表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王の娘  作者: 星空りん
17/19

16 二人で起こした、ひとつの奇跡 1

 朝の星灯りの宿は、まだ少し眠たそうな空気に包まれていた。


 りんは、窓際の席でパンをかじりながら、湯気の立つスープをふうふうと冷ましていた。


 「ん〜……このスープ、野菜たくさんで好き」


 「ここ数日、ずっと歩き回っていましたからね。今のうちに栄養を入れておいてください」


 ネネは向かいの席で、きちんと背筋を伸ばし、ゆっくりと朝食を口に運んでいる。


 りんはふとネネの皿を覗き込んだ。


 「……ネネってさ、いつも朝ごはん静かに食べるよね」


 「騒ぎながら食べる方が珍しいと思いますが」


 「えぇ〜? だって朝って元気になる時間でしょ?」


 「その元気は、お嬢が一人で担当してくだされば十分です」


 「ひどいっ!?」


 りんが頬をふくらませると、ネネがほんの少しだけ口元をゆるめた。


 「昨日の市場で走り回った疲れが、まだ残っているだけです。わたしの足を勝手に“観光専用”扱いしたお嬢のせいですよ」


 「だって、あそこ全部見たかったんだもん……! あ、でもネネ、あのお肉のお店は美味しかったでしょ? ほら、串のやつ!」


 「……美味でした。悔しいですが」


 「でしょでしょ!」


 りんが嬉しそうに身を乗り出す。


 「今日もまた行こうよ。昨日見つけたお菓子のお店に行って、そのあと──」


 「お嬢、朝から甘い物の話は控えてください。わたしの胃が不安を訴えています」


 「ネネの胃って、意外と繊細なんだね……」


 「お嬢と行動するようになってからです」


 「それ、りんのせい!?」


 「ええ。間違いなく」


 りんがわたわたしていると、ネネはひとつ咳払いして言い添えた。


 「……ですが。昨日の観光は、悪くありませんでしたよ」


 りんの顔がぱっと明るくなる。


 「ほんとに!?」


 「はい。お嬢が笑っていると、周りも明るくなりますからね」


 「えっ……それ、褒められてる?」


 「ええ。珍しく、褒めています」


 「珍しくって何!?」


 そんなやり取りに、まだ外は昼には遠い、やわらかな光。


 「それでさ、今日どうする? また市場に行って、まずは昨日見つけた雑貨屋さんに……」


 「お嬢」


 ネネがふと顔を上げた。


 「どうやら、その前に“今日の予定”が決まりそうです」


 「え?」



 食堂の入口から、足音が慌ただしく近づいてくる。


 星灯りの宿の主人が、小走りでやってきた。その後ろには、見覚えのある服装の若い神官が立っている。


 「りんお嬢様、ネネ殿。朝食中に申し訳ありません」


 主人が軽く息を整えながら言った。


 「教会から使いの方がいらしていて……」


 「教会?」


 りんは椅子から半分立ち上がりかける。


 若い神官は、胸に手を当て、深く頭を下げた。


 「突然お伺いして、失礼いたします。教会のラウルと申します」


 彼はりんに向かって、真剣な目を向けた。


 「“聖女様”──いえ、りん様に、どうしてもお願いがありまして」


 「りんでいいよ」


 りんは、まだスープの器を持ったまま首をかしげた。


 「お願いって、何?」


 ラウルは一瞬言葉を探すように唇を噛み、それから決意したように言った。


 「重い病で床に伏している少年がおります。通常の治癒では持ち直しても、すぐに悪化してしまうのです」


 りんの指先から、自然と器の熱が消えていく。


 「ミリアが、何度も何度も祈りを捧げております。それでも……決定的な回復には、まだ届かず」


 その名が出た瞬間、りんの胸に、昨日の中庭の光景がよみがえった。


 額に手を当てて、真剣な顔で祈るミリア。


 じんわりとあたたかい光と、「もっと助けたい」と呟いた小さな声。


 「そこで、教会としては……。もし、もしよろしければ、りん様にも、一度その少年を見ていただけないかと」


 ラウルは頭を下げたまま、固く拳を握っている。


 「ミリアも、あなたに来てほしいと」


 「行く」


 りんは、ほとんど反射的に答えていた。


 ネネが横目でこちらを見る。


 「助けられるかもしれないなら、行ってみたい」


 りんはスープをテーブルに置き、椅子から立ち上がった。


 「ごめんね、ネネ。朝ごはん途中だけど」


 「知っていましたよ、お嬢がそう言うことは」


 ネネは静かに息を吐いて立ち上がる。


 「どうせ止まりませんから、“最初から付き合う”という選択肢しかありません」


 主人が心配そうに口を挟んだ。


 「教会での話なら、少し時間もかかるかもしれません。お昼の分も用意しておきましょうか」


 「うん、帰ってきたら食べる!」


 りんは笑顔で答え、ラウルの方へ向き直った。


 「案内、お願いしてもいい?」


 「はい……! こちらへ」


◇ ◇ ◇


 教会へ向かう道は、昨日と同じ石畳だが、見える景色はすこし違って感じられた。


 りんは、ラウルの少し後ろを歩きながら、隣のネネに小声で話しかける。


 「ねぇネネ」


 「なんですか」


 「昨日さ、りん言ってたでしょ。ミリアの魔法を“ちょっとだけ手伝いたい”って」


 ネネは横目でりんを見る。


 「覚えています。わたしの胃が少し痛くなった話ですね」


 「そんな話したっけ?」


 「しました」


 ネネはきっぱり言った。


 「それで、今日はどうするおつもりですか」


 りんは指先をくるくる回しながら、少し考えるような仕草をした。


 「ミリアがいつも通り祈って、魔法を使って」


 「はい」


 「りんは、そのうしろから、ちょっとだけ“元気”を足す」


 「元気」


 「えっと、その……魔力?」


 言い直しながら、りんは苦笑した。


 「ミリアの光の流れに、りんの魔力を少しだけ混ぜて、ぐいっと押してあげる感じ。

  ミリアが中心で、りんは“後押し”だけ」


 「それはつまり、“ミリアの中にお嬢の魔力を通す”ということですね」


 ネネの目が、わずかに鋭くなる。


 「お嬢の魔力がどれほど規格外か、覚えていらっしゃいますか」


 「え〜……そんなに?」


 りんは自分の両手を見下ろす。


 「便利な魔法がいっぱい使えるな〜、くらいなんだけど」


 (与えたの、たぶんあの“転生担当の神様”なんだけどなぁ)


 心のどこかで、ぼんやりと思う。


 「やり過ぎなければ大丈夫だよ。ほら、りん、加減はちゃんとできるし」


 「……“ちゃんと”という言葉は、慎重に使った方がよろしいかと」


 ネネは小さくため息をついた。


 「ですが、その方法が少年を救う最善であるなら、止める理由もありません」


 「ネネ……」


 「ただし」


 ネネはぴしっと指を立てた。


 「わたしはお嬢のすぐ横に立って、状況を見ています。なにか異常があれば、即座に止めます」


 「うん。ネネが止めたらちゃんとやめる」


 りんは素直に頷いた。


 「失敗して誰かが困るのは、いちばんやだし」


 ネネは少しだけ表情を緩める。


 「そう言えるところが、お嬢のいちばんの取り柄ですよ」


 「魔法じゃなくて、そこ?」


 「はい。間違いなく、そこです」


 そんなやりとりをしている間に、教会の白い塔が視界に入ってきた。


 今日の空は、昨日より少し雲が多い。


 けれど、塔の先端だけは、ちゃんと陽の光を掴んでいるように見えた。


◇ ◇ ◇

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ