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魔王の娘  作者: 星空りん
23/39

22 スライムの次は、ゴブリンでした 1

 朝の食堂は、昨日と同じように、パンとスープの匂いで満ちていた。


 りんは湯気の立つスープを飲み干して、ふぅ、と小さく息をついた。


 「ねぇネネ。昨日の薬草採り、楽しかったね〜」


 向かいでパンをちぎっていたネネが、片方の耳だけぴくりと動かす。


 「スライムに遭遇していなければ、もっと“のどか”だったと思いますが」


 「……スライムは、ノーカンで」


 あの、ぬるっとした感触を思い出して、りんは肩をすくめた。


 (前の世界の本で読んだスライム像と、だいぶ違ったんだよね……)


 「でもさ、薬草見つけるの、ちょっと上手くなってきた気がするんだよね」


 りんは、ぱっと顔を上げる。


 「もう一回くらい、薬草の依頼やってみたいな〜。まだ“ちゃんとした戦闘の依頼”は、ちょっと怖いし」


 ネネはパンを飲み込み、少し考えるように目を細めた。


 「……危険の少ない依頼を重ねて慣れていくのは、悪くありませんね」


 「ほんと!?」


 りんの目がぱぁっと輝く。


 「ギルドの人も、昨日みたいなのなら勧めてくれると思いますし」


 「じゃあ決まり! 今日も薬草つみに行こ!」


 椅子から立ち上がろうとするりんを見て、ネネはため息をひとつ。


 「……分かりました。ただし、“安全第一”は昨日と変わらず、です」


 「はーい、“安全第一”ね」


 りんはにっこり笑って、スープ皿を重ねた。



 宿を出ると、王都の朝はもう活気づいていた。


 石畳の通りを、荷車を引く商人や、パンを抱えた少年たちが行き交う。遠くで鐘の音が鳴り、空はからりと晴れている。


 「王都の朝って、やっぱり賑やかだね〜」


 りんはきょろきょろと周囲を見回しながら歩く。


 「人が多い分、問題も多いのです。よそ見をして、荷馬車にぶつからないようにお願いしますね」


 「うっ……気をつける」


 そんなやりとりを交わしながら、りんとネネは冒険者ギルドへ向かった。



 重い扉を押してギルドに入ると、昨日と同じようなざわめきが耳に飛び込んでくる。


 依頼票がびっしりと貼られた掲示板。長いカウンター。奥には酒場スペース。鎧や武器がこすれる音が、あちこちから聞こえた。


 入り口近くのテーブルで、数人の冒険者がちらりとこちらを見る。


 「おい、また来てるぞ」


 「ほら、あの猫耳の護衛。前に絡んだ連中をまとめて沈めたって噂の」


 「ってことは、隣の金髪のお嬢様が“本体”か……?」


 ひそひそ声が飛び交うが、りんにははっきり聞こえない。なんとなく視線を感じて、もぞもぞと落ち着かない。


 ネネは、聞こえなかったふりで表情ひとつ変えず、りんの半歩前を歩いた。


 「今日も、ちょっと見られてる気がする……」


 「気のせいではありませんが、気のせいと思っておいた方が精神衛生にはよいでしょう」


 「えぇ……?」


 カウンターに近づくと、昨日も対応してくれた受付嬢が顔を上げた。


 「いらっしゃいませ。あ──またお会いしましたね」


 彼女はぱっと微笑む。


 「本日はご見学でしょうか?」


 「えっと、今日も薬草の依頼があれば、行きたいなって」


 りんが少し照れくさそうに言うと、受付嬢は嬉しそうに目を細めた。


 「昨日の薬草、とても状態が良くて。依頼主の方からもお礼が来ていたんですよ」


 「えへへ……よかった」


 「でしたら、今日も似たような依頼をご案内できます。王都から少し離れますが、危険度は昨日と同じくらいです」


 受付嬢は手元の書類から、一枚の依頼票を取り出してみせた。


 「こちら、『東側の丘陵地での薬草採取』です。昨日と種類は違いますが、日帰りで戻れますし、魔物も少ない地域です」


 ネネが依頼票に目を走らせる。


 「ふむ……王都の東側。昨日より少しだけ距離はありますが、問題なさそうですね」


 「じゃあ、それにする!」


 りんが即答すると、受付嬢はこくりと頷いた。


 「では、この依頼書をお持ちください。日が暮れる前には必ず戻るよう、お願いいたしますね」


 「はーい!」


 依頼書を受け取って、りんは胸の前で抱きしめる。


 ネネが横で、ひとつだけ念を押すように言った。


 「お嬢。昨日と同じく、“危険そうなものに自分から近づかない”ことを、もう一度お約束いただけますか?」


 「……スライムをぷにぷにしようとしたことは、もう忘れてよ」


 「忘れません」


 「うぅ……」


◇ ◇ ◇


 東側の丘陵地は、昨日とは少し雰囲気が違っていた。


 草原の合間に、低い木々がぽつぽつと立ち、ところどころに岩場が顔を出している。遠くの空には、鳥の群れが飛んでいた。


 「わぁ……こっちも、気持ちいいね」


 りんは、風に揺れる草を見ながら深呼吸した。


 「昨日より少し起伏が多いですね。足元には気をつけてください」


 ネネが周囲を見回しながら言う。


 「まずは、薬草の見本を確認しましょう」


 昨日と同じように、ネネが小袋から乾いた薬草の束を取り出す。


 「ギザギザの葉っぱで、少しすっぱそうな匂い……」


 りんは真剣な顔で葉を触り、匂いを確かめた。


 「昨日より、覚えが早いですね」


 「ふふん、“薬草Fランクのプロ”だからね」


 「Fランクのプロという言葉の新しさには、コメントを差し控えます」


 ネネの半眼を受け流しながら、りんは斜面の方へ歩き出した。



 日陰を探して歩きながら、りんは次々と薬草を見つけていった。


 「この子もそうだよね。あ、こっちにも」


 摘んだ薬草を籠に入れながら、指先にそっと金色の光を宿す。


 「元気に育ってね〜」


 ふんわりした光が葉を包み、少しだけ瑞々しさを増した。


 「……お嬢。昨日に続き、納品前に品質を底上げしている方は初めて見ました」


 「だって、元気な方が嬉しいじゃん」


 「依頼主は間違いなく感謝すると思いますが……まあ、害はありませんので、そのままでどうぞ」


 そんな会話を繰り返しながら、籠の中は少しずつ薬草で埋まっていく。



 少し離れた斜面には、別のパーティの姿も見えた。


 四人組の冒険者が、ぎこちない手つきで薬草を摘んだり、地図を見たりしている。


 「あっちの人たちも、薬草かな?」


 「依頼票の色が同じでしたから、おそらくそうでしょうね」


 りんは、しばらくその様子を眺めてから、そっと視線を戻した。


 「なんか、ちょっと仲間っぽいね。……まだ話しかける勇気はないけど」


 「無理に話しかける必要はありません。まずは自分の依頼をきちんとこなすところから、です」


 「うん。そうだね」



 丘の端の方まで来ると、昨日見たものに似たものが、地面に転がっていた。


 「……これ」


 半透明のゼリーのようなものが、乾いてしぼんでいる。表面はひび割れ、ところどころに黒ずんだ跡が残っていた。


 ネネがしゃがみ込み、観察する。


 「昨晩、このあたりにもスライムが出ていたようですね。誰かに倒されたのでしょう」


 「うぅ……見た目、思い出しちゃった……」


 りんは体を縮こまらせた。


 「見た目がどうであれ、放置しておくと被害が出ますから。こうして駆除されているのは、むしろ良いことです」


 「頭ではわかるんだけど、心がちょっと“ぬるっ”てする……」


 「お嬢の語彙は、時々独特ですね」



 さらに進んだ先で、またかすかな鳴き声が耳に届いた。


 「……今の、聞こえた?」


 「ええ。あちらからですね」


 ネネが指さした茂みへ、りんは足早に向かう。


 草をかき分けると、小さなウサギのような動物がうずくまっていた。後ろ足が細い枝に絡まり、動こうとするたびに痛そうに鳴き声を上げる。


 「……痛そう」


 りんは迷わず膝をついた。


 「不用意に触ると、驚いて暴れますよ」


 ネネの忠告に、りんはこくりと頷く。


 「大丈夫。すぐ楽にしてあげるからね」


 そっと手をかざし、ふんわりと金色の光を灯す。


 「痛いの、飛んでけ」


 光が絡まった足を包み込み、枝が自然にほどけるように外れていく。傷口も、ゆっくりと塞がっていった。


 ウサギは最初こそ怯えた目をしていたが、痛みが消えると、おそるおそるりんの手を鼻先でつついた。


 「もう大丈夫だよ」


 りんがそう囁くと、ウサギは一度だけぴょんと跳ね、りんの指先をぺろりと舐めてから、草むらの奥へと走り去っていった。


 りんは、その背中が見えなくなるまで見送った。


 「……よかった」


 小さく息をつく。


 ネネは、その横顔をしばらく見ていた。


 「依頼とは無関係ですが、お嬢らしいと言えば、お嬢らしいですね」


 「見ちゃったら、放っておけないもん」


 「ええ。そういうところだけは、どうか変わらないでいてください」


◇ ◇ ◇

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