のスカートの裾を握った。
痛覚が、現実に彼女を引き戻す。
「本当に……」
「本当に助けてくれるのですか?」
「王国を敵に回してしまうんですよ!!?」
「そうだね」
「そうだけど……なんていうかさ、もうやっちゃったし」
「ここで断られたら、僕、一人になっちゃうんだけど……」
少年は照れたのか目をそらし、手を姫に差しだした。
「どこまでも、どこへでも。いつまでも、いつであっても、一緒にいましょう」
姫は少年の手を取った。
少年は勇者だった。
この世界とは、別の世界から来た勇者だった。
魔法がなく科学があり、魔物が居らず魔王が居らず、王国ではなく民主主義の国に生まれた。
王国の主たる王は言った。
「そなたは勇者だ。勇者は、魔王を討つもの」
はした金、その辺に落ちていそうな木の棒、鉄製の鍋のフタを渡され、町の外に追い出された。
どうやら、自分はお払い箱にされたらしい。
そう、少年は理解した。理解して、泣いた。
どうやって自分がこの世界に来たのかも分からない。つまり、帰れない。
自分の事に精一杯で、少年は近付いてくる少女に気付かなかった。
「あの、すみません」
少女の謝罪に、少年は嗚咽の声を何とか抑えた。
長い金髪、青い瞳、白い肌。
少女がこの国の姫であると気付くのに時間はかからなかった。
「貴方は、勇者様なのですよ」
純粋な姫は、ただの少女のようにそう言った。
その言葉は何より強く、少年の胸に突き刺さった。必要としてくれる人がいる。
「ああ。今僕は一体どんな顔をしているんだろうか」
「笑っていらっしゃいます」
姫はそう言って笑う。
少年はその笑顔に少しだけ元気づけられた。
「僕は魔王を倒しに行く」
「はい、私も微力ながらお手伝いさせてください」
少年は驚いた。
聞けば、他力本願な勇者召喚という解決法が、姫は気に食わないのだという。
「自分の国は自分で護りたい。まして私はこの国の姫なのですから」
少年はそう言ってくれた姫に感動すら覚えた。
「貴女ような方のいる国ならば、僕も護りたい」
そう少年は言った。
声は小さすぎて姫には届かなかった。
そうして二人は魔王のいる城を目指して旅を続けた。
その半ば、馬に乗った伝令が姫の下に駆けつけた。
「国王様が病に倒れられました。もう長くありません。城にお戻りください」
姫は驚いた。
驚いて泣いて、それでも迷う。
少年を一人にしてしまっていいものか。
「行っておいで」
少年はそう言った。
「僕は旅をして強くなった。もう一人でも大丈夫だ」
それは本心ではなかった。
それが本心でないとは姫も分かっていた。
しかし、姫は少年の優しさに甘えた。
「はい、私は後から追いかけます。ご武運を」
「それより早く、僕は君に魔王を倒したって報告しに行くよ」
内容は違えど再会を誓い合い、二人は別れた。
少年は魔王の城に着いた。
魔物の大群が少年を迎えた。
少年は魔物を薙ぎ払う。
百の魔物を斬り、千を倒し、万を打ち破った。
少年は魔王と対面した。
「来たか、勇者よ」
少年は魔王の姿に目を見張る。
魔王は人間の姿をしていた。
「俺を倒したところで、お前に明日はないぞ」
「何が言いたい」
「いずれ分かるだろう。分からぬ方がよいが」
魔王はそう言うと立ち上がった。剣を抜く。
少年も遅れて剣を抜いた。
「若き勇者よ、悪とは何だ。何のため、どこにある?」
「僕の目の前に、お前がいる」
少年は剣を振り下ろす。
しかし魔王もさるもの。熟練した身のこなしで受け流し、斬り返す。
十、二十と斬り結んでも勝負はつかない。
つばぜり合いから弾き合い、次の瞬間にはまた交錯する剣と剣。
互いの剣筋は銀の糸のよう。
走る衝撃の余波が、城全体を揺らす。
しかしこの均衡も、まばたきする間に崩れ去る。
「これで……どうだ!!」
少年渾身の一撃が、魔王の剣を弾き飛ばした。
「ここまでか……」
少年の剣が、魔王へ、一閃。
魔王はついに、少年によって討ち取られた。
少年は剣を杖のようにして城を出た。
そうして次の日には馬を駆り王国へ。
姫の下へと急いだ。
「待っていたぞ、勇者」
しかし王国に帰ると、王は代わっていた。
それは先王の親戚。
王は死んでしまった。
そして、姫は王を謀殺した罪で幽閉されている。
それを聞いた少年は、新しい王を冷たいまなざしで眺めた。
「これからも我が国に仕えてくれ。まずは、この城で休まれよ」
「姫様はどこでしょうか?」
「……」
「僕には姫様が先王を殺したとは思えない」
「そして、先王がいなくなれば次に国を担うはずだったのは姫様だ」
「あなたは、どうして玉座に座っているのですか?」
少年の問いに王は冷たく言い放った。
「まだ利用価値があるから生かしてやろうと思ったが、我慢ならん。やれ」
王に仕える騎士が、少年を囲う。
「姫はどこだ」
少年が剣を一振りすると、十の騎士が吹き飛んだ。
「化け物め……」
王は恐ろしくなって逃げ出した。
少年は王になど構わず、居並ぶ騎士を薙ぎ倒し、姫の幽閉されている塔を聞き出した。
少年は邪魔するものは斬り捨てて、姫の待つ塔を目指した。
階段を上るのも面倒で、少年は塔の窓まで跳び上がる。
鉄格子を斬り、少年は手を姫に差しだした。
「どこまでも、どこへでも。いつまでも、いつであっても、一緒にいましょう」
少年は戦火を背に、姫にそう言った。
姫は少年の手を取った。
そうして二人は一緒に逃げだした。
魔王を倒した勇者には、誰も勝てない。
王は悩んだ末、一計を案じた。
「新たな勇者を召喚する」
一方、少年と姫は奇しくも魔王の城に居座っていた。
魔王の残した莫大な書物から、少年のいた世界に帰る方法を探すためだ。
その過程で、驚くべき事が分かった。
魔王が元は勇者であった事。
魔王とは、人々の恐怖の対象であり、その恐怖から魔物は生まれる事。
だからこそ、魔物は魔王を護ろうとする事。
そして、少年たちが当代の魔王になってしまった事。
それを証明するかのように、世界には再び魔物がはびこるようになった。
帰る方法は、まだ見つからない。
月日は流れ、魔王の城に一人の少年が現れた。
「魔王はどこだ」
勇者だった少年は、魔王として少年と対峙する。
先代魔王の気持ち、言葉の意味、単純すぎた自分。
すべてを噛みしめて、しかし少年は戦う。魔王として。
少年が負けては姫の命も危うい。
十、二十と斬り合うが、実力は伯仲する。
しかしある時、勇者の放った鋭い一閃が、少年の左腕を跳ね飛ばす
「終わりだ、魔王」
続く一撃を少年は残る右腕で受けた。
しかし、力が足りず、吹き飛ばされる。
少年の体が、壁にめり込んだ。
その時、大きな揺れとともに壁が崩れ落ちた。
それを皮切りに魔王の城の崩落が始まった。
前回と今回の戦いで、城に限界が訪れたのだ。
城は崩落した。
そこから出てきた者は誰もいなかったという。
魔王と相討った勇者の事は、王国に美談として伝わった。
その物語は英雄譚として語り継がれていく。
ただの美談としてねじ曲げられ、子供たちのあこがれとして、もてあそばれる。
都合のいい物語として、語り継がれていくのだろう。
「ねえ、このおはなしほんとー?」
とある家で、とある子供が、とある英雄譚を指して、母親に聞いた。
「どうなのでしょうね?」
母親は青いまなざしを細めた。肌は白く、髪は金色だ。
「あなたはどう思います?」
「さあな。そういうこともあるんじゃないか?」
父親はそっけなく答える。
「けど、勇者も魔王も死んだなら、誰にも本当の事は分からないだろうな」
彼には、左腕がなかった。




