下人の心
遥か昔から語り継がれてきた伝承の影で、誰にも知られることなく世界を揺るがす物語が静かに幕を開けようとしていた。
冷たい夜風が打ち捨てられた古城の尖塔を吹き抜け、闇の中でひとつの古い羊皮紙が怪しい光を放ち始めるところから、彼らの過酷な旅は始まる。
下人がいる。世の中は次第に戦火に巻き込まれつつあった。
下人の財布の中身は、空っぽであった。
彼には妻はなかった。子供も居ない。唯一生き残っていた母親もそろそろくたばりかけていた。
そんな風の噂を聞きても、まだ大丈夫だろうと彼は動かなかった。
動かぬ彼を嘲笑うかのように、風は兵卒たちの足音と煙の匂いを運んできた。ようやく立ち上がった時には、町はすでに炎に包まれていた。懐の空の財布を握りしめ、下人は暗がりの中へ駆け出す。生きて母のもとへ辿り着くか、あるいはただの屍となるか、選択の余地はなかった。
生き抜く為には悪事こそ働こう━━。彼はもはや、もぬけのからのようだった。
正義を貫いても飯は食えない。生き抜くためには何でもしよう。ただ下人は力なく 肩を落とす しかなかった。
突如
空襲警報が発令された。彼は走った。下人の身でありながら生き延びようとして必死に走っている。何処へ行くとも知れず。ただ鳴り響く爆音から遠ざかろうとした。それをなすのは生存本能 というものであろうか。
彼は碌なことをしてい。
空襲の爆音の中、彼は防空壕へと飛び込んだ。そこで震えていたのは、かつて姿を消した妻であった。二人は言葉もなく手を握り合い、滅びゆく街の底で静かに生きていく覚悟を決めた。
下人の身勝手な生存本能と、非常事態の中で再会した妻との愛の行方を最後まで見守っていただければ幸いです。




