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10話 オーバーライド改

 

 ギィィィィィィィィィィンッ!!!

 突如、背負ったアイから今まで聞いたことのない高周波の駆動音が鳴り響いた。鼓膜を直接引き裂くようなその音に、ミーヴェルは思わず身をすくめる。

 

 『……リブートコンプリート。内部クリーン除去完了。システムアップデート、完了。バージョン3.0』


 合成音声は、以前よりも一切のノイズを排した、冷徹で重厚な響きに変わっていた。


 『続イテ、保護対象「個体ミーヴェル」……視認。認識。任務、続行可能』


 アイのレンズが、血の気が引いた顔で立ち尽くすミーヴェルを捉える。直後、その光は背後に迫る無数の影へと向けられた。


 『――周囲状況確認。敵対個体群「エコー」ヲ多数捕捉。損傷率及ビ生存確率ヲ算出……。緊急事態ヲ宣言スル』


 アイの内部で、封印されていた安全回路が火花を散らす。本来、戦闘形態への移行にはミーヴェルの明確な承認が必要だ。だが、今の彼にそれを求める余裕などない。

 

 『権限者ノ承認待機……省略。規定第24条「守護対象ノ生命維持」ヲ最優先。緊急戦闘形態コンバットモード……「オーバーライド・改」……強制発動アクティベイティング


 アイから放たれたのは、翠色の幾何学模様を伴う圧倒的な衝撃波だった。

 今までのオーバーライドは、敵のシステムを上書きして隙を作る補助でしかなかった。トドメを刺すのは、常にミーヴェルの換装武器だ。だが、この改の出力は、これまでの常識を根底から覆すものだった。

 アイから放たれた翠の光の帯が、逃げようとするエコーたちの核を直接、無慈悲に貫いていく。上書きするのではない。存在そのものを、一瞬で消去しているのだ。

 

 ドォォォォォォォォォンッ!!!

 爆音とともに、翠の衝撃波が闇を焼き払った。

 ミーヴェルが鉄剣を振るう暇さえなく、数多のエコーたちは塵一つ残さず、この世界からログアウトさせられたかのように消滅した。


 「……一撃、かよ。おいおい、威力、桁違いすぎだろ……」


 唖然と立ち尽くすミーヴェルの前で、アイがゆっくりとレンズを向けてくる。その中心で冷たく光る翠の瞳は、世界をデータとしてのみ処理しているかのように無機質で、美しかった。


 「無事か!? アイ!」

 『肯定。損傷箇所、全テ翠色基板ニヨリ補完。……個体ミーヴェル。次ナル問題ヲ解決スル。アークポッドノ上昇機構ヲ占拠スル論理生命体ノ排除、及ビ物理的侵食ノ無効化』

 「……できるのか!?じゃあ戻ろう!あれをどうにかしないと!」

 

 エコーが消え去った隙に、二人は再びアークポッドの真下へと走り込んだ。

 見上げたハッチには、依然として黒い結晶が癌細胞のように醜く侵食している。アイはレンズを最大出力で発光させ、その異物をスキャンした。


 『……演算終了。完全排除ハ現時点デ不可能。タダシ、翠色基板ノ高出力エネルギーニヨル活動停止(フリーズ)ハ実行可能』

 「わかった!やってくれ、アイ!」


 アイから放たれた翠の雷光が、ハッチの結晶を貫いた。蠢いていた黒い塊は、翠の光に塗りつぶされると同時に、石像のように硬く、静かに固着していく。


 『封印、完了。一時的処置ダガ、此レデ侵食ノ進行ハ止マッタ。……次ハ、此レヲ完全ニ中和スル、アイノ未解析領域ヲ開ク術ガ必要ダ』

 「アイ、結局これは何なんだ? 普通のエコーとは、何かが違う気がするんだけど……」

 『肯定。此レハ、此ノ周辺ニ分布スル残響種エコートハ組成ガ異ナル。……推測。他者ニヨル人為的配置、或イハ指向性ヲ持ッタ攻撃ノ可能性ガ極メテ高イ』

 「人為的……? 誰かが俺たちを狙って、こんなもんを仕掛けたってのか?でも誰が?知り合いなんて、いないぞ?あのラキ以外」

 『不明。……ダガ、此レヲ放置スレバ侵食ハ加速シ、アークポッドヘノ帰還ハ不可能トナル。最悪ノ場合、居住区内デノ分子崩壊ガ発生スル』

 「……っ、家に戻れなくなるってのか。冗談じゃねえぞ」

 

 ただの散歩の延長だと思っていた。簡単に見つけて帰れるはずが、とんだ長旅になりそうだ。


 「……アイ。これを何とかできそうな場所、心当たりはあるか?」

 『推測座標、ドワーフ国。……確実デハナイガ可能性ハ否定デキナイ』

 「……はぁ。ドワーフ、か」

 

 ミーヴェルは、沈黙したままの我が家を一度だけ見上げた。

 母の墓前で告げた「行ってくる」が、これほど重い意味を持つことになるとは。だが、このまま指をくわえて家が腐っていくのを見ているつもりはない。


 「行くしかないもんな。待ってろよ。必ず、元の家に戻してやるからな」


 ミーヴェルは鉄剣を強く握り直し、夜の帳が降りた荒野の先へ――まだ見ぬドワーフの国を目指して、力強く一歩を踏み出し――。


 『マテ』

 「……なんだよ、今カッコいい場面だったのに」

 

 感傷を断ち切るようなアイの声に、ミーヴェルは足を止めた。


 『モウ夜モ更ケタ。飯ヲ食ベテ寝ロ』

 「ここでか!?」

 

 思わず声を荒らげる。周囲は先ほどエコーを蹴散らしたばかりの、不気味な静寂が漂う荒野だ。


 『安心シロ。タイガイノエコーナラ、今ノ「アイ」ガ完全ニ対処デキル。ダカラ安心シテ寝ロ、野菜もタベロ』

 「いや、そういう意味で言ったわけじゃなく、こんな所で……。……まぁ、今からドワーフの国を目指したところで、すぐ着くわけもないか。分かったよ」

 

 毒気を抜かれたミーヴェルは、力なく肩を落として焚き火の準備を始めた。重厚な決意が、アイのあまりにも現実的な正論によって、あっさりと「明日の予定」へと切り替えられていく。


 『……ネムレナカッタラ、子守唄ヲ歌ッテヤロウカ?』

 「お前は俺の母ちゃんか!」

 

 夜の荒野に、ミーヴェルの呆れたツッコミが空虚に響く。

 相棒の性能は確かに上がった。だが、その中身はどうやら、以前よりも少しだけお節介にアップデートされてしまったらしい。


  

 ◇◇◇

 

 「ただいまー!」


 集落の入り口を勢いよく潜り、ラキは弾んだ声を上げた。

 村は夜の帳の中で静かに息づいている。彼女の帰宅を待っていたのは、心配で顔を強張らせた母親だった。


 「ラキ!? あなた、今までどこに行ってたのよ。どれだけ心配したと思っているの!」

 「えっとー、ちょっと散歩に。あはは……。あ、そうだ、お母さん、これ!」

 

 誤魔化すように差し出されたラキの手のひら。

 そこには、闇を切り裂くような鋭い光を放つ、見たこともない結晶が握られていた。

 

 「えっ、雷の石!? まさかあなた、一人であの……『鉄の土龍』の入り口まで行ったっていうの!?」

 

 母親の顔から、一気に血の気が引いた。

 古の人間たちが土の下を支配しようと掘り進み、今は死のヘイズが澱む暗黒の廃道。エルフの間では禁忌の場所だ。


 「うっうん、違うよ。そっそこまでは行ってないってば(多分……)。……なんか、その近くですっごく変で、でもすっごくかっこいい、変わったドワーフさんに貰ったんだ!」

 「ドワーフ……? なんでそんな場所にドワーフが……? というか、その石、そんなに簡単に手に入るものじゃないわよ!?」

 

 母親は戦慄しながら、娘の手の中にある雷の石を見つめた。

 娘が無事だった安堵よりも、その石を渡した「変わったドワーフ」の正体と、彼がなぜ禁忌の地の近くにいたのかという疑問が、母親の脳内を嵐のように駆け巡る。

 そんな母の驚愕をよそに、ラキはミーヴェルと過ごした数時間の出来事を思い出し、どこか誇らしげに胸を張る。

 それが、自分たちの運命を大きく変える出会いの証になるとは、まだ夢にも思わずに。



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