AIに書かせたラブレターを好きな女の子に見破られたので、今度は自分の言葉で告白します。
「これ、AIに書かせたでしょ」
放課後の屋上で、琴葉は手紙から顔を上げた。
読み終わったら、しばらく黙ると思っていた。
困った顔をするか、照れて笑うか。返事は少し考えさせて、と言われる可能性もある。
三日間、いろいろ想像したのに、その一言は候補になかった。
「……どうして分かったの」
「認めるんだ」
「全部じゃないよ。相談しただけ」
「どこからどこまで?」
「文章を考えてもらって、言い方を直してもらって、重くならないように調整してもらった」
「それ、愛は何をしたの?」
「便箋に書いた」
琴葉が手紙を見た。
それから私を見る。
「二時間かかった」
「偉そうに足さないで」
風にあおられ、便箋の端が揺れていた。
そこには、私が三日かけても書けなかった文章が、整った字で並んでいる。
――あなたと過ごす時間は、私にとってかけがえのないものです。
――これからも、特別な存在として一緒にいられたら嬉しいです。
変なところはない。
重すぎないし、軽すぎもしない。相手を困らせないように配慮されていて、それでも好意はきちんと伝わる。
だから渡せた。
自分だけで書いていたら、たぶん今も机の前で、便箋の一行目をにらんでいる。
「駄目だった?」
「駄目とは言ってないけど」
「じゃあ、返事は?」
「ちょっと待って。まだ状況を飲み込んでるから」
琴葉はもう一度、便箋へ視線を落とした。
さっきまで迷いなく私を問い詰めていたのに、急に前髪を触り始める。
よく見ると、耳が少し赤い。
「琴葉も緊張してる?」
「してない」
「耳が赤いよ」
「夕日」
「今日は曇ってるけど」
「うるさいな」
手紙で口元を隠された。
少しだけ安心する。
追い詰められているのは私だけではないらしい。
「でも、これだけだと分かんない」
琴葉が言った。
「何が?」
「愛が、どうして私を好きなのか」
「書いてあるでしょ。かけがえのない――」
「それ、普段の愛が言う?」
「言うかもしれない」
「昨日、国語の発表で『この主人公は、なんか、すごく大変だと思います』って言ってた人が?」
「あれは急に当てられたから」
「先生、順番に当ててたよ」
「私のところだけ飛ばす可能性もあった」
「なかったと思う」
琴葉は笑ったものの、すぐ手紙へ目を戻した。
「きれいすぎるんだよ」
さっきまでより小さな声だった。
「読んでても、愛の顔が浮かばなかった」
胸の奥を、細い針で刺されたような気がした。
自分でも分かっていた。
完成した手紙を読み返したとき、きれいだとは思った。でも、嬉しくはなかった。
「変なことを書いたら、嫌われるかもしれないから」
琴葉が顔を上げる。
「重いって思われるかもしれないし。女の子からこんな手紙を渡されても、困るかもしれないし」
「困ってはいる」
「ほら」
「そうじゃなくて」
琴葉は否定しかけて、黙った。
何かを探すように視線を泳がせる。
「どう言えばいいんだろ」
「私に本音を言えって言ってる人が、言葉に困ってる」
「今それを言う?」
「ちょっと嬉しくなって」
「性格悪いな」
琴葉は一度、息を吐いた。
「嫌だから困ってるんじゃない。嬉しいけど、これがどのくらい本当なのか分からなくて困ってるの」
「全部、本当だよ」
「じゃあ、そのまま言って」
「そのまま?」
「AIに入れる前のやつ。箇条書きでもいいから」
「箇条書きで告白する人いる?」
「ここにいるかもしれない」
琴葉が私を見た。
待っている。
からかっているようにも見えるけれど、手紙を持つ指には変に力が入っていた。
「……笑わない?」
「たぶん」
「たぶんなんだ」
「絶対って言って笑ったら、あとで怒るでしょ」
「それは怒る」
「じゃあ、たぶん」
逃げ道がなくなった。
どうせもう、好きだということ自体は知られている。
ここで黙って帰るほうが、たぶん後悔する。
「琴葉がほかの子と話してると、ちょっと嫌」
「ちょっと?」
「かなり」
「最初から重いな」
「だからAIに直してもらったんだよ」
「なるほど」
琴葉は笑いかけたあと、私の顔を見て口元を戻した。
「ごめん。続けて」
「私の知らない話で笑ってると、置いていかれた感じがする。メッセージの返事が遅いと、変なこと送ったかなって何度も読み返す」
「うん」
「髪を切った日も分かった」
「三センチだけだよ」
「でも分かった」
「それは……ちょっと嬉しかった」
「あと、一年の五月に消しゴムを拾ってくれたことも覚えてる」
「それはちょっと怖い」
「帰る」
「待って。今のは反射で言った」
「反射で怖がられるほうが傷つくんだけど」
屋上の扉へ向かおうとすると、制服の袖をつかまれた。
強く引かれたわけではない。
止まろうと思えば止まれるくらいの力だった。
「覚えててくれたのは嬉しい」
「本当に?」
「本当に。いつ拾ったか、私は覚えてないけど」
「そういうところだよ」
「何が?」
「私ばっかり好きみたいで嫌になる」
言ってから、しまったと思った。
いくらなんでも重い。
やっぱりAIに任せたほうがよかったのではないか。
琴葉はすぐには答えなかった。
つかんでいた袖を離し、代わりに私の手の甲へ指先を触れさせる。
何をしているのか、自分でも迷っているような動きだった。
やがて小指同士が引っかかる。
「私も、愛がほかの子と帰ってると気になるよ」
「え」
「でも、そんなの言ったら面倒くさいと思われそうだったから」
「思わない」
「即答なんだ」
「琴葉なら何でもいいから」
「それはそれで心配になる」
つながっているのは小指だけなのに、手のひら全体が熱くなっていく。
琴葉も落ち着かないらしく、視線をフェンスの向こうへ逃がした。
「まだある?」
「あるけど、手をつながれてると何も考えられない」
「これ、つないでる判定なんだ」
「私にとっては十分つないでる」
「じゃあ、もう少しだけ」
小指だけだったものが、手全体に変わった。
指がうまく合わず、一度ほどける。
「あ、ごめん」
「なんで謝るの」
「慣れてないから」
「私も」
二度目は、さっきよりゆっくり重なった。
琴葉の手は思っていたより冷たい。
「これで話せる?」
「もっと無理になった」
「じゃあ離す?」
「それは嫌」
「難しいな」
琴葉が小さく笑った。
私も笑ってしまう。
告白なのに、さっきから格好のつかないことばかりだ。
「琴葉が笑うと嬉しい」
口にすると、笑い声が止まった。
「落ち込んでると、何とかしたくなる。でも何を言えばいいか分かんないから、結局、隣にいることしかできない」
「それでいいよ」
「会えた日は、帰ってからも話したことを思い出す。一緒に帰った日は、駅から家までが短く感じる」
「うん」
「それから……」
手紙なら、ここで気の利いた文章が続く。
私の頭には何もなかった。
きれいな比喩も、印象に残る言葉も出てこない。
だから、残っているものをそのまま言った。
「琴葉が好き」
声が少し裏返った。
琴葉の指が動き、私の手を握り直す。
「友達としてじゃなくて、たぶん、恋愛の意味で」
「たぶんなんだ」
「女の子を好きになったの、初めてだから」
「私も初めて」
「女の子から告白されたのが?」
「そっちもだけど」
琴葉が目を伏せる。
数秒待っても、続きはなかった。
「そっちも、何?」
「分かるでしょ」
「分からない。勘違いだったら、今後三年間くらい立ち直れない」
「卒業しても引きずるんだ」
「ちゃんと言って」
「嫌」
「私には言わせたのに」
「今、ものすごく恥ずかしいから」
「私も恥ずかしかったよ」
「知ってる。顔がすごかった」
「どんな?」
「今にも保健室へ運ばれそうな顔」
「そんな人にさらに喋らせたの?」
琴葉は笑ったあと、唇を引き結んだ。
何かを決めるように、つないだ手へ力を込める。
「私も、愛が好き」
さっきまで聞こえていた校庭の声が、急に遠ざかった。
琴葉は横を向いている。
耳だけでなく、首まで赤かった。
「もう一回言って」
「言わない」
「聞き間違いかもしれない」
「聞こえてたでしょ」
「録音しておけばよかった」
「それは嫌」
しばらく、どちらも喋らなかった。
両想いになったら、もっと分かりやすく何かが変わると思っていた。
実際には、手をつないだまま、二人で床の同じ傷を見つめている。
「手紙、返して」
沈黙に耐えきれず言うと、琴葉は封筒を胸元へ寄せた。
「これはもらう」
「私がいないんでしょ」
「少しはいる」
「少しなんだ」
「一生懸命きれいに書こうとしたところは、愛っぽいから」
琴葉は鞄に封筒をしまいかけ、動きを止める。
「でも、もう一通ほしい」
「また書くの?」
「今言ったことを書いて」
「絶対ひどい文章になるよ」
「いいよ」
「字も汚くなるし、途中で何を書いてるか分からなくなるかも」
「それも読む」
「誤字は?」
「一個につき丸をつける」
「採点されるの?」
「褒めてる印」
「絶対嘘だ」
琴葉はようやく、いつもの調子で笑った。
「二通目をもらったら、私も返事を書く」
「もう返事は聞いたけど」
「手紙でもほしいでしょ」
「ほしい」
「即答だね」
翌日、二通目の手紙を渡した。
一行目から漢字を間違えた。
琴葉の好きなところを書いている途中で恥ずかしくなり、三行ほど黒く塗りつぶした。最後はどう締めればいいか分からず、
――これからも、たくさん一緒にいたい。
それだけで終わっている。
琴葉は一通目よりも長い時間をかけて読んだ。
途中で笑い、すぐに「ごめん」と言い、また最初から読み直す。
やがて、間違えた漢字の横へ小さな丸を書き込んだ。
その下に、琴葉の字が続く。
――私も、愛とたくさん一緒にいたい。
さらに少し迷った跡があり、
――あと、清書もしたい。
顔を上げると、琴葉が自分の頬を指差していた。
「今度は、ここじゃなくていいよ」
意味を理解するまで、三秒かかった。
「それ、私からするの?」
「嫌?」
「嫌じゃないけど、心の準備が」
「昨日、私には全部言わせたのに」
「琴葉が勝手に聞いたんでしょ」
「じゃあ、今回も私が勝手にしようか?」
一歩、距離が縮まる。
反射的に目を閉じると、琴葉が吹き出した。
「愛、口を固く結びすぎ」
「初めてなんだから仕方ないでしょ」
「私も初めてだよ」
「じゃあ笑わないで」
「ごめん」
今度の謝罪は、本気らしかった。
目を開くと、琴葉も緊張した顔をしている。
見つめ合ったまま、どちらからともなく少しずつ近づいた。
唇が重なったのは、ほんの一瞬。
離れたあと、琴葉はうつむき、私は手紙の黒く塗りつぶした部分を見つめた。
何か言わなくてはいけない気がする。
しかし、こういうときの正解はAIにも聞いていなかった。
「……どうだった?」
先に口を開いたのは琴葉だった。
「感想を求めるの?」
「今後の改善のために」
「AIみたいなこと言わないで」
琴葉が笑う。
私も笑った。
その拍子に、二人の額がぶつかった。




