4話 画面の向こうで、私は働いている
机に向かう。
ノートパソコンを開く音は、もう慣れた。朝でも夜でも同じ音がするから、時間の感覚が少しずつ曖昧になる。
副業。
そう言い聞かせている。
本業ではない。生活の全部を賄っているわけでもない。
でも、私にとっては「仕事」だ。
小説家になろう。
管理画面を開くと、昨日更新した話数の数字が並んでいる。
作品名はやたらと長い。
『ひらめきで勝つ天才と、時間で指す棋士―同門公式戦を境に成長した日向と、静かにタイトルだけを見続けた恒一』
自分でつけたくせに、いまだに全部を一息で言えない。
でも、このタイトルを見ている時間は嫌いじゃなかった。
PV。ブックマーク。評価。
数字は静かで、残酷だ。
「……まあ、こんなもんか」
独り言が、部屋に落ちる。
誰にも聞かれていないのに、声に出してしまう。
続きを書こうと、本文を開く。
将棋盤の配置。
日向の視点。
恒一の沈黙。
指はキーボードの上に置かれたまま、動かない。
文章が、少しだけうるさく感じる。
文字が、白じゃなくて、淡く色づいて見える気がした。
――大丈夫。
幻聴は、ない。
私は一度、深く息を吐く。
足が、むずむずする。エビリファイの注射のあとに残った感覚。椅子に座っていると、どうしても気になってしまう。
立ち上がって、部屋を一周する。
戻って、また座る。
「一文でいい」
そう言って、書く。
日向は駒箱に指をかけ、外し、また戻した。
そこまで書いて、止まる。
保存。
保存するだけで、少し仕事をした気分になるから不思議だ。
ふと、親友の顔が浮かぶ。
ジムの話をしていた時の、どうでもいい声。
スマホを手に取るけど、電話はしない。
今日は一人で終わらせたい日だった。
ベランダに出る。
タバコの箱は、まだ机の引き出しにある。
でも今日は、吸わない。
代わりに、冷たい空気を吸い込む。
部屋に戻って、もう一度画面を見る。
タイトルだけを、しばらく眺める。
ひらめきで勝つ天才。
時間で指す棋士。
どっちも、どっちだ。
速くても、遅くても、抱えているものはある。
私は、ゆっくりキーボードを叩く。
恒一もまた、日向を見る。
若さはある。勢いもある。
それでも、今ここでは、どちらも同じ場所に立っている。
今日はここまで。
更新は、しない。
それでも、画面を閉じるとき、少しだけ胸が軽かった。
誰かに評価されたわけじゃない。
何かが劇的に進んだわけでもない。
ただ、私は今日も書いた。
それだけで、働いたと言っていい気がした。
ノートパソコンを閉じる音は、やっぱり同じだった。




