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6話

「呼び名呼び名…もう面倒だからお嬢でいいか?呼びやすいし。つーか決定な」


「お嬢、ですか…?」


「そそ、いわゆるあだ名ってやつだ」


まぁ、あだ名なんて大層なモノでもない気がしないでもないが、こういうのは気分が大切だ。

お嬢はどこか嬉しそうに呟く。


「あだ名…そういうので呼ばれるのは初めてです」


「…ま、そりゃそうだろうな」


外見良し、成績良し、性格良し、家柄良し。こんな完璧な存在を相手にすると、大抵の奴はどこか遠慮しちまう。それこそ舞のように対等な友人や、俺のように身の程をわきまえない奴でない限り。


「…折角ですので私もあだ名で呼んでいいですか?」


お嬢が何やら提案してくる。

あだ名?


「誰を?」


「白神を」


「…俺?」


コクっと頷くお嬢。

ふむ、つまり俺にあだ名を付けて呼びたい、と…

うん、まったくもって意味が分からん。どういう展開よこれ?


「俺にあだ名付けるぐらいなら、鳳に付けてやれよ」


「舞とは付き合いが長いので、今更呼び方を変えるのはどうかと…」


「ふむ、そりゃそうか。なら他の仲の良い奴に付けてやれよ」


「他の人は私の家柄のせいか、どこか私を特別扱いしてます。舞のように対等に接してくれる人は貴方ぐらいしかいません。それに、私もあだ名というモノで人を呼んでみたいですし、それなら初めてあだ名をくれた白神がいいかなと…」


後半はどこか恥ずかしそうに喋るお嬢。

俺もある意味じゃあアンタを特別扱いしているんだが…などと内心で苦笑する。

しかしあだ名ねぇ…まぁ、それもまたこの学院生活での一興か…?

俺は溜め息混じりに返事をする。


「はぁ…わかったよ。好きに呼べ」


「いいのですか?」


「好きに呼べって言っても、流石に限度はあるがな。まぁ、大概は了承してやる」


流石にレンレンとか呼ばれたら堪ったもんじゃないしな…昔ある奴にそう呼ばれていたが…

お嬢は顎に手を当てて、考える素振りをし始める。


「そうですね…それでは、煉、と呼ぶことにしましょう」


「煉、ね。まぁいいだろう。」何気に普通の呼び名で安堵する。「煉」と聞いた瞬間、その後にもう一つ「煉」がつかねぇよな?と、ガクブルしたが、杞憂だったらしい。


「それにしても、そちらもあだ名か。何だ、俺を信用してくれたってわけか?」


「えぇ、貴方は私を身を挺して守ってくれました。もう、疑う理由がありません。」


あの程度のことで疑う理由がなくなった、か…ったく、高宮の爺さんといいお嬢といい、人をすぐに信用しやがる…わかってんのかね、人の上に立つ人間ってのは人を簡単に信じてはいけないということを…


「…へぇ、それはわからないぜ?もしかしたら、アンタに近付く為に犯人と共謀したのかもしれない。」俺はニヤリと酷薄に笑う。対してお嬢は柔らかな微笑みを浮かべるだけ。


「本当にそのような下心を持っていれば、口にはしないでしょう?」


「…さぁ、どうだろうなぁ。」


…調子狂うな…こういう、なんつーか、純粋な奴を相手にするのは。


「それに、私はこれでも人を見る目があると自負しています。貴方からは悪意が感じられません。」


「人を見る目?ハッ!教室で人を疑惑の視線で見てた奴がよく言う。」


挑発するように鼻で笑う。しかし、お嬢の態度は変わらない。


「それは貴方が雰囲気を変えていたからです。そのように仮面をしている人を信用しろというのは無理な話でしょう?」


「…さて、何のことやら。」


「とぼけないでください。今の貴方は、そういった取り繕った感じがしません。今の貴方はとても大きく、穏やかな感じがします。だから私は煉を信用します。この呼び名は、私から貴方への信用の証です。」


お嬢の目を見る。その目は曇りなく真っ直ぐに俺の目を見据えている。まるで俺の心を見透かすかのように…

純粋故に見抜かれたか、それとも只のお人好しか…どちらにせよ、本っ当に調子が狂うねぇ…高宮の爺さんといいこのお嬢といい…


「はぁ、勝手にしろ…」


なんつーか、俺らしくねぇなぁ……まぁ、たまにはいいか。

一つ溜め息を吐く。しかし、不快な感じはしなかった。




そんな会話をしながらしばらく歩き、ようやく保健室と書かれたプレートの部屋の前に到着する。


「さて、さっさと治療するかね。」


俺は保健室の例によって、魔除けの紋様が施されている扉に手を掛け、開ける。

…保健室っつーより、小型病院だな……

そう思ってしまう程、ここの保健室の設備は凄かった。

広さは一般的な体育館程の広さがあり、いくつものブースで区切らている、ベッドが並んでいる部屋や、レントゲン室、果ては手術室まである。

しかし、そんな広さの保健室には治療中の生徒はおろか、保険教諭すらいない。

…いや、1人いる。

気配を感じ、その方向に目を向ける。


「村園先生?」


お嬢が不思議そうに呟く。そこにいたのは現在演習場にいるはずの村園女史だった。


「っ!高宮…」


村園女史は驚いた様子でお嬢だけを見ている。

…この様子から見て俺はともかく、お嬢が来るのは予想外だったってことか…?

先程のリアクションを疑問に思いながら、とりあえず村園女史を観察することにする。村園女史はすぐに冷静になり、ニヤニヤとした笑みを浮かべながらお嬢と俺を見比べている。



「白神ったら、こんな時間から高宮を保健室に連れ込んで何しようとしてたのよ?」


「なっ、ち、違います!私と煉はそんな関係じゃありません!」


「煉?へぇ…やるじゃない白神。鋼鉄の処女(アイアンメイデン)とも呼ばれる程ガードの堅い高宮を転校してきて僅か一週間で落とすなんて。でも少し性急過ぎかな?君達がそういう年頃だってのはわかるんだけど、すぐに行動に移すのは…せめてゴムは…」


「先生!」


顔を赤くしながら村園女史に反論するお嬢を見て、そういう知識はあるのか…

などと、どうでもいいことを思いながら、頭は別のことを考える。お嬢は俺の仮初めの雰囲気をその純粋さで見抜いたが、俺にはそれとは違う見極め方がある。世界を回り様々な場所で、数多の人間を見てきたことにより得た洞察眼。

故にわかる。村園女史が表情を偽っていることを。饒舌で口調が早くなってることは、嘘を吐いたり、何かを誤魔化そうとしている奴によく見られる。そして、なにより目。目は嘘を吐かない、なんてよく言ったもんだな…いや、目でも嘘を吐ける奴はいるが…俺とか。

まぁ、それはいいとして、俺は過去にこの目を幾度となく見てきた。

…とりあえず揺さぶりでもかけてみようかね。

俺は唇の端を吊り上げ、挑発するかのような笑み浮かべる。


「今日はいつにもまして随分と饒舌だな。何をそんなに慌ててるんだ?」


俺の言葉に一瞬顔が強張る村園女史。しかし、すぐに表情を直す。


「どうしたのいきなり?別に慌ててなんていないわよ。」


「いやぁ、演習場にいたはずなのに、何でこんな場所にいるのかねぇ、っておもってな。何か妙なことしてたり…いや、しようしてたりしてな…」


「…私は君が怪我して保健室に向かってるって聞いたから、保健室に来たの。担任として当然の責務よ。そういえば君は魔法受けたんだよね?なのに怪我がそれだけっておかしくない?」


「俺は昔から頑丈だからな。それより俺にはお嬢がいるから問題ない。アンタはさっさと戻ったらどうだ?」


ギスギスギスギス


俺と村園女史は談笑しているかのように、腹の探り合いをする。

二人な間に空気が軋むような険悪な雰囲気が流れる。


「村園先生、煉には私がついていますので、演習場に戻ってくださって大丈夫です。煉も、村園先生は貴方を心配して下さったのだから、邪険にしてはいけませんよ?」


しかし、流石はお嬢。この空気が読めていないのか、狙ってなのか、凜とした態度でこの険悪な空気をぶち壊す。

俺と村園女史は顔を見合わせる。どうやら向こうも俺と同じように、毒気が抜かれた様子だ。


「やれやれ…当たっちまって悪かったな。魔法喰らってズボンボロボロになったから、多少苛ついててな…治療してくるわ。」


俺はそれっぽい形だけの謝罪を言い残し、足の治療すべく保健室の奥に2人を置いて歩いていく。…黒か?いや、まだわからないか…

考えながら治療薬があるであろう小部屋に入り、置いてあった椅子に腰を下ろす。

俺の目的は別に犯人を捕まえることじゃない。ただ、犯人を見つけて適当にボコって高宮の爺さんに渡せばいい。それが高宮の爺さんからの依頼だ。よって物的証拠などは別にいらない。いるのは犯行をした事実のみ…そう考えると非常に楽だな。俺から見て村園女史は非常に怪しい。発言や行動に妙な所が多いし、魔法の腕も高い。しかし…

そこまで考えた所でお嬢がやってくる。


「煉、先程はどうしたんですか?先生にあのような態度で…」


「ん?ああ、さっき言ったろ。ズボンボロボロにされたから多少苛ついててな。つい当たっちまった」


「本当にそうなんですか?」


ジッと俺の目を見てくるお嬢。まるで俺の本心を探るかのように。

ふむ、何か疑われてるな…流石にあの揺さぶりは不自然だったか?面倒だから誤魔化すか。


「さてな…それより治療薬ないか?足がヒリヒリして痛ぇんだが…」


「え、あぁ、ハイ、待っててください。」


誤魔化しは成功したようで、近くにあった薬品棚の中を探しだすお嬢。そして、火傷の治療薬らしき、焦げ茶色の半透明のビンを取り出す。


「ありました。『ヤケド激ナオシングα』」


「うん、薬品名が凄い不安感をそそるな。」


薬品名に「激」とか付いてる時点でヤバそうなんだが…まぁ、いいや。

俺は手を伸ばし、お嬢の手からヤケド激ナオシングαを受け取ろうとする。しかし、避けられる。


「…オイ」


「私が塗ってあげます」


どうやら魔法で治療できなかった分、こういう所で貢献したいらしい。

責任感でも感じてんのか?何にせよ律儀だねぇ…まぁ、やってくれるんなら拒む理由はねぇわな。


「んじゃ、頼むわ」


「ハイ」


俺は素直に火傷を負った足を出す。

お嬢はどこか嬉しげに返事をし、ビンの蓋を開ける。そしてビンの中からドロッとした紫色のジェルを掬う。紫色!?


「ちょっと待とうかお嬢さんや」


「どうかしました?」


俺は椅子に座ってる状態から後方にバク宙をし、お嬢もとい、怪しげな薬品から距離を取る。


「いやいや、どうしたじゃねぇよ。何だよその明らかに毒っぽい色は。普通は白とか無色透明とか、少なくとも体に影響無さそうな色してんじゃねぇのかよ?」


「毒っぽいとは失礼ですね。このルミナス魔法学院の設備は世界でもトップクラスです。この薬1つ取っても医療の最先端の薬品なんですよ?」


「たかが火傷の治療薬の分際で医療の最先端突っ走ってんじゃねぇよ!!つーか効能を良くする前に色何とかしろや!!」


「大丈夫ですよ。この薬は高名な魔法医が作った魔法薬で、数々の全身火傷などの重傷者を救ってきた実績を持ってますから。」「予想以上に凄い物だった!?」


全身火傷を治療するとか…つーか何でそんな高価そうな物が学校の保健室にあんだよ…

ちなみに魔法医とは文字通り医療に魔法を使用する医者のことだ。


「わかったら早く座ってください。治療ができません。」


「…わかったよ。」


俺はしぶしぶ椅子に座り直し、足を出す。

お嬢はその足に紫色の薬を塗っていく。

どうやら先程お嬢が言っていたことは本当らしく、火傷の痛みが無くなっていってるのがわかる。

…体に害もなさそうだしな……


「…何故私を助けてくれたのですか?もしかしたら、こんな怪我では済まなかったかも知れないのに…」


火傷の箇所を見ながら内心安堵していると、お嬢がポツリと呟く。顔を上げ、お嬢を見てみると、その顔は悲しげな顔をしており、悲愴感を漂わせている。


「…さぁな。強いて言うなら気まぐれ、かね。」


「気まぐれ?」


「そ、百回に一回起こるか起こらないかの気まぐれだ。」


俺はお嬢から視線を外しながら答える。

勿論、嘘だ。気まぐれで他人を庇うほど俺は出来た人間じゃない。仕事じゃなかったらあんな場面無視しただろう。

俺がこの世で一番大切で信用しているのは俺自身だけだ。

他人の為に傷を負うなど馬鹿馬鹿しい。

今回は庇わなければ俺の仕事が失敗となるから庇っただけだ。お嬢の為ではない、俺の為に体を張った。それだけの話


「…例え気まぐれの行動であっても、私は貴方のお陰で怪我をせずに済みました。ありがとうございます」


頭を下げてくるお嬢。


「律儀だねぇ。ま、別に礼なんざいらねぇよ。俺が勝手に魔法に突っ込んで勝手に怪我しただけだ。礼を言われる程のことをした覚えはねぇよ」


仕事だしな。と、心の中で付け足しておく。

一通り塗り終わったようなので、立ち上がり、保健室から出ることにする。

保健室から出ると、廊下には舞が立っていた。


「ん?お嬢のお迎えか。ご苦労なこった」


「え、あ、ああ…」


声をかけるも、舞は何やら歯切れが悪く、どこかそわそわとしている。

?…あぁ、お嬢を守ると意気込んでいたのに、その役割を自分が果たせなかったことを悔いているって所かね。

と、舞の今の様子を予測してみる。

昔から責任感は人一倍強かったからな…

俺は舞に慈愛の微笑みを浮かべる。


「気にすんなよ」


「え?」


「確かにお前はお嬢を守ると意気込んでいた割には、肝心な所で動けず、あまつさえ疑っていた奴にその役目を奪われて、全くいいところ無しだが、あれは仕方ないことだ。気にすんな」


「そ、そのことは反省している!傷口を掘り返さないでくれ!!というか何だ、その悪意に満ちた言い方!!」


何か怒らせてしまった…ナイーブに言ったつもりだったんだが…


「まぁ、何だっていい。チャイムには気付かなかったが、お前がここにいるってことは授業は終わったんろ?じゃあ教室に戻るとしようぜ」


そう言って俺はさっさと歩き出す。


「待ってくれ!」


このボロボロになったズボンはどうしようか、半ば真剣に考えていた所、舞に呼び止められる。


「んだよ。お嬢には手ぇ出してねぇから安心しろ」


「あ、当たり前だ馬鹿者!!じゃなくてだな。あの、その…すまなかった!!」


振り返ると、舞が勢い良く頭を下げる。


「あ?」


「お前をストーカーなどと疑っていしまって本当にすまない…お前は体を張って優奈を守ってくれたというのに…私はお前を見た目だけで判断してしまった…」


「見た目だけって…俺のような好青年のどこが犯罪者に見えるんだよ」


俺の言葉に舞はフッと口元を綻ばせる。


「それはなかなかに面白い冗談だな。お前のような目つきの悪い悪人面のどこが好青年だと言うのだ?」


え、俺って悪人面なの!?

お嬢の方に顔を向けると、お嬢は苦笑しながら申し訳なさそうに頷く。


衝撃の事実発覚!俺は悪人面だったのだぁ!!…ってのは冗談で、俺の顔つきが悪いことなどとうの昔に自覚している。


「しかし何故だろう…お前を見ていると懐かしく、穏やかな気持ちになる…まるで兄上…」


俺の顔を見ながらそこまで呟くと、ハッとした顔になり、何かを振り払うように頭を左右に振る。

…大方現在の俺…『不』良生徒である「白神 煉夜」と、過去の俺…慕う兄貴分である「鳳 煉夜」を重ねてしまったのだろう。


「話を戻すが、優奈を守ってくれて本当に感謝する。そして、疑ってすまなかった」


再び頭を下げようとする舞の頭を鷲掴みにする。


「なっ、何を…」


何やら非難めいた声が聞こえるが、あえて無視する。


「お前といい、お嬢といい…お前ら簡単に頭下げすぎなんだよ。さっき言っただろ。気にすんな。」


そう言ってわしゃわしゃと頭を撫でる。サラサラとした髪の感触が心地良い。


「…兄上……」


やれやれ、間違っちゃいないが、勘違いされてるねぇ…

舞は気持ち良さげに目を細めているが、すぐに我に返り、手を振り払らう。


「わ、私…今何を…」


「おいおい、俺はお前の兄貴じゃねぇぞ?」


「!!あぅあぅ……」


慌てた様子の舞に苦笑しながら声をかけてやると、舞は一瞬で羞恥からか顔が真っ赤になる。


「あの、そろそろ行きませんか?」


そこで、今まで空気と化していた困った顔のお嬢の言葉で、俺達はやっと教室に戻ることにしたのであった。

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