表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
PR

AIに書かせたラブレターを好きな女の子に見破られたので、今度は自分の言葉で告白します。

掲載日:2026/08/02

「これ、AIに書かせたでしょ」


 放課後の屋上で、琴葉は手紙から顔を上げた。


 読み終わったら、しばらく黙ると思っていた。


 困った顔をするか、照れて笑うか。返事は少し考えさせて、と言われる可能性もある。


 三日間、いろいろ想像したのに、その一言は候補になかった。


「……どうして分かったの」


「認めるんだ」


「全部じゃないよ。相談しただけ」


「どこからどこまで?」


「文章を考えてもらって、言い方を直してもらって、重くならないように調整してもらった」


「それ、愛は何をしたの?」


「便箋に書いた」


 琴葉が手紙を見た。


 それから私を見る。


「二時間かかった」


「偉そうに足さないで」


 風にあおられ、便箋の端が揺れていた。


 そこには、私が三日かけても書けなかった文章が、整った字で並んでいる。


 ――あなたと過ごす時間は、私にとってかけがえのないものです。


 ――これからも、特別な存在として一緒にいられたら嬉しいです。


 変なところはない。


 重すぎないし、軽すぎもしない。相手を困らせないように配慮されていて、それでも好意はきちんと伝わる。


 だから渡せた。


 自分だけで書いていたら、たぶん今も机の前で、便箋の一行目をにらんでいる。


「駄目だった?」


「駄目とは言ってないけど」


「じゃあ、返事は?」


「ちょっと待って。まだ状況を飲み込んでるから」


 琴葉はもう一度、便箋へ視線を落とした。


 さっきまで迷いなく私を問い詰めていたのに、急に前髪を触り始める。


 よく見ると、耳が少し赤い。


「琴葉も緊張してる?」


「してない」


「耳が赤いよ」


「夕日」


「今日は曇ってるけど」


「うるさいな」


 手紙で口元を隠された。


 少しだけ安心する。


 追い詰められているのは私だけではないらしい。


「でも、これだけだと分かんない」


 琴葉が言った。


「何が?」


「愛が、どうして私を好きなのか」


「書いてあるでしょ。かけがえのない――」


「それ、普段の愛が言う?」


「言うかもしれない」


「昨日、国語の発表で『この主人公は、なんか、すごく大変だと思います』って言ってた人が?」


「あれは急に当てられたから」


「先生、順番に当ててたよ」


「私のところだけ飛ばす可能性もあった」


「なかったと思う」


 琴葉は笑ったものの、すぐ手紙へ目を戻した。


「きれいすぎるんだよ」


 さっきまでより小さな声だった。


「読んでても、愛の顔が浮かばなかった」


 胸の奥を、細い針で刺されたような気がした。


 自分でも分かっていた。


 完成した手紙を読み返したとき、きれいだとは思った。でも、嬉しくはなかった。


「変なことを書いたら、嫌われるかもしれないから」


 琴葉が顔を上げる。


「重いって思われるかもしれないし。女の子からこんな手紙を渡されても、困るかもしれないし」


「困ってはいる」


「ほら」


「そうじゃなくて」


 琴葉は否定しかけて、黙った。


 何かを探すように視線を泳がせる。


「どう言えばいいんだろ」


「私に本音を言えって言ってる人が、言葉に困ってる」


「今それを言う?」


「ちょっと嬉しくなって」


「性格悪いな」


 琴葉は一度、息を吐いた。


「嫌だから困ってるんじゃない。嬉しいけど、これがどのくらい本当なのか分からなくて困ってるの」


「全部、本当だよ」


「じゃあ、そのまま言って」


「そのまま?」


「AIに入れる前のやつ。箇条書きでもいいから」


「箇条書きで告白する人いる?」


「ここにいるかもしれない」


 琴葉が私を見た。


 待っている。


 からかっているようにも見えるけれど、手紙を持つ指には変に力が入っていた。


「……笑わない?」


「たぶん」


「たぶんなんだ」


「絶対って言って笑ったら、あとで怒るでしょ」


「それは怒る」


「じゃあ、たぶん」


 逃げ道がなくなった。


 どうせもう、好きだということ自体は知られている。


 ここで黙って帰るほうが、たぶん後悔する。


「琴葉がほかの子と話してると、ちょっと嫌」


「ちょっと?」


「かなり」


「最初から重いな」


「だからAIに直してもらったんだよ」


「なるほど」


 琴葉は笑いかけたあと、私の顔を見て口元を戻した。


「ごめん。続けて」


「私の知らない話で笑ってると、置いていかれた感じがする。メッセージの返事が遅いと、変なこと送ったかなって何度も読み返す」


「うん」


「髪を切った日も分かった」


「三センチだけだよ」


「でも分かった」


「それは……ちょっと嬉しかった」


「あと、一年の五月に消しゴムを拾ってくれたことも覚えてる」


「それはちょっと怖い」


「帰る」


「待って。今のは反射で言った」


「反射で怖がられるほうが傷つくんだけど」


 屋上の扉へ向かおうとすると、制服の袖をつかまれた。


 強く引かれたわけではない。


 止まろうと思えば止まれるくらいの力だった。


「覚えててくれたのは嬉しい」


「本当に?」


「本当に。いつ拾ったか、私は覚えてないけど」


「そういうところだよ」


「何が?」


「私ばっかり好きみたいで嫌になる」


 言ってから、しまったと思った。


 いくらなんでも重い。


 やっぱりAIに任せたほうがよかったのではないか。


 琴葉はすぐには答えなかった。


 つかんでいた袖を離し、代わりに私の手の甲へ指先を触れさせる。


 何をしているのか、自分でも迷っているような動きだった。


 やがて小指同士が引っかかる。


「私も、愛がほかの子と帰ってると気になるよ」


「え」


「でも、そんなの言ったら面倒くさいと思われそうだったから」


「思わない」


「即答なんだ」


「琴葉なら何でもいいから」


「それはそれで心配になる」


 つながっているのは小指だけなのに、手のひら全体が熱くなっていく。


 琴葉も落ち着かないらしく、視線をフェンスの向こうへ逃がした。


「まだある?」


「あるけど、手をつながれてると何も考えられない」


「これ、つないでる判定なんだ」


「私にとっては十分つないでる」


「じゃあ、もう少しだけ」


 小指だけだったものが、手全体に変わった。


 指がうまく合わず、一度ほどける。


「あ、ごめん」


「なんで謝るの」


「慣れてないから」


「私も」


 二度目は、さっきよりゆっくり重なった。


 琴葉の手は思っていたより冷たい。


「これで話せる?」


「もっと無理になった」


「じゃあ離す?」


「それは嫌」


「難しいな」


 琴葉が小さく笑った。


 私も笑ってしまう。


 告白なのに、さっきから格好のつかないことばかりだ。


「琴葉が笑うと嬉しい」


 口にすると、笑い声が止まった。


「落ち込んでると、何とかしたくなる。でも何を言えばいいか分かんないから、結局、隣にいることしかできない」


「それでいいよ」


「会えた日は、帰ってからも話したことを思い出す。一緒に帰った日は、駅から家までが短く感じる」


「うん」


「それから……」


 手紙なら、ここで気の利いた文章が続く。


 私の頭には何もなかった。


 きれいな比喩も、印象に残る言葉も出てこない。


 だから、残っているものをそのまま言った。


「琴葉が好き」


 声が少し裏返った。


 琴葉の指が動き、私の手を握り直す。


「友達としてじゃなくて、たぶん、恋愛の意味で」


「たぶんなんだ」


「女の子を好きになったの、初めてだから」


「私も初めて」


「女の子から告白されたのが?」


「そっちもだけど」


 琴葉が目を伏せる。


 数秒待っても、続きはなかった。


「そっちも、何?」


「分かるでしょ」


「分からない。勘違いだったら、今後三年間くらい立ち直れない」


「卒業しても引きずるんだ」


「ちゃんと言って」


「嫌」


「私には言わせたのに」


「今、ものすごく恥ずかしいから」


「私も恥ずかしかったよ」


「知ってる。顔がすごかった」


「どんな?」


「今にも保健室へ運ばれそうな顔」


「そんな人にさらに喋らせたの?」


 琴葉は笑ったあと、唇を引き結んだ。


 何かを決めるように、つないだ手へ力を込める。


「私も、愛が好き」


 さっきまで聞こえていた校庭の声が、急に遠ざかった。


 琴葉は横を向いている。


 耳だけでなく、首まで赤かった。


「もう一回言って」


「言わない」


「聞き間違いかもしれない」


「聞こえてたでしょ」


「録音しておけばよかった」


「それは嫌」


 しばらく、どちらも喋らなかった。


 両想いになったら、もっと分かりやすく何かが変わると思っていた。


 実際には、手をつないだまま、二人で床の同じ傷を見つめている。


「手紙、返して」


 沈黙に耐えきれず言うと、琴葉は封筒を胸元へ寄せた。


「これはもらう」


「私がいないんでしょ」


「少しはいる」


「少しなんだ」


「一生懸命きれいに書こうとしたところは、愛っぽいから」


 琴葉は鞄に封筒をしまいかけ、動きを止める。


「でも、もう一通ほしい」


「また書くの?」


「今言ったことを書いて」


「絶対ひどい文章になるよ」


「いいよ」


「字も汚くなるし、途中で何を書いてるか分からなくなるかも」


「それも読む」


「誤字は?」


「一個につき丸をつける」


「採点されるの?」


「褒めてる印」


「絶対嘘だ」


 琴葉はようやく、いつもの調子で笑った。


「二通目をもらったら、私も返事を書く」


「もう返事は聞いたけど」


「手紙でもほしいでしょ」


「ほしい」


「即答だね」


 翌日、二通目の手紙を渡した。


 一行目から漢字を間違えた。


 琴葉の好きなところを書いている途中で恥ずかしくなり、三行ほど黒く塗りつぶした。最後はどう締めればいいか分からず、


 ――これからも、たくさん一緒にいたい。


 それだけで終わっている。


 琴葉は一通目よりも長い時間をかけて読んだ。


 途中で笑い、すぐに「ごめん」と言い、また最初から読み直す。


 やがて、間違えた漢字の横へ小さな丸を書き込んだ。


 その下に、琴葉の字が続く。


 ――私も、愛とたくさん一緒にいたい。


 さらに少し迷った跡があり、


 ――あと、清書もしたい。


 顔を上げると、琴葉が自分の頬を指差していた。


「今度は、ここじゃなくていいよ」


 意味を理解するまで、三秒かかった。


「それ、私からするの?」


「嫌?」


「嫌じゃないけど、心の準備が」


「昨日、私には全部言わせたのに」


「琴葉が勝手に聞いたんでしょ」


「じゃあ、今回も私が勝手にしようか?」


 一歩、距離が縮まる。


 反射的に目を閉じると、琴葉が吹き出した。


「愛、口を固く結びすぎ」


「初めてなんだから仕方ないでしょ」


「私も初めてだよ」


「じゃあ笑わないで」


「ごめん」


 今度の謝罪は、本気らしかった。


 目を開くと、琴葉も緊張した顔をしている。


 見つめ合ったまま、どちらからともなく少しずつ近づいた。


 唇が重なったのは、ほんの一瞬。


 離れたあと、琴葉はうつむき、私は手紙の黒く塗りつぶした部分を見つめた。


 何か言わなくてはいけない気がする。


 しかし、こういうときの正解はAIにも聞いていなかった。


「……どうだった?」


 先に口を開いたのは琴葉だった。


「感想を求めるの?」


「今後の改善のために」


「AIみたいなこと言わないで」


 琴葉が笑う。


 私も笑った。


 その拍子に、二人の額がぶつかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ