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6話 シリカアント


 地下という場所は、空気が籠もる。それと同じく、ナノヘイズもまた滞留する。ゆえにここは、地上とは異なる独自の生態系が構築されやすい。

 地上で見かける魔物であっても、地下という閉鎖環境に一定期間留まれば、独自の変異を起こすことなどざらだ。その強さも、進化の速度も、地上とは比較にならない。

 明かりを拒絶するような重い暗がりのなか、アイの放つサーチライトの白い光が、通路の先を鋭く切り裂いた。角を曲がった先。ラキが聴き取った音の正体が、徐々にその姿を現す。

 

 「……アントか……にしても」


 それはミーヴェルの知るサイズではなかった。

 大人の顔を丸ごと覆い隠せるほどに肥大化した頭部。その全身は、青緑のナノヘイズが凝固した結晶質の外殻に包まれ、アイの光を不気味に乱反射させている。

 

 「ひっ、カチカチ……! でも、ここのは異常に大きいわ!」


 ラキが身をすくませて叫ぶ。他種族の間で「カチカチ」と忌み嫌われる魔物――だが、目の前の個体は彼女の知るそれよりも二回りは巨大だった。

 

 『(警告。地下変異種「シリカ・アント」。蓄積シタナノヘイズニヨリ外殻ノ硬質化ガ限界ヲ超エテイル。通常ノ鉄剣デノ切断ハ困難ト判定)』

 「……クソ、どいつもこいつもカチカチに固まりやがって」

 「……えっ? 今なんて?」

 「……いや、今の無しだ」

 

 ミーヴェルが無意識に放った言葉遊びだったが、耳のいいエルフにはばっちり拾われていた。この状況で反応してしまう自分に舌打ちしながら、ミーヴェルは使い古された鉄剣を構え直した。

 まともに刃を立てれば、こちらが折れる。だが、シリカ・アントは待ってはくれない。結晶の顎が「ギギッ」と嫌な音を立てて開き、猛スピードで地面を滑り始めた。

 

 「手伝おっか!?」

 「いらん! アイ、解析アナライズ物理衝撃インパクトに耐えられる薄い箇所を探せ!」

 

 地下という閉鎖空間でこの先何が待ち構えているか分からない。ましてや「エコー」の出現を考えれば、極力バッテリーは温存すべきだ。物理攻撃で仕留める。

 

 『(了解。対象ノ構造走査スキャン完了。……網膜ニ弱点部位ヲ投影……三、二、一……今)』

 

 その瞬間、ミーヴェルの視界が切り替わった。

 モノクロに減色された視界の中で、突進してくるシリカ・アントの関節部分――節くれだった脚の付け根だけに、鮮烈な紅い点が浮かび上がる。

 ミーヴェルはその「点」だけを見据え、地を蹴った。

 一歩踏み出し、突進してくる結晶の塊へ向けて鉄剣を一閃させる。

 火花が闇を裂いた。アイが網膜に指し示した極小の「点」へと吸い込まれた一撃。だが、手応えは最悪だった。


 「っ…かってぇー!」


 肉を斬る感触など皆無。鋼鉄のボルトを素手で殴りつけたような衝撃が、剣の柄を伝って手首を痺れさせる。

 地下という閉鎖空間でこの先何が待ち構えているか分からない。ましてやエコーの出現を考えれば、極力バッテリーは温存すべきだ。物理攻撃で仕留める。

 鉄の刃は青緑色の外殻をわずかに削っただけで、火花と共に弾き飛ばされた。

 だが、その衝撃がわずかに敵の軌道を逸らす。

 

 「ギギギギッ!」


 結晶の顎がミーヴェルの脇腹をかすめ、背後のコンクリート壁を深々と抉った。壁が粉砕される鈍い音が響き渡り、ラキが短い悲鳴を上げて頭を抱える。


 (……ははっ一撃でこれか。まともに食らえば胴体が真っ二つだな)


 ミーヴェルは痺れる右手を強引に握り直し、剣を正眼に構えた。使い古された鉄の刃が、今の一撃だけで目に見えて欠けている。


 「アイ、計算を簡略化。次の突撃、カウンターで潜り込む!」

 『了解。高精度演算ヲ停止。予測パターンBニ切リ替エ』


 シリカ・アントが巨大な頭部を振り回し、再びこちらを向く。複眼がライトの光を乱反射させながら獲物を捉えていた。


 「……まともにやり合うのは馬鹿のすることだ。アイ、あいつが跳ぶ瞬間にライトを絞れ」

 「ギィッ!」


 再び床が蹴られた。結晶の脚が火花を散らし、弾丸のような速度で肉薄する。


 「――今だ、アイ!」

 『了解。フラッシュ、最大光量』

 

 一点に収束したアイのライトが、限界を超えた光量を放った。暗闇に慣れていた結晶の複眼が、至近距離の閃光に焼かれる。

 

 「ギチッ!?」

 

 不意を突かれたシリカ・アントの動きが、一瞬だけ泳いだ。そのわずかな隙を、ミーヴェルは見逃さない。

 突進してくる巨大な顎を紙一重でかわし、すれ違いざま、相手の勢いをそのまま利用するように鉄剣を逆手に持ち替えて突き出した。

 

 「……そこだ!」

 

 狙ったのは、外殻が重なり合う首の節。結晶が最も薄く、内部の軟組織へと繋がる唯一の隙間だ。

 ズブッ、と嫌な感触が手に伝わる。

 鉄剣が青緑色の体液を噴き出させながら、首元へ深々と突き刺さった。自らの突進速度が破壊力となり、シリカ・アントは断末魔すら上げられず、勢い余って背後の壁へと激突した。

 重い衝突音が響き、通路に静寂が戻る。

 

 「はぁ……はぁ……。アイ、やったか?」

 『判定。中枢神経系ノ破壊ヲ確認。シリカ・アント、沈黙』


 崩れた壁を背にしたまま、ミーヴェルは痺れた腕から鉄剣を落とした。カラン、と乾いた音が響く。


 「……魔法を使わずに一人で倒しちゃった……それに……えっと」

 

 腰を抜かしていたラキが、信じられないものを見るような目でミーヴェルを見つめていた。

 

 「……なんだよ」

 「えっ、その魔法道具と喋ってた……わよね?」

 「……あ」

 

 ミーヴェルは、宙に浮くアイと、目を丸くしているラキを交互に見た。

 自分にとっては呼吸をするのと同じくらい当たり前のことだが、この世界の住人にとって、道具が意思を持って喋るなど、奇跡か呪いの類でしかない。極限状態で、つい無意識に声を出して会話してしまった。

 

 「あー、こいつは……その、なんだ。ちょっと口の悪い、しつこいアラームみたいなもんだ」

 『異議。自己紹介ヲ代行。私ハ、個体名「アイ」。個体ミーヴェルノ生存ヲ最優先事項トシテプログラムサレタ、自律型支援ユニットデス』

 「やっぱり喋ったぁぁ!! しかも、しえんゆにっと……? 魔法の精霊さまなの!?」

 

 ラキが腰を抜かしたまま、拝むようにアイを見上げる。

 

 「精霊じゃねえ。ただの、機械だ」

 『訂正。自律型支援ユニットデス。個体ミーヴェル、無駄話ヨリモ周辺ノ警戒。倒シタ個体ノ体液ガ、他ノ個体ヲ呼ビ寄セル可能性ガ高マッテイル』


 アイの冷徹な言葉に、ミーヴェルは「分かってるよ」と吐き捨て、地面の鉄剣を拾い上げた。


 「おい、ラキ。無駄話は後だ。音と体液の匂いで、次が来る」

 「えっ、あ、待って! 精霊さま、今の『カチカチ』がもっと来るって言ったの!?」


 ラキが慌てて立ち上がり、ミーヴェルの背中にしがみつく。

 ミーヴェルは、刃こぼれが酷くなった鉄剣を眺め、小さく舌打ちをした。


 「……アイ。パーツの反応はあるか?」

 『検索。前方三〇〇メートル地点。旧人類ノ「資材保管庫」ニ、互換性ノアル基板ヲ検知。タダシ、熱源反応多数』

 「……一度帰りたいな。鉄剣一本だと、次は無理だ」

 

 一匹相手にここまで剣が悲鳴を上げている現状では、この先にある「多数の熱源」を捌き切れる保証はない。

 「えっ、帰っちゃうの!? 守護の木はどうなるのよ!」


 不安げに耳を揺らすラキを、ミーヴェルは横目で冷たく一蹴した。


 「あのな。装備の整備もまともにできないまま突っ込むのは、ただの自殺行為だ」

 「……分かったわよ。じゃあ、その『シザイホカンコ』に行けばいいのね? そこでその板を見つけて、パパッと帰る。それでいきましょう!」

 「……お前、人の話聞いてた!?」

 

 恐怖よりも焦りが勝ったのか、ラキがぐいっとミーヴェルの背中を押す。

 ミーヴェルは溜息混じりに、ボロボロの鉄剣を握り直した。

 

 「……まぁ、ここまで来たしな。アイ、最短ルートを出せ。三〇〇メートル、一気に駆け抜けるぞ」




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