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# 第五話:仮面の噂
朝の空気は、どこか重かった。
宿の一階。
簡素な朝食を前に、三人は言葉少なに座っていた。
昨夜の出来事を、誰も口にしない。
だが――確実に、空気は変わっていた。
◇
「次の依頼を探そう」
最初に口を開いたのはレオンだった。
いつも通りの軽い口調。
だが、どこか演技めいている。
ギルドへ向かう道すがら、町の掲示板の前で人だかりができていた。
「また出たらしいぞ」
「仮面の連中だ」
その言葉に、カイの足が一瞬止まる。
仮面。
聞き捨てならない単語だった。
◇
掲示板に貼られていた依頼書は、一枚だけ赤く縁取られていた。
――《夜間警備依頼》
内容は単純だが、不穏だった。
夜になると、郊外の倉庫街で人が消える。
犯人は不明。
ただし、生存者は皆、同じ証言をしている。
「仮面を被った者たちを見た」
◇
「気味が悪いわね……」
ミラが小さく呟く。
「報酬は悪くない」
レオンは依頼書を指で弾いた。
「それに、噂の正体を確かめるいい機会だ」
カイは黙って頷いた。
理由は違えど、断る選択肢はなかった。
◇
夜。
倉庫街は、月明かりすら届かないほど暗かった。
木箱と石壁の影が、複雑に重なり合う。
「静かすぎる……」
ミラが魔力を抑えながら囁く。
その時。
――カラン。
金属音が、遠くで鳴った。
三人は同時に身構える。
◇
闇の中から、現れたのは三人の人影。
全員が、白い仮面をつけていた。
表情のない仮面。
感情のない視線。
「……見つけた」
くぐもった声が、闇に溶ける。
次の瞬間、魔法陣が展開された。
「下がって!」
ミラが叫び、防御魔法を張る。
爆風。
倉庫の壁が砕け、粉塵が舞い上がった。
◇
カイは、剣を抜いた。
左眼が、はっきりと疼く。
(まずい……こいつらは)
相手は、ただの盗賊ではない。
動きに、明確な訓練の跡があった。
レオンが斬りかかるが、仮面の男は軽く受け流す。
「強い……!」
その瞬間。
仮面の一人が、カイを見た。
そして――
仮面の奥で、笑った。
「やはり、魔眼はここにいたか」
時間が、止まったように感じられた。
レオンとミラが、同時にカイを見る。
沈黙。
仮面の男は、ゆっくりと後退する。
「今は退く。だが――」
「いずれ、迎えに来る」
白い仮面が、闇に溶けて消えた。
◇
残されたのは、壊れた倉庫と、重い沈黙だけだった。
「……今の、どういう意味?」
ミラの声は、震えていた。
カイは、答えなかった。
答えられなかった。
レオンは、何も言わず、仮面たちが消えた闇を見つめている。
その背中が、ひどく遠く感じられた。
こうして――
仮面の組織は、
確かに、三人の前に姿を現したのだった。




