24 スライムの次は、ゴブリンでした 3
暁の四人は、カウンターの奥に通されて、ギルドの職員と向かい合っていた。
りんとネネは、少し離れたテーブルに座りながら、その声をなんとなく耳に入れていた。
「……一週間の調査の結果ですが、ゴブリンの群れは予想以上の数でした」
蓮の声が聞こえる。
「群れが分かれているだけで、合計すれば、ひとつの巣としてはBランクを越える規模だと見ていいでしょう」
職員のひとりが、低い声で唸った。
「ゴブリン自体は、個体で見ればDランク相当の雑魚だが……」
「群れると厄介です。人間の村を襲いやすく、略奪と放火を繰り返します。今回も、すでに二つの集落が被害を受けていました」
りんは、思わず息を呑んだ。
(村が、襲われてる……)
「一応、周辺の斥候は潰しましたが、巣の規模からすると、俺たちだけでの殲滅はほぼ不可能です」
蓮の声は淡々としているが、その中身は重い。
「ギルドとしては、王都の騎士団、それと周辺の冒険者パーティを集めて、討伐隊を編成するしかないでしょう」
「ゴブリンの巣の位置は?」
「三つ。どれも森と廃村の境目です。どこからでも、人里に出やすい」
ギルド職員は頭を抱えたようだった。
「……すぐに上に報告しよう。だが、討伐隊を編成するには日数がかかる。騎士団も、そう簡単に動かせん」
りんは、手元の報酬袋を見つめた。
(その間にも、どこかで、誰かが襲われるかもしれない……)
小さく拳を握りしめる。
◇
「ネネ、ゴブリンって……」
りんが小声で尋ねると、ネネは視線だけを横に向けた。
「魔族の一端、ですね。とはいえ、“端っこ”も端っこですが」
「魔族、なんだ……」
「ただし、知能は高くありません。欲と本能で動く群れです。こちらの言葉がどれだけ通じるかは、かなり怪しいですね」
「え、パパ……じゃなくて、魔王様の言うことも、聞かない?」
「おそらく、届きません。魔王様のお言葉が届くのは、ある程度“自分”を持った魔族だけですから」
ネネは淡々と答える。
「ゴブリンは、本能と欲だけで動く塊です。お嬢の言葉も、聞かないでしょう」
「そっか……」
りんは俯きかけて、それでも顔を上げた。
「でも、村の人たちが困ってるのは、本当なんだよね」
「そうですね」
「怪我してる人も、きっといるよね。襲われたら……」
「……いるでしょうね」
ネネは短く答えた。
「すぐに討伐隊を組めないんなら、どうしようもないのかな」
りんは、蓮たちとギルド職員が話している方をちらりと見やる。
「“どうしようもない”と判断して、じっと耐えるのも、ひとつの選択です」
ネネの言葉は冷静だ。
「ですが、“どうにかしに行く”のも、選択のひとつです」
「……」
りんは、しばらく黙っていた。
胸の中で、昨日と今日の光景が浮かんでは消える。
傷ついた小さな動物。
光の中で、少しだけ楽になってくれた命。
(見ちゃったら、放っておけない)
それは、きっと変わらない。
りんは深呼吸をひとつして、ネネを見上げた。
「……ネネ」
「はい」
「りん、ちょっと……見てこようかな」
ネネの耳が、ぴくりと動いた。
「ゴブリンの巣を、ですか?」
「う、うん。“ちょっと”って言うのは、軽いかもしれないけど……」
りんは、言葉を選びながら続けた。
「何もしないで、“危ないね”って言ってるだけっていうのも、なんか、やだなって」
「……」
「怪我してる人がいるなら、治してあげたいし。ゴブリンたちがどんなふうに動いてるのか、この目で見てみたい」
ネネは、深く長い息を吐いた。
「本当に、そういうところだけは、ぶれませんね」
「だめ、かな」
「だめと言いたいところですが……」
ネネは少しだけ目を伏せ、それからゆっくりと顔を上げた。
「お嬢が“それでも行きたい”とおっしゃるなら、私が止めても、きっと別の形で向かわれるのでしょうね」
「……たぶん」
「正直な返事、ありがとうございます」
ネネは諦めたように笑った。
「ただし。ゴブリンの巣に“ちょっと見てくる”は、軽率にもほどがあります。単独で突っ込むのは論外です」
「う……それは、なんとなく分かる」
「Aランクでも、一パーティでは困難だと、先ほど報告があったばかりですからね」
◇ ◇ ◇
二人のやりとりが、たまたま近くのテーブルに座った《暁の空》の耳にも届いていた。
「……ゴブリンの巣に“ちょっと見てくる”って言う子、初めて見たんだけど」
弓使いのライラが、苦笑しながら呟く。
りんはびくっとして振り向いた。
テーブルには、《暁の空》の四人が座っていた。さきほどまで報告をしていた蓮とフィオ、そして盾役のガルドも一緒だ。
黒髪の剣士──蓮が、真面目な目でりんを見る。
「さっきの新人冒険者……りんと言ったな」
「え、あ、うん……りん、です」
りんは慌てて姿勢を正した。
蓮は、ほんの少しだけ眉を寄せる。
「ゴブリンの巣は、“薬草採りのついで”で行ける場所じゃない」
「それは……なんとなく、分かってる」
りんは視線を落とした。
「怖いのも、本当。……でも、何もしないで、ただ“危ないね”って言ってるだけなのも、やだなって」
胸の前で、ぎゅっと手を握る。
「怪我してる人がいるなら、治したいし……。ゴブリンだって、本当に全部“話が通じないだけの存在”なのか、見てみたい」
ネネは隣で、静かに目を閉じた。
「……本当に、そういうところだけはぶれませんね、お嬢」
「お嬢?」
ライラが首をかしげる。
ネネが軽く会釈した。
「ネネと申します。お嬢様の護衛です」
「ネネさん、ね。……まあ、護衛の苦労は想像つくわ」
ライラは肩をすくめる。
◇
蓮はしばらく黙っていたが、やがてギルド職員の方を見た。
「ゴブリンの巣の位置と規模は、ある程度把握している。
俺たちだけでの殲滅は無理だが、“様子を見る”くらいなら、もう一度行けなくはない」
職員は驚いたように目を見開いた。
「レン、それは──」
「どうせ、何もしないでいる間にも被害は出る。なら、せめて被害の拡大を抑えるくらいはしたい」
蓮は続けた。
「それに──」
視線が、りんに向く。
「教会から、“治癒に長けた新人がいる”という話は、少しだけ耳にしている」
りんは、びくっと肩を揺らした。
「えっ」
「詳しいことは知らない。ただ、怪我人の手当てに関しては、戦闘慣れした冒険者より、そこのお嬢様の方が役に立つ場面もあるだろう」
ギルド職員も、しばらく考え込んでから口を開いた。
「……Aランクの護衛付きで、偵察と被害の抑制だけに留める、という形なら……」
「ゴブリンの巣の“本隊”に手を出すつもりはない。ただ、今すぐ動ける戦力が俺たちしかいないなら、何もしないで待つ選択は、あまり好きじゃない」
蓮の言葉に、ネネは細い目を向ける。
「……本気ですか?」
「本気だ」
蓮は真っすぐに答えた。
「もちろん、本人の意思が一番だがな」
視線が、再びりんへ戻る。
りんは、一度だけ深呼吸をした。
「こ、こわいのは、やっぱりこわいけど……」
報酬袋をぎゅっと握りしめる。
「でも、行きたい。少しでも、助けられる人がいるなら」
「……お嬢」
ネネは、小さく天井を見上げた。
「はぁ……分かりました。そこまでおっしゃるなら、私も腹を括ります」
「ネネ……」
「ただし。絶対にひとりで突っ込まないこと。私と、《暁の空》の皆様の指示は、きちんと聞いていただきます」
「うん。約束する」
◇
ライラが、ふっと口元を緩めた。
「……まさか、Fランク新人と一緒にゴブリンの巣を覗きに行くことになるとはね」
ガルドが、がっはっはと笑う。
「おもしれぇじゃねぇか。嬢ちゃん、しがみついてでも生き残れよ?」
「しがみつく前に、ちゃんと守ってください」
ネネが即座に返す。
フィオは黙ったままだったが、その瞳はりんをじっと見ていた。
(あの魔力……やっぱり、ただの新人じゃない)
(けれど──)
夕焼けの光を受けて笑う、金色の髪の少女は、どう見ても“誰かを助けたがっているだけの子ども”にしか見えなかった。
◇ ◇ ◇
こうして、薬草採取くらいしか知らなかったFランク新人と、王都自慢のAランクパーティは──
同じ行き先が書かれた依頼書を前に、初めて同じテーブルに座ることになった。
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