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魔王の娘  作者: 星空りん
13/21

12 聖女さまの、お礼とため息 3

 夕暮れどき。


 戻ってきた星灯りの宿の食堂には、また温かいスープとパンの匂いが満ちていた。


 「今日も、ごはんおいしい」


 りんはスプーンをくるくる回しながら、満足そうに呟いた。


 「魔界の料理も好きだけど、ここも好き〜」


 「お嬢の“好き”の対象は、世界を軽く越えていきますね」


 ネネはパンをちぎりながら、肩をすくめる。


 「でもまぁ、今日は魔法の使い方、かなり抑えられていました。合格です」


 「やった。ネネから“合格”出た」


 りんは嬉しそうに笑った。


 宿の主人が、二人のテーブルにポットを置きに来る。


 「今日も、街は賑やかでしたか?」


 「うん。おいしい匂いがいっぱいだった」


 りんが即答すると、主人は小さく笑った。


 「それは何よりです。ただ……」


 言いにくそうに、言葉を濁す。


 「“聖女様”の噂も、さらに広がっているようでしてね。昼過ぎには、教会の方やギルドの方が、この宿の名前を口にしているという話も耳にしました」


 「“星灯りの宿”って、そんなに目立つ名前かな?」


 りんが首を傾げる。


 「いえ、お嬢の方が目立っております」


 ネネが即答した。


 「お嬢がいる限り、どの宿も、どの街も、そのうち目立つ宿になると思いますよ」


 「なんかそれ、褒められてるのか心配されてるのか分からない」


 りんが唇を尖らせると、主人とネネが同時に苦笑した。



 その夜。


 りんとネネは、部屋の中でくつろいでいた。


 窓の外には、遠くに教会の塔が小さく見える。


 王都の夜は、魔界に比べると静かで、星の数もやや少ない。


 その代わり、家々の明かりが、小さな星みたいにちらちらと瞬いていた。


 りんはベッドの上に寝転がり、足をぱたぱたさせている。


 ネネは椅子に腰かけ、毛並みを整える猫のように、髪の先を指先で整えていた。


 「ねぇ、ネネ」


 「なんですか、お嬢」


 「“聖女様”ってさ……なんか、魔王とはいちばん遠いイメージじゃない?」


 ネネは少しだけ考えてから、頷いた。


 「そうですね。人間の感覚では、“光の象徴”と“闇の象徴”みたいなものでしょう」


 「だよね〜」


 りんは仰向けのまま、両手を伸ばして天井を指差した。


 「その“光の象徴”扱いされてるのがさ、よりによって魔王の娘って、だいぶおかしくない?」


 「だいぶおかしいですね」


 ネネは即答した。


 「もし、人間にその事実が知られたら、軽くパニックになると思います。教会は大騒ぎ、ギルドは混乱、王都全体が大騒ぎです」


 「う〜ん……」


 りんは、ぐるんと寝返りを打って、ネネの方を見た。


 「やっぱり、バレちゃダメってことだよね〜」


 「はい。それが分かっているなら、もう少し行動を控えめにしていただけると助かります」


 「うっ……努力はする。たぶん。できるだけ」


 「その“たぶん”が一番不安なんですが」


 ネネは小さくため息をついた。


 それから、ほんの少しだけ視線を柔らかくする。


 「でも、お嬢が困っている人を見て、手を伸ばしてしまうのは……わたしは嫌いではありませんよ」


 「へ?」


 「だからこそ、“魔王の娘”であるという事実は、わたしが全力で隠し通します。お嬢は、お嬢のままでいてください」


 りんは、一瞬きょとんとしてから、くすっと笑った。


 「頼りにしてるよ、ネネ」


 「最初から頼られているので、いまさらですね」


 軽口を交わした、そのタイミングで。


 コン、と、扉を叩く音がまた響いた。


 「りんお嬢さま、ネネ殿。夜分に申し訳ありません」


 宿の主人の声だった。


 ネネがさっと立ち上がり、扉へ歩く。


 「どうぞ」


 扉を開けると、主人が少し緊張した様子で立っていた。


 手には、一通の封書がある。


 白い封筒に、教会の紋章が赤い蝋で押されていた。


 「教会から、お嬢さま宛てに文が届きました」


 「教会から?」


 りんがベッドの上で体を起こす。


 ネネは封書を受け取り、慎重に開封した。


 中には、丁寧な文字で綴られた文章があった。


 「……ふむ」


 ネネが目を走らせる。


 「なんて?」


 りんがそわそわしながら尋ねる。


 ネネは、簡潔に要約してみせた。


 「王都で起こった“光による癒し”について、感謝と確認をしたい。もしよければ、教会にてお話を伺いたい──だそうです」


 りんの顔がぱっと明るくなった。


 「教会、中も見てみたかったし、ちょうどいいかも」


 「お嬢」


 ネネは額に手を当てた。


 「これは“見学ツアーのお誘い”ではなく、“事情聴取に近いご招待”ですよ」


 「でも、ありがとうって言いたいだけじゃないかな? さっきのおじさんもお礼に来てくれたし」


 りんは首を傾げる。


 ネネはしばし沈黙したあと、小さく息を吐いた。


 「……お嬢のそのポジティブさ、嫌いではありません」


 その声には、諦めと、ほんの少しの誇らしさが混じっていた。


 「分かりました。明日は、教会に行きましょう。ただし、わたしは今日以上に気を張ることになりそうです」


 「ネネが一緒なら、だいじょうぶだよ」


 りんはにこっと笑った。


 宿の主人は、ほっとしたように頭を下げる。


 「お引き受けいただき、ありがとうございます。教会の方も、お嬢さまと会えるのを楽しみにしているようですよ」


 「楽しみに……」


 りんは、なんとなくくすぐったい気持ちになりながら、窓の外の塔を見やった。


 暗い空の中で、教会の塔だけが、ぼんやりと白く浮かび上がっている。


 (“聖女様”って呼ばれてるけど、りんはりんだし)


 胸の中で、そっと言い聞かせる。


 (魔王の娘でも、“困ってる人を助ける”くらいは、してもいいよね)


 それが、光なのか、闇なのか。


 りんには、まだよく分からなかった。


 ただひとつ分かっているのは──


 明日、教会の扉をくぐったとき、またなにか新しい“面白いこと”が待っていそうだ、ということだけだった。


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