3話 高すぎる代償
「そう言えば、こっち側に来たのは初めてだな。アイ、生体反応はあるか?」
何度も地上に降り立ってはいるが、基本的にはアーク・ポッドの家畜たちの『血を入れ替える』ために、あらかじめ設定されたポイントへ向かうだけだ。ミーヴェルにとって、あまり好きではないこの死んだ惑星をわざわざ探検しようという気は起きなかった。いつもは決まった場所の、決まったルートをなぞるだけ。
『肯定。ダガ、我々ノ進行方向……コノママ直進スレバ、現在ノ状況デ他種族ト会敵スル確率ハ極メテ低イ』
「そっか」
ミーヴェルは肩にかかった数本の配線コードを無造作に払い、鬱蒼と生い茂った発光植物の茂みを抜けた。視界が拓けた先には、かつての文明の残骸――コンクリートの建物の跡地が、墓標のように所狭しと立ち並んでいた。
崩れた壁の隙間、ひび割れたアスファルトを突き破り、太い幹が空へと伸びている。ナノヘイズを吸って異常発達した植物の生命力には、どこか感心するものがあった。人間がどれだけ必死に浄化しようとしても叶わなかったこの星の変質を、彼らはあっさりと受け入れ、自らの糧に変えている。
そんな廃墟の群れの中で、二人が目指しているのは、人類が惑星を治めていた頃に存在した『地下鉄』という場所だ。目的はまず、アイの継戦能力を維持するための旧時代の遺物――『セル』の回収。だが、そこに存在するはずのものは、ただの古い電池だけではなかった。
「アイ、この下に本当にあるのか?その、遺物ってやつ」
『肯定。約500年前マデ、旧人類ノ都市インフラハ、私ノヨウナ人型人造機械ニヨル完全管理下ニ存在シタ。……駅、病院、公共施設。アラユル場所ニ同胞ガ配備サレ、ソノ稼働ヲ支エル純正セルノ予備貯蔵庫ガ設置サレテイル。ココハ、カツテ地下鉄ト呼バレル大規模輸送網ノ中枢ダ。』
ミーヴェルは、カビと埃の臭いが立ち込める階段を見下ろした。
アイの言うことが正しければ、この暗闇の先には、かつて人間を助け、街を動かしていたアイの仲間たちが、電池が切れた状態で無数に転がっているはずだ。
(……アイみたいなのが、どこにでもいたのか)
今は誰もいない、ただの不気味な廃墟。
だが、想像してみる。何千体もの人造機械が、この地下を行き交い、人間に仕えていた景色を。かつての絶滅戦争で、彼らの中にも人間に牙を剥いた者がいたのか?それともただの道具として使い捨てられたのか。
『……個体ミーヴェル。感傷ハ不要ダ。私ハセルヲ確保スル。ソレ以外ノ同胞ノ残骸ハ、今ヤ単ナル資源ゴミニ過ギナイ』
「お前……。たまに本当に冷たいよな」
『事実ヲ述ベタマデダ…個体ミーヴェル。地下ヘ続ク階段、前方ニ確認。ナノヘイズ濃度ノ上昇ヲ検知。警戒セヨ』
「わかった」
ミーヴェルは足元の瓦礫を蹴り、口を開けたような暗い穴へと向かう。日の光が届かない地下。そこは地上の森以上に「旧人類の死体」が色濃く残る場所だった。
「アイ、スキャンを絞れ。さっきから壁の感触が、コンクリートじゃないみたいだ」
階段を下りるにつれ、空気の粘度が上がっていく。壁や天井はタイル貼りではなく、まるで巨大な生物の体内のように、脈打つ半透明の結晶層に覆われていた。高濃度に凝縮されたナノヘイズが物理的な形を成した――『ヘイズの苗床』だ。
『注意。ココハ既ニ旧人類ノ建造物トハ呼ベナイ。凝集シタナノヘイズガ自我ニ類スル指向性ヲ持チ、空間ソノモノヲ再構築シテイル』
アイのライトが、奥から迫りくる奇妙な造形を照らし出す。そこには、かつて人間だったのか、あるいは動物だったのかも分からない彫像のようなものが、壁に埋もれるようにして無数に並んでいた。どれもが苦悶の表情を浮かべたまま、全身を青白い結晶に変えられている。
「……ヘイズ病の成れの果てか。アイ、こいつら生きてるのか?」
『否定。生命活動ハ停止。ダガ、彼ラハ既ニ巣ノ一部トシテ循環シテイル』
その時、足元の瓦礫の山がズルリと動いた。
それはただのゴミではない。かつて誰かが捨てた衣服や瓦礫を核にして、ナノヘイズが筋肉のように絡みつき、実体を得た魔物と言う種類に分類される。エコーのような『霊体』じゃない。明確な質量と殺意を持った、この星の新しい生態系の一部。
「掃除もしてねえのに、勝手に育ちやがって。……これじゃセルを探す前に、俺がこいつらに取り込まれそうっだ!」
襲いかかる魔物に向かって、ミーヴェルは無造作に鉄剣をお見舞いした。重厚な一撃が結晶の肉体を粉砕し、魔物は物言わぬ骸へと変わる。
魔物は実体があるゆえに物理攻撃が効く。本来なら、地上に降り立った時のように『オーバーライド』を行い、剣を換装させた状態で戦った方が楽なのだが、今はアイの電力を節約しなければならない緊急事態だ。
その時。通路の先、さらに深い闇の中から、物質同士がぶつかり合う音と、必死に呪文を紡ごうとする掠れた声が聞こえてきた。
『個体ミーヴェル、コノ地下空間二オイテ活発ナ生命体ノ活性化ヲ検知』
「……なんだろう……もう帰りたくなってきた。どうせ厄介事だろ?」
『ソノ推定ニ対スル確率、95%』
「いいよ100パーで。5パーに望み掛けたくなるから」
『……了解。確率、97%』
「――話聞いてた!? ほぼ変わってねえだろ!」
そんな漫談を繰り広げている間にも、金属音と切迫した声はこちらに近づいてくる。
ミーヴェルは深いため息をつき、念のために右腕の給電ケーブルを背中の鉄剣へと繋ぎ直した。
「アイ、換装はまだだ。電力は一ワットたりとも無駄にできないからな」
闇から這い出してきたのは、かつての野犬がヘイズで変質した魔物の群れだった。背中の結晶が放電し、肉体は古い映像のように時折激しくブレている。
ミーヴェルはケーブルを繋いだまま、あえて電力は流さず、ただの重い鉄の棒としてそれを振るった。
「おらッ!」
踏み込みとともに鉄塊を叩きつける。魔物の頭部を覆う結晶が砕け散り、鈍い衝撃が腕に伝わる。魔法のような派手なエフェクトはない。ただの泥臭い物理破壊。だが、それが今の地上で最も安上がりで確実な殺し方だった。
『個体ミーヴェル、周囲ニ他ノ反応アリ。……急速接近中。ソノ数、三。……訂正、四』
「ちっ、湧きすぎだろ。地下はこれだから嫌なんだ……」
ミーヴェルが次の獲物へ向けて剣を振り上げた、その時だった。通路の奥、駅務室の影から、震える声が響いた。
「……く、来るな! 来ないで……ッ!」
視界の端で、眩い青白い光が膨れ上がる。彼女は恐怖に顔を歪ませ、杖の先端に膨大なヘイズを凝縮させている。
「あれって……エルフって奴か?……っておい馬鹿!ふざけるな!あいつ魔法を使おうとするとか自殺願望でもあんのかよ!」
ミーヴェルの怒声は届かない。彼女が放とうとしているのは、高濃度のナノヘイズを強制燃焼させる術だ。そんなものをこの閉鎖空間でぶっ放せば、周囲のヘイズ濃度は跳ね上がり、休んでいた他の魔物たちまで呼び寄せる餌になる。
「アイ、オーバーライドの準備! 彼女の術式を――いや待てここの周囲一帯だ!キルさせろ!」
『了解。……ソノ判断、電力消費ガ激増スル。本当ニ実行スルカ?』
「……やるしかないだろ! 他に方法があるか!?このまま撃たせたら周囲がパニックになる!」
見知らぬ少女の杖から、雷光が放たれようとした瞬間、アイの赤いカメラアイが超高速で回転を始めた。
「――書き換えろ、アイ!」
『オーバーライド発動』
空間に、ガラスが割れるような電子音が響き渡った。少女が放ったはずの雷光は、ミーヴェルの目の前で唐極にノイズへと変わり、そのままパッと霧散した。まるで最初から何もなかったかのように。
「え……?」
呆然と立ち尽くす、尖った耳を持った少女。一方、ミーヴェルの視界には、アイが投影する非情な警告ウィンドウが浮かんでいた。
【 残量:24% 】
「……もう。……俺の、俺達の貴重なバッテリーがぁ……!」
ミーヴェルは膝をつきそうになるのを堪え、怒りに任せて鉄の剣を地面に突き立てた。あまりのショックに、視界の端で点滅する24%の数字を直視できない。薄眼で見ても変わりはない。
だが、事態は待ってくれなかった。魔法という抵抗手段をアイに消去され、呆然と立ち尽くす少女の目の前には、今まさに牙を剥こうとしていた六本脚の魔物が、物理的な質量のまま宙を舞っていた。
魔法が霧散しても、魔物の爪は止まらない。少女に死の影が迫る。
「……ったく電気泥棒が!これ以上手間かけさせんじゃねえよ!」
ミーヴェルが、絶望している暇もなく動いた。
彼は給電ケーブルを抜いたままの、ただの重い鉄の棒を、野球のバットのように全力でフルスイングした。
――ゴッ!!
生々しい破壊音が響く。魔法を消されて一瞬動きが鈍っていた魔物の横っ面に、数キログラムの鉄塊がクリーンヒットした。魔物は悲鳴を上げる間もなくコンクリートの壁に叩きつけられ、結晶化した頭部を粉々に砕いて動かなくなった。
「あ……」
少女がその光景を呆然と見送る中、アイの赤いカメラアイが超高速で回転し、警告を発した。
『警告。……魔法ノ光ニ誘引サレタ大型個体接近。……ヘイズ・コレクタート判定』
「……マジかよ!? ちっ、最悪だ! 一回外に出るぞ!おい、そこのお前! ぼーっとしてる暇があったら走れ!」
ミーヴェルは無理やり少女の腕を掴み、強引に引き寄せた。
「えっ、え!? いったい何が……っていうか、あんた誰なのよ!」
「うるさい!死にたくなかったら黙って来い! ここはもう釣り場にされてるんだよ!」
「わ、分かったわよ!」
二人が出口へ向かって走り出そうとした、その時だった。
地下駅の奥底、本来なら無人であるはずの闇から、複数の少女の声が重なり合って聞こえてきた。
『……アケテ。……ダレカ、アケテ……。コワイヨ……。……タスケテ……』
それは、今隣で必死に足を動かしている少女の声と、寸分違わぬ響きだった。
イントネーション、震え方、息を吸うタイミングまでが、精巧に、そして悪意を持ってトレースされている。
「えっ……? 今、私の声……?」
少女が恐怖で足を止めそうになる。ミーヴェルはその腕を、ちぎれんばかりの力で強く引いた。
「振り向くな!それはお前じゃない。……中身を食いに来た化け物だ!」




