23 スライムの次は、ゴブリンでした 2
日が傾き始める頃には、籠は必要数より少し多めの薬草でいっぱいになっていた。
「今日も、けっこう採れたね〜」
りんは籠を持ち上げて笑う。
「初めてとは思えない手際です。この分なら、薬草採取だけならすぐに“慣れた新人”と見なされるでしょう」
「ふふん。“薬草Fランクのプロ”に近づいてきた」
「まだFランクです」
ネネの冷静なツッコミに、りんは頬をぷくっと膨らませた。
「そろそろ戻りましょう。日が暮れる前に、丘を降りておきたいですからね」
「うん!」
◇ ◇ ◇
夕方のギルドは、昼間よりもさらに賑わっていた。
依頼を終えた冒険者たちが、カウンターに列を作り、報告をし、報酬を受け取っている。酒場スペースからは笑い声と食事の香りが漂ってきた。
「ただいま戻りました。薬草の納品をお願いいたします」
ネネが籠を差し出すと、受付嬢が中を覗き込んで目を丸くした。
「まぁ……今日も、とても状態が良いですね。葉に傷みがほとんどありませんし、香りも強い……」
「元気に育つように、ちょっとだけ、えいってしました」
りんが胸を張ると、ネネが小さくため息をつく。
「お嬢の“えい”の結果です」
受付嬢はくすりと笑いながら、手際よく数を数えていく。
「必要数もきちんと揃っていますね。これなら依頼主の方もお喜びになります」
しばらくして、小さな袋が一つ、カウンターの上に置かれた。
「こちらが、本日の報酬になります」
「わぁ……!」
りんは両手でそっと袋を持ち上げた。中で、金属同士が控えめに触れ合う音がする。
「ちゃんと“お仕事”して、お金もらえた……昨日に続いて、二回目だ」
胸の奥が、ふわりとあたたかくなった。
「お嬢の魔力量を考えると、まだまだ控えめな報酬ですが……楽しめたなら何よりです」
「いいの。今は“冒険者貯金”だから」
りんが笑うと、受付嬢も嬉しそうに微笑んだ。
「これからも、安全な依頼から少しずつ慣れていってくださいね」
◇ ◇ ◇
そのときだった。
ギルドの扉が、勢いよく開く。
重い木の音とともに、夕陽を背負った影が四つ、入口に現れた。
「おい、《暁の空》が戻ってきたぞ」
「一週間ぶりか? ゴブリンの調査って話だったよな」
周囲の冒険者たちがざわつく。
入り口に立っているのは、四人の冒険者たちだった。
先頭に立つのは、黒髪の青年。背は高く、無駄のない動きをする剣士。背中の剣は使い込まれていても、丁寧に手入れされているのが分かる。
その後ろには、弓を背負った女性。軽やかな装備で、鋭い目つきが印象的だ。
ごつい盾を背負った大柄の男が、その隣に歩き、その横には、杖を抱えた小柄な青年──魔術師がついていた。
「戻りました。《暁の空》、ゴブリンの件の調査報告です」
黒髪の剣士が、カウンター奥の職員に向かって声をかける。
ギルドの空気が、少しだけ引き締まった。
(……あの人たちが、Aランクのパーティ)
りんは、報酬袋を握りしめたまま、ぽかんとその姿を眺めた。
「お嬢、口が開いています」
「はっ」
慌てて口を閉じ、りんはそっと横に寄る。カウンターの前からは離れたが、《暁の空》が通り過ぎるには十分近い距離だった。
◇
そのとき。
杖を抱えた魔術師──フィオが、ぴたりと足を止めた。
視線が、りんの方へ向く。
(……なに、この魔力の濃さ)
空気の一部だけが、妙に重く感じる。
普通の新人冒険者からは、まず感じない種類の圧だ。
(人間で、こんなの……あり得る? まさか、魔族……?)
無意識に、フィオの手が杖の柄へと伸びかける。
その動きに、ネネの耳がぴんと立った。
「……」
ネネはすっとりんの前に出て、一歩踏み込んだ。
りんの視界から、《暁の空》の姿が一瞬だけ遮られる。
「え、ネネ?」
何が起きたのか分からないまま、りんは目を瞬いた。
フィオの肩を、後ろから大きな手が掴む。
「待て、フィオ。ここはギルドの中だ」
黒髪の剣士──蓮が、低い声で言った。
フィオは一瞬だけ睨むようにりんの方を見たが、すぐに目を伏せる。
「……分かってる。ただ、あの魔力は」
「後でいい」
蓮は短くそう言い、フィオの肩から手を離した。
周囲の冒険者たちも、なんとなく空気が張り詰めたのを感じてひそひそ声を交わす。
「おいおい、Aランク同士の揉め事か?」
「いや、相手、ただの新人に見えるけど……」
カウンターの中から、受付嬢が慌てて声を上げた。
「れ、レン様、フィオ様。ギルド内では、抜剣や攻撃魔法の準備はお控えいただけますか……?」
蓮は受付嬢の方を見て、軽く顎を引く。
「悪かった。少し、行き違いがあっただけだ」
それから、ネネとりんの方へ視線を向ける。
「驚かせてすまない。こっちの魔術師が、少し神経質でな」
「え、あ、ううん……」
りんは慌てて首を振った。
ネネはまだ完全には警戒を解かず、じっとフィオを見つめている。
フィオは視線を外し、黙って奥のカウンターへ歩いて行った。
◇ ◇ ◇




