表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王の娘  作者: 星空りん
21/39

20 はじめての依頼は、薬草つみから 1

 朝の食堂には、焼きたてのパンとスープの、やさしい匂いが満ちていた。


 りんは、白い皿に残ったパンくずを指先で集めながら、ふわっと息を吐いた。


 「ねぇネネ。そろそろ“冒険者”してみたいな〜」


 向かい側でスープを飲んでいたネネの手が、ぴたりと止まる。


 「……はぁ。やっぱり、そうなりますか」


 「え? なにその“運命きた”みたいなため息」


 「昨日も同じことを言っていましたからね。“そのうち”ではなく“そろそろ”になったあたりで、本気になったと判断しました」


 「うーん……でもさ、最初はこう、のんびりした依頼がいいなぁ」


 (冒険者って言えば、最初は薬草採取って決まってるよね)


 りんは、心の中でだけ、こっそり前の世界の物語を思い出す。


 「危なくないやつがいい。例えば、薬草を集めるとかさ」


 「そのくらいでしたら、こちらとしても大歓迎です。危険が少ない方が助かりますので」


 ネネがあっさり賛成したので、りんの目がぱっと輝いた。


 「ほんと!? じゃあ、ちゃんと登録しに行こ!」


 椅子から勢いよく立ち上がるりんを見て、ネネはこめかみを軽く押さえながらも、静かに席を立つ。


 「……分かりました。お嬢がそこまでおっしゃるなら、お付き合いします。ただし、“安全第一”が絶対条件ですからね」


 「はーい、“安全第一”ね!」


 「ようやく、まともなことをおっしゃいました」



 宿の外に出ると、王都の朝はもう賑やかだった。


 石畳の通りを、パン屋の少年や、荷車を引く商人たちが行き交っている。遠くで鐘の音が鳴り、空は気持ちのいい青に晴れていた。


 「ね、ネネ。王都って、朝からすごいね〜」


 りんは、きょろきょろと周りを見回しながら歩く。


 「人が多い分、情報も物も集まりますからね。浮かれているうちにぶつからないよう、お気をつけください」


 「は〜い」


 そんな他愛もないやりとりをしながら、二人は冒険者ギルドの建物へと向かった。



 重い木の扉を押してギルドに入ると、昨日と同じようなざわめきが耳に飛び込んでくる。


 長いカウンター、依頼票の貼られた掲示板、奥には酒場スペース。あちこちで鎧や武器のきしむ音がして、冒険者らしき人たちがテーブルを囲んでいた。


 その視線のいくつかが、入り口のりんとネネに向く。


 「おい、また来てるぞ」


 「……ほら、あの猫耳の護衛。前に、絡んでった連中まとめて床に沈めたって噂の」


 ひそひそとした声が、耳の端をかすめた。


 ネネは、聞こえなかったふりをして、表情ひとつ変えない。かわりに、すっと背筋を伸ばし、りんの半歩前を歩く。


 「ネネ、なんか見られてない?」


 「お気になさらず。視線の多い場所には、もう慣れておいた方がいいですよ」


 「そ、そういうもの?」


 カウンターに近づくと、前にも対応してくれた受付嬢が顔を上げた。


 りんとネネの姿を見て、彼女は小さく目を丸くする。


 「いらっしゃいませ。……あ、またお会いしましたね。本日はご見学でしょうか?」


 「えっと……」


 りんは少しだけ緊張して、胸の前でぎゅっと手を握りしめた。


 「冒険者登録、お願いしたいです」


 「え? 冒険者に……なられるんですか?」


 受付嬢の声が、ほんの少しだけ裏返る。


 「う、うん。できれば、その……」


 言葉を探すりんの横で、ネネが一歩前に出た。


 「お嬢様が“やってみたい”とおっしゃいまして。危険の少ない依頼からで構いませんので、どうかよろしくお願いいたします」


 受付嬢は一瞬だけ瞬きをしてから、ふわっと笑った。


 「……そうでいらっしゃったんですね。でしたら、ぜひお任せください。まずはFランクの登録からご案内いたしますね」



 ギルドの一角、登録用のカウンターは少し静かだった。


 受付嬢が木の板に書かれた規約を示しながら、ひとつひとつ説明していく。


 「冒険者は、原則Fランクからの登録となります。危険度の低い依頼から、徐々に実績を積んでいただく形です」


 「ふむふむ」


 「そしてこちらが、ギルド内の基本的な禁止事項です。“ギルド内での抜剣禁止”“仲間や依頼主への故意の暴力行為の禁止”など……」


 「……お嬢。このあたりは問題ありませんね?」


 横でネネが、じっとりんを見る。


 「う、うん。そんな物騒なことしないよ?」


 りんがぶんぶんと首を振ると、受付嬢がくすりと微笑んだ。


 「では、お名前と簡単な情報を……。まずはお嬢様から」


 「えっと、りん。……りんでお願いします」


 「りん様ですね。職能は?」


 「魔法、かな。回復も攻撃も、そこそこできます」


 「そこそこ、でいいんですか?」


 ネネがぼそりと呟いたが、りんは気づかないふりをした。


 「では、魔法使いとして登録させていただきます」


 受付嬢は手際よく板に文字を書き込み、魔力を通すための水晶板のようなものを差し出す。


 「こちらに手を置いて、魔力をほんの少しだけ通してください」


 「は、はい」


 りんが恐る恐る手を置くと、水晶板の中で微かな光が揺れた。その瞬間、周囲の空気が、ほんの少しだけぴりっと緊張する。


 受付嬢は一瞬だけ息を呑んだが、すぐに表情を整える。


 「……ありがとうございます。では次に、護衛の方もよろしければ登録を」


 「ネネ。猫魔族です。前衛……でいいですね?」


 「はい。前衛護衛として登録させていただきます。同じくFランクからのスタートになりますが、お二人でひとつのパーティとして扱われます」


 やがて、小さな金属板──ギルドカードが二枚、カウンターの上に並んだ。


 「こちらが、お二人のギルドカードになります。紛失されないよう、お気をつけくださいね」


 「わぁ……!」


 りんは、自分のカードを両手で大事そうに受け取った。


 表面には、名前とランクが刻まれている。まだ一番下のFランク。それでも、心が少しだけ高鳴った。


 「お嬢、嬉しそうですね」


 「うん。なんか、ちゃんと“ここにいる”って感じがする」



 登録を終えると、次は依頼掲示板の前だ。


 壁一面に貼られた紙の束に、りんは目を丸くする。


 「うわぁ……本当にいっぱい貼ってある……!」


 「お嬢、金額だけ見て飛びつかないでくださいね。危険度が高いものほど、報酬も高くなります」


 「わかってるもん!」


 そう言いつつも、りんの視線は思わず数字の大きい札に吸い寄せられそうになる。すかさずネネが、肩を軽く引いた。


 「最初は、安全なものからです」


 「はーい……」


 見かねた受付嬢が、そっと近づいてくる。


 「よろしければ、最初の依頼はこちらなど、いかがでしょう?」


 彼女が示したのは、「王都近郊の丘での薬草採取」だった。


 「日帰りで戻れますし、魔物もほとんど出ません。危険が少なく、初めての方におすすめです」


 「それがいい! のんびりできそうだし、“最初の依頼”って感じがする!」


 りんが即答すると、ネネもこくりと頷いた。


 「危険が少ないのなら、こちらとしても助かります」


 「では、この依頼書を持って現地へ向かってください。日が暮れる前には、戻ってきてくださいね」


 依頼書を受け取って、りんは胸の前で抱きしめた。


 「ネネ、行こ!」


 「はいはい。転ばないよう、お気をつけくださいね」


◇ ◇ ◇

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ