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4話 ヘイズコレクター


 階段を一気に駆け上がり、地上の光を浴びた瞬間。

 閉鎖された汚染空間から解放された安心感からか、先ほどまで震えていた金髪エルフの少女が、急に強気な声を張り上げ始めた。

 いまだ危機的状況に変わりはないのだが、そんなことは露知らず。恐らく、外の世界を知らない経験不足な世間知らずなのだろうと、ミーヴェルは判断した。


 「っていうか、あんた何なのよ! いきなり腕を引っ張るなんて失礼でしょ!」

 「……ドワーフだ」


 ミーヴェルは息を切らしながら、適当な嘘を吐き捨てた。

 マントの端子に繋がれたアイが、赤いカメラアイを不満げに明滅させる。


 「嘘おっしゃい! そんな細身で背の高いドワーフなんているわけないでしょ。あいつらはもっと、こう……横に広くて、ヒゲがもじゃもじゃしてて、ナノヘイズをガブガブ飲んでるような連中でしょ!」

 「ヒゲは剃ったんだよ。……それより、さっきの化け物が追ってきてるかもしれないんだ。黙って歩け」

 

 ミーヴェルが冷たく突き放すと、少女は頬を膨らませて食い下がった。


 「あの化け物、私の声を真似してたわよね……? いったい何なの? それに、あんたがさっき私の魔法を消したの? そんなこと、普通はできるわけが――ちょっと!」


 (『警告。個体ミーヴェル、会話ヲ中断セヨ。……後方、地下階段出口ヨリ、ナノヘイズ濃度ノ異常上昇ヲ検知』)


 アイの無機質な声が、脳内に直接響いて少女の言葉を遮った。

 ミーヴェルが今聞いているのは、物理的に発せられた音ではない。体内のナノヘイズをアイが掌握し、聴覚神経へと直接送り込んでくるデジタルな警告だ。

 もし物理的なイヤホンなど使っていれば、耳の良いエルフの少女には、その小さな音漏れすら聞き取られていたかもしれない。だが、この「神経接続」は、ミーヴェルの思考の内側にだけ存在する。


 ふいにミーヴェルが足を止め、鋭い視線で後方を振り返る。少女は勢いよく憤慨しようとしたが、その視線の険しさに気圧され、思わず言葉を飲み込んで黙り込んだ。

 陽の光が届くはずの階段の入り口が、まるでインクをぶちまけたような黒い霧に覆われ始めていた。

 

 「……ちっ、もう来たか。コレクターは獲物を逃がすのが嫌いらしい」

 「これくたぁ?何よそれ、新種の魔物?」

 「……は?嘘だろお前?、自分たちを狩る天敵の名前も知らねえのか?……アレはただの魔物じゃない。お前らの魔法が大好物の、ヘイズの収穫者(エコーの上位種)だ。お前今までそうやって生き延びて来たんだよ」

 

 ミーヴェルは、吐き捨てるように言い、視界の端に浮かぶ「残量24%」という絶望的な通知を睨みつけた。


 「はぁ…。初日なんだよな……。こいつのせいで。先が思いやられるが、背に腹は代えられない」


 ミーヴェルは苦渋の決断を下し、肩にかけた大きな袋の中に手を突っ込んだ。

 保存食や雑多な道具が詰まったその奥から、目的のモノ――拳サイズの予備バッテリーを引き抜く。アーク・ポッドを出る際に持ってきた、数少ない貴重な備蓄だ。


 「(アイ、交換だ。……いいか、初日だぞ。まだ降りてから1日も経ってない、初日なんだぞ)」

 『ナゼニカイ言ッタカハ不明ダガ、了解シタ。急速充電、及ビ外部電源接続ヘ移行』


 ミーヴェルが手際よくアイの側面ハッチを開き、使い古されたバッテリーを抜き取って新しいものを叩き込む。アイのカメラアイが一度激しく点滅し、再び安定した赤色の光を宿した。


 「ちょっと、それ何!? さっきから浮いてるのも気になってたんだけど……魔法道具(アーティスト)?」


 少女がアイを指差し、興味津々に顔を近づけてくる。

 ドワーフは古いアーティファクトを改造して使う種族だという認識があるのか、彼女の目は疑いよりも好奇心に満ちていた。ミーヴェルはそれを手で追い払いながら、素っ気なく答えた。


 「ドワーフの最新兵器だ。触るな、爆発するぞ」

 「ば、爆発!? ドワーフってそんな危ないもの作ってるの……?」

 

 素直に信じたのか「ギョッ」っと両手を広げながら交代する、ジェスチャーの大きい少女。


 「……エルフってのは、みんなこんなに騒がしい種族なのか?」


 嘘に嘘を重ねるミーヴェルの横で、アイが音もなくレンズを絞った。


 『(個体ミーヴェル。外部電源接続完了。……エネルギー充填。…全システム、戦闘待機状態スタンバイ

 「よし……。おい、エルフ。お前の名前は何だ」


 逃げる準備を整えながら、ミーヴェルは初めて少女に問いかけた。


 「えっ、ラキ。……ラキよ。あなたは?」


 名を聞かれたことに少し面食らったのか、あるいは自分に興味を持ってくれたのかと勘違いしたのか。ラキの表情に、ほんの少しだけ期待の色が混じる。

 本当に空気の読めない女だ、とミーヴェルは内心で吐き捨てた。今、背後から迫っているのが何なのか、まだ理解していないらしい。

 

 「そうか。……俺はミーヴェル。ラキ、どうやらあいつは、そう簡単に俺たちを逃がしてくれそうにない」


 背後の黒い霧が、アスファルトの熱を吸い込むように急速に膨張していく。その中から、カチカチと歯を鳴らすような不規則なノイズが聞こえ始めた。


 「ということで、ここからは俺一人で戦う。お前は逃げるなり好きにしろ」

 「えっ……?」

 

 ラキが間抜けな声を漏らす。助けてくれるヒーローを期待していたであろう彼女に、ミーヴェルは冷徹な現実を突きつけた。

 

 「いいか、魔法は使うな。使えば食われるぞ。……じゃあな、ラキ。元気でやれよ」

 

 ミーヴェルは、右腕の給電ケーブルを背中の鉄の棒へと、今度はカチリと音を立てて深く固定した。

 

 『(外部電源駆動、出力安定。……個体ミーヴェル、戦闘開始シマスカ?)』

 「(ああ……。初日なのに、とんだ大赤字だぜ。換装)」

 

 ミーヴェルがスイッチを押し込むと、鉄の棒が唸りを上げ、青白い熱波を撒き散らし始めた。


 『(「換装」承認。……アンチヘイズ・ユニット、出力最大。内部回路、異常ナシ)』


 ミーヴェルが柄にあるトリガーを引き抜くと、ただの鉄の棒だったユニットが、高周波の駆動音とともに青白い光を帯び始めた。刀身から溢れ出すエネルギーが周囲のヘイズを焼き払い、空気がチリチリと震える。

 「(……行くぞ、アイ)」

 『(了解。……周囲ノヘイズ燃焼開始)』


 背後から迫る黒い霧――コレクターが、逃げようとした獲物の反撃を察知し、おぞましい形に隆起した。霧の中から、無数の細長い腕のような触手が、ミーヴェルを絡め取らんと一斉に突き出される。


 「おらッ!」

 

 ミーヴェルが一閃。

 先ほどまでの泥臭い物理打撃とは違う。光の刃が空を裂くと、触手は斬られるどころか、接触した瞬間にプログラムの消去を受けたかのように、光の粒子となって霧散した。


 『ぎゃあああきゃあああ!!!ぐるうううう!』


 「なっ……!?」


 背後で逃げ遅れていたラキが、その光景に目を見開く。


 「魔法じゃない……? 詠唱も、魔力の収束もなしに、あんな高エネルギーを……!?」


 ラキの目には、ミーヴェルが手にしたドワーフの最新兵器が、自分たちが守ってきた魔法文明の常識を根底から覆す、とんでもない聖遺物か何かに見えていた。


 (すごい……! あんな細い体のドワーフが、一人で化け物を圧倒してる……! これが、ドワーフの真の力なの!?)

 

 一方、ミーヴェルは敵の強大さよりも、刻一刻と減り続ける網膜上のエネルギー残量を見て、心の中で涙を流していた。


 (クソっ、一振りでコンマ数パーセント持っていかれる……!小型端末だもんなぁ。これ、やっぱり大赤字だ!)


 アイが放つ警告のような拍動は、ラキの瞳には失われた時代の「神の残り香」のように映っていた。

 

 「やっぱり……やっぱりドワーフって、伝説通りの技術を持った誇り高い種族だったのね!」


 感激に震えるラキの視線の先で、ミーヴェルは必死だった。


 (アイ、あいつなんかさっきからずっと感動してるぞ!?)

 『(肯定。個体ラキ、理解不能ナ興奮状態ニアリ。……ソレヨリ集中シロ。出力維持ニハ莫大ナ電力ヲ消費スル)』

 (分かってるよ! クソ、これ一発でどれだけバッテリー食うと思ってんだ……!)


 目の前では、ヘイズ・コレクターが咆哮を上げている。

 ナノヘイズの澱みから生まれるバグ――「エコー」。死者の未練が形を成しただけの、叫び声を上げるだけの存在。

 だが、そのエコーがさらなる変質を遂げた「上位種」こそが、このコレクターだ。

 実体のないはずの影が、物理的な破壊力を伴う凶器へと進化している。その不気味な質量が、大気を震わせてミーヴェルに肉薄する。


 (……こいつ、地面の布切れまで取り込んでやがるのか!?)


 本来、魔物とはヘイズが死骸に寄生して生まれるもの。あるいは滞留したヘイズがゴミや布に意思を与えたものだ。だが、このコレクターの密度はそれらを遥かに凌駕していた。


 「(とにかく、チャチャっと終わらせて節電だ!)」


 ミーヴェルは地を蹴った。

 神々しいまでの紅い光を背負い、全種族の希望を体現するかのようなその背中。だが、その内実は「一刻も早く帰って電気代エネルギーを浮かせたい」という、極めて世俗的な焦りに支配されていた。

 

 「――おりゃあああ!!」


 やがて、少年の振るう一撃が、物理法則を無視した衝撃波となって、知能を持つ怪物の核を貫いた。



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