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12話 お約束



 「……それにしても金稼ぎって具体的に何をすればいいんだ? 俺、商売なんてしたことないぞ」


 荒野を歩きながら、ミーヴェルは切実な疑問を投げかけた。ドワーフの国が近づくにつれ、現実味を帯びてきた「一文無し」という壁。外の世界では「対価」がなければ、今夜の寝床すら怪しい。

 アイは、レンズの光を細かく明滅させながら、過去の膨大なログを検索し始めた。


 『提案。魔物ノ素材、及ビ遺物ノ回収ダ。……現在ノ本体ガマダ「アークポッド」ノ周辺調査ノミヲ任務トシテイタ頃ノ記録ヲ参照スル』

 「ああ」

 『当時、アイハ此ノ周辺ニ分布スルドワーフ種ノ行動ヲ数多ク観測・記録シタ。彼ラハ、ナノヘイズニ汚染サレ、狂暴化シタ魔物ヲ狩リ、体内に形成サレタヘイズ結晶ヲ丁重ニ持チ帰ッテイタ』


 アイのレンズからホログラムが投影される。そこには、数人のドワーフが巨大な死骸をソリで運ぶ姿が映っていた。


 『更ニ、彼ラハ旧文明ノ遺構カラ掘リ出シタ部品ニモ高イ価値ヲ見出シテイタ。恐ラク、主要ナ経済活動ハ素材ノ納入ト遺物ノ売買ダト推測サレル』

 「なるほど。道中のエコーや魔物をブチのめして、死体から素材を剥ぎ取ればいいわけか。ついでにそこらの変な機械も拾えば、金になるんじゃねぇか?」

 『合理的ナ帰結ダ。ミーヴェルノ戦闘能力ト、アイノ高精度スキャン機能、ソシテ今回ノアップデートデ解禁サレタ「ナノヘイズ固体化」ヲ組み合わせレバ、効率的ナ小遣イ稼ギガ可能ダ』

 「はっ、小遣い稼ぎなんてレベルじゃねーよ。宿代と、美味い肉……あと、まともな武器。全部ひっくるめて、ゲットだぜ!」


 ミーヴェルは自嘲気味に笑いながら腰の鉄剣を叩いた。だが、ふと脳裏に昨日別れたあのエルフの少女の言葉がよぎる。


 「……そういえば、ラキの奴『ドワーフは横に長くて、ナノヘイズをガブガブ飲む連中!』なんて言ってたよな。そんな奴らとまともに商売なんて成立するのか……?」

 『補足。個体ラキノ証言ハ、完全ナ虚偽デハナイ。ドワーフ種ノナカニハソノヨウナ種モ存在スル。タダシ其レハ全人口ノ三割ニ満タナイ。……現在、前方300メートルデ交戦中ノ個体ラハ、ドワーフ種二分類サレルガソノ類デハナイ』

 「……アイ。今なんてった?」


 アイの警告と同時に、高架下の影から激しい金属音と何かが弾ける音が響いた。


 「クソッ、キリがねぇ! オイ、馬車」を死守しろ! 弾が切れたら鉄塊だ!」


 そこでは、数人のドワーフが蜘蛛型の魔物の群れを相手に円陣を組んでいた。リーダー格の男が、無骨な短銃を放つ。ドワーフは鍛造の際、自らナノヘイズを飲み込み、その身を触媒としてヘイズの特性を武器に定着させる。その一撃は、魔物の強固な外殻を容易く貫き、内側から爆砕させる圧倒的な破壊力を秘めていた。


 「……! なんだあの武器、めちゃくちゃカッコいいな!」


 魔法とは違う重厚な機械仕掛け。ボロい鉄剣一本のミーヴェルにとって、その短銃はあまりに魅力的に映った。


 『却下。忘レタノカ。ミーヴェルニ飛ビ道具ノ才能ハ、分子レベルデ存在シナイ』

 「あ? なんだよ却下って、まだなんも言ってないだろ?それにあんなの狙って引き金を引くだけだろ。弓より簡単そうだぞ?」

 『反論。アークポッドナイデノ記録ヲ参照。ミーヴェルガディア放ッタ矢ハ、標的ノ三メートル右ヲ通過シ、挙句ノ果テニ無関係ナ岩ニ当タッテ跳ネ返リ、自分ノ足元ニ刺サッタ。意味ガワカラナイ。命中率、計測不能。ミーヴェルガ銃ヲ持テバ、敵デハナク味方ヤ自分ヲ撃チ抜ク確率ガ九十八パーセントヲ超エル』

 「……っ、あれは風が強かったんだよ‥‥」

 『嘘ヲ吐クナ。アノ時ハ無風ダッタ。……ミーヴェルハ大人シクアイノ演算サポートヲ受ケナガラ、ソノ鉄棒モシクワ近接武器デ届ク範囲ノ敵ダケヲ殴ル事ヲ強ク推奨』

 「……。あー、もういいもういい!」


 アイの容赦ない事実陳列(トラウマの蒸し返し)に、ミーヴェルは顔を真っ赤にしながら、短銃への未練を強引に振り切った。

 

 『其レヨリ、救助ニ向カエバ「恩義」トイウ名ノ報酬ヲ獲得デキル可能性ガ高イ。……ミーヴェル、此処ガ稼ギ時ダゾ』

 「……分かってるよ! 」


 ミーヴェルが鉄剣を引き抜き駆け出そうとしたその時、隣に浮いていたアイの姿が背景に溶け込んで完全に消失した。


 「……は? おい、アイ!? どこ行った!」

 『「ステルスモード」ダ。初期実装機能ダガ、今マデハ秘匿ノ必要性ガナカッタタメ使用シテイナカッタ。ドワーフ国周辺デハ、目立ツノハ得策デハナイ』

 

 声だけが虚空から響き、ミーヴェルの頭にアイが着地したような重みが加わる。


 『固体化、射出――』


 姿を見せぬアイが放つ翠の礫が、魔物の外殻を粉砕する。ドワーフたちが驚愕する中、ミーヴェルは一気に間合いを詰めた。不可視の支援を受け、少年が一人で魔物を圧倒するその光景は、ドワーフの目には不気味な「武」の極致として映った。

 

 戦闘はあっけなく終わった。


 「ふぅ……。さて、おっさん。怪我はねーか?」


 ミーヴェルが剣を収めて声をかけるが、返ってきたのは不機嫌そうな唸り声だった。


 「――おい、誰がおっさんだ。俺たちはまだ二十五だぞ」


 リーダー格の男が煤けた顔で睨み返す。がっしりした体格のせいで老けて見えたが、彼らは選抜された若手戦士だった。


 「だいたい、お前……見慣れない剣術だな。どこの部隊だ? それに今の妙な飛礫は――」


 男が詰め寄ろうとしたその時、背後の馬車の扉が重々しく開き、一人の女性が姿を現した。

 その瞬間、男たちの空気が瞬時に引き締まった。彼らは咄嗟に背筋を伸ばし、一歩退いて頭を下げる。


 「お嬢様! ご無事ですか!」


 現れたのは、ひときわ小柄な、だが凛とした空気を纏った女性だった。ラキの偏見を打ち砕く理知的な顔立ち。彼女が地面に足を下ろすと、周囲の喧騒が静まり返る。

 彼女は周囲を一度見渡し、最後にミーヴェルへ視線を止めた。


 「あら……。助けてくれたのね」


 上品に微笑み服の裾を払うと、彼女は手際よく馬車の取っ手を握り直した。


 「それじゃあ、私、急いでるから。……ほら、貴方たち。いつまで呆けているの? いくわよ」

 「はっ! 了解いたしました!」

 「……お、おい!」


 ミーヴェルが呼び止める間もなく、軽快な速度で遠ざかっていく。


 「……おい、アイ。今、なんて言った?」

 『解析。迅速ニ離脱シタト判断。……ミーヴェル、彼女ハ一度モ懐ニ手ヲ伸バサナカッタ』

 「お礼の………言葉も…無し…だと……!?話が違うじゃないかアイ!?えっなんで!? あんなにお偉いさんっぽかったのに、通貨ってやつ一枚もなしかよ!これ定番のお約束って奴じゃねえの!?」

 『…………。現在ノ所持金、依然トシテ「ゼロ」』

 「……ちくしょう!どいつもこいつも適当なこと抜かしやがって……!」

 

 変わらず一文無しのまま、ミーヴェルはさらに重くなった足取りで再び歩き出した。ドワーフ国への道のりは、想像以上に世知辛いものになりそうだった。





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