003
# 第三話:最初の依頼
朝霧が、街道を覆っていた。
カイ、レオン、ミラの三人は、街の外れにある小さな冒険者ギルドの前に立っていた。
木造の建物は古く、看板の文字も半分ほど剥げ落ちている。
「ここが……ギルド?」
ミラが少し不安そうに呟いた。
「安心しろよ。田舎はだいたいこんなもんだ」
レオンは気楽そうに笑い、扉を押し開けた。
中は思った以上に静かだった。
数人の冒険者が酒を飲み、壁には依頼書が雑多に貼られている。
視線が、一斉に三人へ向けられた。
特に――カイへ。
理由は分からない。
だが、左眼の奥が微かに疼いた。
「……落ち着け」
カイは心の中で、自分に言い聞かせる。
◇
受付にいた中年の男が、面倒そうに顔を上げた。
「新入りか?」
「護衛の依頼を探してる」
レオンが答えると、男は鼻で笑った。
「三人でか。まあいい。死んでも文句は言うなよ」
そう言って、彼は一枚の依頼書を差し出した。
――《鉱山道の魔獣討伐》
内容は単純だった。
街と鉱山を結ぶ道に現れた魔獣を討伐する。
報酬は安い。
だが、初心者向けと書かれている。
「最初には悪くない」
レオンが即決した。
ミラは少し迷ったあと、カイを見る。
「……大丈夫?」
「問題ない」
短く答え、カイは依頼書を受け取った。
◇
鉱山道は、思ったよりも険しかった。
岩肌がむき出しになり、視界も悪い。
「ここ、嫌な感じがする……」
ミラが小声で言った、その瞬間。
風が止んだ。
空気が、重く沈む。
カイは足を止めた。
「来る」
次の瞬間、岩陰から飛び出したのは――巨大な魔獣だった。
猪に似た体躯。
皮膚は岩のように硬く、牙には魔力が渦巻いている。
「散開しろ!」
レオンが叫び、前に出る。
剣がぶつかり合い、火花が散った。
だが、刃は通らない。
「硬すぎる……!」
ミラが魔法陣を展開し、風の魔法を放つ。
しかし、それでも魔獣は止まらなかった。
――まずい。
カイの左眼が、疼く。
開けば、すぐに終わる。
だが――
(まだだ)
彼は歯を食いしばり、剣を構え直した。
距離。
動き。
ほんの一瞬の隙。
「レオン、三歩下がれ」
「え?」
次の瞬間。
魔獣が突進し、その動きが、わずかに乱れた。
そこだ。
カイは滑り込むように踏み込み、関節の隙間へ刃を叩き込んだ。
断末魔。
巨体が崩れ落ち、地面が揺れた。
静寂が戻る。
レオンは目を見開いた。
「……今の、どうやった?」
「偶然だ」
カイはそう言って、視線を逸らした。
ミラも、何か言いたげに彼を見ている。
◇
依頼は成功した。
だが、ギルドへ戻る道すがら――
カイは、背中に刺さる視線を感じていた。
疑念。
驚き。
そして、かすかな恐怖。
(……もう、始まっている)
仲間と呼べる距離。
だが、完全な信頼には、まだ遠い。
この旅は、
まだ始まったばかりなのだから。




