16話 王の驚愕と、街の目覚め
「夜分に失礼いたします、王よ」
その声は、重厚な石造りの扉を叩く音よりも先に執務室へと滑り込んできた。
部屋の主――ドワーフの王は、手元の分厚い書類から視線を外さず、低く地響きのような声で応じる。
「こんな時間にどうした、宰相」
室内は、ドワーフの王城らしい機能美と荘厳さが同居した空間だった。壁には精緻な歯車仕掛けの時計が時を刻み、魔石を組み込んだランプが淡い琥珀色の光を投げかけている。深夜にも関わらず、王は山積みの書類を片付ける政務の最中だった。
入室してきた老ドワーフ――宰相は、報告を口にする前に、王の姿を見て深い溜息を吐いた。
「王よ。この時間まで政務ですか? 陛下には、心身を休めていただきたいのですが。……それに、そろそろ世継ぎを増やしていただかなくては。国を支える基盤は、盤石であってこそ輝くものですぞ」
「……またその話か。世継ぎなら、既に二人いるであろう。我が国の教育制度と防衛網を以てすれば、一族の存続に何ら不安はない」
「二人では足りませぬ! それに、一人は姫様ですぞ。何が起こるか分からぬこの時勢、王の血脈の予備は多いに越したことはないのです。いい加減、お一人に全てを背負わせる危うさを理解していただきたい。万が一、陛下に何かあれば、残された若き魂たちがどれほどの重圧を受けるか……」
「しつこい。我が何をしようと勝手だ。それより、要件を言え。貴様がこの時間に私室まで来るからには、世継ぎの説教以上の火急の用件があるのだろう?」
王はペンを置き、椅子に深く背を預けた。
彼はドワーフとしては働き盛りの年齢だ。岩を削り出したかのような筋骨隆々の体躯は、座っているだけで周囲を圧する存在感がある。美しく整えられた逞しい髭は誇り高き戦士の証であり、その眼差しは猛獣のように鋭く、若々しい覇気に満ちていた。
「はぁ……。それと陛下、ついでにその物騒な腰回りもどうにかなりませんか。せめて短剣一振りに留めていただきたい。ここは王城、陛下の私室。我らが絶対の信頼を置く騎士たちが守る心臓部ですよ、何より、座りにくいでしょう」
宰相は、王の腰に下げられた重厚すぎる戦斧と、旧人類の遺物を改造したと思しき大口径の短銃を指差し、呆れたように首を振った。王が纏うは、光を反射せぬ漆黒の戦装束。玉座にありながら、彼はいつでも戦場へ駆け出せるよう、重武装を解こうとはしなかった。
「備えに早すぎるということはない。それに、この武装は私の一部だ」
「いいえ、過剰です。もしこの部屋に賊が侵入するような事態になれば、外に控える我が国の精鋭たちが全員失格だったということになります。我らが精鋭騎士団を、ひいてはこの城の防衛機構を信用していただきたい」
王は不機嫌そうに鼻を鳴らし、視線を逸らした。だが、宰相の言うことは正論だ。王は渋々と、愛用の得物を机の脇に置くと、顎で続きを促した。
「……ふん。まあいい、それより用件はなんだ」
「失礼いたしました。では……これを。今日、入国審査の際に、銀貨二枚の入国税の代わりにと、『魔人』を名乗る者少年と思わしき者が門番に渡していったそうです」
「魔人だと? このドワーフ国にか。……そして、このガラクタがその対価だと言うのか?」
王は当初、侮蔑を含んだ笑みを浮かべようとした。しかし、宰相の手から差し出された、くすんだ銀色の円筒形パーツを視界に捉えた瞬間、彼の表情から一切の余裕が消え失せた。
それを奪い取るように手に取った瞬間、王は椅子から跳ねるように立ち上がった。
「……陛下?」
「宰相、すぐに検知器を持ってこい! 最大精度のものだ! それと、その『魔人』とかいう小僧は今どこにいる!」
王の眼光が、それまでの政務による倦怠感を一瞬で焼き払い、技術者としての、そして統治者としての鋭利な熱を帯びた。
「はい。現在、中層の宿屋にて滞在しているはずかと。……陛下、やはりそれは……」
「ああ……間違いない。これは純粋なる動力源セルだ。……それも、外部へのエネルギー漏出が全くない。これほどの高密度でありながら、周囲のナノヘイズを微塵も乱していないのだ。信じられん……今なお、生きておる」
◇
「う……ん………っ! あぁ……」
『起キタカ』
ゆっくりと瞼を上げたのち、はっと勢いよく起き上がるミーヴェル。
見慣れない天井に一瞬慌てたが、すぐに自分が今どこにいるかを思い出した。ドワーフ国の中層、少しだけ奮発した飯付きの宿屋だ。おかげで一文無し。
「そっか、ドワーフ国か。一瞬焦ったわ」
『人間ハ起床時、覚醒度ガ著シク低イ。生物学的ニ不可避ナ現象ダ』
アイの声は、相変わらず冷静だがどこか近くに感じられた。
ミーヴェルは重い体を引きずって窓際へ向かい、街を眺めた。昨日到着した時の喧騒――鉄を叩く音、蒸気の唸り、街全体の活気と比べれば、今はまだ静かだと言えた。
『現在時刻、午前六時。早朝故、稼働個体数ガ少ナイノダロウ。……早朝ノ覚醒ヲ利用シ、偵察結果ノ共有ヲ行ウ』
アイがそう告げると、ミーヴェルの視界に半透明のホログラムが展開された。アイの本体から直接、網膜に情報を流し込んでいるのだ。映し出されたのは、夜の間にアイが空中からスキャンした街の全景図だった。
「……うわ、上から見るとまたえげつないな」
『肯定。此ノ街ハ、旧人類ノ高層建築群ヲ「支柱」トシテ再定義サレテ居ル。最下層ハ巨大ナ溶鉱炉ト動力源。中層ハミーヴェルガ居ル居住区。ソシテ上層ハ……』
アイが投影する地図が、立体的に回転する。ビルとビルの間を、蜘蛛の巣のように網羅する無数の鉄橋。それらは単なる通路ではなく、すべてに巨大な蒸気パイプが併設されており、街全体が巨大な心臓のように脈打っているのが視覚的に理解できた。
『特ニ此ノ場所ハ、早急ナ訪問ヲ推奨ス』
「ん?」
アイが最後に指し示したのは、中層エリアの端、一際古びた巨大なビルの跡地だった。
「狩猟組合?」
ミーヴェルは聞き慣れない単語に首を傾げた。
「なんだそりゃ。……組合ってことは、なんかみんなで集まって、仲良く鉄でも叩く場所か?」
『否定。此ノ施設ノ起源ハ、旧人類時代ノ「賞金首制度」ニ有ルト推察スルガ……現在ハ変質シテ居ル。主ナ業務ハ、魔物ノ素材採取、及ビ市民カラノ簡易ナ雑用依頼ノ仲介ダ』
「……素材採取と、雑用? 随分と地味だな。もっとこう、派手な手配犯を追いかけるとかじゃないのかよ」
『派手ナ討伐案件ハ稀少ダ。現実ハ、街ノ外ヘ出テノ魔物討伐カラ路地裏ノ害虫駆除、特定部品ノ素材調達、ドワーフ工房ノ手伝イ等、泥臭イ日雇イ作業ガ大半ト算出ス』
アイは淡々と、夢のない現実的な数値を提示する。だが、そのホログラムの端に、ひときわ高い報酬額の項目を表示させた。
『加エテ、此ノ国特有ノ高難易度依頼トシテ、旧人類ノ遺構――即チ「ダンジョン」内部デノ遺物捜索ガ存在スル。……危険度ハ跳ネ上ガルガ、一獲千金ノ可能性モ否定出来ヌ』
「……遺物探しか、確かに地下って危険だもんなぁ。そこで人類の遺物が出ると。高く買い取ってくれるって訳か」
『肯定』
「……へぇ、いわゆる何でも屋か。いや……でも待てよ、アイ。じゃあ昨日、俺が銀貨二枚で素材を売ったあの工房は何なんだ? あそこも組合の一部だったのか?」
『回答。アソコハ恐ラク単ナル「民家兼工房」ダ。……昨日ノ取引ハ正規ルートデハナイ野良ノ売買ニ過ギナイ。本来、狩猟組合ニ登録シテ素材ヲ納品スレバ、素材代トハ別ニ「依頼達成金」トシテ追加報酬ガ得ラレル場合ガ多イ』
アイはホログラムで、昨日の取引とギルド経由の報酬の差をグラフにして見せた。
『即チ、昨日ノミーヴェルハ、正規ノ報酬ヲ全テドブニ捨テ、相場以下デ買イ叩カレタノト同義。……無知ガ、財布ノ寿命ヲ縮メタノダ』
「……う、うるせー! 最初から教えろよ!」
『当時ノ優先順位ハ、一刻モ早イ現金化デアッタト判断。……本日ハ、公式ナ信用ト適正価格ヲ得ル為、組合ヘノ登録ヲ推奨ス。……オオクハナイガエルフ、獣人ト思ワシキ種族モ確認シタ。狩人ガ集ウ此ノ街デ、貴様ノ様ナ身元不明者ガ活動スル為ノ唯一ノ隠レ蓑トナル』
「……へぇ、獣人か。それにエルフ、街の中じゃドワーフしか見てなかったけど、この国にもいたんだな。……よし、わかったよアイ。朝飯食ったら、すぐそこに行ってみようぜ。……昨日みたいに、またキノコが出てこないことを祈りながらな」
ミーヴェルは苦笑いしながら、モニターの情報を頭に叩き込んだ。
窓の外では、一番大きな蒸気パイプが「プシューッ!」とけたたましい音を立てて蒸気を吐き出し始めた。街が本格的に目覚める合図だ。




