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魔王の娘  作者: 星空りん
34/39

33 煙の先で、崩れる日常 3

 泣き声は、煙みたいに村に残った。


 火が消えても。

 剣が鞘に戻っても。

 壊れた暮らしの音だけが、しぶとく離れない。


 りんは、震える指先を握り直して、ひとつずつ呼吸を整えた。


 「……次、どこ?」


 声を出しただけで、喉が少し痛い。


 ネネが、りんの肩に軽く手を置いた。


 「まずは高台の納屋です。避難場所になります。怪我人を集めます」


 「うん」


 りんは頷いて、足を動かした。


 灰が靴裏で鳴る。

 乾いたはずの街道より、ここはずっと重い。


◇ ◇ ◇


 高台の納屋は、村の中央から少し外れた場所にあった。


 扉を押すと、干し草の匂いと、土の匂い。

 その奥に、人の匂い――焦げと汗と涙が混ざっている。


 「ここに座って! 順番に見ます!」


 ライラが声を張って、村人を誘導していた。


 いつもの軽さを消した声。

 それでも、怖がらせないように、ぎりぎりの柔らかさが残っている。


 ガルドは納屋の入口に大盾を立て、外を睨んでいた。


 「入り口は一つでいい。ここに固める」


 「村の外周は俺が見る」


 蓮は短く言って、すぐに外へ出ていく。


 フィオは杖を膝の前に立てたまま、納屋の梁や隅を、目だけでなぞっていた。


 ――逃げ道。

 ――侵入口。

 ――次が来るとしたら、どこから。


 りんは、まず目の前の人へ向き直る。


 腕を押さえている女性。

 額から血が滲んだ少年。

 咳き込み続ける老人。

 泣き止まない小さな子。


 「……大丈夫。だいじょうぶ」


 自分に言い聞かせるみたいに呟いて、りんは手を伸ばした。


 触れるだけでいい。

 そう思った瞬間、胸の奥がきゅっと鳴った。


 (助けたい)


 その気持ちが先に立つと、りんの魔法は、勝手に“形”を探しにいく。


 包帯より早く。

 薬より深く。


 りんの手のひらから、あたたかな感覚が広がる。


 傷の痛みがほどけていく。

 息の苦しさが薄れていく。

 恐怖で固まった肩が、少しずつ落ちていく。


 「……痛く、ない……」


 誰かが呟く。


 「なんで……さっきまで……」


 別の誰かが、泣きながら笑うみたいな声を出す。


 りんは答えられない。


 “できちゃう”から、できる。

 理由はあとからついてくる。


 ネネが、りんの横で手際よく包帯を巻き、脈を取り、薬を渡していく。


 「お嬢、次。――こちら」


 「うん」


 りんは頷いて、また手を伸ばす。


 治す。

 運ぶ。

 落ち着かせる。


 それを、ひとつずつ。


 けれど――


 納屋の隅で、男がうずくまり、肩を震わせていた。


 「……燃えた。燃えたんだ……」


 誰に向けた声でもない。


 りんが近づくと、その男は顔を上げた。


 煤と涙でぐしゃぐしゃで、目だけが妙に乾いている。


 「倉庫が……家畜が……あそこは……あそこだけは……」


 りんは息をのむ。


 “あそこだけは”って言葉が、耳に刺さる。


 「……どこが?」


 男は、震える指で納屋の外を指した。


 村の端――水場の方向。


 「水汲み場の近く……火をつけた……。順番が、変なんだ……」


 その言い方が、嫌だった。


 偶然じゃないみたいな言い方。


 りんの胸の奥が、ひやりとする。


◇ ◇ ◇


 救助が一段落した頃。


 蓮が戻ってきた。


 村の外周を見てきた顔。

 疲れているのに、目だけは冷たい。


 「周辺に残党は見えない。だが、跡がある」


 フィオがすぐに顔を上げる。


 「跡?」


 「足跡。……揃ってる」


 その一言で、空気が少し固くなる。


 りんは納屋の外へ出るのを、反射的にためらいかけた。


 でも、蓮はりんを見て言った。


 「無理はさせない。見るのは、必要な分だけだ」


 「……うん」


 りんは頷いた。


 ネネが半歩前に出て、りんを守る位置に入る。


 六人で村の端へ向かう。


 壊れた柵。

 焼けた柱。

 黒く焦げた土。


 そこに、足跡が残っていた。


 雨が降っていないのが、逆に残酷だった。

 消えてくれない。


 「……ほんとに、揃ってる」


 ライラが小さく呟く。


 足跡は散らばっていない。


 奪って逃げたなら、あちこちに分かれるはずだ。

 なのに、線みたいに続いている。


 「村へ入って、ここへ寄って、また同じ道で戻ってる」


 蓮が指でなぞるように言う。


 「……無駄がない」


 フィオが、地面の端にしゃがみ込む。


 「無駄がない、というより――“型”ね」


 「型?」


 りんが思わず聞くと、フィオは顔を上げずに答えた。


 「誰かの真似。あるいは、指示された動き。低い知能でも、命令ならこなせる」


 ネネが静かに続ける。


 「ゴブリンは魔族ですが、集団行動が得意な個体ばかりではありません。通常はもっと散ります」


 「なのに、散ってない」


 ガルドが歯を鳴らした。


 「……嫌な匂いがするな」


 ライラが水場を指す。


 「火をつけた場所も。倉庫だけじゃなく、水場の近く、通り道、納屋の外れ……」


 「暮らしを壊す順番を知ってる」


 フィオが小さく息を吐く。


 「これは“奪う”襲撃じゃない。“崩す”襲撃」


 りんは、言葉が喉で引っかかるのを感じた。


 (崩す)


 それは、村人の顔が浮かぶ言葉だった。


 泣いていた子。

 震えていた手。

 乾いた目で倉庫を見ていた男。


 壊すのは簡単で、戻すのは難しい。


 それを“知ってる”相手がいる。


 その現実が、りんの中に落ちる。



 そのとき。


 村の外れから、小さな叫び声が上がった。


 「こっち! こっちに――まだいた!」


 蓮の顔が変わる。


 「全員、戻る!」


 駆ける。


 煙の匂いより、土の匂いが濃くなる。


 村の裏手、焼けた柵の影。


 そこに――緑の肌が転がっていた。


 ゴブリン。


 完全に逃げ遅れたのか、足を矢で射抜かれている。

 呻き声は小さく、目だけがぎらぎらしている。


 「……斥候か、残りか」


 ライラが矢を構えたまま、距離を取る。


 ガルドが盾で村人を下がらせる。


 「寄るな!」


 フィオが杖を軽く振ると、淡い術が走り、ゴブリンの動きが止まる。


 「……動けないようにした。今は」


 その言い方が、冷たい。


 冷たいのに、正しい。


 りんは一歩踏み出しかけて、止まった。


 “助けたい”が出る。

 それは村人に向けるべきだ。


 それでも、目の前の呻き声が、耳を引っ張る。


 ネネが、りんの前に立った。


 「お嬢。今は優先順位を」


 「……うん」


 りんは頷く。


 その瞬間、ゴブリンが、喉の奥からくしゃっとした声を出した。


 言葉にならない。

 でも、何かを必死に伝えようとしている。


 フィオが目を細める。


 「……喋る個体?」


 ネネが耳を澄ませる。


 「いえ。言語ではありません。……合図に近い」


 蓮が短く言った。


 「合図?」


 ゴブリンの指が、泥の上を引っ掻いた。


 ぐちゃ、と線が残る。


 ただの傷。

 ただの落書き。


 でも――線の形が、妙に整いすぎている。


 フィオの眉が、わずかに動いた。


 「……記号」


 「誰かが教えた?」


 りんが呟くと、蓮は答えない。


 答えないまま、剣の柄を握り直す。


 「村人を優先する。こいつは縛って連れていく。ギルドで判断だ」


 「了解」


 ネネがロープを取り出し、手早く拘束する。


 ゴブリンは呻き声を上げ、歯を剥いた。

 でも、目の奥にあるのは、憎しみだけじゃない。


 ――焦り。

 ――怯え。


 りんはそれを見て、胸の奥がざわついた。


 (怖がってるのは……こっちだけじゃない?)


 そんな考えが、頭の隅で生まれかける。


 でも今は、答えを作らない。


 今は、村。


 壊された暮らし。


 戻すための手。


◇ ◇ ◇


 騎士団が来たのは、陽が少し傾いてからだった。


 馬の蹄。

 鎧の音。

 怒鳴り声と指示が飛び交い、村はようやく“助けが来た形”になる。


 蓮は騎士団の隊長らしい男に、短く状況を報告した。


 被害。

 残党の可能性。

 揃った足跡。

 拘束した個体。


 隊長は顔をしかめ、喉を鳴らした。


 「……厄介な話だ。村の警備を厚くする。だが、他の村も危ない」


 その言葉に、りんの肩が微かに跳ねた。


 他の村。


 (……まだ終わってない)


 納屋へ戻ると、村人の何人かが、ようやく水を飲める顔になっていた。


 りんは、最後の最後まで、手を離さなかった。


 痛みをほどく。

 熱を落ち着かせる。

 震えを鎮める。


 “治したい”と思ったら、りんの魔法は、躊躇を知らない。


 だからこそ、ネネが隣で、ずっと呼吸を数えてくれる。


 「お嬢。休憩」


 「……もうちょっと」


 「もうちょっと、の前に。水」


 「……うん」


 言われて初めて、喉の渇きに気づく。



 夕暮れ。


 空が赤くなり始めたころ。


 村の入口から、別の馬が駆け込んできた。


 息を切らした伝令が、騎士団の隊長に紙を差し出す。


 紙を受け取った隊長の顔が、すぐに固くなる。


 蓮が、その表情を見て一歩近づいた。


 「……第二報か」


 隊長は短く頷く。


 「東の街道沿い――別の集落でも、火が出た。被害はまだ確認中だ」


 りんの胸の奥が、すっと冷える。


 焦げた匂いは、もう風のせいじゃない。


 続いている。


 フィオが、ぽつりと呟いた。


 「……点が、線になる」


 ライラが唇を噛む。


 ガルドが盾を握り直す。


 ネネは、りんの横で、小さく息を吐いた。


 「お嬢。顔を上げてください」


 りんは、ゆっくり顔を上げた。


 夕暮れの空は綺麗なのに、煙が混じっている。


 (助けたい)


 それだけは、揺らがない。


 怖い。

 でも、手を止めない。


 りんは指先を握りしめ、蓮を見た。


 「……次も、行く」


 蓮は短く頷いた。


 「行く。ただし、順番を守る。ここを固めてからだ」


 ひとつずつ。

 ひとつずつ。


 崩れた日常は、すぐには戻らない。


 でも――戻すために動く人がいるなら。


 りんは、その中にいると決めた。


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