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13話 魔人の冠

 

 「私は、反対です」


 その声は、広大な会議室の空気を一瞬で凍りつかせた。

 発言の主は、肩まで伸ばした燃えるような赤髪を持つ女性だ。その鮮やかすぎる髪の色とは裏腹に、彼女の眼差しは冷徹な氷の刃そのものだった。

 

 「……気持ちは分かる、アイザック博士。だがな、隣国に後れを取るなと、大統領も仰せなのだよ。あちらの実証実験テストによる遺伝子適合率は、我が国を遥かに凌駕している。このままでは国防の均衡が崩れる」


 円卓の向かいに座る年配の男が、苦渋を滲ませた顔でホログラム資料を指し示す。そこには、人道的とは言い難いスピードで更新される実験データと、それを裏付ける夥しい数の被験者リストが並んでいた。


 「理解に苦しみますね。男の闘争本能ほど不毛なものはありません。それにあちらは、どこから買い取ったかも分からぬ罪なき孤児や浮浪者を、文字通り『使い潰して』データを集めている。……遺伝子を弄くり回して、将来的に種としてどんな弊害が出るかも分からないというのに。そんな目先の成果に目が眩んだ『実証実験』など、正気の沙汰とは言えません。科学への冒涜です」


 彼女は吐き捨てるように言い放ち、手元の端末に自国の管理リストを表示させた。


 「我が国には、既に法に基づいたリソースがあります。……実験体は、執行を待つ死刑囚のみ。それがこのプロジェクトの絶対条件です。得体の知れない突然変異の種を、罪なき子供にまで植え付けるような隣国の無策に合わせる必要など、どこにもありません」

 「……しかし博士、それでは検体数が絶対的に足りんのだ。統計的な有意性を得るには、あと数千のサンプルが――」

 「数が必要なら、静観していればいいのです。あちらが制御不能なバグに飲まれて自滅するのを待ってから、その無残な結果を拾い集めるのが最も効率的かつ安全な戦略です」

 

 彼女は冷たく言い捨て、視線を窓の外、灰色の空が広がる摩天楼へと向けた。

 科学の発展のためなら、死刑囚の命を削ることにも、隣国の自滅を待つことにも躊躇はない。だが、その一線だけは――未知の恐怖を、未来ある子供たちに背負わせることだけは、彼女の矜持が許さなかった。

 

 ◇


 「……なぁアイ。前方百メートル、あの岩陰。何か動いたよな?」


 ミーヴェルは足を止め、腰のホルダーに手をかけた。乾燥した空気の中に、僅かに獣臭が混じる。


 『熱源反応、確認。個体識別――クロウラー変異種。強襲ニ注意セヨ、ミーヴェル』

 「アイツ、意外と美味いんよなっ!」

 

 ミーヴェルが地を蹴り、横に跳ぶ。直後、彼がいた場所を巨大なトカゲの顎が虚しく噛み砕いた。金属のような光沢を持つ鱗が、陽光を反射してぎらついている。

 『助言。外殻、高硬度。左前脚、関節部ノ隙間ガ脆弱。アイガ攪乱光ヲ放射スル。カウント、三、二、一――実行』


 ミーヴェルの頭上、何もない空間から網膜を焼くような閃光が爆発した。トカゲが悲鳴を上げ、視覚を奪われた隙に、ミーヴェルは泥を蹴って懐へ潜り込む。


 「おおぉぉっ!」

 

 アイの指示通り、装甲の継ぎ目に鉄剣を深々と突き立てる。トカゲは短い痙攣の後、動かなくなった。


 「ふぅ……。よし、アイ。こいつのどこが売れるんだ? 角か? 皮か? それともこの目玉か? ……肉は貰っていいよな? こいつ、変異種だけどどんな味がするんだろうな。普通のクロウラーは鶏肉っぽかったけど」

 『回答。不明。アイノ記録データベースニ、現文明ノ市場価値ニ関スル指標ハ存在シナイ。……タダシ、ソノ角ハ高密度ナ鉱石成分ヲ含有。武器トシテノ硬度ハ十分ダ』

 「武器になるなら、売れる可能性は大だな! ドワーフなら、このキモい鱗だって『珍しい素材だ!』とか言って通貨に変えてくれるかもな!」


 ミーヴェルは期待を込めて、手当たり次第にトカゲの角を叩き折り、硬そうな鱗を数枚剥ぎ取って、無理やり懐の袋に詰め込んだ。


 「よし。とりあえず全部持っていこうぜ。塵も積もればなんとやら、だ」

 『推測。非合理的。重量増加ニヨル疲労蓄積ト、期待収益ノ均衡ガ取レナイ。……ミーヴェル、移動ヲ再開セヨ』

 「まぁそうあわてるなアイ」

 アイの呆れたような無機質な声を気にすることなく、ミーヴェルは「お宝お宝」とニコニコしながら、重くなった袋を担いで歩き出した。



 ◇



 「……なぁアイ。俺、思ったんだけど」

 

 乾いた風が吹き抜ける荒野。歩き始めて早数時間。

 途中、休憩を挟んで獲れたてのトカゲの肉を平らげた。変異種の肉は少しピリリと電気のような刺激があったが、噛めば噛むほど濃厚な脂が溢れ出し、空腹の腹には最高のご馳走だった。

 しりとりやクイズもやり尽くし、ミーヴェルは枯れ果てた退屈の中にいた。不意に、ミーヴェルは頭上に鎮座する「見えない重み」――ステルスモードで自らの頭を台座にしているアイに声をかけた。


 「お前みたいな奴、ドワーフ国にもいるのか? あいつら古い遺物を改造して道具にしたりしてるんだろ?もしお前の正体がバレたら、めちゃくちゃ注目されるんじゃねーか?」

 『推測。ドワーフ国ニ於イテ、アイと同等ノ自律思考機能ヲ有スル個体ガ存在スル確率ハ、〇・〇〇〇一パーセント未満ダ。アイノ存在ハ、彼ラニトッテ「神話」或イハ「究極ノ設計図」ト同義デアルト推察サレル』

 「……。それってつまり、門を潜った瞬間、俺はそっちのけでお前をバラバラにしようとする奴らに囲まれるってことか?」

 『否定。恐ラク、アイガ解体サレル前ニ、ミーヴェルガ「国宝級ノ宝ヲ持ッタ無力ナ赤子」トシテ捕縛サレル確率ノ方ガ極メテ高イ』

 「おい、不吉なこと言うなよ! ……はぁ。お前、便利だけど目立ちすぎなんだよ。存在が歩くトラブルの種じゃねーか」


 ミーヴェルが顔をしかめると、耳元にアイの声が響く。


 『肯定。ドワーブ種ノ好奇心ハ他者ノ生存リスクヘト直結スル。……ソノ為、ミーヴェル。此処ヨリ先モ、アイハ継続シテ不可視化ステルスモードヲ維持スル』

 「ああ、さっきの戦闘みたいに消えててくれりゃ助かるよ。……けどよ、アイ。お前が消えても、俺が人間だってバレたら結局騒ぎになるんじゃねーか?」

 『合理的ナ懸念ダ。ソコデ、追加ノ提案ガアル。此処ヨリ先、ミーヴェルノ種族設定ハ魔人ト定義セヨ』

 「マジン……? なんだよそれ、聞いたことねぇぞ」

 『解説。魔人トハ、ナノヘイズ適合種ノ一系ダ。突然変異的ナ進化ヲ遂ゲタ種族デ、外見ハ人間トノ差異ガ少ナイ。……今ノ時代、「人間」ト名乗レバ研究対象トナルガ、「魔人」デアレバ警戒ハサレドモ、異常事態トハ見做サレナイ』

 「……なるほどな。お前が隠れて攻撃して、俺が『魔人の力だ』って言い張れば、それっぽく見えるってわけか」

 『肯定。アイガ不可視ノ状態カラ貴様ノ挙動ニ合ワセテ演出(エフェクト)ヲ実行スル。忘レルナ、貴様ハ強大ナ力ヲ持ツ魔人ダ。堂々ト歩ケ』

 「へぇ、魔人ね……。まぁいいよ。そもそも人間なんて、俺以外はもう絶滅してるだろうしな」


 ミーヴェルは自嘲気味に笑った。自分が生き残った最後のサンプルであることを、アイの説明は冷酷に突きつけてくる。


 「……まぁいいか。さて。じゃあ行くか」


 一人と一機(頭上)は、ついに巨大な鋼の山の麓、複雑な蒸気を吐き出すドワーフ国の巨大な玄関口へと差し掛かる。その門の向こうには、彼らが想像もしなかった旧人類の残響が待ち受けている。


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