第七話 交差
英蔓賢の額から汗が一滴、ゆっくりと流れ落ちる。
英蔓は火山のふもとにて、龍族長であるレンドと睨み合っていた。
「ほう、仲間思いな、か。まったく、お前に何がわかるというのか?お前たちが我々の生活と命を脅かさなければ良い話。そうすれば、お前の仲間も、少なくとも我によって死ぬことはないだろうに」
「確かに人間ってのは自分勝手だよ。俺も痛いほど分かってる。分かってるけど!それでもお前が奪い、その爪にこびりついた命を、俺は無駄にはできない……」
レンドが嘲笑う。
そうだ、間違いないんだ。こいつの言っていることは間違いなく正論で、俺の反抗はとても醜いものだと思う。
でも……。
さっき、あまりにも幼くて記憶にはほとんど残っていないお父さんの言葉を思い出したこともあるんだろう。
〝勇者とは勇気を持った、選ばれし英雄では無い。人より残酷で、それを人のためだと言い訳する醜い存在なんだ。俺たちはその罪悪感を相手に、戦い続けなければならないお前は勇者になるな〟
レンドに剣を向けたその瞬間、頭によみがえったこの記憶、自分が勇者の家系であることを誇りに思うために忘れていた言葉。今思えばそれは、とても大切なものだと思えた。
「レンド……お前の言うことには共感する。まったくその通りだと、俺は思う」
「そうだろう?ならば……」
「でも!」
俺は一度大きく息を吸い、剣を構え直して言った。
「俺は最も残酷で醜い存在、勇者として、お前を倒す……!」
レンドが、それこそ醜いものを見るかのように目を細める。しかしそこには哀れみや軽蔑の他に、確かに殺意が含まれていた
「そうか、これほど言っても無駄か。話はどうしても通じぬか。ならば仕方がない。お前の生首を、あの忌々しいニンゲンの王に差し出すとするか」
聖剣に魔力を込める。
俺のスキル、聖剣双魔。聖剣に魔力を込めて攻撃する。その名の通り二種類までであれば違う属性であっても混ぜることができてしまう。
正直かなり強いスキルだとは思うが、コイツ相手に一体どこまで通用するのか……。
「まずは俺からだ!『水突風』!」
「水をまとう突き技……まだまだ弱いな!」
レンドがそう叫ぶと、俺の聖剣をまとっていた水はジュッと音を立てて消えてしまった。蒸発!火属性の弱点は当然水属性だが、まさか効かないとは……!
「愚かな。お前の剣は突きには向かぬ」
しまいには塩を送られる始末か。我ながら情けない。
そんな思いは、今は要らない。
「まだまだ!『乱斬凍風』」
水が効かないのであれば、当然氷も無効化されるだろう。だが、その凍結効果が、風に含まれていたらどうだ?
無数の乱れ切りにより発生する風。その全てが触れると体を凍らせる。
これならさすがに防ぎようがないはず!例えすぐに溶かされたとしても、ほんの少しの隙が勝機を産む。
「我をなんだと思っている。自ら自分自身を認めることは良い事だが、自分自身を大げさに褒めることは醜い。だが分からぬのならば仕方あるまい、我は最強のドラゴンである!油断大敵というものだぞ」
そういうとレンドは大きく炎に包まれた巨大な翼を広げ、そして勢いよく振った。
きらめく風が弾かれる。翼の先に僅かに付いた氷も瞬時に溶かされてしまった。
マズイぞ……、かなりマズイ……!
その時だった。
「……なに!?これは、リーナがやられた……!?」
少し前。
ジメジメとした薄暗い洞窟の最深部。
そこには、怒り狂い、身体を震わせ叫んでいる屍の忌族長リーナと、余裕そうに腕を組み、その様子をじっと見る屍形魁斗の姿があった。
「なんだ、聞こえないのか木偶の坊。それならもう一度言ってやろう。腐った脳は、お前のことなんじゃないのか?お、すまないな、脳があればの話だったな。悪かった」
「……!だまれぇぇえええ!いい加減にしろクソガキが!もう我慢ならん!」
リーナが空中の計四つの魔法陣を展開する。
それはどれも、暗い洞窟内を柔らかく紫の光で照らした。
「情けは不要。おれを殺したければ全力を出せ。まぁ、どうせ圧倒的に力不足だろうが」
「ナメるなぁぁ!『スケルトン・ブラッド』!」
リーナのスキル、何が来る……?
するとそれぞれの魔法陣からなにかがぞろぞろと出てきた。
落下時のカタカタという音、ビチャビチャという音が洞窟内に反響する。
はぁ、不快……非常に不快。
「数え切れない程のスケルトン。体の血にもなにかありそうだな」
そう、やつは魔法陣から、身体中に血がついたスケルトンを大量に召喚した。
スケルトンは知能も身体能力も持たないが、ゾンビ同様通常どうやっても死なない。
ゾンビの場合脳を破壊すれば良いものがほとんどだが、スケルトンには当然脳はない。
スケルトンは……ゾンビと違って再生能力が低いから、確か体を砕けば良かったはずだ。今回はあえて体にまとわせている血液にも気をつけなければな。
毒性を持っているのであれば特に問題は無いが、呪いや酸性であれば少し厄介だからな。単純に回復が面倒だ。
「『集断・圧殺ノ呪』」
圧殺ノ呪の派生系。それを使い大量のスケルトンを押しつぶす。ついでにリーナも狙ったのだが……頑丈な体、ギリギリ耐えたか。ゴリッという鈍く大きな音がなり、体勢を一瞬崩したあたり、あれは……背骨の下の方か?コイツは下半身がないが。
その時、おれは音を立てることなく飛んできたものに気づけていなかった。おれの目は暗くても問題がないが、それほどリーナの悪臭にイラついていた。
だが、リーナが一瞬不気味にほくそ笑んだことで、それに気がついた。
スケルトンにまとわりついていた血液……!
飛んできたそれはおれの顔を始め、手や服などにベットリとついた。
「く……。なるほど吐き気と思考能力の低下か……?いや」
間違いない、この血、おれの体から血を抜いている。
この吸血の速度、ニンゲンであればすぐに倒れる早さ。
残念ながらおれに失血はほとんど効果がない。すぐに回復できる。そこでおれは『燃殺ノ呪』で飛ばされた血を燃やし、回復することにした。
「どうだ?先程お前が毒コウモリの毒を無効化していたからな、吸血ならばと思ったのだが……お前?なぜ自分を焼いている?え?」
なるほど、あの時後ろに隠れていたスケルトンはコイツの配下か。言われてみれば、スケルトンに怖気付いて逃げる程の知能は無い。本能もあるか怪しいところなのに。
そいつの眼を使って監視をされていたというわけか、気持ち悪い。
……よし、全快だ。
「残念だったな犯罪者。ただのニンゲンならば死んでいただろうがおれを舐めすぎだ。ほとんど効かんな」
「なに!?なるほど、血を焼いていたのか……いやどうゆうこと?」
効かないのは事実でいいだろう。しかしこいつを素早く倒す方法を思いつけない。圧殺は効いた。だが体が再生している上、まずこの巨体を潰し切れるほど効果範囲は広くない。
……いや、もっと根本的なところに原因はある。
こいつは広く言えばスケルトン。つまりアンデッドだ。そのアンデッドの弱点というのが光属性。対する闇属性はあまり効果がない。
そしておれが使えるものは闇属性の魔法のみだ。圧倒的に不利。
もちろん時間をかければ倒せるだろうが……。面倒なものに出会ったな。だがここで逃げ出すのは無い名が廃れる。
仕方ない……木荃のためにもアレはしたくなかったが。
その時だった。
ドゴォォォオオオオオン!!!
洞窟の、おれから見て左側、リーナから見て右側の壁が大きな爆発音を立てて吹き飛んだ。高く巻き上がる煙。
「ゲホッ、ゲホッゲホッ!洞窟……?攻撃も少しはマシかな?」
その分厚い煙の先には、シニガミノツルギを右手に構えた木荃の姿があった。
「木荃!?お前、なんでここに……?」
「魁斗くん!?って、コイツは……?」
「どうした?なぜ吹き飛んできたんだ?」
木荃はシニガミノツルギを構え、体を前を向けながら横目でこちらを見て言った。
「四天王の一体、地皇ガイアグラスってやつに吹き飛ばされてきた!そんなザコさっさとやっちゃってこっち手伝って!ってかくっさぁ……なにここぉ……」
そのザコという言葉にリーナがさっと反応する。臭いと言われたことは別に良いのだろうか。
「なにい!誰がザコだと!?私は屍の忌族長リーナ!地皇程ではなくとも実力は……」
「なんだ、忌族長って事はあの巨大ブタや巨大虫と同等か。やっぱザコじゃん……って言うか君らって通信みたいなのできるんじゃないの?助けてあげれば良かったのに」
「この帽子のガキと戦っていて、それどころではなかったのだ!そもそも、魔族の掟として別の忌族の領地には入ってはならないのだ!」
「へ〜そーなんだーふーん、マジメダネー、どーでもよ」
「なんだと貴様あぁあ!なんなんだ最近のガキ共は!」
可哀想に、完全に木荃に持っていかれている。
そんな事より、あいつの話が正しければ、より強い四天王がやってくるはずだ。
「木荃!こいつはアンデッドだ!」
「なるほど、それで苦戦していたんだね。なっとく。じゃぁ美味しいとこ貰っちゃうね!『月剣術・魔増月光』!!」
シニガミノツルギを薄い水色のオーラが覆う。それは光の力を解放し、聖なる光を放ち出した聖剣のように見えた。
「魔増月光は周囲の対象の魔力を底上げし、月剣術自体の威力も上げる!以上!『月剣術・圧終水無月』!」
木荃の月剣術は闇属性と光属性の、両方の属性を持つ異例。そして今の技はそれに加え水属性も含む。
その普段の黄色い斬撃とは違い、透明の斬撃、そしてその斬撃の周りの水は、当たると岩をも砕く高圧。
まさか、自分の主の象徴である水によって最期を迎えるとは、なかなかな皮肉だな。
リーナの体は斬撃が当たると、直撃した腹部を中心に勢いよく弾け飛んだ。
「グァァァアアアアアアア!!」
飛び散る体はビチャビチャと音を立てる。体の内部から酷い悪臭が漏れだし、そのままリーナは大きな音を立てて倒れた。
ドロドロに、ボコボコと気持ち悪い音を立てて地面に溶けていく。残った骨格もすぐにガラスのようにひび割れ、粉となって飛び散ってしまった。
「『魂術・魂察』。魂が消えた……リーナは倒したね。ガイアグラスは?」
木荃が息を飲む。口元に手を置き、驚いているようだ。
「どうしたんだ」
「なんで……?なんで戻っていっているの?あれほど執着していたのに!なんで……!?」
この後木荃に聞いた話によると、どうやらつい先程リーナと同じ忌族長と名乗る魔物を二体倒したらしい。するとその直後、地面から地皇ガイアグラスと名乗る3メートルほどの影が現れたという。
「そこで本体を出すように言うと、突然後ろの地面から生やされた一本の大きなツタに吹き飛ばされて、なんとか着地しようとした瞬間地面が割れて、そのまま洞窟に当たっちゃったんだ。なんでまっすぐに落ちたのに横にぶつかるんだろうね?」
そしてその間ずっとガイアグラスの影は背中から黒い鳥のような翼を生やし、飛んで追いかけてきていたという。
「もしかしたら、ボク達が水皇の配下の領地に入ったから、それ以上追いかけれなくなって諦めたのかな?」
そしてそのころ英蔓賢は……。
「ふむ、気づいていなかったがアウグとゼアルもやられている……なに!ラソもやられた!?なにが何が起こっているのだ……!」
みんなだ、きっとみんなもどこか遠くでコイツの仲間を倒しているんだ。俺もやらなくてどうする!
レンドが空中で低く唸った。
「許さんぞ……。お前はここで焼き殺す……!『龍式降火』!」
レンドが上に向かってた大きく叫ぶ。すると上から無数の火の玉……いや、隕石が降ってきた!
「逃げ惑え勇者よ!皮肉にも貴様らニンゲンが最も得意なことだ!」
皮肉……なのか?まぁ細かいことは突っ込まないようにしよう。そんな余裕もない。
そんな様子をレンドは上半身をくねらせてより上から見下す。
……!?なるほど、今だ!
俺はその一瞬の隙を見逃さなかった。
レンドの体は分厚い鱗に覆われている。だが胸元に埋まっているオレンジの宝石の周りだけは鱗が薄い!貫ける!
先程から突き技で強引に鱗を砕くか、凍らせて動きを止め、その後全力で首を切ろうかと思っていたが、その一瞬見えたそこを、俺は瞬時に弱点だと悟った。
「うおおおおおおおお!!そこまでだ!!レンド!」
「な、なんだその跳躍力は、お前は本当にニンゲンか?」
俺はレンドのところまで高く飛ぶと、横に大きく、勢いよく剣を振るった。
「油断大敵はお前だ!くらえ、『光速雷撃』!!」
パリン……
胸部の宝石が砕ける。レンドは驚いたような、苦しいような顔をすると、真っ直ぐに落ちていった。
俺も地面に着地した。
「……さすがは勇者だな……。弱点を見破り、瞬時に斬りかかってきたか……うむ、見事だったぞ。全盛期が楽しみだ。見たかった」
そう言うとレンドは苦しそうにこう言った。
「王に説得してくれぬか?あいつらは……平和な住処があればニンゲンを襲うなどしない……。頼むぞ……!」
英蔓賢は静かに頷く。一瞬、レンドが笑ったように見えた。まもなくレンドが息絶えた。
英蔓賢は静かにうつむき、膝から崩れ落ちて涙を流した。悔しそうな、悲しそうな、そして優しそうな笑顔だった。
その時、その真下にある空洞に、一つの炎の塊が現れた。
「アウグ、ゼアル、リーナにラソ。それに続いてレンドまで……。ソラも様子がおかしい。どうなっている?」
その体によって不気味に照らされた空洞には、赤色の線でなにやら不気味な壁画が描いてあった。
(|)/・\(')
・・・・・
「ひとまず、この真上のニンゲンを断罪するとするか……」
そう言う炎の塊の顔は、真っ赤な鬼のようなお面だった。
どうも〜!木荃好葉です!
(((o(*-*)o)))イエーイ♪
ついに登場した四天王!あの好葉でも、たちうちできないなんて強さがケタ違いな気がする……。
ってかレンド良い奴過ぎない!?リーナはネタっぽくて好きだけどレンドはなんか中身が良い!
皆さんの推しは誰でしょうか……。まだまだキャラは増えますよ!
忌族 残り二体(火・水)
四天王 残り四体(火・水・地・無)
読んでいただきありがとうございました!
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それではまた!( ・ω・)/バイバーイ