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19話 ワイヤレスリンク


 ギルド長の後を付いて行った先は、建物の裏手に広がる石畳の大きな広場だった。普段は冒険者たちが手合わせや武器の調整に使う訓練場なのだろうが、今はその広大さが、これから始まる「処刑」の舞台のように見えた。

 ギルド内にいた野次馬たちの多くも、歴史的な「見せ物」を逃すまいとわらわらと付いてきている。その中には、先程のいざこざでミーヴェルに同情の視線を向けていたエルフの男や、逆に「あいつがボコボコにされるのを拝んでやる」と鼻息を荒くするカツアゲ被害者のドワーフも混じっていた。


 「さぁ! 着いたぞ、小僧」

 

 広場の中央で足を止めると、ギルド長バレンが悠然と振り返る。彼は腰に下げた巨大な黒鉄の槌――『鉄槌』の異名に相応しい、岩をも砕きそうな凶器を抜き放つこともなく、ただそこに立ち塞がった。それだけで背後の空気が物理的に重くなったような錯覚を覚える。まるで、巨大な鉄の山を正面に据えているかのような威圧感だ。


 「ルールは簡単だ。ワシの膝が一度でも地面に付いたら、小僧の勝ち。以上だ」

 「へぇ。その場合は『Dランク』ってやつにしてくれるのか?」

 「ああ、約束しよう。……さあ、いつでもかかってきていいぞ。先手は譲ってやる」

 

 バレンは両足を肩幅に開き、無造作に構えた。隙だらけに見えて、その実、どの方向からの攻撃にも即座に対応できる「剛」の構え。対峙する二人の間に、しばしの静寂が流れる。風が砂埃を巻き上げ、観客が唾を呑み込む音すら聞こえるほどの緊張感。


 「(アイ。……プレッシャー射出からの、対生体(アンチ・ライブ)でいこう)」

 『(了解)』

 

 ミーヴェルは腰のホルダーから、一本の剣を抜き放った。装飾も魔力もない、どこにでもある量産品の鉄剣に見えたバレンの眉がぴくりと動く。


 「……なんだその獲物は? ただの鉄剣だと? 小僧、ワシを舐めているのか?」

 「別に舐めてないけど。これしかないし。……じゃあ、行きまーす」

 

 ミーヴェルの気の抜けた返事を合図に、視界の端でアイの警告色が激しく弾けた。

 

 『(ナノヘイズ圧縮……完了。対象座標、固定。――プレッシャー(重圧)射出)』

 「……むぅっ!? これは……?」

 

 バレンの表情が劇的に変わった。指向性を高め、凝縮された重圧が物理的な質量を伴ってバレンの巨体を襲う。周囲の石畳がミシリと鳴り、バレンの足元に細かな亀裂が走った。だが、彼はそれを鍛え上げられた闘気だけで踏み留まり、強引に弾き返した。しかし、その驚きこそがアイの計算通りの隙だった。


 『(キネティックアクセル(物理駆動拡張)、起動。……全関節リミッター解除。予測演算、完了)』

 「(アイ、そういえば……光ファイバーは!? 繋がなくていいのか!?)」

 『(肯定。以前ノ様ニ物理プラグヲ差シ込ム必要ハ無イ。基盤性能上昇ニヨリ、バージョン3.0完了済。周囲ノ大気中ナノヘイズヲ中継局トシテ利用シ、ミーヴェルノ各関節ヘ直接信号ヲ送信スル……遠隔駆動ワイヤレス・リンクダ。……ミーヴェルノ動キヲ制限スルモノハ、モウ何モ無イ。但シ、通信維持ノ為バッテリー消費量ガ大幅ニ増大スル。普段ハ有線接続ヲ推奨スル)』

 「(おお!そうだったのか!そりゃいい!)」

 

 以前は光ファイバーで直結せねばならなかった駆動補助が、今は不可視のパスでミーヴェルの全関節を掌握している。自由を得たミーヴェルの姿が、観衆の視界から完全に掻き消えた。

 

 ドォォン!!

 

 石畳が爆ぜ、一瞬遅れて放たれた衝撃波が広場を震わせる。


 「……速いッ!?」

 

 バレンが叫び、反射的に巨大な鉄槌を抜き放ち、盾とした。


 「おい、バレンさんが槌を抜いたぞ!?」

 「マジかよ、素手でねじ伏せるんじゃなかったのか!」


  戦慄する観衆。その端で、カツアゲ被害者のドワーフが涙目になりながら「が、がんばれバレンさーん!」と絶叫していた。筋骨隆々の男が泣きながら叫ぶ姿に、周囲は「……正直気持ち悪いな」「あんな奴に応援されるギルド長が不憫だぜ」と引き気味だが、戦場にその声は届かない。

 音速に近い速度で踏み込んだミーヴェルの剣先がバレンの膝に肉薄した。空気を切り裂く鋭い音を立てる。


 「カカッ! やりおるわ小僧! だが、まだ甘いわい! ふんぬッ!!」

 

 バレンは自身の肉体を独楽のように回転させ、その遠心力を乗せて鉄槌を地面へ叩きつけた。

 

 ドゴォォォォン!!!


 破壊の衝撃が四方に飛び火する。


 「(おわぁ!? 何を――)」

 『(緊急アラート! ミーヴェル、即座ニ跳ベ! 回避ダ!)』

 

 粉砕された石畳が、意思を持つ蛇のように鎌首をもたげ、ミーヴェルを叩き潰さんと襲いかかる。


 『(解析完了。対象ノ鉄槌ハ高濃度ノナノヘイズヲ保有シ、ギルド長ノ意思ト同調リンクシテイル。ドワーフハ自身ノナノヘイズヲ武器ニ分ケ与エルコトデ、無機物ニ限定的ナ思考ト生命ヲ付与スル。今ノ衝撃波ハ、鉄槌ガ大地ニ伝エタ『捕食』ノ命令ダ)』

 「(道具と一つになってるってわけか……!カッケー!!! 金稼いだら俺もそういう武器買うんだ!)」

 ミーヴェルは襲いかかる石の蛇を、空中を蹴るような不自然な機動で回避していく。キネティックアクセルが強制的に筋肉を収縮させ、ありえない角度での方向転換を可能にしていた。

 隆起する大地、牙を剥く土塊。その嵐のような攻撃の中、ミーヴェルは――笑っていた。


 「……おい、あいつ笑ってるぞ?」

 「俺聞いたことがある、魔人は戦闘狂(バーサーカー)だって。戦えば戦うほど昂るらしい」

 「あの魔人、見た目はまだガキだろ? それでバレンさんと互角以上にやり合うなんて……本物の化け物かよ」

 「……俺、魔人とだけは絶対関わらねえ。あんなのと揉めたら命がいくつあっても足りん」

 「同意だ。酒場で見かけても絶対に目を合わせるなよ」


 本物の魔人がいない中で、勝手に魔人は恐ろしい種族とイメージが広場の中で急降下、あるいは恐怖の対象として急上昇しているとはつゆ知らず。ミーヴェルは、加速し続ける意識の中で目の前の戦いに没頭していた。

 ――時間は既に開始から十分近くが経過しようとしていた。バレンの攻撃は熾烈を極め、広場は既に元の原型を留めないほどに破壊し尽くされている。ミーヴェルの肉体は、とっくに限界を超えた運動を強いられていたが、アイの補助とアドレナリンがその痛みを遮断していた。


 「(アイ! 計算は終わったか!?)」

 『(オワッタ、ガ、本当ニヤルノカ?推奨ハシナイ)』

 「(やらなきゃドブ掃除だ!そうなると結局基盤ユニット探しも何もかも遠回りになる!喋ってる時間は無い!早く!)」

 『(……了解。大地ノ伝播振動、及ビ対象ノ心拍数変化ヨリ、次ノ呼吸ヲ算出。……キネティックアクセル・オーバードライブ(限界突破)発動)』

 

アイの無機質な声が脳裏に沈み込んだ瞬間、ミーヴェルの感覚はさらなる深化を遂げた。


 既にリミッターは解除されているが、この限界突破は、その解放された力をアイの演算がミリ単位で制御し、肉体との同期率を極限まで引き上げるものだった。


「(……あぁ。軽い……後で確実に後悔するだろうけど)」


 力が増したのではない。アイの思考と、自分の反射。その間にあった僅かなラグが完全に消滅し、ギアが一段深く噛み合ったのだ。視界に映るバレンの動きから迷いというノイズが消え、アイが導き出す最短の軌跡が、より鮮明に、より鋭くミーヴェルの神経に直接焼き付いた。


「(いける……!)」


 ミーヴェルは鉄剣を逆手に持ち替え、地を這う蛇の背を跳ねるようにして、バレンの懐へと真っ直ぐに突き進む。

 一分、一秒が永遠のように長く感じられる極限の集中状態。ミーヴェルの視界には、バレンのガードが崩れる最短の光の線がはっきりと見えていた。


 「(行くぞ……これでおしまいだ!)」

 瞬間。超速の光となったミーヴェルが、バレンの死角――その巨大な鉄槌が描き出す守備範囲のわずかな隙間へと滑り込む。

 キンッ! と、鋭く乾いた金属音が広場に響いた。

 それは剣で斬った音ではない。加速のすべてを一点に集中させ、膝の関節を「弾いた」衝撃音だ。


 「なっ……が、はぁッ!?」

 

 ドサッ、と重苦しい音が響く。巻き上がる砂塵が晴れていく中、誰もが自分の目を疑った。そこには――『鉄槌のバレン』が、苦悶の表情を浮かべながら地面に片膝を突いている姿があった。


 「…………やった、ぞ。アイ、見てたか……?」

 

 バレンを見下ろし、不敵に笑うミーヴェル。

 勝利。完全なる、そして理不尽なまでの勝利だ。

 だが、その直後。全身の血管が沸騰するような熱さが急速に引き、代わりに想像を絶する重みがミーヴェルの全身を支配した。

 対人戦の興奮で見失っていたが、筋肉のリミッターを解除し、音速機動を十分間も維持し続けた代償。それは生身の肉体が受け入れられる限界を遥かに、絶望的なまでに超えていた。

 『(警告。心拍数異常上昇。筋肉組織ノ損傷率、許容限界ヲ突破……。肉体維持ガ困難ト判断。……御疲レ様、寝ロミーヴェル)』

 「(あ、そっか……これ、めちゃくちゃ……痛い、やつ……)」

 

 意識が遠のく。全身の細胞が一度に悲鳴を上げ、神経が回路を保護するために強制的なシャットダウンを選んだ。

 

 コトン、と。

 

 膝を突いたバレンの目の前で、ミーヴェルは糸が切れた操り人形のように呆気なく意識を失い、前のめりに転がった。

 勝利の歓声も、称賛の言葉も聞こえない。広場は、あまりに劇的で、そしてあまりに予想外すぎる幕切れに、ただただ、深い沈黙に包まれていた。膝を突いたバレンだけが、目の前で眠る少年の寝顔を、呆然と見つめていた。



 

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