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魔王の娘  作者: 星空りん
14/19

13 教会の門をくぐるとき 1

 朝の星灯りの宿には、いつもより少しだけ張りつめた空気が漂っていた。


 りんはベッドの上に、持ってきた服をずらりと並べて、その真ん中でうーんと唸っていた。


 「教会ってさ……やっぱり黒いドレスはやめた方がいいかなぁ」


 ベッドの端には、魔界で着ていた少し豪華な黒ベースのゴシックドレス。レースとリボンがふんだんにあしらわれた“魔王の娘仕様”だ。


 「間違っても“魔王の娘です”って主張するような格好は、今日だけは避けてください」


 部屋の隅で腕を組んでいたネネが、ため息混じりに言う。


 「ここは人間界の教会です。魔界の晩餐会ではありません」


 「だよね〜……」


 りんは黒ドレスを名残惜しそうに見つめてから、他の候補に目を移した。


 薄いグレーのワンピース。柔らかな生成り色のスカート。胸元に小さなリボンがついた、落ち着いた色合いのもの。


 「これとかどう?」


 りんは、淡いグレーのワンピースを胸に当ててくるりと回ってみせる。


 「色は悪くありません。清楚に見えます」


 ネネは真剣な表情でうなずいた。


 「ただ、もう少し“りんお嬢様らしさ”を残してもよいかと。たとえば、その白いリボンを髪に合わせるとか」


 「お、さすがネネ。センスある」


 「お嬢の服は、わたしの仕事の一部ですから」


 ネネはさらりと言って、ベッドの上のアクセサリーの中から、細いリボンと控えめなレースを選び取る。


 しばらくして──


 鏡の前には、普段より少しだけ落ち着いた、けれどいつものりんらしい雰囲気を残した姿が映っていた。


 淡いグレーのワンピースに、首元には細いチョーカー。腰まで届く金色のローツインテールは、白い大きなシュシュでまとめられ、サイドの髪が光を受けてふわりと流れている。


 「どう?」


 りんが鏡の中の自分に小さく手を振る。


 「……うん。ちゃんと“教会”って感じ」


 「“ちゃんと教会”という基準がよく分かりませんが、悪くないと思います」


 ネネは満足げに頷いた。


 「清楚で、あまり魔界っぽくなくて、それでいてお嬢様らしい。今日の目的にはちょうどよいかと」


 「よーし」


 りんは軽く両頬をぺちぺち叩いた。


 「じゃあ、教会見学、いってきますか!」


 「見学ではなく“事情説明”ですが……お嬢がそのくらいの気分でいた方が、かえってうまくいくのかもしれませんね」


 ネネは苦笑しながら、フード付きのマントを羽織り、扉へと向かった。



 一階に降りると、星灯りの宿の主人が入口のところで待っていた。


 「りんお嬢様、ネネ殿。お支度はお済みですかな」


 「うん。おはよう」


 りんが笑顔で手を振ると、主人は少し緊張した面持ちで頭を下げる。


 「教会へ向かわれる前に、一言だけ……。教会の方々は真面目で、時に厳しいところもありますが、お嬢様のような方を嫌う人ばかりではありません」


 「うん」


 「なにかございましたら、いつでもこの“星灯りの宿”を頼ってください。ここは、お嬢様の滞在先であり……帰って来られる場所ですから」


 りんは、胸のあたりがほんのりあたたかくなるのを感じた。


 「ありがとう。なんか、心強い」


 ネネが一歩前に出て、きちんとした口調で言う。


 「このお嬢様は、少々無鉄砲なところがありますが、悪意は一切ございません。ご心配なく」


 「ちょっと、ネネ」


 「事実です」


 主人は小さく笑い、二人に向けて深く会釈した。


 「どうかお気をつけて。よい出会いがありますように」


 「行ってきます」


 りんは元気よく手を振り、ネネと共に、朝の王都へと歩き出した。


◇ ◇ ◇


 教会への道は、昨日歩いた大通りを少し進み、そこから真っ直ぐ北へ向かう。


 朝の陽射しが石畳を照らし、店々が開き始める音があちこちから聞こえていた。


 「ねぇネネ」


 「なんですか、お嬢」


 「昨日、ネネが言ってた“人間から見た魔王の話”ってさ」


 りんは、通りの先にうっすら見え始めた白い塔を見上げながら言った。


 「パパって、そんなに物語で悪役扱いされてるの……?」


 「はい」


 ネネははっきりと頷いた。


 「人間の物語の中では、“魔王様”はたいてい世界を滅ぼそうとする存在か、人間を脅かす恐怖の象徴として描かれます」


 「うわぁ……」


 りんは思わず眉をひそめた。


 「パパ、そんなことしたくないっていつも言ってるのに」


 「実際には、最近はまったく戦争も起きていませんし、“魔王様”ご本人もそこまでやる気はないご様子ですが」


 ネネは肩をすくめる。


 「ですが、人間側の物語や教えは、そう簡単には変わりません。教会もまた、“魔王様”を“闇”や“悪”の象徴として語ってきました」


 「……じゃあ」


 りんは、自分の胸に手を当てた。


 「その“悪い魔王”の娘が、“聖女様”って呼ばれてるって、やっぱりだいぶ変だよね」


 「はい。だいぶおかしいです」


 ネネは即答した。


 「ですので、その事実は、わたしたちだけの秘密にしておきましょう」


 りんは小さく息を吐いてから、ふっと笑った。


 「分かってるよ。バレたら大騒ぎだもんね」


 「ええ。本当に大騒ぎになります」


 そんな会話をしているうちに、視界がひらけた。


 王都の中心近く。


 白い石でできた、背の高い大聖堂が、朝の光を受けて静かに立っていた。


 高く伸びる塔。いくつもの尖塔。大きな丸いステンドグラス。


 そのすべてが空へ向かって祈りを捧げているようで、りんは思わず息を呑んだ。


 「……すごい」


 胸の奥から出てきた言葉が、それだけだった。


 「きれいだね」


 「きれいなのは同意しますが」


 ネネが、りんの隣で静かに言う。


 「ここが“魔王様”と正反対の場所であることも、お忘れなく」


 りんは、少しだけ背筋を伸ばした。


 「うん。ちゃんと、お行儀よくする」


 「それが一番難しい注文ですね」


 ネネはぼそっとこぼしたが、声には少しだけ笑みが混じっていた。


 二人は、白い階段をゆっくりと上がり、重厚な扉の前に立った。


 扉の前には、すでにひとりのシスターが待っていた。


 薄い栗色の髪を三つ編みにし、胸の前で両手を組んだ、まだ若い娘だ。


 りんたちを見ると、その瞳がふっと見開かれた。


 「あの……遠い国からいらした、りん様と、ネネ様でいらっしゃいますか?」


 彼女は少し緊張した声で尋ねる。


 ネネが一歩前に出て、控えめに会釈した。


 「はい。こちらが、りんお嬢様。遠方の国から、この王都に滞在しておられます」


 「りんだよ。よろしくね」


 りんは、あどけない笑みで手を振った。


 「案内してくれるの?」


 「は、はい」


 シスターは慌てて姿勢を正した。


 「わたしはミリアと申します。教会からの文を受けて、お迎えにあがりました」


りんは、少し緊張した面持ちのそのシスターを見上げた。

自分とそう年の変わらなさそうな、真面目そうな女の子だ。


 扉が静かに開き、冷たい石の匂いと、ほのかな香が二人を包み込んだ。



 大聖堂の中は、外の喧騒が嘘のように静かだった。


 高い天井。石の柱が天を支え、ステンドグラスから差し込む光が、床に色とりどりの模様を描いている。


 何人かの人々が膝をついて祈っていた。その背中は小さく見えるのに、不思議と揺るぎない感じがした。


 「わぁ……」


 りんは思わず声を漏らす。


 「きれい……」


 光だけじゃない。


 ここに積もっている時間そのものが、美しいような気がした。


 「こちらが、大聖堂です」


 ミリアが小さな声で説明する。


 「この王都で一番大きな教会で、神さまへの祈りと、人々の願いが、ここに集まってきます」


 「なんか、空気が“静か”っていうより、“ぎゅっ”て感じ」


 りんが胸の前で両手をぎゅっと握りしめながら言う。


 「たくさんの想いが重なってるからかな」


 ミリアは少し驚いたようにりんを見て、それから微笑んだ。


 「……そうかもしれません。わたし、そういう表現は思いつかなかったです」


 ネネは周囲をさりげなく観察していた。


 壁に刻まれた紋章。

 柱の根元に描かれた、魔法陣とも聖印ともつかない模様。


 (防御術式、結界、祝福……。直接的な攻撃の気配はないですが、やはり“魔”を拒む構造ですね)


 口には出さず、心の中だけで評価する。


 「こちらへどうぞ。上の方々が、お話をお待ちです」


 ミリアに案内され、りんたちは大聖堂の奥、廊下を抜けた先の小さな部屋へ通された。


◇ ◇ ◇

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