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5話 地下二層へ


 「はぁ……。初日なんだよな。まだ降りてから半日も経ってない、初日なんだぞ」

 『(個体ミーヴェル。ソレハ先程カラ既ニ五回、耳ニシテイル)』

 「(うるさい! 言葉にせずにはいられないんだ!初日だぞ!? それにこういう時は一度思いっきり口に出して、頭をスッキリさせるのが一番いいんだよ!)」

 『(一度ドコロデハナイ。……及ビ、現在ノ発言デ六回目ト記録)』

 「(教えてくれてどうもありがとう!!!)」

 

 ミーヴェルが脳内の通信でアイと不毛なキャッチボールを繰り広げているなど、露知らず。

 エルフの少女、ラキが興奮で頬を上気させ、両手をばたつかせながらミーヴェルの元まで詰め寄ってきた。


 「ねぇ! すごいわね今の!? あの、最後の一撃! 魔法の詠唱もなしに、あのこれくたぁ?っていうの簡単に倒すだなんて!私が魔法を使って魔物を倒してもどんどん沸いてくるから焦っていたのよ、あのこれくたぁ?には効かなかったし」


 「……お前のせいかぁ!」


 ミーヴェルの怒声が、地上の静まり返った廃墟に木霊した。

 詰め寄っていたラキが、あまりの剣幕に「ひゃいっ!?」と短い悲鳴を上げて飛び退く。


 「な、なによ急に……! 私、助けてもらったお礼を言おうと――」

 「お礼じゃねえよ! そもそもお前がそんなところでバカみたいに魔法を垂れ流さなきゃ、アイツらだってこんな早くに活性化しなかったんだ! お前が撒いた餌の片付けに、俺の……俺たちの、なけなしのセルが……ッ!」


 ミーヴェルは網膜に投影されている計算表を指差した。もちろんラキには見えない。


 『(報告。個体ラキノ魔力励起ニヨル誘引、及ビ実行コスト……。合計損失、当初ノ予定ノ十倍ト算出)』

 「(ぐはぁ!?)」


 ミーヴェルは眩暈を覚えた。アイの無慈悲な報告は、もはや赤字という言葉ですら生ぬるい。破産だ。地上に降りて半日で、彼は全財産をスったギャンブラーのような顔をしていた。

 

 「あ、あの……ドワーフ? 大丈夫? 急に顔色が青を通り越して真っ白になってるけど……」

 「……ドワーフじゃない。俺はただの貧乏人だ。……それより、お前。一人でなんでこんな所にいる?」

 

 無理やり気合を入れ直し、そもそもなぜこんな場所にエルフがいるのかを問い質す。

 アーク・ポッドにいた頃から、周辺の地形については徹底的に調査していた。

 かつて、アーク・ポッドには自律移動機能があった。しかし、長い年月の間に交換パーツは底を突き、メンテナンスを行う事も出来なくなったという経緯がある。ポッドは完全に制御不能になる直前、最後に残った僅かなエネルギーで、最も安全性の高いこのエリアへと辿り着き、その巨体を高度数百メートルに固定したのだ。

 

 それ以来、空に留まったポッドの足代わりとなったのは、人型人造機械(アイの本体ユニット)だった。

 まだ完全に機能していた頃。背中のハッチを開放して射出させたのが、今ミーヴェルの傍らを浮遊しているこの小型端末だ。その端末を限界距離まで先行させ、作成した地図データがアイのデータにはある。


 (……あの頃は、人型ユニットの出力も、セルも、もっと余裕があったんだがな)


 今はもう動かなくなった、あの白磁の中枢筐体を思い出し、ミーヴェルは小さく首を振った。


 「……一人で来たのは、村の結界を直すためよ! 私たちの村を守ってる守護の木が枯れちゃいそうなの。ドワーフの国にある『雷の石』があれば治せるって聞いて……。そしたら、この地下からとんでもない濃度の魔力が溢れてたから、つい寄り道しちゃったのよ!」

 「魔力の反応……?」

 「そうよ! 視えるほど濃い、純粋な魔力の渦! あれだけ強ければ、絶対にお宝があると思ったのよ」

 

 ミーヴェルは、視界の端に表示されるアイからのセンサー数値を確認した。

 ラキが「純粋な魔力」と呼んで崇めているものの正体は、経年劣化による大型セルの絶縁破壊――そこから漏れ出す剥き出しのエネルギーだ。文明を失った今の種族には、それが輝く魔力の奔流にでも見えているのだろう。


 『(肯定。地下二層、大型蓄電槽ノ腐食ニヨル漏電。放電ガ周囲ノナノヘイズヲ励起シ、擬似的ナ魔力溜マリヲ形成シテイル)』

 (なるほどな……)

 

 ミーヴェルは世間知らずなエルフを横目で見た。

 

 「村の連中はどうした? お前みたいな危なっかしいのを、よく一人で放り出したな」

 「……えっ、それは。……あはは、みんな忙しそうだったから! ちょっと書き置きだけ残して、夜明け前に『一番足の速い私が行ってきまーす!』って……」

 ラキは視線を泳がせながら、申し訳程度に人差し指同士をツンツンと合わせた。要するに、村の制止を振り切って勝手に飛び出してきたわけだ。

 

 (……ただの無鉄砲なやつかよ)


 ミーヴェルは深く溜息をついた。だが、アイのセンサーは地下の奥底に、さらに巨大な高出力セルの波形を捉えている。

 

 『(個体ミーヴェル、連レテイクノカ?)』

 (……は? なんで俺がこいつを?)

 『(推奨。個体ラキハエルフ種。地下環境ニオイテ、アイノ広域走査ハ干渉ヲ受ケ精度ガ半減スル。先程ノヨウナ敵数ノ誤認ヲ否定デキナイガ――)』

 (……こいつがいれば、それを補完できるってことか)

 『(肯定。旧人類ノ記録ニヨレバ、個体ミーヴェルノ可聴範囲ガ50~100メートルニ対シ、エルフハナノヘイズノ振動ヲ捉エ、500メートルカラ1キロ圏内ノ音源ヲ識別可能。……極メテ優秀ナ生体アラームダ)』


 ミーヴェルは、目の前でオロオロしている少女を、改めて品定めするように見た。

 エルフの耳は伊達じゃない。魔法さえ使わなければ、精密機械のセンサーですら拾いきれない「生物特有の這い寄る音」を、500メートル以上先からでも聴き取れるはずだ。

 一人で行って死角から奇襲されるリスクと、コイツを「歩くセンサー」として管理する手間。天秤にかけた結果、後者が僅かに重くなった。

 

 「……おい、ラキ」

 「な、何よ。急に改まっちゃって」

 「お前も付いてくるか?」

 「えっ!? ……え、いいの? 助けてくれるの?」

 「勘違いするな。お前のその『長い耳』をセンサー代わりに使ってやるだけだ。……ただし、条件がある」

 ミーヴェルは、自分も必要な分のセルを回収することを告げ、釘を刺すようにラキを睨みつけた。

 「――お前、二度と勝手に魔法なんて使うなよ。俺の作業中にあんな光で魔物を呼び寄せでもしたら、その場で置いていくからな」

 「わ、わかったわよ! 約束するわ! 私の耳、村でも一番なんだから、ちゃんと役に立ってみせるわ!」

 

 食い気味に頷くラキ。だが、ミーヴェルには一つ、確認しておきたいことがあった。

 

 「……待て。その『雷の石』、手に入れたとしてどう使うつもりだ? まさか村の祭壇に飾ってお祈りでもするのか?」

 「そんな野蛮なことしないわよ! 長老様が言ってたわ。雷の石は天の怒りを閉じ込めた依り代。それを村の祭壇にある『古の台座』に捧げれば、失われた聖なる雷が結界を伝い、悪い霧を焼き払ってくれるの。そうすれば、枯れかけた守護の木もまた息を吹き返すはずなんだから!」

 

 ラキが身振り手振りで語る「聖なる儀式」。

 だが、ミーヴェルの脳内では、アイが無機質なログとしてその幻想を冷徹に翻訳していた。

 

 『(推論。村ノ祭壇ハ旧人類ノ環境浄化システムノ外部端子。セルヲ接続スルコトデ、高電圧ニヨルナノヘイズノ分解、及ビ防壁ノ再起動ガ行ワレル。「守護ノ木」ハ、浄化範囲内ノ植物ニ過ギナイト推測)』

 (……なるほどな。ただの電力不足で空気清浄機が止まったのを、村が呪われてるだの木が枯れるだのと大騒ぎしてるわけだ)


 他種族にとっては命懸けの聖戦も、ミーヴェルからすれば「電池交換」に過ぎない。

 だが、その電池一つを手に入れるために、自分たちは今から「爆発寸前の時限爆弾」に手を突っ込もうとしているのだ。


 「……ま、お前の村の事情はどうでもいい。行くぞ」


 ミーヴェルは鉄剣を鞘から引き抜く。

 暗い階段の先を、アイの放つ白々としたサーチライトが照らし出した。


 「……静かに。今、あっちの暗闇の奥から――何かが擦れる音が聞こえたわ」

 

 ラキが長い耳をピクリと動かし、進行方向の闇を指差した。

 

 『(中型ヘイズ、及ビ生命体反応ヲ検知、接近中)』

 「……初日からなんてハードワークだ」

 

 ミーヴェルは吐き捨てるように呟き、地下二層へと、一歩足を踏み入れた。


 

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