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魔王の娘  作者: 星空りん
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24 スライムの次は、ゴブリンでした 3

 暁の四人は、カウンターの奥に通されて、ギルドの職員と向かい合っていた。


 りんとネネは、少し離れたテーブルに座りながら、その声をなんとなく耳に入れていた。


 「……一週間の調査の結果ですが、ゴブリンの群れは予想以上の数でした」


 蓮の声が聞こえる。


 「群れが分かれているだけで、合計すれば、ひとつの巣としてはBランクを越える規模だと見ていいでしょう」


 職員のひとりが、低い声で唸った。


 「ゴブリン自体は、個体で見ればDランク相当の雑魚だが……」


 「群れると厄介です。人間の村を襲いやすく、略奪と放火を繰り返します。今回も、すでに二つの集落が被害を受けていました」


 りんは、思わず息を呑んだ。


 (村が、襲われてる……)


 「一応、周辺の斥候は潰しましたが、巣の規模からすると、俺たちだけでの殲滅はほぼ不可能です」


 蓮の声は淡々としているが、その中身は重い。


 「ギルドとしては、王都の騎士団、それと周辺の冒険者パーティを集めて、討伐隊を編成するしかないでしょう」


 「ゴブリンの巣の位置は?」


 「三つ。どれも森と廃村の境目です。どこからでも、人里に出やすい」


 ギルド職員は頭を抱えたようだった。


 「……すぐに上に報告しよう。だが、討伐隊を編成するには日数がかかる。騎士団も、そう簡単に動かせん」


 りんは、手元の報酬袋を見つめた。


 (その間にも、どこかで、誰かが襲われるかもしれない……)


 小さく拳を握りしめる。



 「ネネ、ゴブリンって……」


 りんが小声で尋ねると、ネネは視線だけを横に向けた。


 「魔族の一端、ですね。とはいえ、“端っこ”も端っこですが」


 「魔族、なんだ……」


 「ただし、知能は高くありません。欲と本能で動く群れです。こちらの言葉がどれだけ通じるかは、かなり怪しいですね」


 「え、パパ……じゃなくて、魔王様の言うことも、聞かない?」


 「おそらく、届きません。魔王様のお言葉が届くのは、ある程度“自分”を持った魔族だけですから」


 ネネは淡々と答える。


 「ゴブリンは、本能と欲だけで動く塊です。お嬢の言葉も、聞かないでしょう」


 「そっか……」


 りんは俯きかけて、それでも顔を上げた。


 「でも、村の人たちが困ってるのは、本当なんだよね」


 「そうですね」


 「怪我してる人も、きっといるよね。襲われたら……」


 「……いるでしょうね」


 ネネは短く答えた。


 「すぐに討伐隊を組めないんなら、どうしようもないのかな」


 りんは、蓮たちとギルド職員が話している方をちらりと見やる。


 「“どうしようもない”と判断して、じっと耐えるのも、ひとつの選択です」


 ネネの言葉は冷静だ。


 「ですが、“どうにかしに行く”のも、選択のひとつです」


 「……」


 りんは、しばらく黙っていた。


 胸の中で、昨日と今日の光景が浮かんでは消える。


 傷ついた小さな動物。

 光の中で、少しだけ楽になってくれた命。


 (見ちゃったら、放っておけない)


 それは、きっと変わらない。


 りんは深呼吸をひとつして、ネネを見上げた。


 「……ネネ」


 「はい」


 「りん、ちょっと……見てこようかな」


 ネネの耳が、ぴくりと動いた。


 「ゴブリンの巣を、ですか?」


 「う、うん。“ちょっと”って言うのは、軽いかもしれないけど……」


 りんは、言葉を選びながら続けた。


 「何もしないで、“危ないね”って言ってるだけっていうのも、なんか、やだなって」


 「……」


 「怪我してる人がいるなら、治してあげたいし。ゴブリンたちがどんなふうに動いてるのか、この目で見てみたい」


 ネネは、深く長い息を吐いた。


 「本当に、そういうところだけは、ぶれませんね」


 「だめ、かな」


 「だめと言いたいところですが……」


 ネネは少しだけ目を伏せ、それからゆっくりと顔を上げた。


 「お嬢が“それでも行きたい”とおっしゃるなら、私が止めても、きっと別の形で向かわれるのでしょうね」


 「……たぶん」


 「正直な返事、ありがとうございます」


 ネネは諦めたように笑った。


 「ただし。ゴブリンの巣に“ちょっと見てくる”は、軽率にもほどがあります。単独で突っ込むのは論外です」


 「う……それは、なんとなく分かる」


 「Aランクでも、一パーティでは困難だと、先ほど報告があったばかりですからね」


◇ ◇ ◇


 二人のやりとりが、たまたま近くのテーブルに座った《暁の空》の耳にも届いていた。


 「……ゴブリンの巣に“ちょっと見てくる”って言う子、初めて見たんだけど」


 弓使いのライラが、苦笑しながら呟く。


 りんはびくっとして振り向いた。


 テーブルには、《暁の空》の四人が座っていた。さきほどまで報告をしていた蓮とフィオ、そして盾役のガルドも一緒だ。


 黒髪の剣士──蓮が、真面目な目でりんを見る。


 「さっきの新人冒険者……りんと言ったな」


 「え、あ、うん……りん、です」


 りんは慌てて姿勢を正した。


 蓮は、ほんの少しだけ眉を寄せる。


 「ゴブリンの巣は、“薬草採りのついで”で行ける場所じゃない」


 「それは……なんとなく、分かってる」


 りんは視線を落とした。


 「怖いのも、本当。……でも、何もしないで、ただ“危ないね”って言ってるだけなのも、やだなって」


 胸の前で、ぎゅっと手を握る。


 「怪我してる人がいるなら、治したいし……。ゴブリンだって、本当に全部“話が通じないだけの存在”なのか、見てみたい」


 ネネは隣で、静かに目を閉じた。


 「……本当に、そういうところだけはぶれませんね、お嬢」


 「お嬢?」


 ライラが首をかしげる。


 ネネが軽く会釈した。


 「ネネと申します。お嬢様の護衛です」


 「ネネさん、ね。……まあ、護衛の苦労は想像つくわ」


 ライラは肩をすくめる。



 蓮はしばらく黙っていたが、やがてギルド職員の方を見た。


 「ゴブリンの巣の位置と規模は、ある程度把握している。

  俺たちだけでの殲滅は無理だが、“様子を見る”くらいなら、もう一度行けなくはない」


 職員は驚いたように目を見開いた。


 「レン、それは──」


 「どうせ、何もしないでいる間にも被害は出る。なら、せめて被害の拡大を抑えるくらいはしたい」


 蓮は続けた。


 「それに──」


 視線が、りんに向く。


 「教会から、“治癒に長けた新人がいる”という話は、少しだけ耳にしている」


 りんは、びくっと肩を揺らした。


 「えっ」


 「詳しいことは知らない。ただ、怪我人の手当てに関しては、戦闘慣れした冒険者より、そこのお嬢様の方が役に立つ場面もあるだろう」


 ギルド職員も、しばらく考え込んでから口を開いた。


 「……Aランクの護衛付きで、偵察と被害の抑制だけに留める、という形なら……」


 「ゴブリンの巣の“本隊”に手を出すつもりはない。ただ、今すぐ動ける戦力が俺たちしかいないなら、何もしないで待つ選択は、あまり好きじゃない」


 蓮の言葉に、ネネは細い目を向ける。


 「……本気ですか?」


 「本気だ」


 蓮は真っすぐに答えた。


 「もちろん、本人の意思が一番だがな」


 視線が、再びりんへ戻る。


 りんは、一度だけ深呼吸をした。


 「こ、こわいのは、やっぱりこわいけど……」


 報酬袋をぎゅっと握りしめる。


 「でも、行きたい。少しでも、助けられる人がいるなら」


 「……お嬢」


 ネネは、小さく天井を見上げた。


 「はぁ……分かりました。そこまでおっしゃるなら、私も腹を括ります」


 「ネネ……」


 「ただし。絶対にひとりで突っ込まないこと。私と、《暁の空》の皆様の指示は、きちんと聞いていただきます」


 「うん。約束する」



 ライラが、ふっと口元を緩めた。


 「……まさか、Fランク新人と一緒にゴブリンの巣を覗きに行くことになるとはね」


 ガルドが、がっはっはと笑う。


 「おもしれぇじゃねぇか。嬢ちゃん、しがみついてでも生き残れよ?」


 「しがみつく前に、ちゃんと守ってください」


 ネネが即座に返す。


 フィオは黙ったままだったが、その瞳はりんをじっと見ていた。


 (あの魔力……やっぱり、ただの新人じゃない)


 (けれど──)


 夕焼けの光を受けて笑う、金色の髪の少女は、どう見ても“誰かを助けたがっているだけの子ども”にしか見えなかった。


◇ ◇ ◇


 こうして、薬草採取くらいしか知らなかったFランク新人と、王都自慢のAランクパーティは──


 同じ行き先が書かれた依頼書を前に、初めて同じテーブルに座ることになった。


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