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envy

作者: はやはや
掲載日:2023/01/06

 卓上カレンダーを捲る。十一月が始まった。


 カタ、カタカタ、パチ、カタ、カタ、カタ。


 黙々とキーボードを打つ。原稿の〆切は、毎週木曜日。でも、〆切なんて関係ない。

 言葉が溢れているうちに、それらが消えてしまわないうちにパソコンの中に入れてしまいたい。

 耳の後ろに痛みを感じ、眼鏡を外す。痛みのある部分をさすり、眼鏡をかけ直す。



 この連載が終了するのは、十二月末。そこまで頑張れば、きっと自由が待っている。これまで受けてきた〝嫉妬〟という呪縛から、逃れることができるはず。



 文字、という記号になった私の心の叫びが、パソコンの画面いっぱいに、つらつらと並んでいく。

――パチ



 最後の一文字を打ち終える。

〈来週分の原稿を送ります AN〉

 メールの本文に入力し、今週分の原稿を添付した後、送信ボタンをクリックした。

 妬みの言葉は、これほどまでに心を疲弊させるものなのか。

グッタリと椅子の背もたれに、体を預けた。


***


「明日何時にこっち出るの?」

 そう訊かれて私は顔を上げた。母の目はこちらではなく、手元の本に向けられたままだった。

「昼からにしようかな」

 本当は朝一で帰りたい。でも、いつも塩梅をみてしまう。娘として、どの程度を求めてられているのか。どのくらいの甘えや、距離感が母親としての自尊心をくすぐるのか。

 九月の秋分の日をはさんだ三連休。私はこうやって、娘の義務を果たすため、母の元に帰る。

 いつからだろう。こんなにも帰ってくることに、息苦しさを感じるようになったのは。

 老いていく母に嫌悪感を抱くことは、やはり娘として間違っているのだろうか。でも、それが間違いなら、私が受けた心の傷は、誰が責任を負ってくれるのだ?

 リビングにいることが辛くなり、私は自室に引き上げた。



 私は十年前に母と暮らしていた家を出て、県庁所在地であるU市で一人暮らしを始めた。結婚の予定もなさそうだし、彼氏すらできる気がしない。その上、三十近くになって親と一緒に暮らしているなんて痛すぎる、と思って始めた一人暮らしだった。

 ネガティブな理由で始めた一人暮らしだったけれど、予想以上に快適だった。寂しいと思うことは、ほぼない。家と職場の往復だけという、何とも刺激のない毎日だったけれど。



 元々友達も多くない上に、数年前から世界的に流行した感染症によって、人と会うことを大幅に制限された。そのこともあり友達と会えないので、自然と連絡を取らなくなった。

 今、私のスマホが鳴るのは、友達追加したアカウントのお知らせが来た時だけだ。



 今年の夏、私は突然仕事に行けなくなった。去年の秋頃から何となく異変はあったのだ。ある時から心が〝出勤は無理だ〟と叫び始めた。けれども、体は動く。だから、電車に乗り、出勤していた。

 日に日に心と体が乖離していくのがわかった。このまま、引きちぎれるのではないか、という苦しささえ感じるようになった。

 そうなっても体は動いた。だから出勤を続けた。

 そして新年度に入り、ついに体にも異常が出始めた。

 駅のホームで電車を待っていると、涙が出る。電車に乗ってからも、涙は止まらない。横にも前にも人がいるのに、涙が込み上げて仕方ない。

 そして、それを拭う気にもなれなかった。

 夜、眠る時は睡眠剤が手離せなくなった。

 そんな日が何ヶ月が続き、ようやく気づいたのだった。もう、私は無理なんだ、と。



 私が大学を卒業したのは、就職氷河期と言われている頃だった。

 真面目だけれど、地味で取り柄のない私は、冬になっても内定をもらえないでいた。

 焦る気持ちをゼミの先生に相談しながら、自暴自棄にならず何とか前に進んでいるという状態だった。

 年明け。思いもよらぬ連絡がきた。

 十二月に受けた企業から、繰上げ採用の打診がきたのだ。私は救われた思いで、快諾した。その企業は安定した身分で働ける環境だったから安心も大きかった。

 心身ともに疲弊していた私には、願ってもみない朗報だった。

 でも、今になってよく考えると、それは向こうの都合がいいように、私が穴埋めとして使われたのだな、と思う。

 正式に採用されていた誰かが蹴ったから、急遽穴埋めが必要になり、一度切り捨てた私のところに連絡がきた。そういうことだ。

 そういえば、電話をかけてきた人事課の担当者が、やけに甘ったるい声で話してきたのを思い出した。

 十五年近く真面目に働いていただけだ。それなのに、心が徐々に擦り切れていった。私は抜け殻になったのだ。



 仕事を休んでいること、辞めるつもりでいることは、母には話していない。話せばどんな事態になるか、想像するだけでもぞっとする。



 私が育ったのは地方で、とても田舎だった。母が離婚し、実家に近い地元に、私を連れて戻ったのだった。

「こんなところに人が住んでるの?」と言われたし、携帯が普及し始めた頃には「電波入るの?」と言われたこともある。

 そんな田舎者に相応しくない名前を、私は授けられていた。花音かのん。同級生は裕子とか良美とか当時の時代に合った名前ばかりだったので、私の名前は明らかに浮いていた。

 しかも、名前に相応しいような容姿をしていたら、まだ救われたのだろうけれど、私はそうではなかった。〝名前負け〟とは、まさに私のことだった。

 小学生というのは、容姿をからかうことが、得意な子どもがいる。私はその標的になった。

 私の顔は、鼻の穴が目立つ作りになっている。そのことが、からかいの対象だった。

「カバみたい」

「近くにくるな。空気が薄くなる」

 そんな風にからかわれた。そのことは、私にしっかりとダメージを与えた。

 子どもだった私は、くり返されるからかいに、傷つかないように、鈍感なふりをすることを、自然と身につけた。興味のあること以外には、心を開かず感情を持たないようにした。 



 皮肉にもその自己防衛が、別の意味で私を追いつめた。興味のあることしか、感情が動かないので勉強がさっぱりできなかった。

 興味がない科目の授業中は、窓の外や壁の掲示物を見て、時間を潰していた。

 私は自分が大嫌いだった。人に馬鹿にされる人生を歩むくらいなら、生まれない方がよかった、とさえ思っていた。

 生まれるなら、可愛く生まれたかった。母が綺麗なら、私も綺麗になれたんじゃないか……そんな風にさえ思う。




 こんな私の劣等感の根本には、外見以外のところでも、母の影響がある思う。母は厳しかった。それは娘である私が、自分の思い通りにならないことの苛立ちでもあった。

 どんな時でも、私は怒られていたという記憶しかない。手をあげられたり、蹴られたりなんてしょっちゅうだった。

 母が発する言葉にも怯えていた。

「あんたなんか!」「ちゃんとしなさい!」「どうしてわからないの!」

 きっと母は世間体が一番大事で、自己顕示欲の塊だったのだ。娘である私は、人に自慢できる存在でなくてはならなかったのだ。



 子ども時代は自由がなかった。

 中でも一番嫌だったのが洋服だ。母が選ぶものを着ていた。

 プライドなのか見栄なのか、ブランドの服を私に着せて、母は満足しているようだった。小学校の高学年になっても、自分が着たい服を選べる機会は、なかなかなかった。

 たまに、ショッピングモールにある店に、連れて行ってもらえたけれど、私が選んだ服に母がいい顔をすることはなかった。

 大学に入学した後に、学校に着ていけるような服がない、と愕然としたほどだ。

 もちろん私には「嫌だ」と拒否する権利はあった。でも、それは無意味であることもわかっていた。私が自分の意志を伝えても、通ることはないし否定されるだけ。

 ならば、嫌でも流れに身を任せる方が楽だ。

 あの頃の私は、家でも鈍感でないとやっていけなかった。


***


 部屋の電気をつけ、パソコンを立ち上げる。

 デスクトップに、未読のメールがあることを知らせるメッセージが表示されていた。

 早速確認する。I新聞という地方紙の文化部からの、メールだった。件名に〈AN様〉とある。先日の原稿のデータを受け取った旨が記されていた。

どうやら、このまま書き進めていけそうだ。

 これからどういう風に、事実を暴露していこうか。確実に痛めつけるには、どういう表現がいいか。

 眼鏡を外しテーブルに置いた。


***


 高校は地元から離れたところに進学した。同じ中学から進学したのは誰もいなかった。

 これで幼い頃からの、からかいから逃げることができる、と安心した。しかし、容姿が変わるわけではない。高校入学と同時に、私はさらに野暮ったさに拍車がかかっただけだった。

 周りの女子は、顔立ちがそれぞれに可愛らしく、ちょっとしたメイクや着崩した感のある制服を上手に取り入れていた。女子力が高かった。


 そんな中に、風変わりな女子がいた。れいだ。ショートカットの髪は直毛で、私と同じような地味な顔立ちをしていた。

 私は彼女が苦手だった。麗の粗野な態度がどうしても受け入れられなかった。

 今思えば、麗も苦しかったのかもしれない。自分に自信がないから、粗野な態度を取ることで、それを自分らしさにしようとしていたのではないか。

 そして、自分の身を守るために私を貶めたのではないか。



 ある日突然、麗に「花音、マジでキモイ」と言われた。目の前ではなく、聞こえよがしに言われた。

 確かに当時の私も不細工だったことは認める。廊下にいた男子の側を通ったら「ブス」と囁かれたこともあったのだから。

キモイということは、自分が一番よくわかっていた。

 だから、そのことを麗が人前で言葉にしたことに、酷く傷ついた。そしてその日以降、私は女子の間でハブられるようになった。


 毎日学校に行くのが辛かった。電車通学だったので、電車に飛び込もうか、と何度か考えたこともある。

 誰かに助けて欲しかった。

 でも、母には相談する気になれなかった。

 心配させたくない、というよりは〝仲間外れにされている、みじめな私〟を母は〝情けない〟と思うだろうと考えたからだ。

 そんな生活が入学から三ヶ月ほど続いた。



 ある日、転機が訪れた。同じクラスの成美が、救いの言葉を投げてくれたのだ。

「シカトとか、子どもっぽいし、ウザイ」

 成美は私がハブられていても、ちょっとした時に声をかけてくれていた。そんな成美の言葉は、周りにも麗自身にも聞こえていた。

 一瞬の静寂があった。誰も何も言わなかったけれど、それぞれに思うところがあったのだろう。

 その日を境に、私に対する風当たりが、がらりと変わった。私に代わり、麗が輪から弾かれるようになった。

 そのことに対して、私は何も思わないようにした。私は何も悪くない。麗の自業自得だ、と。



 友達の中に居場所ができたことは、私に安心感を与えた。

 しかし、友達の存在が近くになると、みんなの圧倒的な女性らしさに怖気づいた。小さい頃からの容姿コンプレックスがある私にとって、女性らしいということは恐怖だった。

 例えば休み時間に、教室で鏡を見ながら髪をなおしたり、リップを塗ったり。そんなことは私には絶対できなかった。

「ブスのくせに」「気持ち悪い」

 と言う悪魔の声が聞こえる。これは大人になった今でも変わらず、私は化粧ができない。ベースメイクが精一杯だった。



 高校時代、私が居心地の悪さを感じたのは、休み時間だけではない。体操服に着替える時もだった。着替えの時に友達の下着を見て、心がざわついた。みんな大人と同じ、ホック付きのブラジャーをつけていた。

 私はスポブラで、しかも、くまの絵がついているものを付けていた。慌てて隠した。とんでもない恥ずかしさを感じた。

 そして考えるのだった。ああいう下着は、どうやって手に入れるのだろう。

 自分で買うのか? 母親が買ってくれるものなのか? 「欲しい」と言えば、買ってもらえるものなのか? 

 私は母とそんな話をしたことがないと気づいた。その時、初めて違和感を覚えた。母は私のことを疎ましく思っているのではないかと。



 週末、母から電話がかかってきた。私にとっては、どうでもいい近所の近況や愚痴を聞かされる。適当に相槌を打ちながら、頭では全く別のことを考える。早く電話を切りたい。

「そうそう。今回のI新聞のエッセイおもしろいのよ」

 母のその言葉で意識が会話に戻る。母がI新聞のエッセイを気に入っているのは知っていた。三ヶ月ごとにライターが変わるらしい。

「今回の作者が、アルファベットの大文字でAとN。だから〝アン〟って読むのかしら? 作家? 聞いたことないわよね」

「そうだね」

「お正月までには、一回くらい帰ってくるでしょう」

 娘の義務を要求される。

「そうだね。また連絡する」

「じゃあ、また」

 そう言って電話を切った。


***


 ベースメイクの次はアイライン。主張させないように、睫の隙に細く入れる。アイシャドウはパール感の明るいものを選び、目元に立体感を与える。

 最後にリップ下地を塗って口紅。

 鏡の中にはいつも通りの私。眼鏡をかける。



 I新聞のエッセイ〈親子の闇〉は好評らしい。

 パソコンを立ち上げ、キーボードに指を滑らせる。

〈私はあの日、母に嫉妬されている、と気づきました。〉


***


 十一月の勤労感謝の祝日を挟んだ週末。私は実家に顔を出した。実家に帰っても何もすることがない。リビングでテレビをみていると、母が話しかけてきた。

「こないだパート友達の小谷さんとランチに行ったんだけど」

 母はこの辺りにしかない名前のスーパーで、レジのパートをしている。

「知り合いに息子さんがいるんだって。あんたどう?」 

「どうって」

「付き合っている人とかいないんでしょ? 紹介だけでもしてもらえば。話しといてあげるから」

「そういうのいいから」

 ため息混じりに返事をする。

 私には人を好きになる資格なんてないし、好きになってもらう資格もない。だから、いらない痛みを受けるような関係を、異性とは築きなくない。

 母は無神経だと思う。

 そんなやりとりの後、思い出したことがある。


 中学か高校の頃だろうか。容姿の話になり、私が「不細工」だと、母の前でこぼしたことがある。すると母は

「花音は不細工とまではいかないんじゃない。中くらいじゃない」

 と言ったのだった。思春期で気持ちの揺れ幅も大きい時期だったとはいえ、母のその言葉に傷つき、ふつふつと怒りの気持ちが沸いた。〝あんたの娘だから、私は不細工なんだ〟という言葉が、喉元まで込み上げた。

 顔の造作は自分ではどうしようもない。

 整形やメイクや美しくなる方法はいくらでもある。でも、やはり持って生まれたものに敵うものはない。


「まぁ連絡先だけでも聞いたら。小谷さんに言えば、教えてくれるだろうし」

「本当にいいから。興味ない」

 さっきよりも、ぶっきらぼうに言った。

「本当にあんたって子は。お化粧もおしゃれも全然しないし、そんなだから、良いお出会いがないのね」

 目眩がした。見当違いにも程がある。

 なぜ、私が化粧やおしゃれをしないのか、異性に対してオープンになれないのか。それは幼い頃から周りに容姿のことで、からかわれたり、ハブられたりしてきたせいだ。

 可愛く生まれていたなら、傷つかずにすんだことがたくさんあった。より可愛くなるためにメイクをし、おしゃれににも力を入れ、異性の友達もでき、好きな人だってできただろう。

 私はそれができなかった。それは何故か。母に似たからだ。

〝あんたの娘だから幸せになれないんだ!〟

 いつかの言葉と同じような言葉が、私の胸をむちゃくちゃにかき乱した。


 昔の嫌な思い出は、一つ箱が空いてしまうと次々と中身が出てくる。



 私は小学五年生の時に初潮があった。

 朝から、お腹が痛いなと思いつつ、帰宅しトイレに入った時に、それになったことに気づいた。

 授業で習っていたとはいえ、自分の体から出血がある、というのはやはり怖かった。何と言おうか迷いながら、リビングにいた母に伝えたのだった。

 私の話を聞いた母は、呆れたような気に入らないような表情を見せたのを覚えている。

「あんたって子は」

 と言いながら、押し入れの奥から封を切っていない、新しい生理用ショーツとナプキンを出しながら「学校でも習ったでしょ。使い方わかるでしょ」と言った。

 当時の私は、自分のために新しいショーツを用意してくれていたことが嬉しかったし、母が『使い方わかるでしょ』と、つっけんどんに言ったのは、私が恥ずかしさを感じているのをわかっているからだ、と思っていた。


 でも、今ならわかる。

――あんたって子は

 あの言葉の後に続く、母の言葉は何だったのか。

――こんなに早く色気づいて?

――いやらしい?

――汚らわしい?


 ブラジャーのことも生理のことも、私が女性らしくなることを母は憎んでいたのだ。

 そして四十近くなっても恋人すらいない私を、心配するふりをしつつ、結婚や出産を経験した自分の方が、女として上だとマウントをとる。



 胸が苦しい。呼吸が浅くなる。

 こんな時はブックマークを付けている、ネットの記事をスマホに写す。

 今、この瞬間もどこかにいる。私と同じように、やりきれない思いを抱えている子ども達が。

 ソファーの上に膝を引き寄せ、顔をうずめる。母娘間の醜い感情は、どうしたら決別できるのだろう。


***


 もうすぐ十二月。

 カタ、パチ、カタタ。

〈なぜ私が、母に嫉妬されていると気づいたのか。

それは、私が女性という性を、歩み始めるために必要なツールを、母が喜んで用意してくれたという記憶が、全くないからです。

 例えば、ブラジャーや生理用品。

 それが必要になった時に、母は不機嫌な態度を取るか、無視するかでした。

 思春期の子どもは、自分の女性らしさに気づいた時、嬉しい反面、恥ずかしい、という感情を持っています。

 だから、同じ女であるのなら、娘の成長を喜んで欲しい。

 なぜ、嫉妬されなければならないのですか?

 娘が女性らしくなることは罪なのですか?〉

 息苦しさを感じ、呼吸をとめてキーボードを打っていたことに気づく。

 テーブルの上のペットボトルの蓋を開け、水を飲む。胃の中に冷たいものが、流れこんでいくのがわかる。

 眼鏡を外しテーブルに置いた。

 心の奥、体の一番深いところの薄皮をめくられるような、深い痛みを感じる。

 今日はここまでにしよう。パソコンの電源を切り、ベットに倒れ込んだ。頭が痛い。


***


 そろそろ会社に連絡をしないといけない。

 スマホを持つ手が震えていた。通話履歴から会社の電話番号を呼び出す。呼び出し音が鳴り始めると、すぐにでも切りたいという衝動に駆られる。

 呼び出し音が途切れ、相手が出る気配がした。

「勝手して申し訳ありません。平です。」

 意外と言葉はするする出た。相手は気のないふうに「ああ」と言っただけだった。電話の相手が所属長であること、私はすでに部外者になっていること、がその声と雰囲気からわかった。

 当たり前だ。夏に突然休むと連絡したきりだったのだから。

「今月末に退職させて下さい。失礼します」

 それだけ言って一方的に電話を切った。その指で会社の電話番号を着信拒否に設定する。

 わかっている。退職にはいろんな手続きがいるだろうことも

そのために連絡を取り合わないといけないことも。私がやっているのは、社会人として一番最低なケリのつけ方だ。

 でも、これが精一杯。


***


 パソコン作業から逃げたくなったら、こうやって段ボールに何かしら荷物を詰める。

 今、段ボールに詰めているのは衣類だ。できるだけ、荷物が少なくなるように、いらない服は処分した。それでも段ボールは三箱になった。

 ふと顔を上げ部屋を見渡す。日に日に荷物が詰まった段ボールが増えていることに気づいた。

 ガムテープで封をしながらも、頭の中では常にいろんな感情と言葉が、ごおごおと音をたてながら渦巻いている。

――絶望、怒り、嫌悪

 どれも酷く心を消耗させる。でも、ここで負けてはいけない。全てをぶちまけ、ここから消える、と決めたから。

 ガムテープをちぎり箱を閉じた。

 立ち上がると壁際にある鏡に自分が写った。眼鏡の奥の瞼には、今朝つけたアイシャドウが薄く光っていた。

 あの人に、言葉の刃を向けたい。ふつふつと、へどろのような黒い感情がわいてくる。

 もう一度、パソコンに向かいキーボードに指を乗せる。

〈私はあなたのことを憎んでいます。あなたはいつ、そのことに気づくのでしょうか〉

 そう打ち込み、保存ボタンをクリックした。

 パソコンの横にある短編集の文庫本を手に取る。私が好きな作家の作品だ。その中の物語に見つけた。

 私がかつて、抱かれていたのだろう感情と同じ言葉を。


 娘の体、未来、可能性 ――嫉妬。


 吐き気を覚え奥歯を強く噛み締める。無意識のうちに頬の内側も噛んでいたらしく、口の中に血の味が広がった。


***


 仕事を辞めてから私の精神状態はかなり落ち着いた。

 夜に服用していた睡眠剤も、最近は必要ない。

 今日は水曜日。母からあのメッセージが届く。

〈今週のエッセイの内容も×××で…… なかなか酷かったよ。 あんな親子がいるのね〉

 続いてもう一通。

〈花音とは 何でも話せる仲だからね〉

 例のエッセイのあらすじと感想だった。こんな風に、毎週水曜日、母からLINEが届く。そのメッセージを見る度、冷めた気持ちになっていく。

〈うん〉とか〈そうだね〉とか。私が返す返事は素っ気ない。そのことを母は、どう思っているのだろうか。何も思っていないのだろうか。

 AN、あなたも辛いよね。でも、あと少しあなたに縋らせて。



 十二月二十七日。水曜日。

〈親子の闇 最終回 文章 AN〉


 ANの叫びは、あの人にどこまで届いたのだろうか。

 ヌヌヌ……ヌヌ……

 テーブルの上のスマホが震える。私はそれを手に取った。

母からの着信。指を画面の上でスライドさせ、電話に出る。

「もしもし」

「毎日寒いわねー」

 その声はいつもと変わらない。駄目だ、きっと何一つ届いていない。私は髪をかき上げながら思った。

「明日で仕事納めでしょ? 年末はいつに帰ってくる? 二十九日? 三十日?」

 一瞬「帰らない!」と叫びそうになる。唇を噛んで、その感情を抑えた。私はもう、あの家には帰らないのだ。

「あのエッセイ、今日が最終回だったんじゃないの? どうだった」

 煽るような思いで尋ねた。

「そうそう、それも話そうと思ってたのよ!」

 興奮したような口調になる母。その口ぶりは、あくまで他人事だった。

「最後の言葉が『あなたのことを憎んでいます。あなたは、いつ、そのことに気づくのでしょうか』なんて書いてあったのよ

 思春期に母親が、ちょっと気がつかないことがあったからって、普通そこまで言う?

 育ててもらった感謝の気持ちってのが、あのANって子にはないのね」

 その言葉を聞いて笑ってしまう。母、いや〝あの人〟の鈍感さに。もう直接首元に言葉の刃を向けるしかない。私の心を生き返らせるために。


 深呼吸をして口を開く。

「ねぇ。気づかなかったの?」

 もう一度、深呼吸。

「私が〝AN〟だよ」

――K〝A〟〝N〟O N


 状況が理解できないのだろう。静寂が流れる。そして、電話の向こうで息を呑む気配がした。

 次の瞬間、耳をつんざくような金切り声を、あの人が上げると同時に、電話を切り着信拒否の設定をした。スマホの電源も切る。

 数日後には、このスマホも解約する。

 部屋の端に目をやると積まれたダンボールが目に入った。明日私は、この街を出て行く。

 遠くの街へと向かう。


 パソコンの横に置いてあるカゴが、目に入った。

 中には、ファンデーション、アイシャドウにアイライン、リップ、そして眼鏡が入っている。

――もう、これは必要ない。ANさようなら。

 近くにあったゴミ袋に、カゴの中身を全部捨てた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 何て重たく苦しい感情でしょう。ずっと胸に堪えていた全てを花音はようやく吐き出せたのですね。母親が最後まで気付かなかったことに、加害者側はその罪深さを意識していないという虚しさが非常によく表れ…
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