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魔王の娘  作者: 星空りん
4/4

3 魔王城から、ちょっと遠くまで 3

 その日の午後、りんの部屋は、いつも以上に賑やかだった。


 ベッドの上には、着替えのドレスや下着、厚めのマント、本、お菓子、ぬいぐるみまで、ありとあらゆるものが積み上がっている。


 「これと、これと……あ、この本も持っていきたいし、このぬいぐるみも連れていきたいし……」


 ネネはその山を見上げて、深くため息をついた。


 「お嬢。これ、全部持っていくつもりですよね?」


 「うん。ぜんぶ大事だもん」


 「物理的に無理です」


 即答され、りんは少し考えてから、指先をぱちんと鳴らした。


 山になっていた荷物が、ふわりと金色の光に包まれる。


 「ぎゅーって小さくなぁれ」


 光がしぼんだとき、ベッドの上には、可愛らしいポシェットがひとつだけ残っていた。


 「……」


 ネネは無言でベッドとポシェットを見比べる。


 「全部入ったよ〜。ほら、軽いし」


 りんがひょいっと持ち上げると、中身がぎっしり詰まっているはずなのに、まるで空っぽみたいに軽い。


 「お嬢。そういう魔法も、人前では絶対にやっちゃダメって、今さっき陛下が……」


 「分かってるってば。これは“旅の準備”だから。王都に着いたら、ちゃんと控えめモードにするもん」


 ネネは額に手を当てた。


 控えめモードでこれなら、全力モードを考えたくない。


 「……せめて髪だけは、きちんとしておきましょう」


 ネネは後ろに回り、りんのローツインテールを整え始めた。


 「ありがと、ネネ」


 「いいえ。お嬢がどこへ行っても、“魔王の娘”として胸を張れるようにするのが、わたしの役目ですから」



 城の正門前には、黒塗りの馬車が一台、静かに待っていた。


 車体には魔法陣が刻まれ、強化された車輪と、魔界産の大きな馬が二頭。普通の馬車よりずっと頑丈で、速くて、揺れも少ない特別仕様だ。


 門の前には、見送りの魔族たちがずらりと並んでいた。角のある者も、翼を持つ者も、それぞれがりんに小さな包みやお守りを差し出してくる。


 「お嬢、これ、旅の安全を祈ったお守りです」


 「こっちは、保存のきく干し肉で……」


 「甘い物もないと、お疲れになりますからねぇ」


 りんは両手いっぱいにそれを受け取り、ぱっと笑った。


 「ありがとう! ちゃんと大事にするね。……あ、しまった、荷物また増えちゃった」


 「お嬢」


 ネネがじとっとした目を向ける。


 りんは「えへへ」と笑って、また指先をぱちんと鳴らした。


 贈り物の山がふわっと光り、ポシェットの中へと吸い込まれていく。


 見送りの魔族たちは、もうツッコむことを諦めたように、小声でざわめいた。


 「さすがお嬢……」


 「うちの世界、あの方にだいぶ支えられてません……?」


 少し離れたところで見ていた魔王は、静かにため息をついた。


 「……りん」


 その声に振り向いたりんは、ぱっと笑顔になって駆け寄る。


 「パパ!」


 魔王はしゃがみ、りんの頭にそっと手を置いた。


 「楽しんでこい。ただし、気をつけろ」


 「うん。ちゃんと見るよ。ちゃんと見て、ちゃんと帰ってくる」


 「何かあれば、すぐ戻れ。おまえの力なら、それもできるはずだ」


 「うん」


 りんは真剣な顔で頷いた。


 ネネも一歩前に出て、深く頭を下げる。


 「陛下。お嬢は、このネネが必ずお守りします」


 「頼んだぞ」


 短い言葉に、たくさんの信頼が込められていた。


 りんは馬車の扉に手をかける前に、一度だけ振り返る。


 黒い城の塔、見送りの魔族たち、そして魔王パパ。


 「行ってきます!」


 その一声に、「いってらっしゃい」の声が重なった。


 りんとネネが馬車に乗り込むと、御者が手綱を軽く引く。


 車輪が転がり始め、城門がゆっくりと開いていく。


 りんは窓から外を覗き込みながら、胸の奥をそっと押さえた。


 「人間の王都って、どんな匂いがするんだろう」


 誰にも聞こえないくらい小さな声でつぶやく。


 「どんな声がして、どんな空が広がってるんだろう」


 ネネはその横顔を見ながら、尻尾をふわりと揺らした。


 「お嬢。……どうか、できるだけ、おとなしくしていてくださいね」


 「む〜。ネネは心配しすぎだよ。りん、ちゃんと“控えめモード”でがんばるもん」


 その言葉に、どれだけの説得力があるのか。


 ネネはあえて何も言わず、小さく笑った。


 馬車は門を抜け、魔王城をあとにする。


 見慣れた黒い城が少しずつ遠ざかり、やがて視界から消えていった。


 こうして、魔界で守られてきたりんの世界は、少しだけ広がり始めた。


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