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# 第一話:魔眼の覚醒
炎が、空から降り注いだ。
一つではない。幾重にも重なった深紅の魔法陣が、まるで無数の“目”のように開き、冷酷に魔眼一族を見下ろしていた。
カイは、石畳の中央で立ち尽くしていた。
十六歳。
手には、毎朝の鍛錬で使っていた木剣がまだ握られている。
悲鳴が、あちこちから響き渡った。
「逃げろ!」
「子どもたちを守れ!」
「魔法師協会が、我々を裏切った!」
カイと同じ瞳を持つ者たちが、次々と倒れていく。一族が誇りとしてきた防御魔法は、紙のように引き裂かれた。敵に迷いはなく、慈悲もなかった。
これは戦争ではない。
――粛清だ。
カイは妹の姿を探して振り返った。
「リナ!」
石段の上に、彼女は立っていた。白い服は血に染まり、小さな体が震えている。まだ覚醒していない魔眼で、必死に兄を見つめていた。
「お兄ちゃん……目を、使わないで……」
その言葉の意味を理解する前に、魔力で形成された槍が、彼女の胸を貫いた。
世界が、静止した。
崩れ落ちる小さな体を、カイは抱きとめた。温かい血が、腕を伝い、冷たい石へと滴り落ちる。
「……いや……」
心臓が、壊れたように脈打つ。
その瞬間――
左眼の奥で、何かが“壊れる”感覚が走った。
カイは、見てしまった。
それは、普通の視覚ではない。
彼は“距離”を見ていた。
槍とリナの心臓の距離。
魔法と法則の距離。
生と死の、あいだの距離。
「あ……ぁ……」
――魔眼が、覚醒した。
空間が歪む。空に展開されていた魔法陣が激しく震え、次の瞬間、粉々に砕け散った。
襲撃していた魔法師たちが、恐怖に凍りつく。
「魔眼が開いたぞ!」
「今すぐ殺せ!」
だが、カイの耳にはもう届かなかった。
彼の視界には、妹しか映っていなかった。
リナは、かすかに微笑んだ。
「お兄ちゃんが……生きてくれれば……それで……」
最後の息が、静かに消える。
同時に、カイの世界は、深い闇に沈んだ。
――目を覚ました時。
魔眼一族は、この世から消えていた。
残されたのは、瓦礫と死体の山の中で横たわる、たった一人の生存者。
そしてその日から――
世界は、**カイ**という名の怪物を、狩り始めた。




