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私と妹  作者: 櫛森 遙香
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妹の死

  

 黒いボンネットをかぶった女の子が妹を乗せた乳母車を押しています。 

 home sweet home のろうそくが煌煌と灯ってています。

 夜中というのに馬の置物は走り続けています。

私は冬本静季ふゆもとしずきです。今夜は寒くて淋しい夜になりそうです。

ベッドにはアイボリーのカバーがかかっていて、一番上にはお母さんがこさえてくれたフランス刺繍のカバーリングがされています。

今日見る夢はどんな夢だろうか、想像しながら目をつむりました。

わたしはもう寝たいのに、なかなか眠れなくて、妹の事を考えています。


 昨日、妹が死にました。 

 今朝刑事さんが家に来ました。


 どこかのホームレスがぽっくり死んでしまっても、誰も気に留めません。

もしかしたら、気付かれることもなく天国へ行くのかもしれません。

そのひとの居なくなった公園の片隅にはブルーシートがかけられ、やがて子供の遊び場に戻るのです。

妹は病気を患ってはいませんでした。

なぜ死んだのでしょう。


殺されたのです。


 父は外交官をしています。家はカナダからの輸入住宅で、大きな庭にはツリーハウスやブランコがあります。昔はよく、私と妹で遊びました。ときどきお母さんが来ると、二人でブランコに飛び乗って、

「おかあさん、おかあさん! ねえ、押して!」

と声を揃え、お母さんはにっこり笑って

「仕方ないわね、なかよしさんなんだから」

と、いっしょに遊んでくれたものです。

 考えてみれば、その頃が一番しあわせだったんだと、懐かしくなるばかりです。

父はドイツへ仕事に出ていて、しばらくは帰ってきません。1か月後に父が帰ってきて、

娘の死を知ったその顔を想像するだけで胸が苦しくなります。


 父と母は再婚夫婦です。私は母の連れ子で、今の父と結婚してから妹が生まれました。

父にとって私は本当の娘ではないのです。父は自分の血を継いだ娘をずっと欲しがっていました。

だから妹が生まれたとき、仕事で出ていたヨーロッパから飛んで帰ってきて、その夜は病室で夜を明かしたほどです。私はその時まだ年少でしたが、家族の糸が確実に結ばれたことを感じました。

 ところが生後9か月頃、妹は重度の斜視であることがわかりました。斜視は視覚障害の一種で、

両眼視・立体視ができないばかりか、片眼が違う方向を向いており外見上不自然なため、いじめの対象になったり人目を気にして対人恐怖症になったりするのだそうです。外科手術を受けるという選択肢もあり、両親は悩みましたが、障害には変わりないということで様子を見ることにしました。妹は3歳になり、私と同じ私立の幼稚園に入りました。

 妹は7歳になるころから、もれなくいじめられるようになりました。私はその頃3年生ですから、妹の勉強を見たりしていました。そしてある日、

「わたしはかわいい?」

と聞いてきたのです。わたしは特に何も考えず、

「かわいいよ、とっても。」

と答えてあげました。外交官に見そめられた母の娘なので、確かに妹はかわいいはずだったのです。


 その妹が私にそんなことを聞くなんて、と不思議に思いました。そして斜視の事を思い出したのです。

    -妹はいじめられているのではないかー

そんな悪い予感は間もなく現実の問題として私の前に現れてきました。

 私が体育の授業で怪我をした友達を連れて保健室に行くと、そこに妹がいました。ソファに座って、風邪をひいている訳でもないのに、下を向いているのです。

「あら静季ちゃん!柚季ちゃん、最近よく来るのよ。どうかしたの?」

養護の先生によると、午前中は授業に出て、昼休みに保健室に来ると夕方までずっと居るそうです。


 わたしは柚季と昇降口で待ち合わせていたので、下校時にも気づかなかったのです。朝は私は1年生のクラスがある3階の階段のところまでは一緒に行っていました。

 柚季には友達がいました。和葉ちゃんといって、とても静かな子でした。よく家に遊びに来ては、3人で宿題をやったりおままごとをしました。

柚季は和葉ちゃんにあげると言っては折り紙で鶴や椿の花を作っていました。その和葉ちゃんは湖に張った氷の上から落ちて、2年前に亡くなりました。その頃から柚季は一人きりになっていました。

 クラスでは聖書を読むようになり、いつの間にか天の世界に憧れるようになっていきました。彼女は私に内緒で本屋に行き、貯めていたお金をみんな使って小さな聖書を買いました。

HOLY BIBLE. 臙脂色の皮の表紙には聖書の文字。子供がお小遣いで買うようなものではありません。柚季はこの表紙をどんな思いで眺めたのでしょうか。

きっと彼女にはこの重さが心強さになったのだろうと思うと、柚季の支えになれるものは私ではなく神の存在だったのだと知ってしまうと、どうしようもなく暗い所に追いやられたような気持になりました。











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