表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王の娘  作者: 星空りん
22/38

21 はじめての依頼は、薬草つみから 2

 王都から少し離れた丘は、思っていたよりも明るく、のどかな場所だった。


 柔らかい草が一面に生い茂り、ところどころに低い木々と、小さな岩場が点在している。遠くには、王都の城壁が小さく見えた。


 「わぁ……気持ちいい……!」


 りんは両手を広げて、くるりと回る。ローツインテールが、ふわりと遅れて揺れた。


 「お嬢、足元。穴に落ちますよ」


 「えっ、穴!?」


 慌てて足元を見ると、小さな獣道のくぼみがあった。りんは、あわててぴょんと飛びのく。


 「うぅ……」


 「これでも、ここはまだ安全な方です。魔物も少ないですし、視界も開けていますから」


 ネネは周囲をぐるりと見回し、耳と尻尾をぴくりと動かした。


 「では、お嬢。まずは依頼に書かれていた薬草の見本を確認しましょう」


 ネネが小袋から、乾いた薬草の束を取り出す。


 「形と匂いを覚えてください。このあたりの日陰になった場所に、生えているはずです」


 りんは、真剣な表情でそれをまじまじと見つめた。


 「このギザギザの葉っぱで、ちょっと甘い匂い……」


 「そうです。その草を、決められた束の数だけ集めます。間違えないようにお願いいたしますね」


 「うん、任せて!」



 丘の斜面をゆっくりと歩きながら、りんは日陰を探してはしゃがみ込み、薬草を一枚一枚丁寧に摘んでいった。


 「この子もそうだよね? ……あ、こっちにもいる」


 「お嬢、その“子”という呼び方は、草には少々過分では?」


 「え〜。かわいいから、いいじゃん」


 りんは摘んだ薬草を、小さな籠に入れていく。そのたびに、指先からほんのり金色の光が漏れた。


 「元気に育ってね〜」


 薬草の葉が、ほんの少しだけ瑞々しく光る。


 ネネが半眼になる。


 「……お嬢」


 「なに?」


 「納品前に品質を底上げしている方は、初めて見ました」


 「だって、元気な方が嬉しいじゃん」


 「依頼主は間違いなく喜ぶと思いますが……まあ、害はないでしょう」


 そんな会話を繰り返しながら、りんは夢中で薬草を摘み続けていった。



 しばらくすると、少し離れたところから、誰かの声が聞こえてきた。


 「そっちは、あたしたちが先に見つけた場所でしょ!」


 「いや、先に見つけたのはこっちだって!」


 りんがそっと顔を向けると、若い冒険者たちが三人ほど、薬草の生えている一角を挟んで言い合いをしているのが見える。


 「……あれもFランク、でしょうね」


 ネネが小さく呟く。


 りんは、少し困ったように笑った。


 「ケンカしてるところに混ざるのも、なんか嫌だし……」


 「別の場所を探しましょうか」


 「うん。薬草、この丘のどこかにいっぱいあるみたいだしね」


 二人はそっとその場から離れ、反対側の斜面へと向かった。


◇ ◇ ◇


 少し森に近いあたりまで来たときだった。


 「……今の、聞こえましたか?」


 ネネの耳がぴくりと動き、りんの前にすっと出る。


 「え? なにか──」


 りんが言いかけたそのとき。


 ぐじゅ、と地面がぬめるような、奇妙な音がした。


 足元近くの草むらが、ぼこりと泡立つように盛り上がる。次の瞬間、半透明の塊がずるりと姿を現した。


 丸い……といえば丸いが、形はどこか歪んでいる。色も、澄んだ青ではなく、濁った緑色。中には何か食べかけのようなものが溶けていて、表面がぷるぷると揺れていた。


 「……うわ」


 思わず、声が漏れる。


 (え……本で見たのと全然違う……もっとこう、丸くてぷにっとしてて、可愛い感じじゃなかったっけ……?)


 スライムは、ぬるぬると揺れながら、りんの方へじりじりと近づいてくる。


 ネネが、一歩前に足を出した。


 「お嬢、スライムは危険なので触らないでくださいね」


 (えっ、これって最弱の魔物じゃないの!?)


 りんは心の中で悲鳴を上げる。


 「見た目こそ頼りなく見えますが、油断していると、溶解液で装備や皮膚を傷めます。“弱いから安全”とは限りません」


 言うが早いか、ネネは腰のあたりから短剣を抜いた。


 スライムが、ぼとりと重たい音を立てて跳ねる。その動きに合わせて、ネネの腕がしなやかに閃いた。


 「──っ」


 風を断つ音とともに、短剣がスライムの核らしき部分を正確に貫く。濁った体は、ばしゃりと音を立てて崩れ、ただのぬるい液体になった。


 りんは、思わず足を後ろに引いた。


 「……もう、スライムを素手でぷにぷにしようとか思わない……」


 「ぜひそうしてください」


 ネネは手早く短剣を拭き、鞘に戻した。


 「今のは小型でしたが、放置すると増えることもあります。見つけたら、可能な限りその場で処理しておいた方がいいのです」


 「そ、そうなんだ……」


 りんはまだ少し気持ち悪そうな顔をしながらも、頷いた。


 (前の世界のスライム像、全部修正しないと……)



 スライムのいた場所を離れ、さらに丘の奥へ進んでいく。


 その途中、りんの耳に、かすかな鳴き声が届いた。


 「……今の、聞こえた?」


 「ええ。あちらからですね」


 ネネが指さした茂みの方へ、りんは早足で近づいた。


 草をかき分けると、小さな動物がうずくまっていた。


 まだ幼そうな、茶色の毛並みの獣。足を鋭い枝か何かで引っかいたのか、前足から血が滲んでいる。息は荒く、目には怯えが浮かんでいた。


 「……痛そう……」


 りんは、その場にしゃがみ込んだ。


 「触ると怯えますよ」


 ネネが止めようとする。


 「大丈夫。……ね、ちょっとだけ、がんばろ?」


 りんはできるだけゆっくりと手を伸ばして、小さく囁いた。


 その手のひらに、ふんわりと金色の光が宿る。


 「痛いの、飛んでけ──」


 やさしい光が、小さな獣の足を包み込む。光に包まれた傷口が、ゆっくりと塞がっていくのが見えた。


 最初は怯えていた獣も、やがて力が抜けるように体の緊張を緩める。


 「ほら、もう大丈夫だよ」


 光が消えると、傷はきれいに消えていた。うっすらと新しい毛が生えかけている。


 獣はしばらくりんを見つめていたが、やがてきゅ、と小さな声を上げて、りんの手をぺろりと舐めた。


 それから、ひょこひょことした足取りで、森の奥へと走り去っていく。


 りんは、その背中が見えなくなるまで見送った。


 「……よかった」


 小さく息を吐く。


 ネネは、その横顔を静かに見つめていた。


 「依頼とは無関係ですが、お嬢らしいと言えば、お嬢らしいですね」


 「見ちゃったら、放っておけないもん」


 「ええ。そこだけは、どうか変わらないでいてください」


◇ ◇ ◇


 日が傾き始める頃には、依頼で指定された分より少し多めに、籠は薬草でいっぱいになっていた。


 「けっこう採れたね〜!」


 りんは、籠を両手で持ち上げながら笑う。


 「初めてにしては上出来です。そろそろ戻りましょう。日が暮れる前に丘を降りておかないと、足元が危険になりますから」


 「うん!」


 丘を下りる途中、遠くに別のパーティの姿が見えた。


 数人の冒険者が、小型の狼のような魔物を囲んでいる。盾役が前で受け止め、後ろから魔法が飛ぶ。ぎこちないが、なんとか形になっている戦いだった。


 「わ、戦ってる……」


 りんは足を止めて、じっと見つめる。


 ネネは一瞥して、「問題なさそうですね」とだけ言った。


 「助けに行かなくていいの?」


 「今の様子なら、彼らだけで十分対処できます。むやみに助けに入ると、かえって自尊心を傷つけることにもなりますから」


 「そっか……」


 りんは少しだけ名残惜しそうに目を細め、それからまた歩き出した。


 (いつか、ああいう風に一緒に戦うことも、あるのかな)


 心の中でそんなことを思いながら。


◇ ◇ ◇


 夕方、ギルドに戻ると、昼間よりも少し人が増えていた。


 依頼を終えた冒険者たちが、順番にカウンターに並んで報告をしている。酒場スペースからは、笑い声と食事の匂いが漂ってきた。


 「ただいま戻りました。薬草の納品をお願いいたします」


 ネネがそう告げて籠を差し出すと、受付嬢が中を覗き込んで、目を見張った。


 「まぁ……! とても状態がいいですね。葉も傷んでいませんし、香りも強い……」


 「元気に育ってもらえるように、ちょっとだけ、えいってしました」


 りんが胸を張ると、ネネが横で小さくため息をつく。


 「お嬢の“えい”のせいです」


 受付嬢はくすりと笑いながら、手慣れた動きで数を数えていく。


 「必要数もきちんと揃っていますね。これなら依頼主の方もお喜びになると思います」


 しばらくして、小さな袋が一つ、カウンターの上に置かれた。


 「こちらが、今回の報酬になります」


 「わぁ……!」


 りんは、両手でそっと袋を持ち上げた。中から、金属同士の控えめな触れ合う音がする。


 「ちゃんと“お仕事”して、お金もらえた……」


 胸の奥が、じんわりと温かくなる。


 「お嬢の魔力量を考えると、若干割に合わない気はしますが……楽しめたようで何よりです」


 「いいの。今日は“初めて”だから、記念日だもん」


 りんがそう言って笑うと、受付嬢も嬉しそうに微笑んだ。


 「また、安全な依頼から少しずつ慣れていってくださいね。何か分からないことがあれば、いつでもご相談ください」


 「うん、ありがとう!」


◇ ◇ ◇


 ギルドの外に出ると、空はすでに夕焼けに染まっていた。


 建物の影が長く伸び、石畳は橙色に輝いている。人々の足音と話し声が、少しだけ柔らかく聞こえた。


 「ネネ、今日、ちょっと“冒険者”だったよね」


 りんは、報酬袋を大事そうに握りしめながら言う。


 「そうですね。薬草採取と、スライム一体と、小さな動物一匹」


 「スライム、思ってたのと全然違った……」


 りんは、肩をすくめた。


 「もっとこう、丸くてぷにっとしてて、可愛い感じかと思ったのに……」


 「世の中、可愛らしく描かれているものほど、実物は危険だったりするのです」


 ネネは肩をすくめる。


 「でも、怪我してた子が元気になってよかったな〜」


 「……そうですね」


 ネネは、りんの横顔をちらりと見た。


 「そういうところだけは、どうか変わらないでいてください」


 「え?」


 「いえ。なんでもありません」


 ネネは、いつものように少しだけそっけなく視線を前に戻した。


 りんは小首をかしげてから、夕焼け空を見上げる。


 今日、初めて“冒険者”として歩いた一日を、胸の中でそっと反芻しながら。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ