プロローグ
チビチビ飲むのは好きじゃない。
僕は残った残っていた、半分を一気に飲み干した。
「おっちゃん、もう一杯」
飲み干したジョッキを、そのまま突き付ける。
「おいおい、流石に飲み過ぎじゃねえか? てか、ずっとジュースだし」
「ただのジュースじゃないよ、サイダーだってば。大体、 酒なんて飲む奴の気がしれないね」
あんなものを飲んだ所で、脳細胞を破壊されるだけなんだ。百害あって一利なし。
僕の過去を振り返ってみても、証明されている。
それにもう一杯くらい飲まなきゃ、明日まで空腹が続くことになるのが明白だ。
「だったらなんか食えよ。ジュースで腹を満たしたって、良いことなんざ一つもねえぞ」
この街からは海が近く、多くの種類の魚が獲れるらしい。そして値段もお手頃だ。周りを見渡しても、殆どの客が魚料理を食べている。
だけど、僕の食指は動かない。
「レンは魚が苦手なんです。どうやら味よりも見た目が駄目らしくて」
「苦手なんじゃない、嫌いなんだ」
さっきの言い方じゃまるで、僕が魚を怖がってるみたいじゃないか。
僕はとなりに座る女生徒、リーシアに不満の視線を向けた。
「はあ、そんな小さなことに拘らないでよ」
「いいや、小さくなんてないね。僕のプライドの問題だ」
「こんなつまらないことで傷つくプライドなんて、無駄なだけよ」
そんなだから、とリーシアは続けたが、
「いいえ、やめましょ」
実りの無い会話に意味などない。と云うことなんだろうな。
それに言おうとしていたことは、今日の失敗のことだろう。それはもう聞き飽きているし、やぶ蛇を突つくのはゴメンだ。
「うーむ、だったらサラダでも食うか? 今日は肉料理頼めるほど、金はねえんだろ?」
「いらないよ。草なんか食べるわけないじゃないか」
「草じゃねぇよ! 野菜だ、野菜! まったく、うちの店の評判が落ちたら、どうしてくれる」
どっちも一緒じゃないか。そんなのは、こっちの都合で決めてるに過ぎないのに、なんでそんなに怒ってるんだか。
「店長、レイに難しいこと言っても分かりませんよ。肉以外は食材と思っていませんから」
「みたいだな」
二人はなんとも呆れた表情だ。人の嗜好にまでケチつける資格は、どこにもないぞ!
考えを読み取ったのだろうか。リーシアの瞳が僕を捉えた。
「なっ、何?」
「別に。仕方ないから今日は奢ってあげようと、思っただけよ。だから好きなの頼みなさい」
----え⁉
一瞬、思考が停止した。
確かさっき奢ってあげる、っていったよね? それはあり得ないことのような気がするけど、聞き間違いではない筈だ。
今日の僕は、ある理由で罰金を払うことになり、雀の涙くらいのお金しかない。
そしてリーシアは嫌がらせで、嘘をつくような性格でもない。
更に言い出したのはリーシアで、僕のプライドも傷つかない。
完璧だった。
「じゃ、じゃあ何時もの」
「おう、リーシアちゃんに感謝するんだぞ」
そういうと、店長は厨房の中に入っていった。
確かにこの街の肉は高いし、一応感謝くらいは、
「あ------」
「いらないわよ、感謝なんて」
食い気味なんてものじゃなかった。
「それよりも、これを見なさい」
「なに、これ?」
リーシアが鞄から取り出したのは、ピンクの封筒。
一見すれば、ラブレターのようにも見えたが、その可能性は限りなく低い。
リーシアは面倒を嫌う。つまり手紙も嫌いだ。
だからといって、僕の学園での評判は、そう良くない。容姿には自身があるんだけどね。
そうなってくると、残る可能性は一つしかない。しかも封筒には見覚えがあった。