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魔王の娘  作者: 星空りん
12/20

11 聖女さまの、お礼とため息 2

 昼前。


 りんとネネは、また街へ出ることにした。


 「今日は、昨日の続きで“控えめ食べ歩きデー”ですよ、お嬢」


 「控えめ?」


 「はい。“一通り全部食べたい”は、控えめではありません」


 厳しいネネの基準に、りんは小さく肩を落とした。


 それでも、空気は軽い。


 星灯りの宿を出て、大通りを歩きながら、りんはあたりをきょろきょろ見回した。


 ハーブを山積みにした屋台。焼き菓子の甘い匂い。色とりどりの布を広げる露店。


 昨日よりも、街の景色に少しだけ馴染めている気がした。


 ……その中で、ときどき耳に入ってくる単語を除けば。


 「金色の髪の子を見なかったか?」


 「聖女様が、この辺りに現れるらしい」


 「昨日、あそこの通りで見たって人がいるんだよ」


 りんは苦笑いしながらネネを見上げた。


 「噂って、本当に早いんだね〜」


 「お嬢が他人事みたいに言うの、そろそろやめません?」


 ネネが冷静にツッコむ。


 「お嬢が中心にいる嵐を、“わぁ、風強いなぁ”って眺めている感じなんですよ」


 「う……分かりやすい例えやめて」


 りんは少し頬を膨らませた。


 ふと、前の方で小さな泣き声が聞こえた。


 見ると、石畳の段差で足を滑らせたらしい子どもが、膝を抱えて座り込んでいる。


 膝から血がにじんでいて、顔は今にも泣き出しそうだ。


 「……っ」


 りんの足が、自然とそちらへ向かう。


 ネネが、わずかに目を細めた。


 「お嬢」


 低い制止の声。


 りんは一瞬だけ振り返り、それから、ゆっくりと頷いた。


 「分かってるよ」


 りんは腰を落として、子どもの目線まで視線を下げた。


 「大丈夫?」


 「いたい……」


 子どもが、潤んだ瞳で膝を見つめる。


 りんは自分のポケットから、きれいなハンカチを取り出した。


 「ちょっとしみるかもだけど、がまんできる?」


 「……うん」


 りんは水筒の水を少しハンカチに含ませ、そっと膝を拭った。


 乾いた血と砂を、できるだけ優しく取り除く。


 その指先に、ごくごく小さな魔力を込めた。


 光はあくまで、誰の目にも見えないくらい薄く。


 (ちょっとだけ、よくなれ)


 祈りというほど大げさではない、ほんのささやかな願いを込める。


 膝の血は止まり、赤みも少しだけ和らいだ。


 子どもは、ちょっと不思議そうにしながらも、ぱちぱちと瞬きをする。


 「……さっきより、いたくない」


 「よかった」


 りんは笑った。


 「でも、無理しないでね。今日は走りすぎないように」


 「うん。ありがとう、お姉ちゃん!」


 子どもは立ち上がって、ぺこりと頭を下げると、向こうにいた母親の元へ駆けていった。


 母親は「もう転ばないでよ」と言いながら、りんにも軽く会釈をして去っていく。


 誰も、「聖女様」だなんて呼ばない。


 ただの、通りすがりの優しいお姉ちゃん。


 それでいい、とりんは思った。


 背後から、ネネが近づいてくる。


 「……今のくらいでしたら、まぁ許容範囲ですね」


 「やった。ネネに合格もらった」


 りんは得意げに胸を張った。


 「お嬢の“ちょっとだけ”が本当に“ちょっとだけ”だったの、初めて見た気がします」


 「初めてって言わないで」


 軽口を叩き合いながら、二人はまた歩き出した。



 大通りを進んでいくと、街の先に、白い建物が見えてきた。


 高い塔。尖った屋根。大きな鐘楼。


 壁には、光を象った模様が彫り込まれていて、遠目にも荘厳な雰囲気が伝わってくる。


 「……あれって」


 りんが足を止める。


 「教会ですね。この王都で一番大きな大聖堂ですよ」


 ネネが答えた。


 「わぁ……きれい」


 りんは自然と言葉を漏らしていた。


 魔界の城も、それはそれで美しい。


 でも、この白い建物は、まるで違う方向の美しさだった。


 静かで、まっすぐで、空に向かって祈りを伸ばしているみたいな。


 「お嬢」


 ネネが横で小さく咳払いする。


 「今、あそこがいちばん、お嬢の噂でざわついている場所ですよ」


 「え、そうなの?」


 「自覚してなかったんですか……」


 ネネは軽く額に手を当てた。


 りんは教会を見上げたまま、首をかしげる。


 (あの中で、“聖女様”とか“神の御業”とか、話してるのかな)


 自分がその真ん中にいるなんて、やっぱりまだ実感がわかなかった。



 同じ頃。


 教会の中では、冷たい石畳の上を足音が響いていた。


 大きなホールの奥。祈りの間の隣にある小さな会議室で、数人の神官たちが集まっている。


 「本当なのか、その噂は」


 ひとりが眉をひそめる。


 「足を潰されかけた男が、一瞬で癒やされた……。それも、見たことのない金の光で」


 「噂というには、証言が揃いすぎています」


 別の者が書類をめくった。


 「現場に居合わせた者が何人もおり、そのうち数人は教会の信者です」


 「神の御業か、新たな聖女か……」


 重苦しい空気が、部屋に漂う。


 その隅で、若いシスターがひとり、静かに話を聞いていた。


 薄い栗色の髪を三つ編みにし、胸元で組んだ手をぎゅっと握りしめている。


 彼女の名は、まだここでは語られない。


 ただ、彼女の瞳には、不安と責任と、ほんの少しの疲れが宿っていた。


 「噂に振り回されるのは、よくないと思います」


 彼女は小さな声で呟いた。


 「本当に神の御業なら、いずれ分かります。人の軽率な言葉で、神さまを量るのは……」


 「だからこそ、事実の確認が必要なのだよ」


 年配の神官が、静かに言葉をかぶせる。


 「教会の権威のためだけではない。人々の信仰を守るためにも、真偽を確かめなければならない」


 「その“聖女”と呼ばれている子の滞在先は、ほぼ特定できました」


 別の神官が紙を掲げる。


 「“星灯りの宿”。王都の東通りにある、旅人向けの宿屋です」


 「星灯りの宿……」


 若いシスターが、その名を胸の中で繰り返した。


 (本当に“聖女様”なら……どんな人なんだろう)


 好奇心とも、不安ともつかない感情が、胸の奥で静かに揺れた。


◇ ◇ ◇

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― 新着の感想 ―
このシスターさんと、りんちゃんとどんな出会い方になるんかな〜?((o(´∀`)o))ワクワク
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