表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/19

14話 入国審査


 「すごいなこりゃまた……」


 荒野の果てに、その「山」はあった。

 かつての高層ビル群がナノヘイズの侵食とドワーフたちの補強により、巨大な蟻塚のような城塞都市へと変貌を遂げている。ドワーフ国、鉄嶺てつれいの門前。


 「遠くから見たら山だったけど、近くで見たら……マシン・マウンテンって感じだな!」


 ミーヴェルは、門を守る重武装の衛兵たちの前で立ち止まった。


 「(……おい、アイ。準備はいいか)」

 『(肯定。既ニ「ステルスモード」ハ最適化済ミ。外部カラ、アイノ機体反応ハ検知不可能ダ)』

 

 直接脳内越しにアイの声が響く。ミーヴェルの頭上には、不可視化したアイが重石のように居座っていた。

 

 「(……なぁ、俺の頭、不自然に潰れてねーか?)」

 『(却下。其レガ最モ効率的ナ随伴位置デアルト判断シタ)』

 「(……お前、なんか急に頑固になったな……。)」


 ミーヴェルは内心の動揺を押し殺し、腰のボロい鉄剣をわざと誇示するように歩を進めた。


 「止まれ。……見ない種族だな。入国証か、紹介状はあるか?」

 

 門番のドワーフが、蒸気を噴き出す重厚な槍を突きつける。先日遭遇したお嬢様の護衛たちよりもさらに年季の入った、ガチガチの職業軍人だ。その鋭い眼光が、ミーヴェルのボロ布のような装備と、ドワーフにしては「縦に長すぎる」身体を見定めている。


 「……俺は魔人だ。旅の途中でこの『山』を見つけてな。驚いたぜ、まさか全部が人工物だったとはな。……怪しい者じゃない、通してくれ」


 ミーヴェルは口角を上げ、敵対心がないことを示すように両手を軽く広げて見せた。だが、門番の表情は一切緩まない。


 「魔人族? わざわざ地の果てのこんな場所にか。……お前のような小僧が、あの魔人だというのか?」

 

 門番は疑わしげに鼻を鳴らすと、後ろを振り返り、別の兵士を呼び寄せた。


 「おい。お前、以前魔人を見たことがあると言っていたな」

 「はっ。一度だけ、国境付近で見かけたことがございます」

 「こいつは魔人か?」


 呼ばれた兵士が、値踏みするようにミーヴェルを凝視する。


 「……見た目だけで言えば、このような姿の魔人もいたかとは。……ですが、奴らはその身に『禍々しい気配』を纏っているものです」

 

 兵士の槍の先が、ミーヴェルの喉元へわずかに近づいた。


 「おい、小僧。魔人と名乗るなら、その『証』を見せてもらおうか。……魔人ってのは魔法が得意なんだろ? 魔法が使えないドワーフに、是非とも拝ませてくれ。使えんようなひょろいガキを、魔人として通すわけにはいかんのでな」

 『(……ミーヴェル、演出エフェクトノ時間ダ。……不気味ナ笑顔ヲ兵士ニムケロ)』

 「(不気味な笑顔って何だよ!?)」

 『(目ハ笑ッテ無イガ口角ヲ上ゲル。ソレガ「強者ノ余裕」トシテ最モ有効ダ)』

 「(……最初からそう言ってくれ!)」


 ミーヴェルは内心の冷や汗を押し殺し、指示通りに口角だけを吊り上げた。

 人間に近い外見。だが、その瞳だけが虚空を見つめ、無感情に笑っている。その異質さに、ドワーフたちが一瞬怯んだ。

 

 『(ナノヘイズ圧縮……座標固定。目前ノ個体二名。――射出)』

 「「なっ……!?」」

 

 ドサリ、と重苦しい音が響いた。

 兵士たちは突如として、頭上から巨大な鉄槌で叩かれたような不可視の重圧に襲われた。

 彼らが握っていた蒸気槍が地面にめり込み、膝がガクガクと震える。魔法の「詠唱」も「ナノヘイズの揺らぎ」も一切感知できない。ただそこに、理屈を超えた「抗えない力」が存在しているという事実。

 ミーヴェルは重圧に悶える彼らを見下ろし、アイの指示を待たずに言葉を重ねた。


 「……見せてやったぞ。何も争うためにやってきた訳じゃない。(――アイ、解除してくれ)」

 『(了解)』

 

 瞬時に重圧が霧散する。兵士たちは肺に酸素を送り込みながら、震える脚でどうにか立ち上がった。彼らの目には、先ほどの嘲笑は消え、得体の知れない存在への畏怖が宿っている。


 「……力は、理解した。魔人というのは恐ろしい種族だな。……それで、目的は何だったか」

 「観光だ。珍しい山があると思って見に来たんだよ」

 「観光……? まあいい分かった。だがな、小僧。街の中での争い事は厳禁だ。もし問題を起こせば、即刻牢屋行きだ、分かったな?」


 「……ああ、わかった」


 ミーヴェルが不敵に頷くと、門番は少し態度を軟化させ、探るような目でこちらを見た。


 「……一応、記帳のために名前を聞いておこう。お前の名は?」

 「ミーヴェルだ」

 「ミーヴェル、か。……ファミリーネームは無いのか? 『魔人国』の、それなりに高い地位の家柄だったりするなら、こちらとしてもそれ相応の対応が必要になるんだがな」

 

 (地位? 家柄……?)

 

 「……俺はアイザ――」

 『(マテ、ミーヴェル、コウ返答セヨ。「名乗ル程ノ家柄デハナイ」ト答エルノガ、貴族ノ隠密旅トシテ最モ説得力ガアル)』

 「(……?あぁそうか、わかった)」

 「……ミーヴェル、それだけだ。名乗るほどの大層な家柄じゃない。ただの、しがない放浪者だよ」

 

 ミーヴェルは鼻で笑って見せた。だがその「謙遜」が、門番たちには逆に「正体を隠して旅をする高貴な身分」という、さらなる誤解を確信させてしまう。

 「……なるほどな。隠密の旅か、いいだろう。……では、入国税として銀貨二枚を」

 「………………あ」

 

 ミーヴェルの手が、腰の空っぽな革袋の上で止まった。


 『(警告。ミーヴェル、現在ノ所持金ハ、依然トシテ「ゼロ」ダ)』

 「(……っ、分かってるよ! でもどうしよう!)」

 

 数秒前まで「高貴な魔人の子弟」を演じていた(つもりの)少年が、冷や汗を流して固まっている。門番は、そんなミーヴェルの様子を怪訝そうに見つめた。


 「……どうした、魔人殿。まさか、銀貨二枚も持っていないのか?」


 門番の疑いの眼差しが、ミーヴェルの頬を伝う冷や汗を際立たせる。絶体絶命――その時、アイの冷静な声が響いた。


 『(ミーヴェル、ポケットノ中ヲ確認セヨ。地下鉄跡デ交換しシタ、旧型エネルギーセルガ入ッテイルハズダ)』


  ミーヴェルは驚いて、思わず目に見えない頭上の相棒を仰ぎそうになった。

 「(……おい、正気か!? それってお前のバッテリーだろ、そんな大事なもん渡しちまっていいのかよ!)」

 『(アレハ経年劣化デ満充電シテモ初期容量ノ50パーセントモ充電デキナイ。アイニトッテハ交換済ミノ産業廃棄物、即チただのゴミに過ギナイ。……ダガ、此ノ時代ノ技術水準カラ見レバ、ソレデモ「過剰ナエネルギー源」トシテ観測サレル)』

 「(ゴミって……。お前がそう言うならいいけどよ……)」

 

 一瞬、ミーヴェルは懐の袋に詰めた「トカゲの角と鱗」に手をかけようとした。だが、すぐに思い直す。

 アイですら「価値不明」と言ったシロモノだ。もしドワーフにとって価値のないガラクタだったら、今の「高貴な魔人」というハッタリが台無しになる。


(……得体の知れないトカゲの角を出して失笑されるよりは、アイの言った『ゴミ』を信じる方がマシか)


 ミーヴェルは半信半疑のまま、ポケットの奥に転がっていた、銀色の円筒を取り出した。表面はくすみ、細かな傷があるが、どこか神聖な輝きを宿しているようにも見える。


 「……フン、銀貨なんて持ち歩くわけないだろ。……これでどうだ?」

 

 ミーヴェルは「アイの一部を売る」という罪悪感を押し殺し、あえて面倒そうにそのセルを門番の手のひらに放り投げた。

 

 「……あ? なんだこの、ただの鉄屑は――」

 

 門番が怪訝そうにそれを手にした、その瞬間。

 彼が腰に下げていたナノヘイズ検知器の針が、聞いたこともないような異音を立てて右端に叩きつけられた。

 

 「ッ!? 待て、なんだ……このエネルギー反応は!?」

 「おい、貸してみろ! ……馬鹿な。外装はボロボロだというのに、封入密度が現代の最高級蓄電池の数百倍だと……!? 構造も全く読み取れん。おい、これ、まさか『黄金時代』の純正パーツか!?」

 

 門番たちの顔色が「畏怖」から、職人特有の「狂熱」へと一変した。

 半分死んでいる電池ですら、彼らの文明にとっては歴史を動かすほどのロストテクノロジー。彼らは拝むようにその「ゴミ」を凝視している。


 「……足りないか?」

 

 ミーヴェルが冷たく問いかける。門番は震える手でセルを握りしめ、慌てて門を開ける合図を出した。


 「た、足りるどころか……! 釣りは出せんぞ、いいな!? ……おい、開けろ! 魔人様のお通りだ!」

 

 ギィィィ……と、巨大な鋼の門がゆっくりと左右に分かれる。

 蒸気と油の匂いが混じった熱風が吹き抜け、ミーヴェルの眼前に「鉄嶺」の街並みが広がった。


 「(……おい、アイ。あいつら拝むような顔してたぞ。本当によかったのかよ)」

 『(当然ダ。アイノ旧型部品ガ、原始的ナ文明ノ発展ニ寄与スル事象ハ計算内ダ。……ソレヨリ、ミーヴェル。今ノ取引デ貴様ハ「金持ちの魔人」トシテ完全ニマークサレタ。……迅速ニ装備ヲ整エ、潜伏スル場所ヲ確保セヨ)』

 「……言うのは簡単だよな、ったく」

 

 一文無しから一転、アイのゴミを持ち歩く「謎の富豪魔人」として、ミーヴェルはついにドワーフの国へと足を踏み入れた。


 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ