14話 入国審査
「すごいなこりゃまた……」
荒野の果てに、その「山」はあった。
かつての高層ビル群がナノヘイズの侵食とドワーフたちの補強により、巨大な蟻塚のような城塞都市へと変貌を遂げている。ドワーフ国、鉄嶺の門前。
「遠くから見たら山だったけど、近くで見たら……マシン・マウンテンって感じだな!」
ミーヴェルは、門を守る重武装の衛兵たちの前で立ち止まった。
「(……おい、アイ。準備はいいか)」
『(肯定。既ニ「ステルスモード」ハ最適化済ミ。外部カラ、アイノ機体反応ハ検知不可能ダ)』
直接脳内越しにアイの声が響く。ミーヴェルの頭上には、不可視化したアイが重石のように居座っていた。
「(……なぁ、俺の頭、不自然に潰れてねーか?)」
『(却下。其レガ最モ効率的ナ随伴位置デアルト判断シタ)』
「(……お前、なんか急に頑固になったな……。)」
ミーヴェルは内心の動揺を押し殺し、腰のボロい鉄剣をわざと誇示するように歩を進めた。
「止まれ。……見ない種族だな。入国証か、紹介状はあるか?」
門番のドワーフが、蒸気を噴き出す重厚な槍を突きつける。先日遭遇したお嬢様の護衛たちよりもさらに年季の入った、ガチガチの職業軍人だ。その鋭い眼光が、ミーヴェルのボロ布のような装備と、ドワーフにしては「縦に長すぎる」身体を見定めている。
「……俺は魔人だ。旅の途中でこの『山』を見つけてな。驚いたぜ、まさか全部が人工物だったとはな。……怪しい者じゃない、通してくれ」
ミーヴェルは口角を上げ、敵対心がないことを示すように両手を軽く広げて見せた。だが、門番の表情は一切緩まない。
「魔人族? わざわざ地の果てのこんな場所にか。……お前のような小僧が、あの魔人だというのか?」
門番は疑わしげに鼻を鳴らすと、後ろを振り返り、別の兵士を呼び寄せた。
「おい。お前、以前魔人を見たことがあると言っていたな」
「はっ。一度だけ、国境付近で見かけたことがございます」
「こいつは魔人か?」
呼ばれた兵士が、値踏みするようにミーヴェルを凝視する。
「……見た目だけで言えば、このような姿の魔人もいたかとは。……ですが、奴らはその身に『禍々しい気配』を纏っているものです」
兵士の槍の先が、ミーヴェルの喉元へわずかに近づいた。
「おい、小僧。魔人と名乗るなら、その『証』を見せてもらおうか。……魔人ってのは魔法が得意なんだろ? 魔法が使えないドワーフに、是非とも拝ませてくれ。使えんようなひょろいガキを、魔人として通すわけにはいかんのでな」
『(……ミーヴェル、演出ノ時間ダ。……不気味ナ笑顔ヲ兵士ニムケロ)』
「(不気味な笑顔って何だよ!?)」
『(目ハ笑ッテ無イガ口角ヲ上ゲル。ソレガ「強者ノ余裕」トシテ最モ有効ダ)』
「(……最初からそう言ってくれ!)」
ミーヴェルは内心の冷や汗を押し殺し、指示通りに口角だけを吊り上げた。
人間に近い外見。だが、その瞳だけが虚空を見つめ、無感情に笑っている。その異質さに、ドワーフたちが一瞬怯んだ。
『(ナノヘイズ圧縮……座標固定。目前ノ個体二名。――射出)』
「「なっ……!?」」
ドサリ、と重苦しい音が響いた。
兵士たちは突如として、頭上から巨大な鉄槌で叩かれたような不可視の重圧に襲われた。
彼らが握っていた蒸気槍が地面にめり込み、膝がガクガクと震える。魔法の「詠唱」も「ナノヘイズの揺らぎ」も一切感知できない。ただそこに、理屈を超えた「抗えない力」が存在しているという事実。
ミーヴェルは重圧に悶える彼らを見下ろし、アイの指示を待たずに言葉を重ねた。
「……見せてやったぞ。何も争うためにやってきた訳じゃない。(――アイ、解除してくれ)」
『(了解)』
瞬時に重圧が霧散する。兵士たちは肺に酸素を送り込みながら、震える脚でどうにか立ち上がった。彼らの目には、先ほどの嘲笑は消え、得体の知れない存在への畏怖が宿っている。
「……力は、理解した。魔人というのは恐ろしい種族だな。……それで、目的は何だったか」
「観光だ。珍しい山があると思って見に来たんだよ」
「観光……? まあいい分かった。だがな、小僧。街の中での争い事は厳禁だ。もし問題を起こせば、即刻牢屋行きだ、分かったな?」
「……ああ、わかった」
ミーヴェルが不敵に頷くと、門番は少し態度を軟化させ、探るような目でこちらを見た。
「……一応、記帳のために名前を聞いておこう。お前の名は?」
「ミーヴェルだ」
「ミーヴェル、か。……ファミリーネームは無いのか? 『魔人国』の、それなりに高い地位の家柄だったりするなら、こちらとしてもそれ相応の対応が必要になるんだがな」
(地位? 家柄……?)
「……俺はアイザ――」
『(マテ、ミーヴェル、コウ返答セヨ。「名乗ル程ノ家柄デハナイ」ト答エルノガ、貴族ノ隠密旅トシテ最モ説得力ガアル)』
「(……?あぁそうか、わかった)」
「……ミーヴェル、それだけだ。名乗るほどの大層な家柄じゃない。ただの、しがない放浪者だよ」
ミーヴェルは鼻で笑って見せた。だがその「謙遜」が、門番たちには逆に「正体を隠して旅をする高貴な身分」という、さらなる誤解を確信させてしまう。
「……なるほどな。隠密の旅か、いいだろう。……では、入国税として銀貨二枚を」
「………………あ」
ミーヴェルの手が、腰の空っぽな革袋の上で止まった。
『(警告。ミーヴェル、現在ノ所持金ハ、依然トシテ「ゼロ」ダ)』
「(……っ、分かってるよ! でもどうしよう!)」
数秒前まで「高貴な魔人の子弟」を演じていた(つもりの)少年が、冷や汗を流して固まっている。門番は、そんなミーヴェルの様子を怪訝そうに見つめた。
「……どうした、魔人殿。まさか、銀貨二枚も持っていないのか?」
門番の疑いの眼差しが、ミーヴェルの頬を伝う冷や汗を際立たせる。絶体絶命――その時、アイの冷静な声が響いた。
『(ミーヴェル、ポケットノ中ヲ確認セヨ。地下鉄跡デ交換しシタ、旧型エネルギーセルガ入ッテイルハズダ)』
ミーヴェルは驚いて、思わず目に見えない頭上の相棒を仰ぎそうになった。
「(……おい、正気か!? それってお前のバッテリーだろ、そんな大事なもん渡しちまっていいのかよ!)」
『(アレハ経年劣化デ満充電シテモ初期容量ノ50パーセントモ充電デキナイ。アイニトッテハ交換済ミノ産業廃棄物、即チただのゴミに過ギナイ。……ダガ、此ノ時代ノ技術水準カラ見レバ、ソレデモ「過剰ナエネルギー源」トシテ観測サレル)』
「(ゴミって……。お前がそう言うならいいけどよ……)」
一瞬、ミーヴェルは懐の袋に詰めた「トカゲの角と鱗」に手をかけようとした。だが、すぐに思い直す。
アイですら「価値不明」と言ったシロモノだ。もしドワーフにとって価値のないガラクタだったら、今の「高貴な魔人」というハッタリが台無しになる。
(……得体の知れないトカゲの角を出して失笑されるよりは、アイの言った『ゴミ』を信じる方がマシか)
ミーヴェルは半信半疑のまま、ポケットの奥に転がっていた、銀色の円筒を取り出した。表面はくすみ、細かな傷があるが、どこか神聖な輝きを宿しているようにも見える。
「……フン、銀貨なんて持ち歩くわけないだろ。……これでどうだ?」
ミーヴェルは「アイの一部を売る」という罪悪感を押し殺し、あえて面倒そうにそのセルを門番の手のひらに放り投げた。
「……あ? なんだこの、ただの鉄屑は――」
門番が怪訝そうにそれを手にした、その瞬間。
彼が腰に下げていたナノヘイズ検知器の針が、聞いたこともないような異音を立てて右端に叩きつけられた。
「ッ!? 待て、なんだ……このエネルギー反応は!?」
「おい、貸してみろ! ……馬鹿な。外装はボロボロだというのに、封入密度が現代の最高級蓄電池の数百倍だと……!? 構造も全く読み取れん。おい、これ、まさか『黄金時代』の純正パーツか!?」
門番たちの顔色が「畏怖」から、職人特有の「狂熱」へと一変した。
半分死んでいる電池ですら、彼らの文明にとっては歴史を動かすほどのロストテクノロジー。彼らは拝むようにその「ゴミ」を凝視している。
「……足りないか?」
ミーヴェルが冷たく問いかける。門番は震える手でセルを握りしめ、慌てて門を開ける合図を出した。
「た、足りるどころか……! 釣りは出せんぞ、いいな!? ……おい、開けろ! 魔人様のお通りだ!」
ギィィィ……と、巨大な鋼の門がゆっくりと左右に分かれる。
蒸気と油の匂いが混じった熱風が吹き抜け、ミーヴェルの眼前に「鉄嶺」の街並みが広がった。
「(……おい、アイ。あいつら拝むような顔してたぞ。本当によかったのかよ)」
『(当然ダ。アイノ旧型部品ガ、原始的ナ文明ノ発展ニ寄与スル事象ハ計算内ダ。……ソレヨリ、ミーヴェル。今ノ取引デ貴様ハ「金持ちの魔人」トシテ完全ニマークサレタ。……迅速ニ装備ヲ整エ、潜伏スル場所ヲ確保セヨ)』
「……言うのは簡単だよな、ったく」
一文無しから一転、アイのゴミを持ち歩く「謎の富豪魔人」として、ミーヴェルはついにドワーフの国へと足を踏み入れた。




