3.恋人
「私は君のことが好きだ。」
その言葉を飲み込めない。私の事が好き?出会って2日の私の事が?
「えっと、それはどういう……。」
「君に恋愛感情を抱いているんだ。君を愛してる。」
「はあ……。」
私は愛されるような人間なのかな?正直、こんなに美人からしたら私なんて取るに足らない存在だろうし、なんで私なんかを好きになるのか全くわからない。
「付き合ってくれないか。」
付き合う……。人生で一度も恋人ができたことはないし、告白をされたことすらない。そんな私にとって誰かとお付き合いをするというのは上手く想像ができない。
「いや、その、でも、私たち女の子じゃん?」
「そんな事を気にする必要はない。私は君が好きなんだ。頼む。私と付き合ってくれ。君に断られたら、私はもう……」
その懇願するような目を向けられて、断れる人がいるのだろうか。私は反射的に言ってしまった。
「は、はい。分かりました……。」
私たちが恋人関係になったところで、下校時間を迎えた為、私たちは家に帰った。どうやら彼女は学校にある寮に暮らしているらしい。どうして社長令嬢である彼女が寮暮しをしているのかは分からないけど、まあ詮索はしない方がいいよね。
「本当に君の家まで送らなくていいのかい?」
「大丈夫だって。そんなに遠くないし。」
そうして私は学校を出た。
家に帰ってからはようやく落ち着いた時間が過ごせた気がする。いつも通り夕食を食べ、お風呂に入り、SNSを眺める日々。落ち着くなぁ。なんて思っていたら、突然スマホが震え出した。藤原さんからの電話だ。どのタイミングで出れば良いのか分からず鳴り出してから少ししてから電話に出た。
「夜分にすまないね。君の声が聞きたかったんだ。今から少し話をしてもいいかな?」
「うん!いいよ。」
彼女との電話はとても長時間に渡り、私はとても眠くなったけど、電話を止めたいと言い出すのが怖くて言い出せなかった。そのせいで翌日は睡眠不足になってしまった。
「うぅ、頭痛い。」
寝不足の時ってどうしてこうも頭が痛くなるんだろう。嫌な思いをしながら登校を終え、席に着くと、昨日のように彼女は話しかけてきた。
「やあ、おはよう。昨日は楽しかったね。」
「うん、おはよう。楽しかったよ。」
「君に渡したいものがあるんだ。」
「渡したいもの?」
そう言って彼女が取り出したのは文房具だったり、髪留めだったり、香水だったり、様々なものを私に渡してきた。どれも高そうな物ばかりで私には手の届きそうに無いものだ。
「いやいや、大丈夫、要らないから!」
「遠慮しないでくれ。是非とも貰ってくれ。その方が私も嬉しいんだ。」
何故だろう。この人にお願いされると断れない。恋人になろうと言われた時もそうだけど、何故か従わなくちゃって気分になってしまう。
「うぅ分かりましたよ。」
その後も2人で話続けていると、突然知らない女の子が話しかけてきた。
「最近、2人は仲が良いですけど、何かあったんですか?」
おそらく、私の事を疎ましく思っている人だろう。何故こんな奴があの藤原さんと一緒にいるのか、分不相応だろうと思っている人だ。
私は適当な言い訳をしようと口を開こうとしたが、その前に彼女が声を発した。
「実は私と彩花は付き合っているんだ。」
その言葉を聞いて問いを投げかけて来た女の子は酷く動揺していた。
「へ、へぇ、そうなんですね。」
そう言ってその人は何処かに言ってしまった。大丈夫なのだろうか、私たちの関係を周囲の人にバラしてしまって。
その後の学校生活はいつもと変わりの無いものだった。藤原さんだって友達がいるからいつも私の所に来るという訳ではないし、一人の時間も確保できた。
そんなこんなでお昼を迎え、購買から帰ってきた私はいつものように自席でお昼を食べようとすると、周囲の目線が酷く痛かった。いつもは私に見向きもしないのに、私になにかしたのだろうか。恐る恐る自分の机の周辺や中を見ると、机の中に手紙が入っていた。
「藤原さんに近づくな、貧乏女。どんな手を使ったか知らないけど、身分が違うんだよ、この売女。」
そのような事が描かれていた。とても不快な思いが込み上げてきて、買った物を持たずに教室を飛び出し、1人で静かになれる場所を求めて、美術室に向かった。
やっぱり、いじめがエスカレートするよね……。そりゃそうだよ。だって私なんかがあの人と一緒にいるだけでおかしいもん。あぁ、これからの学校生活はどうすればいいのかな。もう無理だよね……。
考えがまとまらなくて、私は午後の授業をサボって美術室でずっと机に伏せていた。
放課後になって、扉の開く音がしたから、藤原さんが来たのかと思ったけど、実際に来たのは違う人だった。
「あっ部長、こんにちは。」
「やっほ〜って、どうしたのその顔!?」
きっと、今の私の顔は酷く醜い顔をしているに違いない。元々醜い私が更に醜い顔になっているのだからそれはもうお見せする価値のないものだ。すみません、部長……。
「実は……」
今までの事を部長に相談した。彼女は私の信頼のおける唯一の先輩だから、話しても良いかなって思った。
「それは辛かったね……。でもそれって彼女さん酷くない?だって彩花の意思が無視されてるじゃん。恋人っていうのは対等じゃなきゃダメでしょ。」
「それに、いじめに繋がる事くらい少し考えれば分かったでしょ。本当に酷い、許せない。私が一発殴って差し上げよう。」
「いいですって。」
この人は美術部なのに何故か体育会系っぽいところがあるから本当にやりかねなくて怖い。
「可哀想な彩花。う〜ん、そうだな〜。あっそうだ!私が慰めてあげる。」
そう言って彼女は両腕を開いた。これは……抱きつけという事だろうか。
辛いことが多くて、誰かに甘えたがっていた私は、彼女におもいっきり抱きついた。
「おっと、情熱的だね。」
「普通、ここで冗談いいますか?」
「その方が元気になるでしょ?」
部長は優しい。私を元気づけようと背中をさすってくれるし、何処までも私の事を考えてくれる。なんていい人なんのだろうか。普段は子供みたいなのに、こういう時はお母さんみたい。
しばらく抱きついていると、再び美術室の扉が開いた。今度こそ、藤原さんだ。
「彩花、何をしていたんだ……い……?」
私たちの様子を見て、固まってしまったようだ。そして、それが先程の話に出てきた人だと察した部長が臨戦体勢に入った。
「君が彩花の彼女さん?私はこの部活の部長だよ。」
「何故……何故貴方と彩花は抱き合ってるんだ。」
藤原さんはこの状況が理解出来ずに動揺しているようだ。そんな中、私の代わりに部長が説明をしてくれた。
「クラスで辛いことがあったらしいから、私が慰めてるの。分かったら出て行って。ここは美術部の活動場所だよ。」
「だったら何故私に相談してくれなかったんだい、彩花?」
「それは……」
言えるわけが無い。藤原さんと付き合ったから、クラスでのいじめがヒートアップしたなんて。
「は?彩花、今から私に口出ししないでね。部長命令。」
静かに部長がキレるのを感じた。あっまずい、と思ったけど、今の私にはどうすることもできないのでそのまま続けてもらう。
「あのさ、彩花はクラスで酷いいじめをうけてるんだよ、それも君のせいで。なのに何で自分が虐められている原因にわざわざその事を相談しないといけないの?」
「私の……せい?」
「本当に何にも分かってないんだね。さっき全てを彩花から聞いたけど、お前って本当に自分勝手。人の気持ちが何も分かってない。」
「違う、私は彩花の為を思って行動してきた。」
そう、たしかに藤原さんに悪意は無いのだろう。それは当然の事のようにわかっている。
「自分の為でしょ?自分が付き合いたいから、断れない彩花に懇願して、自分が話したいから夜遅くまで電話して、自分がプレゼントしたいから、不要だと言う彩花に押し付けて、自分が自慢したいから他人に付き合っていると自慢する。最低じゃん。」
正直、部長は私の言いたい事を、ニュアンスは違うけど大体言ってくれたと思う。さっき先輩が言った対等な関係を私たちは築けていない。今の私たちの関係は、私が彼女に服従する事で成り立っている、歪な関係だ。
「なっ、違う、私は……彩花の為を……。」
「だから、お前の為だろ。事実彩花は傷ついてるじゃん。想像力の欠如。もっと大人になれよお前。もう高二なのにガキみたいな事ばっかして、巻き込まれる彩花の気持ちを考えられてない。」
「そんな……彩花、私は君のことが好きで……」
知ってるよ。藤原さんが私のことを好きなのは知ってる。だけど、私の事を考えてくれてないって言う、部長の発言も事実だと思うの……。
「彩花、コイツどうする?追い出せって言うなら追い出すけど。」
私はどうしたいんだろう。藤原さんとこの関係を続けたいのかな。正直、藤原さんと恋人というのは嫌ではない。だけど、今日みたいな私の事を尊重してくれない関係は嫌だ。そう頭では考えていて、どうしたいかなんて分からないのに、口は簡単に結論を下してしまった。
「追い出して……今は、顔も見たくない……」
「分かった。」
「そんな……彩花……彩花……違うんだ……私は……」
何でこんなに簡単に酷いことを言えたんだろう。自分でも不思議に思ってる。
私は部長に追い出される藤原さんの事を見ながら、これからの事を考えるのであった。




