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# 第二話:旅の始まり


灰が、まだ空を舞っていた。


燃え落ちた屋敷の残骸。黒く焦げた柱。崩れた石壁の隙間から、微かに煙が立ち上っている。


カイは、その中心に立っていた。


一晩が過ぎていた。


世界は何事もなかったかのように朝を迎え、鳥の鳴き声だけが、残酷なほど穏やかに響いている。


カイは黙って、穴を掘っていた。


一つ、また一つ。


両親のため。


親戚のため。


そして――妹のため。


小さな墓標の前に、カイは膝をついた。


「……ごめん」


それ以上の言葉が、喉から出てこなかった。


謝罪も、誓いも、あまりに軽すぎる気がしたからだ。


左眼の奥が、じくじくと痛む。


魔眼は閉じているはずなのに、世界が歪んで見える気がした。


――ここにいてはいけない。


理屈ではなく、本能がそう告げていた。


カイは立ち上がり、焼け跡に背を向ける。


振り返らなかった。


振り返れば、きっと足が止まってしまう。


彼は剣だけを背負い、食料も金もほとんど持たないまま、村を出た。



三日後。


山道を抜けた先の街道で、争う声が聞こえた。


「だから言っただろ! この荷は重すぎる!」


「うるさい! 今さら戻れるか!」


二人組の旅人が、壊れた荷車の前で言い争っていた。


その背後――


森の影から、低く唸る声が響く。


魔獣だ。


狼に似た姿。だが体躯は馬ほどもあり、牙には魔力が滲んでいる。


旅人たちは、完全に気づいていなかった。


カイは、一瞬だけ迷った。


――関わるな。


――目立つな。


頭では分かっていた。


それでも、体は動いていた。


「下がれ!」


声を張り上げ、カイは剣を抜く。


魔獣が跳躍した。


速い。


だが――


カイの視界が、一瞬だけ研ぎ澄まされる。


距離。


踏み込み。


致命点。


魔眼は開いていない。


それでも、身体が覚えていた。


一閃。


剣は正確に、魔獣の喉を断ち切った。


血が噴き出し、巨体が地面に崩れ落ちる。


静寂。


旅人たちは、呆然とカイを見つめていた。


「……た、助けてくれたのか?」


カイは剣を納め、短く答える。


「ああ」


それ以上、名乗るつもりはなかった。


だが、もう一人の旅人――軽装の青年が、興味深そうに目を細めた。


「すごい剣だな。冒険者か?」


「違う」


即答だった。


冒険者と名乗る資格が、自分にあるとは思えなかったからだ。


青年は肩をすくめ、笑った。


「なら、これからなるんだろ?」


その言葉に、カイは一瞬だけ、言葉を失った。


冒険者。


仲間。


旅。


どれも、昨夜までの自分には縁のない言葉だった。


「……俺たちは、護衛を探してたんだ」


青年はそう言って、手を差し出した。


「俺はレオン。こっちは魔法使いのミラ」


少女――いや、若い女性が、小さく会釈する。


「一人で行くより、三人の方が生き残れる」


その言葉は、現実的で、残酷で、そして正しかった。


カイは、しばらく黙り込んだあと――


ゆっくりと、その手を握った。


「……カイだ」


こうして。


少年の逃亡は、


小さな“仲間”という形を取り、


新たな旅へと変わり始めた。


だがその選択が、


やがて裏切りと血に染まることを、


この時の彼は、まだ知らない。


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