1.出会い
私は住野彩花。お嬢様学校に通う華のJK…などということはなく、お嬢様学校のカースト最底辺、いじめられっ子である。この学校に通う生徒は大抵社長の娘だの政治家の娘といったお嬢様なのだ。そんな中、私の親はサラリーマン。とはいってもかなりの大企業に勤めているからそこそこの収入はあるはずなのだけど、まあここの人達からしたら取るに足らない額だろうね。そして、こういう所では家の財産で学校での立場が決まってしまうのだ。私物もそこらのお店で買ったものだし、まあお嬢様からしたら見下しても当然なのだろう。そういう訳で、私はクラスではカースト最底辺なのだ。
「今度、スペインにある別荘に行くんだ。」
「私も夏休みにヨーロッパ旅行に行きますわ。」
そんな会話が聞こえてくる。教室の中はそろそろ訪れる夏休みのことで持ち切りだ。私にどこかに行く予定はないし、話す相手もいない。だから私は寝た振りをしている。そんな中、やけに目立つ声が聞こえて私は顔をあげる。
「私は夏は趣味に勤しもうかな。本を読み、美術品を探す時間が確保できるなんて、夏休みが待ち遠しいよ。」
その声はハキハキとしていて美しく、その白髪はまるで絹のようで、どんな美術品にも及ばない容姿を持っていた。しかし、そんな人が美術品を集めるのが好きだなんて、美しさがインフレしてるな…。
いじめられているとは言っても、無視される程度のものだからそこまで苦痛ではない。いや、苦痛は苦痛なんだけど……。ものを隠されたり、机がなくなったりする事がなくて本当に良かった。
まあ、良いんだ。私はこの学校では部活にさえ専念出来ればそれで良い。私は絵を描く事が好きだ。絵は、自分の見えている世界を、言葉を媒介せずとも誰かに伝える事ができる。
この学校の美術室の設備はとても充実している。流石はお嬢様学校、道具が無料で使えるのが素晴らしい。
そして更に素晴らしいのは、この部活は部員が2人しかいないことだ。私と、1個上の先輩。その先輩は私の家柄を気にしないで気軽に接してくれた。今は受験で来れないけど、絵を描いてる間はどっちにしろ人と話さないのでそこまで寂しくない。
今日は先日キャンプに行った時に撮った写真の風景画を描く事にした。あそこで絵を描来たかったんだけど、そんな時間はなく、今ここであの時の感動を思い出しながら描く。森の中に川が流れ、上からは微かに光が差している。幻想的、神秘的な世界だと思った。その想いを、この紙の上に乗せる。
絵を描いて暫くして、滅多に開くことのない美術室の扉が空いた。顧問の先生だろうか、普段は来ない癖に一体何の用だろうか。振り返ってみると、そこに居たのは白髪の美少女だった。傾城傾国という言葉が良く似合う人だ。
「住野さんだよね。君に用があって、少し時間を貰えないかな?」
私に……用?いじめられっ子だよ、私。そんな奴にクラスのカーストトップの人が何の用だろう。まさか、嫌がらせじゃないよね……。でもこの人は私の事を無視してるような気がしない。ただただ無関心なだけだと思う。だから、いじめとは関係なのかな。そんな希望のような推察をしながら彼女の問に答える。
「は、はい。大丈夫です……。」
「それは良かった。君、文化祭準備のシフト出してないだろ?そのプリントを貰いにきたんだ。」
ああ、良かった。そういえば、文化祭準備とかあったな……。興味が無さすぎて忘れてた。
「少し待っててください。今教室から取ってきます。」
「ありがと。ゆっくりで大丈夫だからね。」
優しい人だな。そう思いながら私は走って教室に向かった。
彼女が部屋を出ていってから、私は美術室の中の物を適当に見ていた。行儀が悪い事だとは思っていたけど、何か優れた作品がないかと思ったからだ。
「うん?」
そこにあったのは描き途中の美しい絵だった。森林の中だろうか、酷く幻想的で美しいものだった。今までも色々な作品を見てきたが、これ程までに思いの込められた美しい作品は初めてだ。
そんな事を思っていたら扉が開く音がした。彼女が戻ってきたのだ。
「すみません…お待たせしちゃって。」
「いいよいいよ。ゆっくりで大丈夫と言っただろう?」
良かった…もしかしたら遅い!って怒られるかと思った。
「プリントはそこに置いといてくれ。少し聞きたいんだが、この絵画は君が描いたのかい?」
彼女が指を指したのは私がさっきまで描いていた絵だった。
「はい、そうですが……。それがどうかしました?」
下手くそだとか、絵を辞めろとか言われるのかな……。嫌だなぁ。大好きな絵について悪く言われたくない。私の性格や家柄について言われるよりも絵についての悪口は嫌だった。
「これは、とても素晴らしいよ。君には優れた絵の才能がある。私は君の絵が気に入った。どうかもっと見せてくれないだろうか。」
褒められた……え!?褒められたよ。
私の絵が美しいって、この人に。この人からの美しいという言葉は何者にも変え難い。だってこんなにも美しい人が美しいと認めてくれたのだから。
「は、はい。」
そう言って私は絵を見せた。
「どれも素晴らしいよ。君の作品には力がある。私の心に感情を訴える力が。」
さっきから褒め言葉しか出てこないな。どんなに素晴らしい美辞麗句だとしても言われ慣れてしまえばなんとも思わないのだ。
「あっありがとう…ございます。」
褒められた時ってどう反応すればいいか分からないよね。キョドっちゃった。
「ひとつ提案してもいいかな、私を君のパトロンにしてくれ。」
「パトロン?」
その提案の意味が私には分からなかった。普通に学がない、情けないぞ私!
「君が絵を描く手伝いを私にさせて欲しいという事だよ。」
「何のために?」
目的が分からない。だって私の絵を手伝うメリットがこの人にはないからだ。
「君の絵を誰よりも先に見たいんだ。それと、作業経過も見てみたい。別に、君から作品を貰おうとは思わない。もちろん、貰えるなら嬉しいけどね。」
う〜ん、破格の条件だな。それなら私にはデメリットもない、むしろメリットしかない。
「まあ、そういう事なら……。」
「良かったよ!君ならそう言ってくれると思ったよ。」
まあだってね、断る理由もないですし。それに、クラスメイトに話せる人がいた方がいいですしね。
「で、では……これからよろしくお願いします。」
「ああ、よろしく。私は藤原琴葉だ。好きに呼んくれ。」
「じゃあ藤原さん。これからよろしくお願いします。」
こうして、私たち2人の不思議な関係が始まったのだ。




