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うたひめ Undermost layer

作者: 赤城康彦

 光も届かぬ海の底。

 それは、そのドームはほのかなグリーンの光を、海の底ではかなげに灯していた。泡が、グリーンの色彩を帯びて帯びのようにつながり海上へと飲み込まれていっている。

 まるでそれは、私は生きていると、光の届かぬ海の底で、響かぬ叫びを漏らし続けているかのように。

 100年ほど昔に、人類の英知を結集して完成させたそのドームは、かつては海底都市であったという。だが、10年ほど前に勃発した第5次世界大戦による世界的混乱のために陸から取り残され。いまもそのまま、ドーム生きる人々は海に飲み込まれまいと生きるか死ぬかの日々を送っていた。

 陸とドームをつなぐものは、なかった。あればとっくに、ドームの人間たちは、陸に上がっている。

 大戦はいまも続く。

 戦争に明け暮れる陸の人々は、危険を犯してまで過去の遺産にこだわることはせず、「現実的視野」に立った。

 戦争に明け暮れながらも、陸の人々は哀れを含みながらドームを海底牢城と呼び、住人たちは、アウトサイダーズと呼ばれ。それらがいつ、海の藻屑となるか、賭けさえ行われ。またそれが、殺伐たる修羅場となった陸の人々の、たまの息抜きであった。

 そう、ドームは見捨てられた外界であり、住人たちは見捨てられた下界の住人なのだから……。


 きしむ機械音とただよう重油の匂い。それはドームが海の中で生きているという証。

 ただ、ふたりは、死ぬのはいまかいまかと、心を早鐘のようにならしながらドームの生命線となる機械仕掛けの保全部をはいずるように動いていた。

 それは若い男と女だった。

 保全部は、今にも闇に飲み込まれそうな、ほのかなグリーンに染まる。きしむ機械音と重油の匂いだけが、無情にも耳と鼻を突く。

 目に映る機械のホースやコードらがまるで裂傷した傷口から垂れ下がる血管のようにあたりをはいずり。ふたりはなんどもからめられながらも、前へ前へとはいずってゆく。

 男、シンスケ・キリュウは鋭い眼差しを淡いグリーンと闇のまざりあう保全部の奥の鉄扉に向けた。鉄扉はうっすらとその姿をさらし、ふたりに、おいでと呼びかけるように鈍く光っていた。

 女、クリスタル・ロンはシンスケの尻を押し押しついてゆく。よく引き締まったヒップに張り付くジーンズに2丁の拳銃をぶっこんでいる。

 シンスケといえば、左手にお手製のブレイドを握りしめている。いまこそ鞘に収まるそのブレイドは、ひとたび抜かれれば鋭い銀光を放ち、触れるもの全てをまっぷたつにぶった斬る。

 機械音と重油の匂い、コードやホースになぶられながらようやく鉄扉にたどりついたふたりは、少し互いに見詰め合った。

 ともに黒い髪に黒い瞳を持つイースタン。Tシャツにジーンズのラフなルックスに、ブレイドに拳銃といった物騒な得物を携えて。ウェスタンらの格好の捨て駒。

 それを全て悟り受け入れ、シンスケは鈍い光を放つ瞳にクリスタルの姿をおさめ。クリスタルは目の前にたれた長い髪をかきわけ、シンスケの姿を輝く瞳におさめる。

 鋼のように鍛え上げられ引き締まるシンスケのボディに対し、なだらかなふくらみに流麗なラインを描くクリスタルのボディ。ともに整った容姿を持ち、美男美女の格好のカップルはなるほど、Undermost layer・最下層にて待ちかまえる「うたひめ」の生贄にふさわしいかもしれない。

「行くか」

 シンスケは[Undermost layer]と表示されたボタンを押した。その鉄扉はエレベーターの扉で、灯りが下から点々と上がってくるのをふたりは凝視すれば。やがて鉄扉は開いて、ふたりは吸い込まれるようにエレベーターに入り、最下層のボタンを押した。

 エレベーターは物言わず淡々とふたりを降ろしてゆき、ランプは点々と下がってゆく。

「ああ、そうそう」

 とシンスケは、ふとつぶやいた。

「第2次世界大戦って、何年前だったっけ?」

「300年前のはずよ」

 透き通るようなクリスタルの声を鼓膜にひたしながら、シンスケは「そうだったかな」とつぶやいた。

「なんでそんなこと聞くの?」

「いや、なんとなく……」

「そう……」

 それきり、ふたりは黙った。ただ、シンスケはクリスタルの声をもっと聞きたいと思った。

 そうするうちに最下層についた。静かに鉄扉が開いた。

 ふたりは外に出た。

 

 そこは、保全部と違い真っ白なドームだった。

 純白の、半円求の部屋は明るくもなく、暗くもなく。ただ、白かった。そのドームの中央に、少女がひとり。

 まだあどけなさの残る少女は純白のドレスに身を包み、赤い瞳をふたりに向けた。肌も、腰まで伸びたその髪も、ドームとドレスと同じように、白かった。

「ようこそ」

 少女は微笑みを浮かべ、ふたりを出迎えた。

 シンスケは鞘からブレイドを抜き、クリスタルは2丁の拳銃をもろ手に握り射撃の構えをとった。

「このうたを、あなたたちに捧げます」

 透き通るうたごえが、ドームの中に響きだす。


 Are you going to Scarborough Fair

 Parsley, sage, rosemary and thyme

 Remember me to one who lives there

 For she once was a true love of mine.


 スカボローの市へゆくのですか

 パセリ、セージ、ローズマリーとタイム

 そこに住むある方にお伝え下さい

 彼女はかつて私の愛する人でした

 

 少女は、ふたりに向けアカペラのスカボローフェアをうたいはじめた。

 その透き通るうたごえは鼓膜をとろかし、ゆりかごに揺られる赤子のように心温まりそうだった。しかし、そのままうたごえにすべてをゆだねることは出来なかった。

 少女のうたごえに導かれるように、ドームに亀裂が走り、その亀裂から保全部で見たコードやホースがジャングルの木々にぶら下がる蔦のようにたれ下がる。

 白はくすみ、かわって淡いグリーンが闇に飲み込まれそうにしながらあたりを染め上げた。

 それまで鈍かったシンスケの瞳が鋭く光ると、ブレイドを構え地を蹴り駆け出す。

 とともに閃光が走り、コードやホースが音もなく刎ねられ床にぽとりと落ちてゆき、内部のワイヤーが鈍く光を放っていた。

 スカボローフェアのうたごえを打ち砕く銃声。ドームに響きわたる。 

 クリスタルは脚を踏みしめ、銃弾を少女に放った。その間にも、コードやホースは床を天井を這い。またゴム表皮のない、むき出しのワイヤーが生ける蔦葛のように垂れ下がってくる。

 銃声がやんだ。ブレイドの閃光はとどまることなく、ワイヤーを切り払ってゆく。

 少女は、ワイヤーに絡めとられていた。それが、銃弾を少女から守り、傷ひとつ負わせない。

 銃声やんだドームに、ふたたびスカボローフェアのうたごえがひびきわたる。


 Have her make me a cambric shirt

 Parsley, sage, rosemary and thyme

 Without a seam or fine needle work

 And then she'll be a true love of mine


 ケンブリックのシャツを彼女につくってもらってください

 パセリ、セージ、ローズマリー、タイム

 縫い目も残さず針も使うこともなく

 それができれば彼女は私の愛する人


 クリスタルは忌々しくシングルカラムの弾倉を交換すると、刹那に狙いを定め射撃体勢に入る。その間にも、シンスケはブレイドでワイヤーをぶった斬ってゆく。

 ワイヤーから解き放たれた少女は笑みをたたえ、クリスタルを見つめた。スカボローフェアのうたごえが、鼓膜を、三半規管を愛撫し脳髄まで侵す。まるで床に吸い取られるように脚から力が抜け、軽く片膝を折った。 

「そういう趣味はないっての!」

 踏ん張りなおして、引き金を引く。叫び声を掻き消す銃声が轟く、かと思われたその瞬間。ワイヤーがクリスタルの右腕に絡みつき、また左足に絡みつく。

「しまった!」

 と銃声の変わりに己の叫びをドームに響かせ、床に2丁の拳銃が音を立てて落ちた。いやらしくも、ワイヤーは拳銃になんの手出しもしない。

「ロン!」

 しまった、とシンスケは舌打ちしブレイドをかざしクリスタルの救出に向かう。なぜかワイヤーは邪魔をしないが、クリスタルは両手両足を絡めとられいいように弄ばれ、あられもない姿をさらしている。

 ワイヤーの締め付ける力が増す。骨にまで食い込みそうだ。おまけに、四方に引っ張られようとしている。

「ひっ!」

 恐怖のあまり、声にならぬ声をもらす。このままいけば、引き裂かれてしまう。と思ったとき、手足の戒めが解かれ、崩れ落ちて尻餅をついてしまった。

 シンスケが咄嗟のことでワイヤーをぶった斬ったのだ。間に合った、と一瞬だけ安どの表情を見せ、今度はクリスタルを背後にかばい、ブレイドを青眼に構え少女を凝視する。

 ワイヤーはうねうねと不気味に動き、這い、ふたりをからかうように行ったり来たり。

「うたひめのやつ、遊んでやがるのね」

 クリスタルは忌々しそうにつぶやき、2丁の拳銃を拾い上げた。絡まれたところには、赤い筋が走っていた。

 

 Have her wash it in yonder dry well

 Parsley, sage, rosemary and thyme

 Where ne'er a drop of water e'er fell

 And then she'll be a true love of mine.


 あの涸れた井戸でそれを洗ってもらってください

 パセリ、セージ、ローズマリー、タイム

 そこは一滴の水もなくて雨も降りません

 そうしたら彼女は私の愛する人


 知らないうちにワイヤーはふたりから遠のいていた。

 少女、うたひめは赤い瞳を輝かせ。うごめくワイヤーたちはバックダンサーのようにその背後でうごめいている。

 闇に飲まれそうな淡いグリーンでのそれは、まるで幽界の出迎えを見ているようだ。

 スカボローフェアのうたごえはゆるやかにくうを流れ、揺れる空は波うちふたりをやさしくつつみ愛撫する。

「見せつけてるのか」

 シンスケはこらえながらうたひめを凝視していた。

 この少女は、海底都市ドームの住人たちの心を潤す少女型アンドロイドだった。機械仕掛けと思えぬそのまろやかなうたごえには誰もが魅了され、いつしか、うたひめと呼ばれるようになっていた。

 それが、世界大戦がはじまるやいな。そのうたごえの可憐さそのままに、ドーム各所のコンピューターにオフライン接続してのハッキングをおかし、機械たちを下僕のように意のままに操り始めた。

 操るのは、そのうたごえだった。

 うたひめがうたうたび、機械は操られ、住人たちの血が流されていった。

 なぜうたひめが機械を操り、人をあやめるようになったのか、わからなかった。

 わからないまま、うたひめはドームの最下層に降りた。住人たちの一部はうたひめを処分するため、最下層に降りるたび、還らなかった。

 

 住人たちは、生贄を捧げる思いで、腕の立つ若者を選んで最下層に行かせた。主にシンスケやクリスタルのような、イースタン層の者がよく選ばれた。選ぶのはウェスタン層の人々だった。

 ともあれ、うたひめを処分しなければいずれは殺されるのだ。

 意を決し、シンスケとクリスタルは再びの攻勢をうたひめくわえた。シンスケが邪魔になるワイヤーをぶった斬り、その隙にクリスタルが狙いを定めてうたひめを撃つ。

 うたひめはうたう。 

 そのうたごえは、誰のため、何のため。

 ドームをつつみこむように、果てしなく巡り流れてゆくスカボローフェア。かつて人々の心を潤わせたスカボローフェア。いまは人から命を奪うスカボローフェア。

 ワイヤーはうたごえに導かれてうごめく。あたかもうたごえを通じて人の命をそれに移したかのように。

 そしていまは、シンスケとクリスタルの命をうたごえを通じてドームの機械たちに移そうとしているように。 

 ワイヤーの動きは早さを増し、やがてシンスケのブレイドの閃光も間に合わなくなってくると進退ままならず。やむなしと苦々しく後ろに下がってクリスタルをかばいながら、自分の身も守るのが精一杯。

 クリスタルとて、いつシンスケのしくじりにより五体引き裂かれるかもしれない恐怖に抗いながらうたひめに焦点を合わせていた。

 うたひめは微笑んでいる。その白い髪はうたごえに揺られてなびき、赤い瞳はふたりを見つめて映し出す。

 うたごえと恐怖が、脳髄を撫で回して引き金を引く指をつかむ。クリスタルの額に脂汗がにじみ、黒い瞳も涙で濡れ。唇からは声なのか息なのかが漏れてゆき、エクトプラズムでも出てきそうだった。

 そのそばで、シンスケはひたすらワイヤーを斬りまくる。それしかすることがなかった。

「早くしろよ!」

 とシンスケはがなった。彼とてうたごえと恐怖でどうにかなりそうだった。ともすれば、ブレイドでクリスタルを斬りそうなほど、シンスケは狂おしい思いに捕らわれていた。

 クリスタルの瞳は、うたひめの赤い瞳をとらえ、いやとらえられているのか、見つめあったまま互いの瞳に互いの姿を映し出していた。

 うたひめの赤い瞳が、濡れた。涙が溢れた。

(えっ……)

 

 Have her find me an acre of land

 Parsley, sage, rosemary and thyme

 Between the sea and over the sand

 And then she'll be a true love of mine.


 1エーカーの土地を彼女に見つけてもらってください

 パセリ、セージ、ローズマリー、タイム

 海と岸辺の間にある土地を

 そうしたら彼女は私の愛する人となるでしょう


 うたごえを打ち砕く銃声が轟いた。

 その刹那、ワイヤーはうたひめをとりかこみ絡みつく。銃弾がワイヤーにさえぎられて、弾かれる。

 うたひめの姿はワイヤーに隠されて、まるで金属の繭が出来上がったようだった。

「もういいわ、行きましょう!」

 うたごえがやみ、変わってクリスタルの澄んだ声が響いた。

 気がつけば、ワイヤーはうごきをとめていた。

 クリスタルは、わけがわからず呆けるシンスケをほったらかし、エレベーターに駆け寄りボタンを押した。

 鉄扉が開き、クリスタルは中に入り。慌ててシンスケも続く。

 閉じられた鉄扉を眺め、上昇を感じながら、ふたりはスカボローフェアの余韻にひたっていた。脳裏に、金属の繭の中で眠るうたひめの姿を思い浮かべていた。

(助かった)

 と思った。思いたかった。

 しかし。

「うたひめに、何があったんだ」

 というシンスケの当然の疑問。クリスタルは冷笑し、シンスケを見つめた。

「わかんないの?」

「ああ、わかんねえ」

 仕方ないか、と思いながらクリスタルは言葉を継いだ。

「かわいそうに、おかしくなってから全然メンテされてなかったから……」

「壊れた……。そんな理由で、マジで? っていうか、どうしてそれがわかるんだ」

 うそだ、と言いたげなシンスケを可笑しそうに眺めクリスタルは澄んだ声でくすりと笑った。その澄んだ声は、シンスケの心を愛撫して赤子のようになだめるのだった。

「わかるわ。だって、私も、機械なんだもの。半分だけど」

 と、ワイヤーに絡まれた痕を見せた。

 赤い筋は戦闘で広がり。避けた白い肌から、鈍い光を放つ金属が見えた。そうと知らなかったシンスケは凍りつく。

「彼女がうたうのは、私を殺して、っていうメッセージでもあったのよ。ふふ、スカボローフェアだなんて、いい選曲ね」

 凍りつくシンスケをよそに、クリスタルはすうと息を吸い込み、うたひめのように、スカボローフェアをうたいはじめた。

 澄んだうたごえが、エレベーターの中響いた。

 

 Are you going to Scarborough Fair

 Parsley, sage, rosemary and thyme

 Remember me to one who lives there

 For she once was a true love of mine.


 スカボローの市へゆくのですか

 パセリ、セージ、ローズマリーとタイム

 そこに住むある方にお伝え下さい

 彼女はかつて私の愛する人でした


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[一言] 優れたSFの短編を読もうと彷徨い、この作品に出会いました。 閉じた空間である海底都市の背景に想起される、社会や人々の思いの錯綜。広大で深みのある世界観を感じる作品の中で、悲しむ機械が詩的に…
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